将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:マタイ傳福音書

13021701 私はここ周の文学哲学歴史話で、「マタイ傳福音書」をすべて書き、昨日は「マルコ傳福音書」を終えました。最初には「唯円『歎異抄』」も書きました。それぞれのサイトには深く感謝いたします。
 私のここのサイドバーに、文語訳新約聖書として、また歎異抄としてリンクしてあります。私はそれをただコピーしただけです。
 しかし、コピーしただけと言いましても、私には実に良かったものです。いつも私が身近に置いてあります「舊新約聖書」の「マタイ傳福音書」のみを読んできたものでしたが、今回「マルコ傳福音書」も読んで、初めて聖書に触れた思いがしたものです。
 今後はまた何をやっていくかは決めてはいませんが、また今後も考えてまいります。

13012909 十字架にかけられ第27章で、『なんぞ我を見棄て給ひし』と神に叫んだイエスでしたが、この章で『甦へり給へり』ということになるのです。そしてイエスは十一の弟子に
『もろもろの國人を弟子と』することを命じます。

第28章
 さて安息日をはりて、一週の初の日のほの明き頃、マグダラのマリヤと他のマリヤと墓を見んとて來りしに、視よ、大なる地震あり、これ主の使(つかひ)、天より降り來りて、かの石を轉(まろぼ)し退(の)け、その上に坐したるなり。その状(さま)は電光(いなづま)のごとく輝き、その衣は雪のごとく白し。守の者ども彼を懼れたれば、戰(をのの)きて死人の如くなりぬ。御使こたへて女たちに言ふ『なんぢら懼るな、我なんぢらが十字架につけられ給ひしイエスを尋ぬるを知る。此處(ここ)には在(いま)さず、その言へる如く甦へり給へり。來りてその置かれ給ひし處を見よ。かつ速(すみや)かに往きて、その弟子たちに「彼は死人の中より甦へり給へり。視よ、汝らに先だちてガリラヤに往き給ふ、彼處にて謁ゆるを得ん」と告げよ。視よ、汝らに之を告げたり』女たち懼と大なる歡喜とをもて、速かに墓を去り、弟子たちに知らせんとて走りゆく。視よ、イエス彼13012910らに遇ひて『安かれ』と言ひ給ひたれば、進みゆき、御足を抱きて拜す。ここにイエス言ひたまふ『懼るな、往きて我が兄弟たちに、ガリラヤにゆき、彼處にて我を見るべきことを知らせよ』
 女たちの往きたるとき、視よ、番兵のうちの數人、都にいたり、凡(すべ)て有りし事どもを祭司長らに告ぐ。祭司長ら、長老らと共に集りて相議り、兵卒どもに多くの銀を與へて言ふ、『なんぢら言へ「その弟子ら夜きたりて、我らの眠れる間に彼を盜めり」と。この事もし總督に聞えなば、我ら彼を宥(なだ)めて汝らに憂(うれひ)なからしめん』彼ら銀をとりて言ひ含められたる如くしたれば、此の話ユダヤ人の中にひろまりて、今日(こんにち)に至れり。
 十一弟子たちガリラヤに往きて、イエスの命じ給ひし山にのぼり、遂に謁(まみ)えて拜せり。されど疑ふ者もありき。イエス進みきたり、彼らに語りて言ひたまふ『我は天にても地にても一切(すべて)の權を與へられたり。されば汝ら往きて、もろもろの國人を弟子となし、父と子と聖靈との名によりてバプテスマを施し、わが汝らに命ぜし凡ての事を守るべきを教へよ。視よ、我は世の終まで常に汝らと偕に在るなり』

 これで十一人の弟子たちは、全世界にこのイエスの教えを伝えに行くのです。そして皆をやがては洗礼していくのでしょう13012911ね。
 私は「吉本隆明『マチウ書試論』」を読んで、その「マルコ傳」そのものを読む気になったものです。そして次からは「吉本隆明『喩としてのマルコ伝』」を読むことによって、また『舊新約聖書』の『マルコ傳』を読んでいくことにします。

13012810 この章も私には実にすさまじい思いになります。思うだけでなく、実際のシーンを思い浮かべてしまいます。でもどう見ても私にはユダは気の弱い男にしか思えません。そしてローマのピラトも百卒長も悪くは思えません。百卒長はむしろイエスを信じているとしか思えません。どうみても群衆がいけないです。

第27章
 夜明けになりて、凡ての祭司長・民の長老ら、イエスを殺さんと相議り、遂に之を縛り、曳きゆきて總督ピラトに付せり。ここにイエスを賣りしユダ、その死に定められ給ひしを見て悔い、祭司長・長老らに、かの三十の銀をかへして言ふ、『われ罪なきの血を賣りて罪を犯したり』彼らいふ『われら何ぞ干らん、汝みづから當るべし』彼その銀を聖所に投げすてて去り、ゆきて自ら縊れたり。祭司長らその銀をとりて言ふ『これは血の價なれば、宮の庫(くら)に納むるは可からず』かくて相議り、その銀をもて陶工(すゑつくり)の畑を買ひ、旅人らの墓地とせり。之によりて其の畑(はた)は、今に至るまで血の畑と稱(とな)へらる。ここに預言者エレミヤによりて云はれたる言は成就したり。曰く『かくて彼ら値積(ねづも)られしもの、即ちイスラエルの子らが値積りし者の價(あたひ)の銀三十をとりて、陶工(すえつくり)の畑(はた)の代(しろ)に之を與へたり。主の我に命じ給ひし如し』
 さてイエス、總督の前に立ち給ひしに、總督問ひて言ふ『なんぢはユダヤ人の王なるか』イエス言ひ給ふ『なんぢの言ふが如し』祭司長・長老ら訴ふれども、何をも答へ給はず。ここにピラト彼に言ふ『聞かぬか、彼らが汝に對して如何におほくの證據(しょうこ)を立つるを』されど總督の甚(いた)く怪しむまで、一言をも答へ給はず。祭の時には、總督群衆の望にまかせて、囚人一人を之に赦す例あり。ここにバラバといふ隱れなき囚人あり。されば人々の13012903集れる時、ピラト言ふ『なんぢら我が誰を赦さんことを願ふか。バラバなるか、キリストと稱ふるイエスなるか』これピラト彼らのイエスを付ししは嫉(ねたみ)に因ると知る故なり。彼なほ審判の座にをる時、その妻、人を遣して言はしむ『かの義人に係ることを爲な、我けふ夢の中にて彼の故にさまざま苦しめり』祭司長・長老ら、群衆にバラバの赦されん事を請(こ)はしめ、イエスを亡さんことを勸む。總督こたへて彼らに言ふ『二人の中いづれを我が赦さん事を願ふか』彼らいふ『バラバなり』ピラト言ふ『さらばキリストと稱ふるイエスを我いかにすべきか』皆いふ『十字架につくべし』ピラト言ふ『かれ何の惡事をなしたるか』彼ら烈しく叫びていふ『十字架につくべし』ピラトは何の效(かひ)なく反つて亂にならんとするを見て、水をとり群衆のまへに手を洗ひて言ふ『この人の血につきて我は罪なし、汝等みづから當れ』民みな答へて言ふ『其の血は、我らと我らの子孫とに歸すべし』ここにピラト、バラバを彼らに赦し、イエスを鞭うちて、十字架につくる爲に付(わた)せり。
 ここに總督の兵卒ども、イエスを官邸につれゆき、全隊を御許(もとも)に集め、その衣をはぎて、緋色の上衣をきせ、茨の冠冕(かんむり)を編みて、その首に冠らせ、葦を右の手にもたせ、且その前に跪づき、嘲弄して言ふ『ユダヤ人の王、安かれ』また之に唾(つばき)し、かの葦をとりて其の首を叩く。かく嘲弄してのち、上衣を剥ぎて、故(もと)の衣をきせ、十字架につけんとて曳きゆく。
 その出づる時、シモンといふクレネ人にあひしかば、強ひて之にイエスの十字架をおはしむ。かくてゴルゴタといふ處、即ち髑髏(されかうべ)の地にいたり、苦味を混ぜたる葡萄酒を飮ませんとしたるに、嘗(な)めて、飮まんとし給はず。彼らイエスを十字架につけてのち、籤をひきて其の衣をわかち、且そこに坐して、イエスを守る。その首の上に『これはユダヤ人の王イエスなり』と記したる罪標(すてふ13012904だ)を置きたり。ここにイエスとともに二人の強盜、十字架につけられ、一人はその右に、一人はその左におかる。往來の者どもイエスを譏り、首を振りていふ、『宮を毀(こぼ)ちて三日のうちに建つる者よ、もし神の子ならば己を救へ、十字架より下りよ』祭司長らもまた同じく、學者・長老らとともに嘲弄して言ふ、『人を救ひて己を救ふこと能はず。彼はイスラエルの王なり、いま十字架より下りよかし、さらば我ら彼を信ぜん。彼は神に依り頼めり、神かれを愛(いつく)しまば今すくひ給ふべし「我は神の子なり」と云へり』ともに十字架につけられたる強盜どもも、同じ事をもてイエスを罵(ののし)れり。
 晝の十二時より地の上あまねく暗くなりて、三時に及ぶ。三時ごろイエス大聲に叫びて『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』と言ひ給ふ。わが神、わが神、なんぞ我を見棄て給ひしとの意なり。そこに立つ者のうち或人々これを聞きて『彼はエリヤを呼ぶなり』と言ふ。直ちにその中の一人はしりゆきて海綿をとり、酸き葡萄酒を含ませ、葦につけてイエスに飮ましむ。その他の者ども言ふ『まて、エリヤ來りて彼を救ふや否や、我ら之を見ん』イエス再び大聲に呼はりて息絶えたまふ。視よ、聖所(せいじょ)の幕、上より下まで裂けて二つとなり、また地震ひ、磐(いわ)さけ、墓ひらけて、眠りたる聖徒の屍體(しかばね)おほく活きかへり、イエスの復活ののち墓をいで、聖なる都に入りて、多くの人に現れたり。百卒長および之と共にイエスを守りゐたる者ども、地震とその有りし事とを見て甚く懼れ『實(げ)に彼は神の子なりき』と言へり。その處にて遙に望みゐたる多くの女あり、イエスに事へてガリラヤより從ひ來りし者どもなり。その中には、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、及びゼベダイの子らの母などもゐたり。
 日暮れて、ヨセフと云ふアリマタヤの富める人きたる。彼もイエスの弟子なるが、ピラトに往きてイエスの屍體を請ふ。ここにピラト之を付すことを命ず。ヨセフ屍體をとりて淨き亞麻布(あまぬの)につつみ、岩にほりたる己が新しき墓に納め、墓の入口に大なる石を轉(まろば)しおきて去りぬ。其處にはマグダラのマリヤと他のマリヤと墓に向ひて坐しゐたり。
 あくる日、即ち準備日(そなえび)の翌日、祭司長らとパリサイ人らとピラトの許に集りて言ふ、『主よ、かの惑すもの生き居りし時「われ三日の後に甦へらん」と言ひしを、我ら思ひいだせり。されば命じて三日に至るまで墓を固めしめ給へ、恐らくはその弟子ら來りて之を盜み、「彼は死人の中より甦へれり」と民に言はん。然らば後の惑(まどひ)は前のよりも甚だしからん』ピラト言ふ『なんぢらに番兵あり、往きて力限り固めよ』乃ち彼らゆきて石に封印し、番兵を置きて墓を固めたり。13012905

 ユダヤの民衆はこういうのです。『其の血(イエスの流す血)は、我らと我らの子孫とに歸すべし』。これがのちのちのユダヤ人迫害につながることのように私には思えます。 イエスを殺してしまったのは、多くの民衆ではないのですか。私はどうしても悲しくてなりません。

13012707 この章は実にすさまじい思いになります。イエスは、『鷄鳴く前に、なんぢ三たび我を否む』といいます。ペテロをはじめ弟子たちはみな『我なんぢと共に死ぬべき事ありとも汝を否まず』というのです。でも事の事実はだれもがイエスを『我その人を知らず』と言い、そして最後に、「ペテロ『にはとり鳴く前に、なんぢ三度われを否まん』と、イエスの言ひ給ひし御言を思ひだし、外に出でて甚く泣けり」となるのです。これはどうしても私は涙を流してしまいます。これは十二弟子たちのことではなく、私たちの誰もを言っているのです。

第26章
  イエスこれらの言をみな語りをへて、弟子たちに言ひ給ふ『なんぢらの知るごとく、二日の後は過越(すぎこし)の祭なり、人の子は十字架につけられん爲に賣らるべし』そのとき祭司長・民の長老ら、カヤパといふ大祭司の中庭に集り、詭計(たばかり)をもてイエスを捕へ、かつ殺さんと相議(あいはか)りたれど、又いふ『まつりの間は爲すべからず、恐らくは民の中に亂起らん』
  イエス、ベタニヤにて癩病(らいびやうにん)人シモンの家に居給ふ時、ある13012710女、石膏の壺に入りたる貴(たふと)き香油(にほひあぶら)を持ちて、近づき來り、食事の席に就き居給ふイエスの首(かうべ)に注げり。弟子たち之を見て憤ほり言ふ『何故(なにゆゑ)かく濫(みだり)なる費(ついえ)をなすか。之を多くの金に賣りて、貧しき者に施すことを得たりしものを』イエス之を知りて言ひたまふ『何ぞこの女を惱すか、我に善き事をなせるなり。貧しき者は常に汝らと偕にをれど、我は常に偕に居らず。この女の我が體に香油を注ぎしは、わが葬りの備(そなへ)をなせるなり。まことに汝らに告ぐ、全世界いずこにても、この福音の宣傅(のべつた)へらるる處には、この女のなしし事も記念として語らるべし』
  ここに十二弟子の一人イスカリオテのユダといふ者、祭司長らの許にゆきて言ふ『なんぢらに彼を付さば、何ほど我に與へんとするか』彼ら銀三十を量り出せり。ユダこの時よりイエスを付(わた)さんと好(よ)き機(をり)を窺ふ。
  除酵祭(じょこうさい)の初(はじめ)の日、弟子たちイエスに來りて言ふ『過越(すぎこし)の食をなし給ふために、何處に我らが備ふる事を望み給ふか』イエス言ひたまふ『都にゆき、某のもとに到りて「師いふ、わが時近づけり。われ弟子たちと共に過越を汝の家にて守らん」と言へ』弟子たちイエスの命じ給ひし如くして、過越の備(そなへ)をなせり。日暮れて十二弟子とともに席に就きて、食するとき言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、汝らの中の一人われを賣らん』弟子たち甚く憂ひて、おのおの『主よ、我なるか』と言ひいでしに、答へて言ひたまふ『我とともに手を鉢に入るる者われを賣らん。人の子は己に就きて録されたる如く逝くなり。されど人の子を賣る者は禍害なるかな、その人は生れざりし方よかりしものを』イエスを賣るユダ答へて言ふ『ラビ、我なるか』イエス言ひ給ふ『なんぢの言へる如し』彼ら食しをる時、イエス、パンをとり、祝してさき、弟子たちに與へて言ひ給ふ『取りて食へ、これは我が體なり』また酒杯をとりて謝し、彼らに與へて言ひ給ふ『なんぢら皆この酒杯(さかづき)より飮め。これは契約のわが血なり、多くの人のために、罪の赦を得させんとて流す所のものなり。われ汝らに告ぐ、わが父の國にて新しきものを汝らと共に飮む日までは、われ今より後この葡萄の果より成るものを飮まじ』彼ら讃美を歌ひて後オリブ山に出でゆく。
13012711  ここにイエス弟子たちに言ひ給ふ『今宵なんぢら皆われに就きて躓(つまづ)かん「われ牧羊者(ひつじかひ)を打たん、さらば群の羊散るべし」と録(しる)されたるなり。されど我よみがへりて後、なんぢらに先だちてガリラヤに往かん』ペテロ答へて言ふ『假令(たとひ)みな汝に就きて躓(つまづ)くとも我はいつまでも躓かじ』イエス言ひ給ふ『まことに汝に告ぐ、こよひ鷄鳴く前に、なんぢ三たび我を否むべし』ペテロ言ふ『我なんぢと共に死ぬべき事ありとも汝を否まず』弟子たち皆かく言へり。
  ここにイエス彼らと共にゲツセマネといふ處にいたりて、弟子たちに言ひ給ふ『わが彼處(かしこ)にゆきて祈る間、なんぢら此處に坐せよ』かくてペテロとゼベダイの子二人とを伴ひゆき、憂ひ悲しみ出でて言ひ給ふ、『わが心いたく憂ひて死ぬばかりなり。汝ら此處に止りて我と共に目を覺(さま)しをれ』少し進みゆきて、平伏し祈りて言ひ給ふ『わが父よ、もし得べくば此の酒杯(さかづき)を我より過(す)ぎ去らせ給へ。されど我が意(こころ)の儘(まま)にとにはあらず、御意のままに爲し給へ』弟子たちの許にきたり、その眠れるを見てペテロに言ひ給ふ『なんぢら斯く一時も我と共に目を覺し居ること能はぬか。誘惑(まどわし)に陷らぬやう、目を覺しかつ祈れ。實(げ)に心は熱すれども肉體よわきなり』また二度ゆき祈りて言ひ給ふ『わが父よ、この酒杯(さかづき)もし我飮までは過ぎ去りがたくば、御意(みこころ)のままに成し給へ』復(また)きたりて彼らの眠れるを見たまふ、是その目疲れたるなり。また離れゆきて、三たび同じ言にて祈り給ふ。而して弟子たちの許に來りて言ひ給ふ『今は眠りて休め。視よ、時近づけり、人の子は罪人らの手に付さるるなり。起きよ、我ら往くべし。視よ、我を賣るもの近づけり』
  なほ語り給ふほどに、視よ、十二弟子の一人なるユダ來る、祭司長・民の長老らより遣されたる大なる群衆、劍と棒とをもちて之に伴ふ。イエスを賣る者あらかじめ合圖を示して言ふ『わが接吻する者はそれなり、之を捕へよ』かくて直ちにイエスに近づき『ラビ、安かれ』といひて接吻したれば、イエス言ひたまふ『友よ、何とて來る』このとき人々すすみてイエスに手をかけて捕ふ。視よ、イエスと偕にありし者のひとり、手をのべ劍を拔きて、大祭司の僕をうちて、その耳を切り落せり。ここにイエス彼に言ひ給ふ『なんぢの劍をもとに收めよ、すべて劍をとる者は劍にて亡ぶるなり。我わが父に請ひて、十二軍(じゅうにぐん)に餘る御使(みつかひ)を今あたへらるること能はずと思ふか。もし然せば、斯くあるべく録(しる)したる聖書はいかで成就すべき』この時イエス群衆に言ひ給ふ『なんぢら強盜に向ふごとく劍と棒とをもち、我を捕へんとて出で來るか。我は日々宮に坐して教へたりしに、汝ら我を捕へざりき。されどかくの如くなるは、みな預言者たちの書の成就せん爲なり』ここに弟子たち皆イエスを棄てて逃げさりぬ。
  イエスを捕へたる者ども、學者・長老らの集り居る大祭司(だいさいし)カヤパの許に曳きゆく。ペテロ遠く離れ、イエスに從ひて大祭司の中庭まで到り、その成行を見んとて、そこに入り下役どもと共に坐せり。祭司長らと全議會と、イエスを死に定めんとて、いつはりの證據を求めたるに、多くの僞證者いでたれども得ず。後に二人の者いでて言ふ『この人は「われ神の宮を毀ち三日にて建て13012712得べし」と云へり』大祭司たちてイエスに言ふ『この人々が汝に對して立つる證據に何をも答へぬか』されどイエス默(もだ)し居(入給ひたれば、大祭司いふ『われ汝に命ず、活ける神に誓ひて我らに告げよ、汝はキリスト、神の子なるか』イエス言ひ給ふ『なんぢの言へる如し。かつ我なんぢらに告ぐ、今より後、なんぢら人の子の全能者の右に坐し、天の雲に乘りて來るを見ん』ここに大祭司おのが衣を裂きて言ふ『かれけがし言(ごと)をいへり、何ぞ他に證人を求めん。視よ、なんぢら今このけがし言をきけり。いかに思ふか』答へて言ふ『かれは死に當れり』ここに彼等その御顏に唾し、拳(こぶし)にて搏ち、或者どもは手掌(てのひら)にて批(たたき)て言ふ『キリストよ、我らに預言せよ、汝をうちし者は誰なるか』
  ペテロ外にて中庭に坐しゐたるに、一人の婢女(はしため)きたりて言ふ『なんぢもガリラヤ人イエスと偕にゐたり』かれ凡ての人の前に肯(うけが)はずして言ふ『われは汝の言ふことを知らず』かくて門まで出で往きたるとき、他の婢女かれを見て、其處にをる者どもに向ひて『この人はナザレ人イエスと偕にゐたり』と言へるに、重ねて肯はず、契ひて『我はその人を知らず』といふ。暫くして其處に立つ者ども近づきてペテロに言ふ『なんぢも慥(たしか)にかの黨與なり、汝の國訛なんぢを表せり』ここにペテロ盟(ちか)ひかつ契(ちか)ひて『我その人を知らず』と言ひ出づるをりしも、鷄鳴きぬ。ペテロ『にはとり鳴く前に、なんぢ三度われを否まん』と、イエスの言ひ給ひし御言を思ひだし、外に出でて甚く泣けり。

13012713 ここでイエスのいう通りになって泣いているのはペテロですが、実は私たちすべてなのです。「いや俺は違う」といいたい私もいるのですが、それは程度の差でしかありません。『にはとり鳴く前に、なんぢ三度われを否まん』というのは私なのです。

13012605  どうしても、この章が私には理解し難いものですから、マタイによる福音書(口語訳)を読んでしまいました。「各人の能力(ちから)に應じて、或者には五タラント、或者には二タラント、或者には一タラントを與へ置きて旅立せり」で始まる話が正確に分からなかったのです。でもこれで理解できました。マタイ伝というのは、私が思い込むような単純な話ではないのですね。

第25章
  このとき天國は、燈火(ともしび)を執りて新郎を迎へに出づる、十人の處女(をとめ)に比ふべし。その中の五人は愚(おろか)にして五人は慧し。愚なる者は燈火をとりて油を携へず、慧きものは油を器に入れて燈火とともに携へたり。新郎遲かりしかば、皆まどろみて寢ぬ。夜半に「やよ、新郎なるぞ、出で迎へよ」と呼はる聲す。ここに處女みな起きてその燈火を整へたるに、愚なる者は慧きものに言ふ「なんぢらの油を分けあたへよ、我らの燈火きゆるなり」慧きもの答へて言ふ「恐らくは我らと汝らとに足るまじ、寧ろ賣るものに往きて己がために買へ」彼ら買はんとて往きたる間に新郎きたりたれば、備へをりし者どもは彼とともに婚筵(こんえん)にいり、而して門は閉されたり。その後かの他の處女ども來りて「主よ、主よ、われらの爲にひらき給へ」と言ひしに、答へて「まことに汝らに告ぐ、我は汝らを知らず」と言へり。されば目を覺しをれ、汝らは其の日その時を知らざるなり。
13012606 また或人とほく旅立せんとして、其の僕どもを呼び、之に己が所有(もちもの)を預くるが如し。各人の能力(ちから)に應じて、或者には五タラント、或者には二タラント、或者には一タラントを與へ置きて旅立せり。五タラントを受けし者は、直ちに往き、之をはたらかせて他に五タラントを贏(まう)け、二タラントを受けし者も同じく他に二タラントを贏く。然るに一タラントを受けし者は、往きて地を掘り、その主人の銀をかくし置けり。久しうして後この僕どもの主人きたりて彼らと計算したるに、五タラントを受けし者は他に五タラントを持ちきたりて言ふ「主よ、なんぢ我に五タラントを預けたりしが、視よ、他に五タラントを贏けたり」主人いふ「宜いかな、善かつ忠なる僕、なんぢは僅(わずか)なる物に忠なりき。我なんぢに多くの物を掌(つかさ)どらせん、汝の主人の勸喜(よろこび)に入れ」二タラントを受けし者も來りて言ふ「主よ、なんぢ我に二タラントを預けたりしが、視よ、他に二タラントを贏けたり」主人いふ「宜いかな、善かつ忠なる僕、なんぢは僅なる物に忠なりき。我なんぢに多くの物を掌どらせん、汝の主人の勸喜にいれ」また一タラントを受けし者もきたりて言ふ「主よ、我はなんぢの嚴(きび)しき人にて、播かぬ處より刈り、散らさぬ處より斂(あつ)むることを知るゆゑに、懼(おそ)れてゆき、汝のタラントを地に藏(かく)しおけり。視よ、汝はなんぢの物を得たり」主人こたへて言ふ「惡しくかつ惰(おこた)れる僕、わが播かぬ處より刈り、散さぬ處より斂むることを知るか。さらば我が銀(かね)を銀行にあづけ置くべかりしなり、我きたりて利子とともに我が物をうけ取りしものを。されば彼のタラントを取りて十タラントを有てる人に與へよ。すべて有てる人は、與へられて愈々(いよいよ)豐ならん。されど有たぬ者は、その有てる物をも取らるべし。而して此の無益なる僕を外の暗黒(くらき)に逐ひいだせ、其處にて哀哭・切齒することあらん」
13012607 人の子その榮光をもて、もろもろの御使(みつかひ)を率ゐきたる時、その榮光の座位(くらひ)に坐せん。かくてその前にもろもろの國人あつめられん、之を別つこと牧羊者(ひつじかひ)が羊と山羊とを別(わか)つ如くして、羊をその右に、山羊をその左におかん。ここに王その右にをる者どもに言はん「わが父に祝せられたる者よ、來りて世の創より汝等のために備へられたる國を嗣げ。なんぢら我が飢ゑしときに食はせ、渇きしときに飮ませ、旅人なりし時に宿らせ、裸なりしときに衣せ、病みしときに訪(とぶら)ひ、獄(ひとや)に在りしときに來りたればなり」ここに、正しき者ら答へて言はん「主よ、何時なんぢの飢ゑしを見て食はせ、渇きしを見て飮ませし。何時なんぢの旅人なりしを見て宿らせ、裸なりしを見て衣せし。何時なんぢの病みまた獄に在りしを見て、汝にいたりし」王こたへて言はん「まことに汝らに告ぐ、わが兄弟なる此等のいと小き者の一人になしたるは、即ち我に爲したるなり」かくてまた左にをる者どもに言はん「詛(のろ)はれたる者よ、我を離れて惡魔とその使らとのために備へられたる永遠(とこしえ)の火に入れ。なんぢら我が飢ゑしときに食はせず、渇きしときに飮ませず、旅人なりしときに宿らせず、裸なりしときに衣せず、病みまた獄(ひとや)にありしときに訪(とぶら)はざればなり」ここに彼らも答へて言はん「主よ、いつ汝の飢ゑ、或は渇き、或は旅人、あるひは裸、あるひは病み、或は獄に在りしを見て事へざりし」ここに王こたへて言はん「誠になんぢらに告ぐ、此等のいと小きものの一人に爲さざりしは、即ち我になさざりしなり」と。かくて、これらの者は去りて永遠(とこしえ)の刑罰にいり、正しき者は永遠の生命に入らん』

 私はここでまた始めてマタイ伝でいう話、神がつかめた思いです。神は、人間13012608にこういう思いを伝え、そうでないものは嫌いなのだ。なるほどなあ。

  実はマタイ伝(口語訳)のここを読むのに、どこのサイトがいいのか悩みました。それでいくつかあたりましてここにしたものです。

 http://bible.salterrae.net/kougo/html/matthew.html
             マタイによる福音書

 口語訳聖書は私のブログのサイドバーでもリンクしました。

13012504「無花果の樹よりの譬をまなべ」。 私にはちゃんと学べるのかなあ。いつもいつも吉本(吉本隆明)さんのいくつもの著作を思い出しています。その書かれている言葉を思い出しています。

第24章
 イエス宮を出でてゆき給ふとき、弟子たち宮の建造物を示さんとて御許に來りしに、答へて言ひ給ふ『なんぢら此の一切の物を見ぬか。誠に汝らに告ぐ、此處に一つの石も崩されずしては石の上に遺らじ』
 オリブ山に坐し給ひしとき、弟子たち竊(ひそか)に御許に來りて言ふ『われらに告げ給へ、これらの事は何時あるか、又なんぢの來り給ふと世の終とには、何の兆あるか』イエス答へて言ひ給ふ『なんぢら人に惑されぬやうに心せよ。多くの者わが名を冒(をか)し來り「我はキリストなり」と言ひて多くの人を惑さん。又なんぢら戰爭(いくさ)と戰爭の噂とを聞かん、愼みて懼るな。かかる事はあるべきなり、されど未だ終にはあらず。即ち「民は民に、國は國に逆(さから)ひて起たん」また13012505處々(ところどころ)に饑饉と地震とあらん、此等はみな産(うみ)の苦難(くるしみ)の始(はじめ)なり。そのとき人々なんぢらを患難(なやみ)に付(わた)し、また殺さん、汝等わが名の爲に、もろもろの國人(くにびと)に憎まれん。その時おほくの人つまづき、且たがひに付(わた)し、互に憎まん。多くの僞(にせ)預言者おこりて、多くの人を惑さん。また不法の増すによりて、多くの人の愛ひややかにならん。されど終まで耐へしのぶ者は救はるべし。御國のこの福音は、もろもろの國人(くにびと)に證(あかし)をなさんため全世界に宣傅へられん、而してのち終は至るべし。
 なんぢら預言者ダニエルによりて言はれたる「荒す惡むべき者」の聖なる處に立つを見ば(讀む者さとれ)その時ユダヤに居る者どもは山に遁れよ。屋の上に居る者はその家の物を取り出さんとして下るな。畑にをる者は上衣を取らんとて歸るな。その日には孕りたる者と乳を哺(の)まする者とは禍害(わざわひ)なるかな。汝らの遁ぐることの冬または安息日(あなそくにち)に起らぬように祈れ。そのとき大なる患難(なやみ)あらん、世の創より今に至るまでかかる患難はなく、また後にも無からん。その日もし少くせられずば、一人だに救はるる者なからん、されど選民の爲にその日少くせらるべし。その時あるひは「視よ、キリスト此處にあり」或は「此處にあり」と言ふ者ありとも信ずな。僞キリスト・僞預言者おこりて、大なる徴(しるし)と不思議とを現(あらは)し、爲し得べくば選民をも惑さんとするなり。視よ、あらかじめ之を汝らに告げおくなり。されば人もし汝らに「視よ、彼は荒野にあり」といふとも出で往くな「視よ、彼は部屋にあり」と言ふとも信ずな。電光(いなづま)の東より出でて西にまで閃(ひらめ)きわたる如く、人の子の來るも亦然らん。それ死骸のある處には鷲(わし)あつまらん。
 これらの日の患難(なやみ)ののち直ちに日は暗く、月は光を發たず、星は空より隕(お)ち、天の萬象(ばんしょう)ふるひ動かん。そのとき人の子の兆(しるし)、天に現れん。そのと13012506き地上の諸族みな嘆き、かつ人の子の能力と大なる榮光とをもて、天の雲に乘り來るを見ん。また彼は使たちを大なるラッパの聲とともに遣さん。使たちは天の此の極(はて)より彼(か)の極まで、四方より選民を集めん。
 無花果の樹よりの譬をまなべ、その枝すでに柔かくなりて葉芽ぐめば、夏の近きを知る。かくのごとく汝らも此等のすべての事を見(み)ば、人の子すでに近づきて門邊(かどべ)に到るを知れ。誠に汝らに告ぐ、これらの事ことごとく成るまで、今の代(よ)は過ぎ往くまじ。天地は過ぎゆかん、されど我が言は過ぎ往くことなし。その日その時を知る者なし、天の使たちも知らず、子も知らず、ただ父のみ知り給ふ。ノアの時のごとく人の子の來るも然あるべし。曾て洪水の前ノア方舟に入る日までは、人々飮み食ひ、娶(めと)り嫁がせなどし、洪水の來りて悉とく滅すまでは知らざりき、人の子の來るも然(しか)あるべし。そのとき二人の男畑にをらんに、一人は取られ一人は遺されん。二人の女磨(うす)ひき居らんに、一人は取られ一人は遺されん。されば目を覺しをれ、汝らの主のきたるは、何れの日なるかを知らざればなり。汝等これを知れ、家主(いえあるじ)もし盜人いづれの時きたるかを知らば、目をさまし居て、その家を穿(うが)たすまじ。この故に汝らも備へをれ、人の子は思はぬ時に來ればなり。主人が時に及びて食物を與へさする爲に、家の者のうへに立てたる忠實(まめやか)にして慧(さと)き僕は誰なるか。主人のきたる時、かく爲し居るを見らるる僕は幸福(さいわい)なり。まことに汝らに告ぐ、主人すべての所有(もちもの)を彼に掌(つかさ)どらすべし。もしその僕惡しくして、心のうちに主人は遲しと思ひて、その同輩を叩きはじめ、酒徒(さけのみ)らと飮食(のみくひ)を共にせば、その僕の主人おもはぬ日しらぬ時に來りて、之13012507を烈しく笞うち、その報を僞善者と同じうせん。其處にて哀哭(なげき)・切齒(はがみ)することあらん。

 私にとっては、いくつもの吉本隆明さんの著作がこのマタイ伝になるものです。厳しいけれど、でも何度も読んでいきます。

13012402  私にはこの章も難しすぎます。「ああエルサレム、エルサレム」から言うイエスの言葉は私には厳しいとしか思えないのです。
 思えば、私はこの信仰がまったくなくてよかったなとしか思えません。イエスはどうしてこんなに厳しい言葉をはくのだろうか。

第23章
 ここにイエス群衆と弟子たちとに語りて言ひ給ふ、『學者とパリサイ人とはモーセの座を占む。されば凡てその言ふ所は守りて行へ、されどその所作(しわざ)には效(なら)ふな、彼らは言ふのみにて行はぬなり。また重き荷を括りて人の肩にのせ、己は指にて之を動かさんともせず。凡てその所作は人に見られん爲にするなり。即ちその經札(きやうふだ)を幅ひろくし、衣(ころも)の總(ふさ)を大くし、饗宴(ふるまひ)の上席、會堂の上座、市場にての敬禮、13012403また人にラビと呼ばるることを好む。されど汝らはラビの稱(となへ)を受くな、汝らの師は一人にして、汝等はみな兄弟なり。地にある者を父と呼ぶな、汝らの父は一人、すなはち天に在(いま)す者なり。また導師の稱(となへ)を受くな、汝らの導師はひとり、即ちキリストなり。汝等のうち大なる者は、汝らの役者とならん。凡そおのれを高うする者は卑うせられ、己を卑うする者は高うせらるるなり。
 禍害なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、なんぢらは人の前に天國を閉して自ら入(い)らず、入(い)らんとする人の入るをも許さぬなり。禍害なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは一人の改宗者を得んために海陸(うみをか)を經(へ)めぐり、既に得(う)れば、之を己に倍したるゲヘナの子となすなり。
 禍害なるかな、盲目(めしひ)なる手引よ、なんぢらは言ふ「人もし宮を指(さ)して誓はば事なし、宮の黄金(こがね)を指(さ)して誓はば果さざるべからず」と。愚(おろか)にして盲目なる者よ、黄金と黄金を聖ならしむる宮とは孰(いずれ)か貴き。なんぢら又いふ「人もし祭壇を指して誓はば事なし、其の上の供物(そなへもの)を指して誓はば果さざるべからず」と。盲目なる者よ、供物と供物を聖ならしむる祭壇とは孰(いづれ)か貴き。されば祭壇を指して誓ふ者は、祭壇とその上の凡ての物とを指して誓ふなり。宮を指して誓ふ者は、宮とその内に住みたまふ者とを指して誓ふなり。また天を指して誓ふ者は、神の御座(みくら)とその上に坐したまふ者とを指して誓ふなり。
 禍害なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは薄荷(はくか)・蒔蘿(いのんど)・クミンの十分の一を納めて、律法(おきて)の中にて尤13012404も重き公平と憐憫(あはれみ)と忠信(ちゅうしん)とを等閑(なおざり)にす。されど之は行ふべきものなり、而して、彼もまた等閑にすべきものならず。盲目(めしひ)なる手引よ、汝らは蚋(ぶよ)を漉(こ)し出(いだ)して駱駝を呑むなり。
 禍害なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは酒杯(さかずき)と皿との外を潔(きよ)くす、されど内は貪慾と放縱(ほうじゅうとにて滿つるなり。盲目(めしひ)なるパリサイ人よ、汝まづ酒杯の内を潔めよ、さらば外も潔くなるべし。禍害(わざわひ)なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、内は死人の骨とさまざまの穢(けがれ)とにて滿つ。かくのごとく汝らも外は人に正しく見ゆれども、内は僞善と不法とにて滿つるなり。
 禍害なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは預言者の墓をたて、義人の碑を飾りて言ふ、「我らもし先祖の時にありしならば、預言者の血を流すことに與せざりしものを」と。かく汝らは預言者を殺しし者の子たるを自ら證(あかし)す。なんぢら己が先祖の桝目(ますめ)を充せ。蛇よ、蝮の裔(すえ)よ、なんぢら爭(いか)でゲヘナの刑罰を避け得んや。この故に視よ、我なんぢらに預言者・智者(ちしゃ)・學者らを遣さんに、其の中の或者を殺し、十字架につけ、或者を汝らの會堂にて鞭うち、町より町に逐ひ苦しめん。之によりて義人アベルの血より、聖所(せいじょ)と祭壇との間にて汝らが殺ししバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上にて流したる正しき血は、皆なんぢらに報い來らん。まことに汝らに告ぐ、これらの事はみな今の代に報い來るべし。
 ああエルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、遣されたる人々を石にて撃つ者よ、牝鷄(めんどり)のその雛を翼の下に集むるごとく、我なんぢの子どもを集めんとせしこと幾度ぞや、されど汝らは好まざりき。視よ、汝らの家は廢てられて汝らに遺らん。われ汝らに告ぐ「讃(ほ)むべきかな、主の名によりて來る者」と、汝等のいふ時の至るまでは、今より我を見ざるべし』13012405

 イエスの言うのは、信仰に従うことは私にはできないなとしか思えないのです。いやこれはマタイ伝だからなのでしょうか。
 私は最初はこのマタイ伝しか、ここに書くつもりはなかったのでしたが、今はマルコ伝も書いていこうかなあ、と少し思い始めています。

13012304「カイザルの物はカイザルに、神の物は神に」は実に知られた言葉ですが、このマタイ伝にあったのですね。
 ただこのパリサイ人たちがものすごく嫌な連中に思えてきます。

第22章
  イエスまた譬をもて答へて言ひ給ふ『天國は己が子のために婚筵(こんえん)を設くる王のごとし。婚筵に招きおきたる人々を迎へんとて僕どもを遺ししに、來るを肯(うけが)はず。復ほかの僕どもを遣すとて言ふ「招きたる人々に告げよ、視よ、晝餐(ひるげ)は既に備りたり。我が牛も肥えたる畜(けもの)も屠(ほふ)られて、凡ての物備りたれば、婚筵に來れと」然るに人々顧みずして、或者は己が畑に、或者は己が商賣(あきなひ)に往けり。また他の者は僕を執(とら)へて、辱しめかつ殺したれば、王怒りて軍勢を遣し、かの兇行者を滅して其の町を燒きたり。かくて僕どもに言ふ「婚筵は既に備りたれど、招きたる者どもは相應(ふさは)しからず。されば汝ら街に往きて、遇ふほどの者を婚筵に招け」僕ども途に出でて、善きも惡しきも遇ふほどの者をみな集めたれば、婚禮の席は客にて滿てり。王、客を見んとて入り來り、一人の禮服を著けぬ者あるを見て、之に言ふ「友よ、如何なれば禮服を著けずして此處に入りたるか」かれ默しゐたり。ここに王、侍者(じしゃ)らに言ふ「その手足を縛りて外の暗黒(くらき)に投げいだせ、其處にて哀哭(なげき)・切齒(はがみ)することあらん」それ招かるる者は多かれど、選ばるる者は少し』
 ここにパリサイ人ら出でて、如何にしてかイエスを言(ことば)の羂(わな)に係けんと相議り、その弟子らをヘロデ黨の者どもと共に遺して言はしむ『師よ、我らは知る、なんじは眞(まこと)にして、眞をもて神の道を教へ、かつ誰をも憚(はばか)りたまふ事なし、人の外貌(うはべ)を見給はぬ故なり。されば我らに告げたまへ、貢をカイザルに納むるは可きか、惡しきか、如何に思ひたまふ』イエスその邪曲(よこぢま)なるを知りて言ひたまふ『僞善者よ、なんぞ我を試(こころ)むるか。貢の金を我に見せよ』彼らデナリ一つを持ち來る。イエス言ひ給13012305ふ『これは誰の像(かたち)、たれの號(しるし)なるか』彼ら言ふ『カイザルのなり』ここに彼らに言ひ給ふ『さらばカイザルの物はカイザルに、神の物は神に納めよ』彼ら之を聞きて怪しみ、イエスを離れて去り往けり。
 復活なしといふサドカイ人ら、その日みもとに來り問ひて言ふ『師よ、モーセは「人もし子なくして死なば、其の兄弟かれの妻を娶りて、兄弟のために世嗣を擧ぐべし」と云へり。我らの中に七人の兄弟ありしが、兄めとりて死に、世嗣なくして其の妻を弟に遺したり。その二その三より、その七まで皆かくの如く爲し、最後にその女も死にたり。されば復活の時、その女は七人のうち誰の妻たるべきか、彼ら皆これを妻としたればなり』イエス答へて言ひ給ふ『なんぢら聖書をも神の能力をも知らぬ故に誤れり。それ人よみがへりの時は、娶(めと)らず嫁がず、天に在る御使(みつかひ)たちの如し。死人の復活(よみがへり)に就きては、神なんぢらに告げて、「我はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神なり」と言ひ給へることを未だ讀まぬか。神は死にたる者の神にあらず、生ける者の神なり』群衆これを聞きて其の教に驚けり。
 パリサイ人ら、イエスのサドカイ人らを默(もだ)さしめ給ひしことを聞きて相集(あひあつま)り、その中なる一人の教法師(けうほふし)、イエスを試むる爲に問ふ『師よ、律法(おきて)のうち孰(いずれ)の誡命(いましめ)が大(おほい)なる』イエス言ひ給ふ『「なんぢ心を盡し、精神を盡し、思を盡して主なる汝の神を愛すべし」これは大にして第一の誡命(いましめ)なり。第二もまた之にひとし「おのれの如くなんぢの隣を愛すべし」律法(おきて)全體と預言者とは此の二つの誡命(いましめ)に據るなり』
 パリサイ人らの集りたる時、イエス彼らに問ひて言ひ給ふ『なんぢらはキリストに就きて如何に思ふか、誰の子なるか』かれら言ふ『ダビデの子なり』イエス言ひ給ふ『さらばダビデ御靈(みたま)に感じて何故かれを主と稱ふるか。曰く
  「主わが主に言ひ給ふ、
  われ汝の敵を汝の足の下に置くまでは、
  我が右に坐せよ」
斯くダビデ彼を主と稱ふれば、爭(いか)でその子ならんや』誰も一言だに答ふること能はず、その日より敢へて復イエスに問ふ者なかりき。13012306

 しかし、こうして文語で新約聖書を読んでいきますと、さまざななことが思い浮かんできます。吉本(吉本隆明)さんの思いを何度も思い浮かべています。マタイの語るイエスと吉本隆明さんを何度も思います。

13012215 この章が私には、今まで一番理解するのが難しい思いでした。なんとなく「吉本隆明『マチウ書試論』」で、イエス・キリストはこのマタイ伝を書いたマタイが作りあげたといわれているのが私にも分かる思いがしました。

第21章
 彼らエルサレムに近づき、オリブ山の邊(ほとり)なるベテパゲに到りし時、イエス二人の弟子を遣さんとして言ひ給ふ、『向の村にゆけ、やがて繋ぎたる驢馬(ろば)のその子とともに在るを見ん、解きて我に牽(ひ)ききたれ。誰かもし汝らに何とか言はば「主の用なり」と言へ、さらば直ちに之を遣さん』此の事の起りしは、預言者によりて云はれたる言の成就せん爲なり。曰く、
  『シオンの娘に告げよ、
  「視よ、汝の王、なんぢに來り給ふ。
    柔和にして驢馬に乘り、
    軛(くびき)を負ふ驢馬の子に乘りて」』
弟子たち往きて、イエスの命じ給へる如くして、驢馬とその子とを牽ききたり、己が衣をその上におきたれば、イエス之に乘りたまふ。群衆の多くはその衣を途(みち)にしき、或者は樹の枝を伐りて途に敷(し)く。かつ前にゆき後にしたがふ群衆よばはりて言ふ『ダビデの子にホサナ、讃むべきかな、主の御名(みな)によりて來る者。いと高き處にてホサナ』遂にエルサレムに入り給へば、都擧(みやここぞ)りて騷立(さわだ)ちて言ふ『これは誰なるぞ』群衆いふ『これガリラヤのナザレより出でたる預言者イエスなり』
  イエス宮に入り、その内なる凡ての賣買(うりかい)する者を逐ひいだし、兩替する者の臺(だい)、鴿(はと)を賣る者の腰掛を倒して言ひ給ふ、『「わが家は祈(いのり)の家と稱(とな)へらるべし」と録(しる)されたるに、汝らは之を強盜13012216の巣となす』宮にて盲人(めしい)・跛者(あしなへ)ども御許に來りたれば、之を醫したまへり。祭司長・學者らイエスの爲し給へる不思議なる業と、宮にて呼はり『ダビデの子にホサナ』と言ひをる子等(こども)とを見、憤ほりて、イエスに言ふ『なんぢ彼らの言ふところを聞くか』イエス言ひ給ふ『然り「嬰兒乳兒(みどりごちのみご)の口に讃美を備へ給へり」とあるを未だ讀まぬか』遂に彼らを離れ、都を出でてベタニヤにゆき、そこに宿り給ふ。 朝早く都にかへる時、イエス飢ゑたまふ。路の傍(かたへ)なる一もとの無花果(いちぢく)の樹を見て、その下(もと)に到り給ひしに、葉のほかに何をも見出さず、之に對ひて『今より後(のち)いつまでも果を結ばざれ』と言ひ給へば、無花果の樹たちどころに枯れたり。弟子たち之を見、怪しみて言ふ『無花果の樹の斯(か)く立刻(たちどころ)に枯れたるは何ぞや』イエス答へて言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、もし汝ら信仰ありて疑はずば、啻(ただ)に此の無花果の樹にありし如きことを爲し得るのみならず、此の山に「移りて海に入れ」と言ふとも亦成るべし。かつ祈のとき何にても信じて求めば、ことごとく得べし』
 宮に到りて教へ給ふとき、祭司長・民の長老ら御許に來りて言ふ『何の權威をもて此等の事をなすか、誰がこの權威を授けしか』イエス答へて言ひたまふ『我も一言なんぢらに問はん、もし夫(それ)を告げなば、我もまた何の權威をもて此等のことを爲すかを告げん。ヨハネのバプテスマは何處(いずこ)よりぞ、天よりか、人よりか』かれら互に論じて言ふ『もし天よりと言はば「何故かれを信ぜざりし」と言はん。もし人よりと言はんか、人みなヨハネを預言者と認むれば、我らは群衆を恐る』遂に答へて『知らず』と言へり。イエスもまた言ひたまふ『我も何の權威をもて此等のことを爲すか汝らに告げじ。なんぢら如何に思ふか、或人ふたりの子ありしが、その兄にゆきて言ふ「子よ、今日、葡萄園に往きて働け」答へて「主よ、我ゆかん」と言ひて終に往かず。また弟にゆきて同じやうに言ひしに、答へて「往かじ」と言ひたれど、後くいて往きたり。この二人のうち孰(いづれ)か父の意(こころ)を爲しし』彼らいふ『後(のち)の者なり』イエス言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、取税人と遊女(あそびめ)とは汝らに先だちて神の國に入るなり。それヨハネ義の道をもて來りしに、汝らは彼を信ぜず、取税人と遊女とは信じたり。然るに汝らは之を見し後も、なほ悔改めずして信ぜざりき。
13012217 また一つの譬を聽け、ある家主、葡萄園をつくりて籬(まがき)をめぐらし、中に酒槽(さかぶね)を掘り、櫓(やぐら)を建て、農夫どもに貸して遠く旅立(たびだち)せり。果期(みのりどき)ちかづきたれば、その果(み)を受取らんとて僕らを農夫どもの許(もと)に遣ししに、農夫どもその僕らを執へて、一人を打ちたたき、一人をころし、一人を石にて撃てり。復ほかの僕らを前よりも多く遣ししに、之をも同じやうに遇(あしら)へり。「わが子は敬(うやま)ふならん」と言ひて、遂にその子を遣(つかは)ししに、農夫ども此の子を見て互に言ふ「これは世嗣なり、いざ殺して、その嗣業(しげふ)を取らん」かくて之をとらへ、葡萄園の外に逐ひ出して殺せり。
 さらば葡萄園の主人(あるじ)きたる時、この農夫どもに何を爲さんか』かれら言ふ『その惡人どもを飽くまで滅し、果期(みのりどき)におよびて果(み)を納むる他の農夫どもに葡萄園を貸し與ふべし』イエス言ひたまふ
 『聖書に、
  「造家者らの棄てたる石は、
   これぞ隅の首石となれる、
   これ主によりて成れるにて、
   我らの目には奇しきなり」
とあるを汝ら未だ讀まぬか。この故に汝らに告ぐ、 汝らは神の國をとられ、 其の果を結ぶ國人は、 之を與へらるべし。この石の上に倒るる者はくだけ、 又この石、 人のうへに倒るれば、其の人を微塵(みじん)とせん』祭司長・パリサイ人ら、イエスの譬(たとへ)をきき、己らを指して語り給へるを悟り、イエスを執(とら)へんと思へど群衆を恐れたり、群衆かれを預言者とするに因る。13012218

『マチウ書試論』を読み直さないとならないと思っても、この本の山のどこにあるのだろう。思えば、私はこの本の山をどうすればいいのだろうか。
 昨日もいくつも驚いていたものです。いや映画のプログラムがいくつもあるのですね。

13012107 この章でもイエスは奇蹟ということを行います。

『わが汝らに何を爲さんことを望むか』彼ら言ふ『主よ、目の開かれんことなり』イエスいたく憫みて彼らの目に觸り給へば、直ちに物見ることを得て、イエスに從へり。

  私は最初小さいときに、こうした奇蹟を行うイエスを信じられませんでした。もちろん今も信じないです。でもこうしたことをなすイエスはいいです。なにか遠慮がちとしか私には思えないイエスなのです。三位一体なら、イエスも神と同じなのだから、もっとやれば私のような不信人もすぐに信じてしまうのにと思うのですね。

第20章
 天國(てんこく)は勞動人(はたらきびと)を葡萄園(ぶだうぞの)に雇ふために、朝早く出でたる主人(あるじ)のごとし。一日一デナリの約束をなして、勞動人どもを葡萄園に遣(つかは)す。また九時ごろ出でて市場に空しく立つ者どもを見て、「なんぢらも葡萄園に往け、相當のものを與へん」といへば、彼らも往く。十二時頃と三時頃とに復いでて前のごとくす。五時頃また出でしに、なほ立つ者どものあるを見ていふ「何ゆゑ終日(ひねもす)ここに空しく立つか」かれら言ふ「たれも我らを雇はぬ故なり」主人(あるじ)いふ「なんぢらも葡萄園に往け」夕(ゆうべ)になりて葡萄園の主人その家司(いへつかさ)に言ふ「勞動人を呼びて、後の者より始め、先の者にまで賃銀をはらへ」かくて五時ごろに雇はれしもの來りて、おのおの一デナリを受く。先の者き13012201たりて、多く受くるならんと思ひしに、之も亦おのおの一デナリを受く。受けしとき、家主(いへあるじ)にむかひ呟(つぶや)きて言ふ、「この後の者どもは僅(わずか)に一時間はたらきたるに、汝は一日の勞と暑さとを忍びたる我らと均しく之を遇(あしら)へり」主人こたへて其の一人に言ふ「友よ、我なんぢに不正をなさず、汝は我と一デナリの約束をせしにあらずや。己が物を取りて往け、この後の者に汝とひとしく與ふるは、我が意(こころ)なり。わが物を我が意(こころ)のままにするは可(よ)からずや、我よきが故に汝の目あしきか」かくのごとく後なる者は先に、先なる者は後になるべし』
 イエス、エルサレムに上(のぼ)らんとし給ふとき、竊に十二弟子を近づけて、途すがら言ひ給ふ、『視よ、我らエルサレムに上る、人の子は祭司長(さいしちょう)・學者らに付(わた)されん。彼ら之を死に定め、また嘲弄し、鞭うち、十字架につけん爲に異邦人に付さん、かくて彼は三日めに甦へるべし』
 ここにゼベダイの子らの母、その子らと共に御許にきたり、拜して何事か求めんとしたるに、イエス彼に言ひたまふ『何を望むか』かれ言ふ『この我が二人の子が汝の御國にて、一人は汝の右に、一人は左に坐せんことを命じ給へ』イエス答へて言ひ給ふ『なんぢらは求むる所を知らず、我が飮まんとする酒杯(さかづき)を飮み得るか』かれら言ふ『得るなり』イエス言ひたまふ『實(げ)に汝らは我が酒杯を飮むべし、されど我が右左に坐することは、これ我の與ふべきものならず、我が父より備へられたる人こそ與へらるるなれ』十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤(いきど)ほる。イエス彼らを呼びて言ひたまふ『異邦人の君のその民を宰(つかさ)どり、大なる者の民の上に權を執ることは、汝らの知る所なり。汝らの中にては然らず、汝らの中に大(おほひ)ならんと思ふ者は、汝らの役者(えきしゃ)となり、首(かしら)たらんと思ふ者は汝らの僕(しもべ)となるべし。かくのごとく、人の子の來れるも事へらるる爲にあらず、反つて事(つか)ふることをなし、又おほくの人の贖償(あがない)として己が生命(いのち)を與へん爲なり』
 彼らエリコを出づるとき、大なる群衆イエスに從へり。視よ、二人の盲人(めしい)、路(みち)の傍らに坐しをりしが、イエスの過ぎ給ふことを聞き、叫びて言ふ『主よ、ダビデの子よ、我らを憫みたまへ』群衆かれらを禁(いまし)めて默(もだ)さしめんとしたれど、愈々叫びて言ふ『主よ、ダビデの子よ、我らを憫み給へ』イエス立ちどまり、彼らを呼びて言ひ給ふ『わが汝らに何を爲さんことを望むか』彼ら言ふ『主よ、目の開かれんことな13012202り』イエスいたく憫みて彼らの目に觸り給へば、直ちに物見ることを得て、イエスに從へり。

  奇蹟を行うイエス。
 吉本(吉本隆明)さんがマチウ書(マタイ伝のフランス語読み)で、ジュジュ(イエスのこと)はこのマタイが作成した人物だと思ったのは充分にうなずけます。

13012004 イエスがいうことは、私には難しすぎます。

『「殺すなかれ」「姦淫するなかれ」「盜むなかれ」「僞證を立つる勿れ」「父と母とを敬へ」また「己のごとく汝の隣を愛すべし」』

 そしてさらにいうのです。

『なんぢ若し全からんと思はば、往きて汝の所有(もちもの)を賣りて貧しき者に施せ、さらば財寶(たから)を天に得ん。かつ來りて我に從へ』

 私には、これでこの

 この言をききて、若者悲しみつつ去りぬ。

という若者がよく分かります。イエスは厳しすぎるとしか私には思えないのです。最初にいうことは分かる、理解できるのですが、「貧しき者に施せ」と言われていることは私には難しい、無理なばかりです。

第19章
 イエスこれらの言を語り終へて、ガリラヤを去り、ヨルダンの彼方なるユダヤの地方に來り給ひしに、大なる群衆したがひたれば、此處にて彼らを醫し給へり。
  パリサイ人ら來り、イエスを試みて言ふ『何の故にかかはらず、人その妻を出(いだ)すは可(よ)きか』答へて言ひたまふ『人を造り給ひしもの、元始(はじめ)13012005より之を男と女とに造り、而して、「かかる故に人は父母(ちちはは)を離れ、その妻に合ひて、二人のもの一體となるべし」と言ひ給ひしを未だ讀まぬか。されば、はや二人にはあらず、一體なり。この故に神の合せ給ひし者は、人これを離すべからず』彼らイエスに言ふ『さらば何故モーセは離縁状を與へて出すことを命じたるか』彼らに言ひ給ふ『モーセは汝の心つれなきによりて妻を出(いだ)すことを許したり。されど元始(はじめ)より然(さ)にはあらぬなり。われ汝らに告ぐ、おほよそ淫行の故ならで其の妻をいだし他に娶る者は、姦淫を行ふなり』弟子たちイエスに言ふ『人もし妻のことに於てかくのごとくば、娶らざるに如かず』彼らに言ひたまふ『凡ての人この言を受け容るるにはあらず、ただ授けられたる者のみなり。それ生れながらの閹人(えんじん)あり、人に爲(せ)られたる閹人あり、また天國のために自らなりたる閹人あり、之を受け容れうる者は受け容るべし』 ここに人々イエスの手をおきて祈り給はんことを望みて、幼兒らを連れ來りしに、弟子たち禁(いまし)めたれば、イエス言ひたまふ『幼兒らを許せ、我に來るを止(とど)むな、天國はかくのごとき者の國なり』かくて手を彼らの上におきて此處を去り給へり。
  視よ、或人みもとに來りて言ふ『師よ、われ永遠(とこしえ)の生命(いのち)をうる爲には、如何なる善き事を爲すべきか』イエス言ひたまふ『善き事につきて何ぞ我に問ふか、善き者は唯ひとりのみ。汝もし生命に入らんと思はば誡命(いましめ)を守れ』彼いふ『孰を』イエス言ひたまふ『「殺すなかれ」「姦淫するなかれ」「盜むなかれ」「僞證を立つる勿れ」「父と母とを敬へ」また「己のごとく汝13012103の隣を愛すべし」』その若者いふ『我みな之を守れり、なほ何を缺くか』イエス言ひたまふ『なんぢ若し全からんと思はば、往きて汝の所有(もちもの)を賣りて貧しき者に施せ、さらば財寶(たから)を天に得ん。かつ來りて我に從へ』この言をききて、若者悲しみつつ去りぬ。大なる資産を有てる故なり。
 イエス弟子たちに言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、富める者の天國に入るは難し。復なんぢらに告ぐ、富める者の神の國に入るよりは、駱駝の針の孔を通るかた反(かへ)つて易し』弟子たち之をきき、甚だしく驚きて言ふ『さらば誰か救はるることを得ん』イエス彼らに目を注めて言ひ給ふ『これは人に能(あた)はねど、神は凡ての事をなし得るなり』ここにペテロ答へて言ふ『視よ、われら一切をすてて汝に從へり、されば何を得べきか』イエス彼らに言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、世あらたまりて人の子その榮光の座位(くらい)に坐するとき、我に從へる汝等もまた十二の座位に坐して、イスラエルの十二の族を審かん。また凡そ我が名のために、或は家、あるひは兄弟、あるひは姉妹、あるひは父、あるひは母、あるひは子、あるひは田畑を棄つる者は、數倍を受け、また永遠(とこしえ)の生命を嗣がん。されど多くの先なる者後に、後なる者先になるべし。13012104

 やはりマチウ書≪吉本(吉本隆明)さんが言われるので、私もマタイ伝ではなく、こういってしまうのです≫でイエスが言われることは私にはどうしても無理なこととしか思えないのです。

13011807 この章でもよく知っている文が出てきます。

百匹の羊を有てる人あらんに、若しその一匹まよはば、九十九匹を山に遺しおき、往きて迷へるものを尋ねぬか。もし之を見出さば、まことに汝らに告ぐ、迷はぬ九十九匹に勝りて此の一匹を喜ばん。

 これは実によく分かるイエスの言葉です。

第18章
 そのとき弟子たちイエスに來りて言ふ『しからば天國にて大なるは誰か』イエス幼兒を呼び、彼らの中に置きて言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、もし汝ら飜へりて幼兒の如くならずば、天國に入るを得じ。されば誰にても此の幼兒のごとく己を卑(ひく)うする者は、これ天國にて大(おほひ)なる者なり。また我が名のために、かくのごとき一人の幼兒を受くる者は、我を受くるなり。されど我を信ずる此の小き者の一人を躓(つまづ)かする者は、寧ろ大なる碾臼(ひきうす)を頸に懸けられ、海の深處(ふかみ)に沈められんかた益なり。この世は躓物(つまづき)あるによりて禍害(わざわひ)なるかな。躓物は必ず來らん、されど躓物を來らする人は禍害なるかな。もし汝の手または足なんぢを躓かせば、切りて棄てよ。不具または蹇跛(あしなへ)にて生命(いのち)に入るは、兩手兩足ありて永遠の火に投げ入れらるるよりも勝るなり。もし汝の眼なんぢを躓かせば、拔きて棄てよ。片眼にて生命に入るは、兩眼ありて火のゲヘナに投げ入れらるるよりも勝るなり。汝ら愼みて此の小き者の一人をも侮るな。我なんぢらに告ぐ、彼らの御使たちは天にありて、天にいます我が父の御顏(みかお)を常に見るなり。汝等いかに思ふか、百匹の羊を有てる人あらんに、若しその一匹まよはば、九十九匹を山に遺しおき、往きて迷へるものを尋ねぬか。もし之を見出さば、まことに汝らに告ぐ、迷はぬ九十九匹に勝りて此の一匹を喜ばん。かくのごとく此の小き者の一人の亡ぶるは、天にいます汝らの父の御意にあらず。
 もし汝の兄弟罪を犯さば、往きてただ彼とのみ相對(あいたい)して諫(いさ)めよ。もし聽かば其の兄弟を得たるなり。もし聽かずば、一人・二人を伴ひ往け、これ二三の證人の口に由りて、凡ての事の慥(たしか)められん爲なり。もし彼等にも聽かずば、教會に告げよ。もし教會にも聽かずば、之を異邦人また13011808は取税人のごとき者とすべし。まことに汝らに告ぐ、すべて汝らが地にて縛(つな)ぐ所は天にても縛ぎ、地にて解く所は天にても解くなり。また誠に汝らに告ぐ、もし汝等のうち二人、何にても求むる事につき地にて心を一つにせば、天にいます我が父は之を成し給ふべし。二三人わが名によりて集る所には、我もその中(うち)に在るなり。
 ここにペテロ御許(みもと)に來りて言ふ『主よ、わが兄弟われに對して罪を犯さば幾たび赦すべきか、七度までか』イエス言ひたまふ『否、われ「七度まで」とは言はず「七度を七十倍するまで」と言ふなり。この故に、天國はその家來どもと計算をなさんとする王のごとし。計算を始めしとき、一萬タラントの負債(おひめ)ある家來つれ來られしが、償(つくの)ひ方なかりしかば、其の主人、この者とその妻子と凡ての所有(もちもの)とを賣りて償(つくの)ふことを命じたるに、その家來ひれ伏し拜して言ふ「寛(ゆる)くし給へ、さらば悉(ことご)とく償(つくの)はん」その家來の主人あはれみて之を解き、その負債(おいめ)を免(ゆる)したり。然るに其の家來いでて、己より百デナリを負ひたる一人の同僚にあひ、之をとらへ、喉を締めて言ふ「負債(おひめ)を償へ」その同僚ひれ伏し、願ひて「寛くし給へ、さらば償(つくの)はん」と言へど、肯(つくの)はずして往き、その負債(おひめ)を償(つくの)ふまで之を獄(ひとや)に入れたり。同僚ども有りし事を見て甚く悲しみ、往きて有りし凡ての事をその主人に告ぐ。ここに主人かれを呼び出して言ふ「惡しき家來よ、なんぢ願ひしによりて、かの負債(おひめ)をことごとく免せり。わが汝を憫みしごとく、汝もまた同僚を憫むべきにあらずや」斯くその主人、怒りて、負債をことごとく償ふまで彼を獄卒(ごくそつ)に付(わた)せり。も13011809し汝等おのおの心より兄弟を赦さずば、我が天の父も亦なんぢらに斯のごとく爲し給ふべし』

 イエスというのは、救世主というよりも、私にはいつも大変なことを問いかける人にしか思えません。いえ、だからいつもこのマタイ傳を開いている私になっているのです。

13011711 この章では、モーセとエリヤの名が出てきます。エリアは分からないので、またインターネット検索します。

 旧約聖書に登場する預言者。「エリヤ」とはヘブライ語で「ヤハウェ(主)は神なり」の意。『列王記』に名が見え、バアル崇拝への熱心な反対者、ヤハウェ信仰の守護者として描かれる。新約聖書『ヨハネによる福音書』では、旧約聖書を代表する預言者として言及される。イスラーム教においてはイルヤースとしてクルアーンに記述される預言者。

 いつも思いますが、「預言者」ってよく分からないな。そんなことで、飯食っていけるのかなあ。ああ、私は信仰なんか何もないものです。

第17章
 六日の後、イエス、ペテロ、ヤコブ及びヤコブの兄弟ヨハネを率きつれ、人を避けて高き山に登りたまふ。かくて彼らの前にてその状かはり、其の顏は日のごとく輝き、その衣(ころも)は光のごとく白くなりぬ。視よ、モーセとエリヤとイエスに語りつつ彼らに現る。ペテロ差出(さしい)でてイエスに言ふ『主よ、我らの此處に居(を)るは善し。御意(みこころ)ならば我ここに三つの廬(いほり)を造り、一つを汝のため、一つをモーセのため、一つをエリヤの爲にせん』彼なほ語りをるとき、視よ、光れる雲かれらを覆ふ。また雲より聲あり、曰く『これは我が愛しむ子、わが悦ぶ者なり、汝ら之に聽け』弟子たち之を聞きて倒れ伏し、懼るること甚だし。イエスその許にきたり之に觸りて『起きよ、懼るな』と言ひ給へば、彼ら目を擧げしに、イエス一人の他は誰も見えざりき。
13011712  山を下るとき、イエス彼らに命じて言ひたまふ『人の子の死人の中より甦へるまでは、見たることを誰にも語るな』弟子たち問ひて言ふ『さらばエリヤ先づ來るべしと學者らの言ふは何ぞ』答へて言ひたまふ『實(げ)にエリヤ來りて萬(よろず)の事をあらためん。我なんぢらに告ぐ、エリヤは既に來れり。されど人々これを知らず、反つて心のままに待(あしら)へり。かくのごとく人の子もまた人々より苦しめらるべし』ここに弟子たちバプテスマのヨハネを指して言ひ給ひしなるを悟れり。
 かれら群衆の許に到りしとき、或人御許(みもと)にきたり跪(ひざま)づきて言ふ、『主よ、わが子を憫みたまへ。癲癇にて難み、しばしば火の中に、しばしば水の中に倒るるなり。之を御弟子たちに連れ來りしに、醫すこと能はざりき』イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代(よ)なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ』遂にイエスこれを禁(いまし)め給へば、惡鬼いでてその子この時より癒えたり。ここに弟子たち竊(ひそか)にイエスに來りて言ふ『われらは何故に逐ひ出し得ざりしか』彼らに言ひ給ふ『なんぢら信仰うすき故なり。まことに汝らに告ぐ、もし芥種一粒ほどの信仰あらば、この山に「此處より彼處(かしこ)に移れ」と言ふとも移らん、かくて汝ら能はぬこと無かるべし』
 彼らガリラヤに集ひをる時、イエス言ひたまふ『人の子は人の手に付(わた)され、人々は之を殺さん、かくて三日めに甦へるべし』弟子たち甚く悲しめり。
 彼らカペナウムに到りしとき、納金(をさめきん)を集むる者どもペテロに來りて言ふ『なんぢらの師は納金を納めぬか』ペテロ『納む』と言ひ、やがて家に入りしに、逸速(いちはや)くイエス言ひ給ふ『シモンいかに思ふか、世の王たちは税または貢を誰より取るか、己が子よりか、他の者よりか』ペテロ言ふ『ほかの者より』イエス言ひ給ふ『されば子は自由なり。されど彼らを躓(つまづ)かせぬ爲に、海に往きて釣をたれ、初(はじめ)に上る13011801魚をとれ、其の口をひらかば銀貨一つを得ん、それを取りて我と汝との爲に納めよ』

 イエスは自分の未来を予言していますね。こうなると、イエスの行ったことは初めから予定されていたことなのかなあ。私にはどうにもそこらがよく理解できません。

13011603 ここでの「サドカイ人」も分からないのでインターネット検索しました。

サドカイ派は第二神殿時代の後期(紀元前2世紀)に現れ、ユダヤ戦争に伴うエルサレム神殿の崩壊と共に姿を消したユダヤ教の一派。ファリサイ派と対立していたといわれる。「サドカイ人」と表記されることもある。
サドカイ派という名称はソロモン王を祝福した大祭司ツァドクの名に由来しているとの説もあるが、はっきりしたことは分かっていない。現代の研究者たちはサドカイ派を神殿に拠って権力者たちと結託していた祭司のグループであったと考えている。

 もうこうしてインターネットで検索しないと分からないことばかりです。ただ検索してもまた分からないことが出てくるわけですが。

第16章
 パリサイ人とサドカイ人と來りてイエスを試み、天よりの徴を示さんことを請ふ。答へて言ひたまふ『夕には汝ら「空あかき故に晴ならん」と言ひ、また朝(あした)には「そら赤くして曇る故に、今日は風雨(あれ)ならん」と言ふ。なんぢら空の氣色(けしき)を見分くることを知りて、時の徴を見分くること能はぬか。邪曲(よこしま)にして不義なる代は徴(しるし)を求む、されどヨナの徴の外に徴は與へられじ』かくて彼らを離れて去り給ひぬ。
 弟子たち彼方の岸に到りしに、パンを携(たづさ)ふることを忘れたり。イエス言ひたまふ『愼みてパリサイ人とサドカイ人とのパン種(だね)に心せよ』弟子たち互に『我らはパンを携へざりき』と語り合ふ。イエス之を知りて言ひ給ふ『ああ信仰うすき者よ、何ぞパン無きことを語り合ふか。未だ悟らぬか、五つのパンを五千人に分ちて、その餘を幾籃(いくかご)ひろひ、また七つのパンを四千人に分ちて、その餘を幾籃ひろひしかを覺えぬか。我が言ひしはパンの事にあらぬを何ぞ悟らざる。唯パリサイ人とサドカイ人とのパンだねに心せよ』ここに弟子たちイエスの心せよと言ひ給ひしは、パンの種にはあらで、パリサイ人とサドカイ人との教なることを悟れり。
13011607 イエス、ピリポ・カイザリヤの地方にいたり、弟子たちに問ひて言ひたまふ『人々は人の子を誰と言ふか』彼等いふ『或人はバプテスマのヨハネ、或人はエリヤ、或人はエレミヤ、また預言者の一人』彼らに言ひたまふ『なんぢらは我を誰と言ふか』シモン・ペテロ答へて言ふ『なんぢはキリスト、活ける神の子なり』イエス答へて言ひ給ふ『バルヨナ・シモン、汝は幸福なり、汝に之を示したるは血肉にあらず、天にいます我が父なり。我はまた汝に告ぐ、汝はペテロなり、我この磐の上に我が教會を建てん、黄泉の門はこれに勝たざるべし。われ天國の鍵を汝に與へん、凡そ汝が地にて縛ぐ所は天にても縛ぎ、地にて解く所は天にても解くなり』ここにイエス、己がキリストなる事を誰にも告ぐなと、弟子たちを戒め給へり。
 この時よりイエス・キリスト、弟子たちに、己のエルサレムに往きて、長老・祭司長・學者らより多くの苦難を受け、かつ殺され、三日めに甦へるべき事を示し始めたまふ。ペテロ、イエスを傍(かたへ)にひき戒め出でて言ふ『主よ、然(しか)あらざれ、此の事なんぢに起らざるべし』イエス振反りてペテロに言ひ給ふ『サタンよ、我が後に退け、汝はわが躓物なり、汝は神のことを思はず、反つて人のことを思ふ』ここにイエス弟子たちに言ひたまふ『人もし我に從ひ來らんと思はば、己をすて、己が十字架を負ひて、我に從へ。己が生命(いのち)を救はんと思ふ者は、これを失ひ、我がために己が生命をうしなふ者は、之を得べし。人、全世界を贏(まう)くとも、己が生命を損せば、何の益あらん、又その生命の代(しろ)に何を與へんや。人の子は父の榮光をもて、御使(みつかひ)たちと13011608共に來らん。その時おのおのの行爲に隨ひて報ゆべし。まことに汝らに告ぐ、ここに立つ者のうちに、人の子のその國をもて來るを見るまでは、死を味はぬ者どもあり』

 この時からイエスは自らのことをキリストというのですね。救世主という意味かなあ。私には、ものすごく厳しいことばかりいう人に思えてしまうのですが。

13011509『歎異抄』と「マタイ傳福音書」を書くことを休んでいました。梅津正喜さんの葬儀で書いていられなかったのです。
 とにかく再開します。もうすぐ『歎異抄』は終了なのですね。
 ぜひこれを読んで実際に本を読んでいただきたいものです。

13011316 ずっと前から疑問だったのですが、『「パリサイ人(びと)」って何なのだろうか?』これの説明をウィキペディアより抜き出します。

ファリサイ派(ファリサイは、ヘブライ語: פרושים‎)は古代イスラエルの第二神殿時代(紀元前536年 - 紀元70年)後期に存在したユダヤ教内グループ。本来、ユダヤ教は神殿祭儀の宗教であるが、ユダヤ戦争によるエルサレム神殿の崩壊後はユダヤ教の主流派となってゆき、ラビを中心においた、律法の解釈を学ぶというユダヤ教を形作っていくことになる。現代のユダヤ教の諸派もほとんどがファリサイ派に由来しているという点においても、歴史的に非常な重要なグループであったと言える。ファリサイ人、パリサイ派、パリサイ人(びと)などと表記されることもある(ファリサイ人、パリサイ人と表記される場合は、厳密には「ファリサイ派に属する人」を意味している)。なお、ファリサイの意味は「分離した者」で、律法を守らぬ人間と自らを分離するという意味合いがあると考えられている。現在ではファリサイ派という名称は使われず、「ラビ的ユダヤ教」、あるいは「ユダヤ教正統派」と呼ばれている

とありました。これで分かりました。思えば、私は何も知らないで今まで『聖書』を読んでいたのでしたね。

第15章
 ここにパリサイ人・學者ら、エルサレムより來りてイエスに言ふ、『なにゆゑ汝の弟子は、古への人の言傳(いいつたえ)を犯すか、食事のときに手を洗はぬなり』答へて言ひ給ふ『なにゆゑ汝らは、また汝らの言傳によりて神の誡命(いましめ)を犯すか。即ち神は「父母を敬へ」と言ひ「父または母を罵る者は必ず殺さるべし」と言ひたまへり。然るに汝らは「誰にても父または母に對ひて、我が負ふ所のものは供物(そなえもの)となりたりと言はば、父または母を敬(うやま)ふに及ばず」と言ふ。斯くその言傳によりて神の言を空しうす。僞善者よ、宜(うべ)なる哉、イザヤは汝らに就きて能く預言せり。曰く、
   「この民は口唇(くちびる)にて我を敬ふ、
   されど其の心は我に遠ざかる。
    ただ徒らに我を拜む。
    人の訓誡(いましめ)を教(をしへ)とし教へて」』
13011317 かくて群衆を呼び寄せて言ひたまふ『聽きて悟れ。口に入るものは人を汚さず、されど口より出づるものは、これ人を汚すなり』ここに弟子たち御許に來りていふ『御言(みことば)をききてパリサイ人の躓(つまづ)きたるを知り給ふか』答へて言ひ給ふ『わが天の父の植ゑ給はぬものは、みな拔かれん。彼らを捨ておけ、盲人(めしひ)を手引する盲人なり、盲人もし盲人を手引せば、二人とも穴に落ちん』ペテロ答へて言ふ『その譬を我らに解き給へ』イエス言ひ給ふ『なんぢらも今なほ悟りなきか。凡て口に入るものは腹にゆき、遂に厠に棄てらるる事を悟らぬか。されど口より出づるものは心より出づ、これ人を汚すものなり。それ心より惡しき念(おもひ)いづ、すなはち殺人・姦淫・淫行・竊盜(ぬすみ)・僞證・誹謗(そしり)、これらは人を汚すものなり、されど洗はぬ手にて食する事は人を汚さず』
 イエスここを去りてツロとシドンとの地方に往き給ふ。視よ、カナンの女その邊(ほとり)より出できたり、叫びて『主よ、ダビデの子よ、我を憫み給へ、わが娘、惡鬼につかれて甚(いた)く苦しむ』と言ふ。されどイエス一言も答へ給はず。弟子たち來り請ひて言ふ『女を歸したまへ、我らの後より叫ぶなり』答へて言ひたまふ『我はイスラエルの家の失せたる羊のほかに遣(つかは)されず』女きたり拜して言ふ『主よ、我を助けたまへ』答へて言ひたまふ『子供のパンをとりて小13011402狗(こいぬ)に投げ與ふるは善(よ)からず』女いふ『然り、主よ、小狗も主人の食卓よりおつる食屑(たべくづ)を食(くら)ふなり』ここにイエス答へて言ひたまふ『をんなよ、汝の信仰は大なるかな、願(ねがひ)のごとく汝になれ』娘この時より癒えたり。
 イエス此處を去り、ガリラヤの海邊にいたり、而して山に登り、そこに坐し給ふ。大なる群衆、跛者(あしなえ)・不具(かたは)・盲人(めしひ)・唖者(おふし)および他の多くの者を連れ來りて、イエスの足下に置きたれば、醫し給へり。群衆は、唖者の物いひ、不具の癒え、跛者の歩み、盲人の見えたるを見て之を怪しみ、イスラエルの神を崇めたり。
 イエス弟子たちを召して言ひ給ふ『われ此の群衆をあはれむ、既に三日われと偕にをりて食ふべき物なし。飢ゑたるままにて歸らしむるを好まず、恐らくは途にて疲れ果てん』弟子たち言ふ『この寂しき地にて、斯く大なる群衆を飽かしむべき多くのパンを、何處より得べき』イエス言ひ給ふ『パン幾つあるか』彼らいふ『七つ、また小き魚すこしあり』イエス群衆に命じて地に坐せしめ、七つのパンと魚とを取り、謝して之をさき弟子たちに與へ給へば、弟子たちこれを群衆に與ふ。凡ての人くらひて飽き、裂きたる餘(あまり)を拾ひしに、七つの籃(かご)に滿ちたり。食ひし者は、女と子供とを除きて四千人なりき。イエス群衆をかへし、舟に乘りてマガダンの地方に往き給へり。

 しかしちゃんと知らないまま『聖書』を読んできていたのですね。
 この章でも、イエスは奇蹟をおこします。「七13011403つのパンと魚」を群衆に分け与え、餘(あまり)は七つの籃(かご)に滿ちたりというのです。私が小学2年生の頃、一番信用できなかったところでした。それと、「食ひし者は、女と子供とを除きて四千人なりき」なんていう表現があるのでしょうか。女と子どもをどうして除くのでしょうか。
 私には今も理解できないところがこうしてあるのです。

13011303 ここのところは、何度か映画でも描かれたところです。ヨハネの首を盆に載せて、少女サロメはヘロデ王のために舞います。映像では華やかなものを感じますが、なんと残酷なことでしょうか。私はとても見ることも想像することもできません。「獄にてヨハネの首を斬り、その首を盆にのせて持ち來らしめ、之を少女に與ふ。少女はこれを母に捧ぐ」。なんというシーンなのでしょうか。

第14章
  そのころ、國守ヘロデ、イエスの噂をききて、侍臣(じしん)どもに言ふ『これバプテスマのヨハネなり。かれ死人の中より甦へりたり、さればこそ此等の能力その内に働くなれ』ヘロデ先に、己が兄弟ピリポの妻ヘロデヤの爲にヨハネを捕へ、縛りて獄に入れたり。ヨハネ、ヘロデに『かの女を納るるは宜しからず』と言ひしに因る。かくてヘロデ、ヨハネを殺さんと思へど、群衆を懼れたり。群衆ヨハネを預言者とすればなり。然るにヘロデの誕生日に當り、ヘロデヤの娘その席上に舞をまひてヘロデを喜ばせたれば、ヘロデ之に何にても求むるままに與へんと誓へり。娘その母に唆かされて言ふ『バプテスマのヨハネの首を盆に載せてここに賜はれ』王憂ひたれど、その誓と席に在る者とに對して、之を與ふることを命じ、人を遣し獄にてヨハネの首を斬り、その首を盆にのせて持ち來らしめ、之を少女に與ふ。少女はこれを母に捧ぐ。ヨハネの弟子たち來り、屍體を取りて葬り、往きて、イエスに告ぐ。
13011304 イエス之を聞きて人を避け、其處より舟にのりて寂しき處に往き給ひしを群衆ききて町々より徒歩(かち)にて從ひゆく。イエス出でて大なる群衆を見、これを憫みて、その病める者を醫し給へり。夕になりたれば、弟子たち御許に來りて言ふ『ここは寂しき處、はや時も晩(おそ)し、群衆を去らしめ、村々に往きて、己(おの)が爲に食物を買はせ給へ』イエス言ひ給ふ『かれら往くに及ばず、汝ら之に食物を與へよ』弟子たち言ふ『われらが此處にもてるは、唯五つのパンと二つの魚とのみ』イエス言ひ給ふ『それを我に持ちきたれ』かくて群衆に命じて草の上に坐せしめ、五つのパンと二つの魚とを取り、天を仰ぎて祝し、パンを裂きて、弟子たちに與へ給へば、弟子たち之を群衆に與ふ。凡ての人食ひて飽く、裂きたる餘(あまり)を集めしに十二の筐(かご)に滿ちたり。食ひし者は、女と子供とを除きて凡そ五千人なりき。
 イエス直ちに弟子たちを強ひて舟に乘らせ、自ら群衆をかへす間に、彼方の岸に先に往かしむ。かくて群衆を去らしめてのち、祈らんとて竊(ひそか)に山に登り、夕になりて獨そこにゐ給ふ。舟ははや陸より數丁はなれ、風逆ふによりて波に難(まやま)されゐたり。夜明の四時ごろ、イエス海の上を歩みて、彼らに到り給ひしに、弟子たち其の海の上を歩み給ふを見て心騷ぎ、變化(へんげ)の者なりと言ひて懼れ叫ぶ。イエス直ちに彼らに語りて言ひたまふ『心安かれ、我なり、懼るな』ペテロ答へて言ふ『主よ、もし汝ならば我に命じ、水を蹈みて御許(みもと)に到らしめ給へ』『來れ』と言ひ給へば、ペテロ舟より下り、水の上を歩みてイエスの許に往く。然るに風を見て懼れ、沈みかかりければ、叫びて言ふ『主よ、我を救ひたまへ』イエス直ちに御手を伸べ、これを捉へて言ひ給ふ『ああ信仰うすき者よ、何ぞ疑ふか』相共に舟に乘りしとき、風やみたり。舟に居る者どもイエスを拜して言ふ『まことに汝は神の子なり』
 遂に渡りてゲネサレの地に著きしに、その處の人々イエスを認めて、あまねく四方に人をつかはし、又すべての病める者を連れきたり、ただ御衣(みころも)13011305の總(ふさ)にだに觸(さは)らしめ給はんことを願ふ、觸りし者はみな醫されたり。

 このサロメがヨハネの首の前で踊るシーンは何度も映画で見たものです。残酷でそして美しいシーンでもあるのでしょうか。私も少しうっとりしてしまいます。

13011110 いややっぱり私にはマタイ伝は難しいです。いや『聖書』すべてが難しいというべきなのかもしれないけれど、私にはとくにこのマタイ伝には感じてしまうのです。
 イエスがいうのが難しかったから、多くのユダヤの群衆は結局は避けてしまったのかなあ。難しいというのは、多くの人間には実行することが難しすぎると私が感じていますのです。

第13章
 その日イエスは家を出でて、海邊に坐したまふ。大なる群衆みもとに集りたれば、イエスは舟に乘りて坐したまひ、群衆はみな岸に立てり。譬(たとへ)にて數多(あまた)のことを語りて言ひたまふ、『視よ、種播く者まかんとて出づ。播くとき路の傍らに落ちし種あり、鳥きたりて啄む。土うすき磽地(いしぢ)に落ちし種あり、土深からぬによりて速かに萠(も)え出(い)でたれど、日の昇りし時やけて根なき故に枯る。茨の地に落ちし種あり、茨そだちて之を塞ぐ。良き地に落ちし種あり、あるひは百倍、あるひは六十倍、あるひは三十倍の實を結べり。耳ある者は聽くべし』
 弟子たち御許に來りて言ふ『なにゆゑ譬にて彼らに語り給ふか』答へて言ひ給ふ『なんぢらは天國の奧義を知ることを許されたれど、彼らは許されず。それ誰にても、有(も)てる人は與へられて愈々(いよいよ)豐ならん。されど有たぬ人は、その有てる物をも取らるべし。この故に彼らには譬にて語る、これ彼らは見ゆれども見ず、聞ゆれども聽かず、また悟らぬ故なり、かくてイザヤの預言は、彼らの上に成就す。曰く、
  「なんぢら聞きて聞けども悟らず、
  見て見れども認めず。
  この民の心は鈍く、
  耳は聞くに懶(ものう)く、
   目は閉ぢたればなり。
    これ目にて見、耳にて聽き、
    心にて悟り、飜へりて、
    我に醫(いや)さるる事なからん爲なり」
13011111 されど汝らの目なんぢらの耳は、見るゆゑに聞くゆゑに、幸福(さいはひ)なり。まことに汝らに告ぐ、多くの預言者・義人は、汝らが見る所を見んとせしが見ず、なんぢらが聞く所を聞かんとせしが聞かざりしなり。されば汝ら種播く者の譬を聽け。誰にても天國の言(ことば)をききて悟らぬときは、惡しき者きたりて、其の心に播かれたるものを奪ふ。路の傍らに播かれしとは斯(か)かる人なり。磽地(いしぢ)に播かれしとは、御言(みことば)をききて、直ちに喜び受くれども、己に根なければ暫し耐ふるのみにて、御言のために艱難あるひは迫害の起るときは、直ちに躓(つまづ)くものなり。茨の中に播かれしとは、御言をきけども、世の心勞(こころづかひ)と財貨の惑とに、御言を塞がれて實らぬものなり。良き地に播かれしとは、御言をききて悟り、實を結びて、あるひは百倍、あるひは六十倍、あるひは三十倍に至るものなり』
 また他の譬を示して言ひたまふ『天國は良き種を畑にまく人のごとし。人々の眠れる間に、仇(あだ)きたりて麥のなかに毒麥を播きて去りぬ。苗(なえ)はえ出でて實りたるとき、毒麥もあらはる。僕(しもべ)ども來りて家主にいふ「主よ、畑に播きしは良き種ならずや、然るに如何にして毒麥あるか」主人いふ「仇(あだ)のなしたるなり」僕ども言ふ「さらば我らが往きて之を拔き集むるを欲するか」主人いふ「いな、恐らくは毒麥を拔き集めんとて、麥をも共に拔かん。兩(ふたつ)ながら收穫(かりいれ)まで育つに任せよ。收穫のとき我(わか)かる者に「まづ毒麥を拔きあつめて、焚くために之を束(つか)ね、麥はあつめて我が倉に納れよ」と言はん」』
 また他の譬を示して言ひたまふ『天國は一粒の芥種(からしだね)のごとし、人これを取りてその畑に播くときは、萬(よろづ)の種よりも小けれど、育ちては他の野菜よりも大く、樹となりて、空の鳥きたり其の枝に宿るほどなり』
 また他の譬を語りたまふ『天國はパンだねのごとし、女(をんな)これを取りて、三斗の粉の中に入るれば、ことごとく脹(ふく)れいだすなり』
 イエスすべて此等のことを、譬にて群衆に語りたまふ、譬ならでは何事も語り給はず。これ預言者によりて云はれたる言の成就せん爲なり。曰く、
  『われ譬を設けて口を開き、
  世の創より隱れたる事を言ひ出さん』
13011112 ここに群衆を去らしめて、家に入りたまふ。弟子たち御許(みとも)に來りて言ふ『畑の毒麥の譬を我らに解きたまへ』答へて言ひ給ふ『良き種を播く者は人の子なり、畑は世界なり、良き種は天國の子どもなり、毒麥は惡しき者の子どもなり、之を播きし仇(あた)は惡魔なり、收穫は世の終なり、刈る者は御使(みつかひ)たちなり。されば毒麥の集められて火に焚(や)かるる如く、世の終にも斯くあるべし。人の子その使たちを遣さん。彼ら御國の中より凡ての顛躓(つまづき)となる物と不法をなす者とを集めて、火の爐に投げ入るべし、其處にて哀哭(なげき)・切齒(はがみ)することあらん。其のとき義人は父の御國にて日のごとく輝かん。耳ある者は聽くべし。
  天國は畑に隱れたる寶(たから)のごとし。人見出さば、之を隱しおきて、喜びゆき、有(も)てる物をことごとく賣りて其の畑を買ふなり。
  また天國は良き眞珠を求むる商人のごとし。價(あたひ)たかき眞珠一つを見出さば、往きて有てる物をことごとく賣りて、之を買ふなり。
 また天國は、海におろして各樣(さまざま)のものを集むる網のごとし。充つれば岸にひきあげ、坐して良きものを器に入れ、惡しきものを棄つるなり。世の終にも斯くあるべし。御使たち出でて、義人の中より惡人を分ちて、之を火の爐に投げ入るべし。其處にて哀哭・切齒することあらん。
 汝等これらの事をみな悟りしか』彼等いふ『然り』また言ひ給ふ『この故に、天國のことを教へられたる凡ての學者は、新しき物と舊き物とをその倉より出(いだ)す家主のごとし』
 イエスこれらの譬を終へて此處を去りたまふ。己が郷にいたり、會堂にて教へ給へば、人々おどろきて言ふ『この人はこの智慧と此等の能力(ちから)とを何處(いずこ)より得しぞ。これ木匠(たくみ)の子にあらずや、其の母はマリヤ、其の兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダにあらずや。又その姉妹も皆われらと共にをるに非ずや。然るに此等のすべての事は何處(いずこ)より得しぞ』遂に人々かれに躓(つまづ)けり。イエス彼らに言ひたまふ『預言者は、おのが郷おのが家の外にて尊ばれざる事なし』彼らの不信仰によりて其處にては多くの能力ある業を爲し給はざりき。13011113

 でもイエスの言うことが、多くの人間にはついていけないのです。最後に『預言者は、おのが郷おのが家の外にて尊ばれざる事なし』にある通りです。私もこのイエスについていくことはできないでしょう。でもこの教えを世界宗教にしたのは弟子たちがよくやったのかな。偉かったのかなあ。

13011015 私が昔からよく分からなかったのが、イエスが『わが母とは誰ぞ、わが兄弟とは誰ぞ』ということです。12人の使徒こそが、「指して言ひたまふ」ということで、『視よ、これは我が母、わが兄弟なり。誰にても天にいます我が父の御意をおこなふ者は、即ち我が兄弟、わが姉妹、わが母なり』というの簡単ではあるのですが、「そんなに言い切っていいの?」と思うのですね。その12人にはユダも入っているのですよ。

第12章
 その頃イエス安息日に麥畠をとほり給ひしに、弟子たち飢ゑて穗を摘み、食ひ始めたるを、パリサイ人見てイエスに言ふ『視よ、なんぢの弟子は安息日(あんそくにち)に爲まじき事をなす』彼らに言ひ給ふ『ダビデがその伴(ともな)へる人々とともに飢ゑしとき、爲しし事を讀まぬか。即ち神の家に入りて、祭司のほかは、己もその伴へる人々も食ふまじき供のパンを食へり。また安息日に祭司らは宮の内にて安息日を犯せども、罪なきことを律法にて讀まぬか。われ汝らに告ぐ、宮より大(おほひ)なる者ここに在り。「われ憐憫(あはれみ)を好みて犧牲(いけにえ)を好まず」とは、如何なる意かを汝ら知りたらんには、罪なき者を罪せざりしならん。それ人の子は安息日の主たるなり』
 イエス此處を去りて、彼らの會堂に入り給ひしに、視よ、片手なえたる人あり。人々イエスを訴へんと思ひ、問ひていふ『安息日に人を醫(いや)すことは善きか』彼らに、言ひたまふ『汝等のうち一匹の羊をもてる者あらんに、もし安息日に穴に陷らば、之を取りあげぬか。人は羊より優るること如何ばかりぞ。さらば安息日に善をなすは可(よ)し』ここにかの人に言ひ給ふ『なんぢの手を伸べよ』かれ伸べたれば、他の手のごとく癒ゆ。パリサイ人いでていかにしてかイエスを亡さんと議(はか)る。イエス之を知りて此處を去りたまふ。多くの人したがひ來りたれば、ことごとく之を醫し、かつ我を人に知らすなと戒め給へり。これ預言者イザヤによりて云はれたる言の成就せんためなり。曰く、
 『視よ、わが選びたる我が僕、
 わが心の悦ぶ我が愛しむ者、
 我わが靈を彼に與へん、
 彼は異邦人に正義を告げ示さん。
 彼は爭はず、叫ばず、
 その聲を大路にて聞く者なからん。
 正義をして勝ち遂げしむるまでは、
  傷へる葦を折ることなく、
  煙れる亞麻(あま)を消すことなからん。
 異邦人も彼の名に望をおかん』
 ここに惡鬼に憑かれたる盲目の唖者(おふし)を御許に連れ來りたれば、之を醫して、唖者の物言ひ見ゆるやうに爲し給ひぬ。群衆みな驚きて言ふ『これはダビデの子にあらぬか』然るにパリサイ人ききて言ふ『この人、惡鬼の首ベル13011101ゼブルによらでは、惡鬼を逐ひ出すことなし』イエス彼らの思を知りて言ひ給ふ『すべて分れ爭ふ國はほろび、分れ爭ふ町また家はたたず。サタンもしサタンを逐ひ出さば、自ら分れ爭ふなり。さらばその國いかで立つべき。我もしベルゼブルによりて惡鬼を逐ひ出さば、汝らの子は誰によりて之を逐ひ出すか。この故に彼らは汝らの審判人(さばきびと)となるべし。されど我もし神の靈によりて惡鬼を逐ひ出さば、神の國は既に汝らに到れるなり。人まづ強き者を縛らずば、いかで強き者の家に入りて、その家財を奪ふことを得ん、縛りて後その家を奪ふべし。我と偕ならぬ者は我にそむき、我とともに集めぬ者は散(ちら)すなり。この故に汝らに告ぐ、人の凡ての罪と穢とは赦されん、されど御靈(みたま)を穢すことは赦されじ。誰にても言をもて人の子に逆ふ者は赦されん、されど言をもて聖靈に逆ふ者は、この世にても後の世にても赦されじ。或は樹をも善しとし、果(み)をも善しとせよ。或は樹をも惡しとし、果をも惡しとせよ。樹は果によりて知らるるなり。蝮の裔(すゑ)よ、なんぢら惡しき者なるに、爭(いか)で善きことを言ひ得んや。それ心に滿つるより口に言はるるなり。善き人は善き倉より善き物をいだし、惡しき人は惡しき倉より惡しき物をいだす。われ汝らに告ぐ、人の語る凡ての虚しき言は、審判の日に糺さるべし。それは汝の言によりて義とせられ、汝の言によりて罪せらるるなり』
 ここに或學者・パリサイ人ら答へて言ふ『師よ、われら汝の徴(しるし)を見んことを願ふ』答へて言ひたまふ『邪曲(よこしま)にして不義なる代(よ)は徴(しるし)を求む、されど預言者ヨナの徴のほかに徴は與へられじ。即ち「ヨナが三日三夜、大魚(おおうお)の腹の中に在りし」ごとく、人の子も三日三夜、地の中に在るべきなり。ニネベの人、審判のとき今の代の人とともに立ちて之が罪を定めん、彼らはヨナの宣ぶる言(ことば)によりて悔改めたり。視よ、ヨナよりも勝るもの此處に在り。南の女王(によわう)、審判のとき今の代の人とともに起きて之が罪を定めん、彼はソロモンの智慧を聽かんとて地の極(はて)より來れり。視よ、ソロモンよりも勝る者ここに在り。穢れし靈、人を出づるときは、水なき處を巡りて休を求む、而して得ず。乃ち「わが出でし家に歸らん」といひ、歸りて、その家の空きて掃(は)き淨められ、飾られたるを見、遂に往きて己より惡しき他の七つの靈を連れきたり、共に入りて此處に住む。されば其の人の後(のちの状は前よりも惡しくなるなり。邪曲なる此の代もまた斯くの如くならん』
 イエスなほ群衆にかたり居給ふとき、視よ、その母と兄弟たちと、彼に物言はんとて外に立つ。或人イエスに言ふ『視よ、なんぢの母と兄弟たちと、汝に物言はんとて外に立てり』イエス告げし者に答へて言ひたまふ『わが母とは誰ぞ、わが兄弟とは誰ぞ』かくて手をのべ、弟子たちを指して言ひたまふ『視よ、これは我が母、わが兄弟なり。誰にても天にいます我が父の御意をおこなふ者は、即ち我が兄弟、わが姉妹、わが母なり』13011102

 思えば、イエスはユダもやはり12人の使徒の一員として認めているんだ。だから大事なことをやったのだよね。金でイエスを裏切るというのは大変なことです。「ダンテ『神曲』」では地獄の核にはユダが永遠に繋がれているんだよね。もう一人、カエサルを殺したブルータスも繋がれていますが。

13011004 いつも思うのですが、イエスは磔にされるような何か犯罪をしたのでしょうか。でも何故かユダヤの民衆はみな彼を責めています。むしろローマの方がイエスを受け入れたのではないのかなあ。
 むしろ、ヨハネのほうがキリストと言っていいのではないかと私は小さいときは思っていました。でも話の中でイエスこそがキリストだと理解できます。そのことを自分に確認しています。

第11章
 イエス十二弟子に命じ終へてのち、町々にて教へ、かつ、宣傳へんとて、此處を去り給へり。
 ヨハネ牢舍(ろうや)にてキリストの御業(みわざ)をきき、弟子たちを遣して、イエスに言はしむ『來るべき者は汝なるか、或は、他に待つべきか』答へて言ひたまふ『ゆきて、汝らが見聞(みきき)する所をヨハネに告げよ。盲人(めしい)は見、跛者(あしなえ)はあゆみ、癩病人は潔められ、聾者(みみしひ)はきき、死人は甦へらせられ、貧しき者は福音(ふくいん)を聞かせらる。おほよそ我に躓かぬ者は幸福(さいわひ)なり』彼らの歸りたるをり、ヨハネの事を群衆に言ひ出でたまふ『なんぢら何を眺めんとて野に出でし、風にそよぐ葦なるか。さらば何を見んとて出でし、柔かき衣を著たる人なるか。視よ、やはらかき衣を著たる者は、王の家に在り。さらば何のために出でし、預言者を見んとてか。然り、汝らに告ぐ、預言者よりも勝る者なり。
13011005 「視よ、わが使をなんぢの顏の前につかはす。
 彼はなんぢの前に、なんぢの道をそなへん」
と録されたるは此の人なり。誠に汝らに告ぐ、女の産みたる者のうち、バプテスマのヨハネより大なる者は起らざりき。されど天國にて小き者も、彼よりは大なり。バプテスマのヨハネの時より今に至るまで、天國は烈しく攻めらる、烈しく攻むる者はこれを奪ふ。凡ての預言者と律法との預言したるは、ヨハネの時までなり。もし汝等わが言をうけんことを願はば、來るべきエリヤは此の人なり、耳ある者は聽くべし。われ今の代(よ)を何に比(なずら)へん、童子(わらべ)、市場(いちば)に坐し、友を呼びて、「われら汝等のために笛吹きたれど、汝ら踊らず、歎きたれど、汝ら胸うたざりき」と言ふに似たり。それは、ヨハネ來りて飮食(のみくひ)せざれば「惡鬼に憑かれたる者なり」といひ、人の子來りて飮食すれば、「視よ、食を貪り酒を好む人、また取税人・罪人の友なり」と言ふなり。されど智慧は己(おの)が業によりて正しとせらる』爰(ここ)にイエス多くの能力(ちから)ある業を行ひ給へる町々の悔改(くひあらた)めぬによりて、之を責めはじめ給ふ、『禍害(わざわひ)なる哉コラジンよ、禍害なる哉ベツサイダよ、汝らの中にて行ひたる能力ある業を、ツロとシドンとにて行ひしならば、彼らは早く荒布(あらぬの)を著、灰の中にて悔改めしならん。されば汝らに告ぐ、審判の日にはツロとシドンとのかた汝等よりも耐へ易からん。カペナウムよ、なんぢは天にまで擧げらるべきか、黄泉にまで下らん。汝のうちにて行ひたる能力ある業を、ソドムにて行ひしならば、今日までもかの町は遺りしならん。されば汝らに告ぐ、審判の日にはソドムの地のかた汝よりも耐へ易からん』
 その時イエス答へて言ひたまふ『天地の主なる父よ、われ感謝す、此等のことを智(かしこ)き者慧(さと)き者にかくして、嬰兒(みどりご)に顯(あらわ)し給へり。父よ、然り、かくの如きは御意(みこころ)に適へるなり。すべての物は我わが父より委(ゆだ)ねられたり。子を知る者は父の外になく、父をしる者は子または子の欲するままに顯すところの者の外になし。凡て勞する者・重荷(おもに)を負ふ者、われに來れ、われ汝らを休ません。我は柔和にして心卑(ひく)ければ、我が軛(くびき)を負ひて我に學べ、さ13011006らば靈魂(たましひ)に休息を得ん。わが軛は易く、わが荷は輕ければなり』

 イエスはけっして安寧の存在ではないのですね。どうしても激しく私に迫ってきます。いや、私はのんびりと生きていたいのですよ。それが許されないなら、私はもう『聖書』なんか読みません。でもでも、それでも私に迫る言葉が続くのです。

13010813 私はいつも「太宰治『右大臣実朝』」を思い出します。いつも実朝を殺す公暁はイエスを訴えでたユダに思えるのです。実は今も実朝の首はどこにあるのか分からないそうです。北条義時が真面目に探したのかなあ。

第10章
 かくてイエスその十二弟子を召し、穢れし靈を制する權威をあたへて、之を逐ひ出し、もろもろの病、もろもろの疾患(いやす)を醫すことを得しめ給ふ。
 十二使徒の名は左のごとし。先づペテロといふシモン及びその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブ及びその兄弟ヨハネ、ピリポ及びバルトロマイ、トマス及び取税人マタイ、アルパヨの子ヤコブ及びタダイ、熱心黨のシモン及びイスカリオテのユダ、このユダはイエスを賣りし者なり。イエスこの十二人を遣さんとて、命じて言ひたまふ。
『異邦人の途にゆくな、又サマリヤ人の町に入るな。むしろイスラエルの家の失せたる羊にゆけ。往きて宣べつたへ「天國は近づけり」と言へ。病める者をいやし、死にたる者を甦へらせ、癩病人をきよめ、惡鬼を逐ひいだせ。價(あたひ)なしに受けたれば價なしに與へよ。帶のなかに金・銀または錢をもつな。旅の嚢(ふくろ)も、二枚の下衣(したぎ)も、鞋(くつ)も、杖(つゑ)ももつな。勞動人(はたらきびと)の、その食物を得るは相應しきなり。いづれの町いづれの村に入るとも、その中にて相應しき者を尋ねいだして、立ち去るまでは其處に留れ。人の家に入らば平安を祈れ。その家もし之に相應しくば、汝らの祈る平安はその上に臨まん。もし相應しからずば、その平安はなんぢらに歸らん。人もし汝らを受けず、汝らの言を聽かずば、その家その町を立ち去るとき、足の塵をはらへ。まことに汝らに告ぐ、審判の日には、その町よりもソドム、ゴモラの地のかた耐へ易からん。
13010903 視よ、我なんぢらを遣すは、羊を豺狼(おほかみ)のなかに入るるが如し。この故に蛇のごとく慧(さと)く、鴿(はと)のごとく素直なれ。人々に心せよ、それは汝らを衆議所に付し、會堂にて鞭うたん。また汝等わが故によりて、司たち王たちの前に曳かれん。これは彼らと異邦人とに證をなさん爲なり。かれら汝らを付(わた)さば、如何に何を言はんと思ひ煩ふな、言ふべき事は、その時さづけらるべし。これ言ふものは汝等にあらず、其の中にありて言ひたまふ汝らの父の靈なり。兄弟は兄弟を、父は子を死に付し、子どもは親に逆ひて之を死なしめん。又なんぢら我が名のために凡ての人に憎まれん。されど終まで耐へ忍ぶものは救はるべし。この町にて責めらるる時は、かの町に逃れよ。誠に汝らに告ぐ、なんぢらイスラエルの町々を巡り盡さぬうちに人の子は來るべし。
 弟子はその師にまさらず、僕(しもべ)はその主にまさらず、弟子はその師のごとく、僕はその主の如くならば足れり。もし家主をベルゼブルと呼びたらんには、ましてその家の者をや。この故に、彼らを懼(おそ)るな。蔽(おほ)はれたるものに露(あらは)れぬはなく、隱れたるものに知られぬは無ければなり。暗黒(くらき)にて我が告ぐることを光明(あかるき)にて言へ。耳をあてて聽くことを屋(や)の上にて宣べよ。身を殺して靈魂(たましひ)をころし得ぬ者どもを懼るな、身と靈魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ。二羽の雀は一錢にて賣るにあらずや、然るに、汝らの父の許なくば、その一羽も地に落つること無からん。汝らの頭の髮までも皆かぞへらる。この故におそるな、汝らは多くの雀よりも優(すぐ)るるなり。されど凡そ人の前にて我を言ひあらはす者を、我もまた天にいます我が父の前にて言ひ顯さん。されど人の前にて我を否む者を、我もまた天にいます我が父の前にて否まん。
 われ地に平和を投ぜんために來れりと思ふな。平和にあらず、反つて劍(つるぎ)を投ぜん爲に來れり。それ我が來れるは、人をその父より、娘をその母より、嫁をその姑(しう)とめより分たん爲なり。人の仇はその家の者なるべし。我よりも父または母を愛する者は、我に相應(ふさわ)しからず。我よりも息子または娘を愛する者は、我に相應しからず。又おのが十字架をとりて我に從はぬ者は、我に相應しからず。生命を得る者はこれを失ひ、我がために生命を失ふ者はこれを得べし。
 汝らを受くる者は、我を受くるなり。我をうくる者は、我を遣し給ひし者を受くるなり。預言者たる名の故に預言者をうくる者は、預言者の報(むくひ)をうけ、義人たる名のゆゑに義人をうくる者は、義人の報を受くべし。凡(おほよ)そわが弟子たる名の故に、この小き者の一人に冷かなる水一杯にても與ふる者は、まことに汝らに告ぐ、必ずその報を失はざるべし』13010904

「太宰治『駈込み訴え』」の最後がこれです。

金。世の中は金だけだ。銀三十、なんと素晴らしい。いただきましょう。私は、けちな商人です。欲しくてならぬ。はい、有難う存じます。はい、はい。申しおくれました。私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ。

 いつも私はこれが公暁に思えてしまうのです。イエスも実朝も巣晴らしすぎるんだよね。

13010620 ここもいくつも知っている文章が出てきます。そしていくつかの「奇蹟」としかいえないことをイエスが目の前で行います。私は小さいときには、これらがあるから、イエス・キリストが信じられなくなったものでした。今は熱心に読んでしまう私がいます。

第9章
 イエス舟にのり、渡りて己が町にきたり給ふ。視よ、中風にて床に臥しをる者を、人々みもとに連れ來れり。イエス彼らの信仰を見て、中風の者に言ひたまふ『子よ、心安かれ、汝の罪ゆるされたり』視よ、或(ある)學者ら心の中にいふ『この人は神をけがすなり』イエスその思を知りて言ひ給ふ『何ゆゑ心に惡しき事をおもふか。汝の罪ゆるされたりと言ふと、起きて歩めと言ふと、孰(いづれ)か易(やす)き。人の子地にて罪を赦す權威あることを汝らに知らせん爲に』――ここに中風の者に言ひ給ふ――『起きよ、床をとりて汝の家にかへれ』彼おきてその家にかへる。群衆これを見ておそれ、かかる能力を人にあたへ給へる神を崇めたり。
 イエス此處より進みて、マタイといふ人の收税所(しうぜいしょ)に坐しをるを見て『我に從へ』と言ひ給へば、立ちて從へり。
 家にて食事の席につき居給ふとき、視よ、多くの取税人(しゅぜいにん)・罪人(つみびと)ら來りて、イエス及び弟子たちと共に列る。パリサイ人これを見て弟子たちに言ふ『なに故なんぢらの師は、取税人・罪人らと共に食するか』之を聞きて、言ひたまふ『健かなる者は醫者(いしや)を要せず、ただ、病める者これを要す。なんぢら往きて學べ「われ憐憫を好みて、犧牲を好まず」とは如何なる意ぞ。我は正しき者を招かんとにあらで、罪人を招かんとて來れり』
 ここにヨハネの弟子たち御許にきたりて言ふ『われらとパリサイ人は斷食するに、何故なんぢの弟子たちは斷食せぬか』イエス言ひたまふ『新郎(はなむこ)の友だち、新郎と偕(とも)にをる間(あいだ)は、悲しむことを得んや。されど新郎をとらるる日きたらん、その時には斷食せん。誰も新しき布の裂(きれ)を舊き衣(ころも)につぐことは爲(せ)じ、補(おぎな)ひたる裂(きれ)は、その衣(ころも)をやぶりて、破綻(ほころび)さらに甚だしかるべし。また新しき葡萄酒をふるき革嚢に入るることは爲(せ)じ。もし然せば、嚢(ふくろ)はりさけ酒ほどばしり出でて、嚢もまた廢(すた)らん。新しき葡萄酒は新しき革嚢にいれ、かくて兩ながら保つなり』
13010703 イエス此等のことを語りゐ給ふとき、視よ、一人の司(つかさ)きたり、拜して言ふ『わが娘いま死にたり。されど來りて御手を之におき給はば活きん』イエス起ちて彼に伴ひ給ふに、弟子たちも從ふ。視よ、十二年血漏(ちろう)を患ひゐたる女、イエスの後にきたりて、御衣(みころも)の總(ふさ)にさはる。それは、御衣にだに觸らば救はれんと心の中にいへるなり。イエスふりかへり、女を見て言ひたまふ『娘よ、心安かれ、汝の信仰なんぢを救へり』女この時より救はれたり。かくてイエス司の家にいたり、笛ふく者と騷ぐ群衆とを見て言ひたまふ、『退け、少女は死にたるにあらず、寐(い)ねたるなり』人々イエスを嘲笑(あざわら)ふ。群衆の出(いで)されし後、いりてその手をとり給へば、少女おきたり。この聲聞(きこえ)あまねく其の地に弘りぬ。
 イエス此處より進みたまふ時、ふたりの盲人(めしい)さけびて『ダビデの子よ、我らを憫みたまへ』と言ひつつ從ふ。イエス家にいたり給ひしに、盲人ども御許(みもと)に來りたれば、之に言ひたまふ『我この事をなし得と信ずるか』彼等いふ『主よ、然り』爰(ここ)にイエスかれらの目に觸りて言ひたまふ『なんぢらの信仰のごとく汝らに成れ』乃ち彼らの目あきたり。イエス嚴しく戒めて言ひたまふ『愼(つつし)みて誰にも知らすな』されど彼ら出でて、あまねくその地にイエスの事をいひ弘めたり。
  盲人どもの出づるとき、視よ、人々、惡鬼に憑かれたる唖者(おふし)を御許につれきたる。惡鬼おひ出されて唖者ものいひたれば、群衆あやしみて言ふ『かかる事は未だイスラエルの中に顯(あわ)れざりき』然るにパリサイ人いふ『かれは惡鬼(あくき)の首によりて惡鬼を逐ひ出すなり』
 イエスあまねく町と村とを巡り、その會堂にて教へ、御國の福音を宣(の)べつたへ、もろもろの病、もろもろの疾患(わづらひ)をいやし給ふ。また群衆を見て、その牧(か)ふ者なき羊のごとく惱み、且(かつ)たふるるを甚(いた)く憫み、遂に弟子たちに言ひたまふ『收穫(かりい13010704れ)はおほく勞動人(はたらきびと)はすくなし。この故に收穫の主に、勞動人をその收穫場に遣し給はんことを求めよ』

「新しき酒は新しい革嚢に」、「古き酒は古い革嚢に」という言葉が実に今はよく理解できます。そうだなあ、これがよく理解できないと私は駄目なのなことが自覚できてしまうのです。

13010608  私がいつも『舊新約聖書』を身近に置いて、ときどきそれを開いているのは、この『マタイ傳福音書』ばかりです。みな「吉本隆明『マチウ書試論』」を何度か読んでからです。

第9章
 イエス山を下り給ひしとき、大なる群衆これに從ふ。視よ、一人の癩病人みもとに來り、拜して言ふ『主よ、御意ならば、我を潔くなし給ふを得ん』イエス手をのべ、彼につけて『わが意なり、潔くなれ』と言ひ給へば、癩病ただちに潔れり。イエス言ひ給ふ『つつしみて誰にも語るな、ただ往きて己を祭司に見せ、モーセが命じたる供物を献げて、人々に證せよ』
 イエス、カペナウムに入り給ひしとき、百卒長きたり、請ひていふ『主よ、わが僕(しもべ)、中風を病み、家に臥しゐて甚(いた)く苦しめり』イエス言ひ給ふ『われ往きて醫さん』百卒長こたへて言ふ『主よ、我は汝をわが屋根の下に入れまつるに足らぬ者なり。ただ御言のみを賜へ、さらば我が僕はいえん。我みづから權威の下にある者なるに、我が下にまた兵卒ありて、此に「ゆけ」と言へば往き、彼に「きたれ」と言へば來り、わが僕に「これを爲せ」といへば爲すなり』イエス聞きて怪しみ、從へる人々に言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、かかる篤き信仰はイスラエルの中の一人にだに見しことなし。又なんぢらに告ぐ、多くの人、東より西より來り、アブラハム、イサク、ヤコブとともに天國の宴につき、御國の子らは外の暗きに逐ひ出され、そこにて哀哭(なげき)・切齒(はがみ)することあらん』イエス百卒長に『ゆけ、汝の信ずるごとく汝になれ』と言ひ給へば、このとき僕いえたり。
 イエス、ペテロの家に入り、その外姑(しうとめ)の熱を病みて臥しをるを見、その手に觸り給へば、熱去り、女おきてイエスに事(つか)ふ。夕になりて、13010609人々、惡鬼に憑かれたる者をおほく御許につれ來りたれば、イエス言にて靈を逐ひいだし、病める者をことごとく醫(いや)し給へり。これは預言者イザヤによりて『かれは自ら我らの疾患をうけ、我らの病を負ふ』と云はれし言の成就せん爲なり。
 さてイエス群衆の己を環(めぐ)れるを見て、ともに彼方の岸に往かんことを弟子たちに命じ給ふ。一人の學者きたりて言ふ『師よ、何處(いずこ)にゆき給ふとも、我は從はん』。イエス言ひたまふ『狐は穴あり、空の鳥は塒(ねぐら)あり、されど人の子は枕(まくら)する所なし』また弟子の一人いふ『主よ、先づ、往きて、我が父を葬ることを許したまへ』イエス言ひたまふ『我に從へ、死にたる者にその死にたる者を葬らせよ』
 かくて舟に乘り給へば、弟子たちも從ふ。視よ、海に大なる暴風(あらし)おこりて、舟波に蔽はるるばかりなるに、イエスは眠りゐ給ふ。弟子たち御許にゆき、起して言ふ『主よ、救ひたまへ、我らは亡ぶ』彼らに言ひ給ふ『なにゆゑ臆するか、信仰うすき者よ』乃ち起きて、風と海とを禁め給へば、大なる凪となりぬ。人々あやしみて言ふ『こは如何なる人ぞ、風も海も從ふとは』
 イエス彼方にわたり、ガダラ人の地にゆき給ひしとき、惡鬼に憑かれたる二人のもの、墓より出できたりて之に遇ふ。その猛きこと甚だしく、其處の途を人の過ぎ得ぬほどなり。視よ、かれら叫びて言ふ『神の子よ、われら汝と何の關係あらん、未だ時いたらぬに、我らを責めんとて此處(ここ)にきたり給ふか』遙にへだたりて多くの豚の一群、食しゐたりしが、惡鬼ども請ひて言ふ『もし我らを逐ひ出さんとならば、豚の群に遣(つかは)したまへ』彼らに言ひ給ふ『ゆけ』惡鬼いでて豚に入りたれば、視よ、その群みな崖より海に駈け下りて、水に死にたり。飼ふ者ども逃げて町にゆき、すべての事と惡鬼に憑かれたりし者の事とを告げたれば、視よ、町人こぞりてイエスに逢はんとて出できたり、彼を見て、この地方より去り給はんことを請へり。13010610

 このローマ軍の百卒長をときどき思い出しています。イエスのよき理解者だったよなあ、いや常に理解しようと考えていた人物に思えます。私も常に、「話し言葉、書き言葉、読み言葉」を使って、多くの人にたくさんのことを伝えて行きたいと思っています。

13010507 この章はかなり知られたことば文章がいくつも出てきます。「眞珠を豚の前に投ぐな」、「尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん」、「狹き門より入れ」・・・・・・、だが「イエスこれらの言を語りをへ給へるとき、群衆その教に驚きたり」なのです。
 この私もそうなのです。

第7章
 なんぢら人を審くな、審かれざらん爲(ため)なり。己(おの)がさばく審判にて己(おのれ)もさばかれ、己(おの)がはかる量にて己(おのれ)も量らるべし。何ゆゑ兄弟の目にある塵を見て、おのが目にある梁木(うちばり)を認めぬか。視よ、おのが目に梁木のあるに、いかで兄弟にむかひて、汝の目より塵をとり除かせよと言ひ得んや。僞善者よ、まづ己が目より梁木をとり除け、さらば明かに見えて、兄弟の目より塵を取りのぞき得ん。
 聖なる物を犬に與ふな。また眞珠を豚の前に投(な)ぐな。恐らくは足にて蹈みつけ、向き返りて汝らを噛みやぶらん。求めよ、さらば與へられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。すべて求むる者は得、たづぬる者は見いだし、門をたたく者は開かるるなり。汝等のうち、誰かその子パンを求めんに石を與へ、魚を求めんに蛇を與へんや。さらば、汝ら惡しき者ながら、善き賜物(たまもの)をその子らに與ふるを知る。まして天にいます汝らの父は、求むる者に善き物を賜はざらんや。さらば凡て人に爲(せ)られんと思ふことは、人にも亦その如くせよ。これは律法なり、預言者なり。
13010510 狹き門より入れ、滅(ほろび)にいたる門は大きく、その路は廣く、之より入(い)る者おほし。生命(いにち)にいたる門は狹く、その路は細く、之を見出す者すくなし。
 僞預言者に心せよ、羊の扮裝(よそほひ)して來れども、内は奪ひ掠むる豺狼(おほかみ)なり。その果(み)によりて彼らを知るべし。茨より葡萄を、薊(あざみ)より無花果(いちじく)をとる者あらんや。斯(か)く、すべて善き樹は善き果をむすび、惡しき樹は惡しき果をむすぶ。善き樹は惡しき果を結ぶこと能はず、惡しき樹はよき果を結ぶこと能はず。すべて善き果を結ばぬ樹は、伐(き)られて火に投げ入れらる。さらばその果によりて彼らを知るべし。我に對ひて主よ主よといふ者、ことごとくは天國に入らず、ただ天にいます我が父の御意(みこころ)をおこなふ者のみ、之に入るべし。その日おほくの者われに對ひて「主よ、主よ、我らは汝の名によりて預言し、汝の名によりて惡鬼(あくき)を逐ひいだし、汝の名によりて多くの能力(ちから)ある業を爲ししにあらずや」と言はん。その時われ明白に告げん「われ斷(た)えて汝らを知らず、不法をなす者よ、我を離れされ」と。
 さらば凡て我がこれらの言(ことば)をききて行ふ者を、磐(いわ)の上に家をたてたる慧(さと)き人に擬(なずら)へん。雨ふり流(ながれ)みなぎり、風ふきてその家をうてど倒れず、これ磐の上に建てられたる故なり。すべて我がこれらの言をききて行はぬ者を、沙の上に家を建てたる愚なる人に擬(なずら)へん。雨ふり流みなぎり、風ふきて其の家をうてば、倒れてその顛倒はなはだし』
 イエスこれらの言を語りをへ給へるとき、群衆その教に驚きたり。それは學者らの如くならず、權威ある者のごとく教へ給へる故なり。13010511

 イエスの言うことは厳しすぎます。この教えでは私は到底付いていかないのです。いやまだいくつもあるのです。一体誰に聞けばいいのか。
 もう私ではただただこれを私のブログにUPするだけなのです。

13010408 この章は私にはかなり理解しにくかったものです。私の今まで経験したことで判断できない思いでした。いやマタイ伝は私には簡単には行かないのだなあ、とつくづく気が付かされました。吉本(吉本隆明)さんを思い、また向かっていくつもりです。

第6章
 汝ら見られんために己が義を人の前にて行はぬやうに心せよ。然らずば、天にいます汝らの父より報(むくい)を得じ。
 さらば施濟(ほどこし)をなすとき、僞善者が人に崇められんとて會堂や街(ちまた)にて爲すごとく、己が前にラッパを鳴すな。誠に汝らに告ぐ、彼らは既にその報(むくい)を得たり。汝は施濟をなすとき、右の手のなすことを左の手に知らすな。是はその施濟の隱れん爲なり。さらば隱れたるに見たまふ汝の父は報い給はん。
 なんぢら祈るとき、僞善者の如くあらざれ。彼らは人に顯さんとて、會堂や大路(おおぢ)の角に立ちて祈ることを好む。誠に汝らに告ぐ、かれらは既にその報を得たり。なんぢは祈るとき、己が部屋にいり、戸を閉ぢて隱れたるに在す汝の父に祈れ。さらば隱れたるに見給ふなんぢの父は報い給はん。また祈るとき、異邦人の如くいたづらに言を反復すな。彼らは言多きによりて聽かれんと思ふなり。さらば彼らに效ふな、汝らの父は求めぬ前に、なんぢらの必要なる物を知りたまふ。この故に汝らは斯く祈れ。「天にいます我らの父よ、願はくは御名(みな)の崇められん事を。御國の來らんことを。御意(みこころ)の天のごとく地にも行はれん事を。我らの日用の糧を今日もあたへ給へ。我らに負債(おいめ)ある者を我らの冤(ゆる)したる如く、我らの負債をも免し給へ。我らを嘗試(こころみ)に遇はせず、惡より救ひ出したまへ」汝等もし人の過失を冤さば、汝らの天の父も汝らを冤し給はん。もし人冤さずば、汝らの父も汝らの過失を免し給はじ。
13010409 なんぢら斷食するとき、僞善者のごとく、悲しき面容(おももち)をすな。彼らは斷食することを人に顯さんとて、その顏色を害ふなり。誠に汝らに告ぐ、彼らは既にその報を得たり。なんぢは斷食するとき、頭に油をぬり、顏をあらへ。これ斷食することの人に顯れずして、隱れたるに在(いま)す汝の父にあらはれん爲なり。さらば隱れたるに見たまふ汝の父は報い給はん。
 なんぢら己がために財寶(たから)を地に積むな、ここは蟲と錆とが損ひ、盜人うがちて盜むなり。なんぢら己がために財寶を天に積め、かしこは蟲と錆とが損はず、盜人うがちて盜まぬなり。なんぢの財寶のある所には、なんぢの心もあるべし。身の燈火は目なり。この故に汝の目ただしくば、全身あかるからん。
 されど汝の目あしくば、全身くらからん。もし汝の内の光、闇ならば、その闇いかばかりぞや。人は二人の主に兼ね事ふること能はず、或はこれを憎み彼を愛し、或はこれに親しみ彼を輕(かろ)しむべければなり。汝ら神と富とに兼ね事ふること能はず。この故に我なんぢらに告ぐ、何を食ひ、何を飮まんと生命のことを思ひ煩ひ、何を著(き)んと體のことを思ひ煩ふな。生命(いのち)は糧(かて)にまさり、體は衣に勝るならずや。空の鳥を見よ、播かず、刈らず、倉に收めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。汝らは之よりも遙に優るる者ならずや。汝らの中たれか思ひ煩ひて身の長(たけ)一尺を加へ得んや。又なにゆゑ衣(ころも)のことを思ひ煩(わずら)ふや。野の百合は如何にして育つかを思へ、勞せず、紡(つむ)がざるなり。されど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服裝(よそほひ)この花の一つにも及かざりき。今日ありて明日(あす)爐に投げ入れらるる野の草をも、神はかく裝ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ。さらば何を食ひ、何を飮み、何を著んとて思ひ煩ふな。是みな異邦人の切に求むる所なり。汝らの天の父は、凡てこれらの物の汝らに必要なるを知り給ふなり。まづ神の國と神の義とを求めよ、さらば凡てこれらの物は汝らに加へらるべし。この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦勞(くろう)は一日にて足れり。

 インターネットの『文語版新訳聖書』では「冤」が「免」になっていて、それでは日本聖書教会13010410の『舊新訳聖書』の「冤」とは違うので、この字をここに出そうとするのが大変でした。「大修館『漢字林』」で引いても、存在はしてもどうやって画面に出せるのかが大変でした。今大変な思いで、こうして出せました。
 私はここに書かれている「明日は明日まどわん」ということでまたやっていきます。

13010304 今日のマタイ伝で一番知られている箇所かと私は思っています。
『マチウ書試論』を書いた吉本(吉本隆明)さんもこの章で一番感動したものなのかなあ。とにかく、どれも私の口にさえのぼってくる言葉があります。
 マタイ伝で伝えられたイエスが私たちが一番イエス・キリストだろうと思ってしまう姿です。

 イエス群衆を見て、山にのぼり、座し給へば、弟子たち御許(みとも)にきたる。イエス口をひらき、教へて言ひたまふ、『幸福(さいはひ)なるかな、心の貧しき者。天國はその人のものなり。幸福なるかな、悲しむ者。その人は慰められん。幸福なるかな、柔和なる者。その人は地を嗣(つ)がん。 幸福なるかな、義に飢ゑ渇く者。その人は飽くことを得ん。幸福なるかな、憐憫(あはれみ)ある者。その人は憐憫を得ん。幸福なるかな、心の清き者。その人は神を見ん。幸福なるかな、平和ならしむる者。その人は神の子と稱(とな)へられん。幸福なるかな、義のために責められたる者。天國はその人のものなり。我がために、人なんぢらを罵(ののし)り、また責め、詐(いつわ)りて各樣(さまざま)の惡しきことを言ふときは、汝ら幸福なり。喜びよろこべ、天にて汝らの報(むくい)は大なり。汝等より前(さき)にありし預言者たちをも、斯(か)く責めたりき。
 汝らは地の鹽(しほ)なり、鹽もし效力を失はば、何をもてか之に鹽すべき。後(のち)は用なし、外にすてられて人に蹈まるるのみ。汝らは世の光なり。山の上にある町は隱るることなし。また人は燈火をともして升の下におかず、燈臺の上におく。かくて燈火は家にある凡ての物を照すなり。かくのごとく汝らの光を人の前にかがやかせ。これ人の汝らが善き行爲(おこなひ)を見て、天にいます汝らの父を崇めん爲なり。
 われ律法また預言者を毀(こば)つために來れりと思ふな。毀たんとて來らず、反つて成就せん爲なり。誠に汝らに告ぐ、天地の過ぎ往かぬうちに、律法(おきて)の一點、一畫も廢(すた)ることなく、ことごとく全うせらるべし。この故にもし此等のいと小き誡命(いましめ)の一つをやぶり、且その如く人に教ふる者は、天國にて最小(いとちいさ)き者と稱(とな)へられ、之を行ひ、かつ人に教ふる者は、天國にて大なる者と稱へられん。我なんぢらに告ぐ、汝らの義(ぎ)、學者・パリサイ人に勝(まさ)らずば、天國に入(い)ること能はず。
 古への人に「殺すなかれ、殺す者は審判にあふべし」と云へることあるを汝等きけり。されど我は汝らに告ぐ、すべて兄弟を怒る者は、審判(さばき)にあふべし。また兄弟に對(むか)ひて、愚者(おろかもの)よといふ者は、衆議にあふべし。また痴者(しれもの)よといふ者は、ゲヘナの火にあふべし。この故に汝もし供物(そなえもの)を祭壇にささぐる時、そこにて兄弟に怨まるる事あるを思ひ出さば、供物を祭壇のまへに遺しおき、先づ往きて、その兄弟と和睦し、然るのち來りて、供物をささげよ。
13010305 なんぢを訴ふる者とともに途(みち)に在るうちに、早く和解せよ。恐らくは、訴(うつた)ふる者なんぢを審判人(さばきびと)にわたし、審判人は下役にわたし、遂になんぢは獄に入れられん。まことに汝に告ぐ、一厘ものこりなく償(つくの)はずば、其處をいづること能はじ。
 「姦淫するなかれ」と云へることあるを汝等きけり。されど我は汝らに告ぐ、すべて色情を懷きて女を見るものは、既に心のうち姦淫したるなり。もし右の目なんぢを躓(つまづ)かせば、抉(くじ)り出(いだ)して棄てよ、五體の一つ亡びて、全身ゲヘナに投げ入れられぬは益なり。もし右の手なんぢを躓(つまづ)かせば、切りて棄てよ、五體の一つ亡びて、全身ゲヘナに往かぬは益なり。また「妻をいだす者は離縁状を與ふべし」と云へることあり。されど我は汝らに告ぐ、淫行の故ならで其の妻をいだす者は、これに姦淫を行はしむるなり。また出(いだ)されたる女を娶るものは、姦淫を行ふなり。
 また古への人に「いつはり誓ふなかれ、なんぢの誓は主に果(はた)すべし」と云へる事あるを汝ら聞けり。されど我は汝らに告ぐ、一切ちかふな、天を指して誓ふな、神の御座(みくら)なればなり。地を指して誓ふな、神の足臺(あしだい)なればなり。エルサレムを指して誓ふな、大君の都なればなり。己が頭を指して誓ふな、なんぢ頭髮(かみのけ)一筋だに白くし、また黒くし能はねばなり。ただ然り然り、否否といへ、之に過ぐるは惡より出づるなり。
「目には目を、齒には齒を」と云へることあるを汝ら聞けり。されど我は汝らに告ぐ、惡しき者に抵抗(てむか)ふな。人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ。なんぢを訟へて下衣を取らんとする者には、上衣をも取らせよ。人もし汝に一里ゆくことを強ひなば、共に二里ゆけ。なんぢに請ふ者にあたへ、借(か)らんとする者を拒むな。
 「なんぢの隣を愛し、なんぢの仇(あた)を憎むべし」と云へることあるを汝等きけり。されど我は汝らに告ぐ、汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。これ天にいます汝らの父の子とならん爲なり。天の父は、その日を惡しき者のうへにも善き者のうへにも昇らせ、雨を正しき者にも正しからぬ者にも降らせ給ふなり。なんぢら己を愛する者を愛すとも何の報(むくひ)をか得べき、取税(しゅぜい)人も然(しか)するにあらずや。兄弟にのみ挨拶すとも何の勝ることかある、異邦人も然(しか)するにあらずや。さらば汝らの天の父の全きが如く、汝らも全かれ。13010306

 ここで言われることがいつもイエス・キリストの像になってしまったいます。だから妻であったろうマグダラのマリアも「妻」という真実が消えてしまったものなのかなあ、私はそんなに思っています。

13010205 この荒野での悪魔の試みは、ものすごいものです。イエスの「人の生くるはパンのみに由るにあらず」という答えはすごなあ、と思います。みな自分との対決なのでしょう。
 あ、私はいつもパンが必要ですよ。

第4章
 ここにイエス御靈によりて荒野に導かれ給ふ、惡魔に試(こころ)みられんとするなり。四十日四十夜斷食して、後に飢ゑたまふ。試むる者きたりて言ふ『汝もし神の子ならば、命じて此等の石をパンと爲らしめよ』答へて言ひ給ふ『「人の生くるはパンのみに由るにあらず、神の口より出づる凡ての言に由る」と録(しる)されたり』ここに惡魔イエスを聖なる都につれゆき、宮の頂上(いただき)に立たせて言ふ、『汝もし神の子ならば己が身を下に投げよ。 それは
   「なんぢの爲に御使たちに命じ給はん。
   彼ら手にて汝を支へ、その足を
   石にうち當つること無からしめん」
と録されたるなり』イエス言ひたまふ『「主なる汝の神を試むべからず」と、また録されたり』惡魔またイエスを最高き山につれゆき、世のもろもろの國と、その榮華とを示して言ふ、『汝もし平伏して我を拜せば、此等を皆なんぢに與へん』ここにイエス言ひ給ふ『サタンよ、退け「主なる汝の神を拜し、ただ之にのみ事へ奉るべし」と録されたるなり』ここに惡魔は離れ去り、視よ、御使たち來り事へぬ。
  イエス、ヨハネの囚はれし事をききて、ガリラヤに退き、後ナザレを去りて、ゼブルンとナフタリとの境なる、海邊のカペナウムに到りて住み給ふ。これは預言者イザヤによりて云はれたる言の成就せん爲なり。 曰く
    『ゼブルンの地、ナフタリの地、
    海の邊、ヨルダンの彼方、
    異邦人のガリラヤ、
    暗きに坐する民は、大なる光を見、
    死の地と死の蔭とに坐する者に、光のぼれり』
  この時よりイエス教を宣べはじめて言ひ給ふ『なんぢら悔改めよ、天國は近づきたり』  かくて、ガリラヤの海邊をあゆみて、二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが、海に網うちをるを見給ふ、かれらは漁人(すなどりびと)なり。これに言ひたまふ『我に從ひきたれ、さらば汝らを人を漁(すなど)る者となさん』かれら直ちに網をすてて從ふ。更に進みゆきて、また二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネとが、父ゼベダイとともに舟にありて網を繕ひをるを見て呼び給へば、直ちに舟と父とを置きて從ふ。
 イエスあまねくガリラヤを巡り、會堂にて教をなし、御國の福音を宣べつたへ、民の中のもろもろの病、もろもろの疾患(わずらひ)をいやし給ふ。その噂あまねくシリヤに弘(ひろま)り、人々すべての惱めるもの、即ちさまざまの病と苦痛(くるしみ)とに罹(かか)れるもの、惡鬼に憑かれたるもの、癲癇(てんかん)および中風の者などを連れ來りたれば、イエス之を醫(いや)したまふ。ガリ13010206ラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ及びヨルダンの彼方より、大(おおい)なる群衆きたり從へり。

 こうしてイエスは弟子を集め始めます。でもこのイエスにただついていった人は私には分からないなあ。自然を相手にしている仕事はつらかったのだろうな。

13010114 私はここにある「バプテスマ」が分からなかったので、インターネットで検索しました。「洗礼」のことで、「ああ、あれのことか」と思いました。いや私は「水に入ってなんかやっていることか」なんていう理解の段階です。

第3章
 その頃バプテスマのヨハネ來り、ユダヤの荒野にて教を宣べて言ふ『なんぢら悔改めよ、天國は近づきたり』これ預言者イザヤによりて、斯く云はれし人なり、曰く
  『荒野に呼はる者の聲(こゑ)す
  「主の道を備へ、
  その路すぢを直(なお)くせよ」』
 このヨハネは駱駝の毛織衣(けおりころも)をまとひ、腰に皮の帶をしめ、蝗と野蜜とを食とせり。ここにエルサレム及びユダヤ全國、またヨルダンの邊(ほとり)なる全地方の人々、ヨハネの許(もと)に出(い)できたり、罪を言ひ表し、ヨルダン川にてバプテスマを受けたり。ヨハネ、パリサイ人およびサドカイ人のバプテスマを受けんとて、多く來るを見て、彼らに言ふ『蝮(まむし)の裔(すゑ)よ、誰が汝らに、來らんとする御怒(みいかり)を避くべき事を示したるぞ。さらば悔改(くいあらため)に相應(ふさわ)しき果(み)を結べ。汝ら「われらの父にアブラハムあり」と心のうちに言はんと思ふな。 我なんぢらに告ぐ、神は此らの石よりアブラハムの子らを起し得給ふなり。斧ははや樹の根に置かる。 されば凡て善き果(み)を結ばぬ樹は、伐られて火に投げ入れらるべし。我は汝らの悔改のために、水にてバプテスマを施す。 されど我より後にきたる者は、我よりも能力あり、我はその鞋(くつ)をとるにも足らず、彼は聖靈と火とにて汝らにバプテスマを施さん。手には箕(み)を持ちて禾場(うちば)をきよめ、その麥は倉に納め、殼(から)は消えぬ火にて燒きつくさん』
 ここにイエス、ヨハネにバプテスマを受けんとて、ガリラヤよりヨルダンに來り給ふ。ヨハネ之を止めんとして言ふ『われは汝にバプテスマを受くべき者なるに、反つて我に來り給ふか』イエス答へて言ひたまふ『今は許せ、われら斯く正しき事をことごとく爲遂(しと)ぐるは、當然なり』ヨハネ乃ち許せり。イエス、バプテスマを受けて直ちに水より上り給ひしとき、視よ、天ひらけ、神の御靈の、鴿(はと)のごとく降りて己が上にきたるを見給ふ。また13010115天より聲あり、曰く『これは我が愛しむ子、わが悦ぶ者なり』

 このヨハネは実によく思い出します。イエスのおやじのヨハネと同じ名前で、当時も少し混乱しただろうな。だからおやじのヨハネは暗い顔をしているのかなあ。

13010108 ここには、ベツレヘムの王であったヘロデ王が「ベツレヘム及び凡てその邊の地方なる、二歳以下の男の兒をことごとく殺せり」とあります。イエスは父ヨセフと母マリアとによりエジプトに逃れます。この「ヘロデ死にてのち」に、再びイエス家族三人はイスラエルに帰るのです。

第2章
 イエスはヘロデ王の時、ユダヤのベツレヘムに生れ給ひしが、視よ、東の博士たちエルサレムに來りて言ふ、『ユダヤ人の王とて生れ給へる者は、何處(いづこ)に在(いま)すか。 我ら東にてその星を見たれば、拜せんために來れり』ヘロデ王これを聞きて惱みまどふ、エルサレムも皆然り。王、民の祭司長・學者らを皆あつめて、キリストの何處に生るべきを問ひ質す。かれら言ふ『ユダヤのベツレヘムなり。 それは預言者によりて、
  「ユダの地ベツレヘムよ、汝は
  ユダの長たちの中にて最小き者にあらず、
  汝の中より一人の君いでて、
  わが民イスラエルを牧(ぼく)せん」
と録されたるなり』
 ここにヘロデ密に博士たちを招きて、星の現れし時を詳細(つまびらか)にし、彼らをベツレヘムに遣(つかは)さんとして言ふ『往きて幼兒のことを細(こまか)にたづね、之にあはば我に告げよ。 我も往きて拜せん』彼ら王の言をききて往きしに、視よ、前に東にて見し星、先だちゆきて、幼兒(をさなご)の在(いま)すところの上に止(とどま)る。かれら星を見て、歡喜(よろこび)に溢れつつ、家に入りて、幼兒のその母マリヤと偕に在(いま)すを見、平伏して拜し、かつ寶(たから)の匣(はこ)をあけて、黄金・乳香(にうかう)・沒藥(もちやく)など禮物(れいもの)を献(ささ)げたり。かくて夢にてヘロデの許に返るなとの御告(みつげ)を蒙り、ほかの路より己(おの)が國に去りゆきぬ。
 その去り往きしのち、視よ、主の使(つかい)、夢にてヨセフに現れていふ『起きて、幼兒(をさなご)とその母とを携へ、エジプトに逃れ、わが告ぐるまで彼處(かしこ)に留れ。 ヘロデ幼兒(をさなご)を索(もと)めて亡(ほろぼ)さんとするなり』ヨセフ起きて、夜の間に幼兒とその母とを携へて、エジプトに去りゆき、ヘロデの死ぬるまで彼處(かしこ)に留(とどま)りぬ。 これ主が預言者によりて『我エジプトより我が子を呼び出せり』と云ひ給ひし言の成就せん爲なり。
 ここにヘロデ、博士たちに賺(すか)されたりと悟りて、甚だしく憤(いきど)ほり、人を遣し、博士たちに由りて詳細(つまびらか)にせし時を計り、ベツレヘム及び凡(すべ)てその邊(ほとり)の地方なる、二歳以下の男の兒をことごとく殺せり。ここに預言者エレミヤによりて云はれたる言は成就したり。 曰く、
  『聲ラマにありて聞ゆ
  慟哭(なげき)なり、いとどしき悲哀(かなしみ)なり。
  ラケル己(おの)が子らを歎き、
  子等のなき故に慰めらるるを厭ふ』
 ヘロデ死にてのち、視よ、主の使、夢にてエジプトなるヨセフに現れて言ふ、『起きて、幼兒とその母とを携へ、イスラエルの地にゆけ。 幼兒の生命を索(もと)めし者どもは死にたり』ヨセフ起きて、幼兒とその母とを携へ、イスラエルの地に到りしに、アケラオその父ヘロデに代りてユダヤを治むと聞き、彼處(かしこ)に往くことを恐る。 また夢にて御告(みつげ)を蒙り、ガリラヤの地方に退き、ナザレといふ町に到りて住みたり。 これは13010109預言者たちに由りて、『彼はナザレ人と呼ばれん』と云はれたる言の成就せん爲なり。

 このときは大変な危険なときでしたね。でも当時でも「二歳以下の男の兒をことごとく殺せり」というヘロデ王はものすごく非難されたはずです。今でも許すことはできないですね。

12123118『マチウ書試論』で書かれているマタイ伝は、思えば私が小学生のときに見ていたものなのですね。幼稚園の卒園のときに、『新訳聖書』をもらっていたのです。
 でも小さな私には、少しも面白くないものでした。

第1章
 アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系圖。
 アブラハム、イサクを生み、イサク、ヤコブを生み、ヤコブ、ユダとその兄弟らとを生み、ユダ、タマルによりてパレスとザラとを生み、パレス、エスロンを生み、エスロン、アラムを生み、アラム、アミナダブを生み、アミナダブ、ナアソンを生み、ナアソン、サルモンを生み、サルモン、ラハブによりてボアズを生み、ボアズ、ルツによりてオベデを生み、オベデ、エツサイを生み、エツサイ、ダビデ王を生めり。
 ダビデ、ウリヤの妻たりし女によりてソロモンを生み、ソロモン、レハベアムを生み、レハベアム、アビヤを生み、アビヤ、アサを生み、アサ、ヨサパテを生み、ヨサパテ、ヨラムを生み、ヨラム、ウジヤを生み、ウジヤ、ヨタムを生み、ヨタム、アハズを生み、アハズ、ヒゼキヤを生み、ヒゼキヤ、マナセを生み、マナセ、アモンを生み、アモン、ヨシヤを生み、バビロンに移さるる頃、ヨシヤ、エコニヤとその兄弟らとを生めり。
  バビロンに移されて後、エコニヤ、サラテルを生み、サラテル、ゾロバベルを生み、ゾロバベル、アビウデを生み、アビウデ、エリヤキムを生み、エリヤキム、アゾルを生み、アゾル、サドクを生み、サドク、アキムを生み、アキム、エリウデを生み、エリウデ、エレアザルを生み、エレアザル、マタンを生み、マタン、ヤコブを生み、ヤコブ、マリヤの夫ヨセフを生めり。 此のマリヤよりキリストと稱(とな)ふるイエス生れ給へり。
 されば總て世をふる事、アブラハムよりダビデまで十四代、ダビデよりバビロンに移さるるまで十四代、バビロンに移されてよりキリストまで十四代なり。
 イエス・キリストの誕生は左のごとし。 その母マリヤ、ヨセフと許嫁(いいなずけ)したるのみにて、未だ偕(とも)にならざりしに、聖靈によりて孕(みごも)り、その孕りたること顯れたり。夫ヨセフは正しき人にして、之を公然(おほやけ)にするを好まず、私(ひそか)に離縁せんと思ふ。かくて、これらの事を思ひ囘(めぐ)らしをるとき、視よ、主の使(つかひ)、夢に現れて言ふ『ダビデの子ヨセフよ、妻マリヤを納(い)るる事を恐るな。 その胎(はら)に宿(いる)る者は聖靈によるなり。かれ子を生まん、汝その名をイエスと名づくべし。 己が民をその罪より救ひ給ふ故なり』すべて此の事の起りしは、預言者によりて主の云ひ給ひし言の成就せん爲なり。 曰く、

  『視よ、處女(おとめ)みごもりて子を生まん。 その名はインマヌエルと稱(とな)へられん』

之を釋(と)けば、神われらと偕に在(いま)すといふ意(こころ)なり。ヨセフ寐(ねむり)より起き、主の使(つかい)の命ぜし如くして妻を納れたり。されど子の生るるまでは、相知る事なかりき。 かくてその子をイエスと名づけたり。12123119

 なんとかマタイ傳を読んで、少しでも吉本(吉本隆明)さんのいうことに迫りたいという思いです。
 それができるように、このブログで書いていくものです。

12123013 マタイ傳の第28章です。どうしてもマタイ傳が読みたい思いになりました。吉本(吉本隆明)さんのおかげかなあ。吉本隆明さんの『マチウ書試論』を思い出します。

第28章
 さて安息日をはりて、一週の初の日のほの明き頃、マグダラのマリヤと他のマリヤと墓を見んとて來りしに、視よ、大なる地震あり、これ主の使、天より降り來りて、かの石を轉(まろば)し退(の)け、その上に坐したるなり。その状は電光のごとく輝き、その衣は雪のごとく白し。守の者ども彼を懼れたれば、戰(をのの)きて死人の如くなりぬ。御使(みつかひ)こたへて女たちに言ふ『なんぢら懼るな、我なんぢらが十字架につけられ給ひしイエスを尋ぬるを知る。此處には在さず、その言へる如く甦へり給へり。來りてその置かれ給ひし處を見よ。かつ速かに往きて、その弟子たちに「彼は死人の中より甦へり給へり。視よ、汝らに先だちてガリラヤに往き給ふ、彼處にて謁ゆるを得ん」と告げよ。視よ、汝らに之を告げたり』
 女たち懼(おそれ)と大なる歡喜とをもて、速かに墓を去り、弟子たちに知らせんとて走りゆく。視よ、イエス彼らに遇ひて『安かれ』と言ひ給ひたれば、進みゆき、御足を抱きて拜す。ここにイエス言ひたまふ『懼(おそ)るな、往きて我が兄弟たちに、ガリラヤにゆき、彼處にて我を見るべきことを知らせよ』
 女たちの往きたるとき、視よ、番兵のうちの數人、都にいたり、凡て有りし事どもを祭司長らに告ぐ。祭司長ら、長老らと共に集りて相議り、兵卒どもに多くの銀を與へて言ふ、『なんぢら言へ「その弟子ら夜きたりて、我らの眠れる間に彼を盜めり」と。この事もし總督に聞えなば、我ら彼を宥めて汝らに憂なからしめん』彼ら銀をとりて言ひ含められたる如くしたれば、此の話ユダヤ人の中にひろまりて、今日に至れり。
 十一弟子たちガリラヤに往きて、イエスの命じ給ひし山にのぼり、遂に謁(まみ)えて拜せり。されど疑ふ者もありき。イエス進みきたり、彼らに語りて言ひたまふ『我は天にても地にても一切の權(けん)を與へられたり。されば汝ら往きて、もろもろの國人を弟子となし、父と子と聖靈との名によりてバプテスマを施し、わが汝らに命ぜし凡ての事を守るべきを教へよ。視よ、我は世の終まで常に汝らと偕に在るなり』

 この最後の「我は世の終まで常に汝らと偕に在るなり」という言葉はいいですね。多くのユダヤ人たちは、12123101このイエスの言葉を信じなかったのでしょう。でも今の私にはものすごく迫ってくる言葉です。イエスは人間に安息を約束したわけではないですが、でもこうして言ってくれました。
 私も吉本隆明さんの言われることを何度も読み直していきます。

12102608 この私の本を読んだ記録浅田次郎「黒書院の六兵衛」(162)を書く前に、私は「舊新約聖書(文語訳)」を読んでいました。私のすぐそばにありますから、私はいつも開いています。そしていつもマタイ傳福音書を読んでいます。
 この聖書は、1992日本聖書教会となっています(奥付がないのです)。私が御茶ノ水の事務所にいたときに、すぐそばの日本聖書教会で購入したものでした。もうそんな昔のことなんだ。御茶ノ水の事務所では、事務所の私のすぐそばに置いていました。
  今は私のすぐ後の本棚に置いています。
 でも「福音書」の「福」を旧漢字にしたいのですが、どうすればいいのでしょうか。

12071206 私は「周の『独楽吟のススメ』の745」で、次のように書いていました。

私は「舊新約聖書(文語訳)」はそばに置いてあり、ときどき開いているものです。またインターネット上でもよく開いています。

 私がよく手に取っているのは、この画像のものです。そしてインターネット上では

   マタイ傳福音書(文語訳)

をよく開いています。
 どうしても、吉本隆明さんの「マチウ書試論」を読んでから、このマタイ傳をいつも読むようになりました。
 今も私はいつも同じです。そうねえ、そういえば今はマルコ傳も読むようになったかなあ。

 ただし、前にこのマタイ傳も、茨城弁に翻訳したこと(「マタイ伝第28章を茨城弁にする」)があるのですが、間違いなく、イエス・キリストもマタイもマルコも茨城弁では話さなかったはずです。あ、翻訳するには文語ではなく、口語でないと駄目です。

11092409  昨日の午後、日本キリスト教団王子教会の「『道』第42号」を宅急便で受け取りました。
 その中で、私が書きましたのは、以下の内容です。これは今年の5月24日にメールで送りましたものでした。

 今回東日本大震災があり、随分驚き、かつすぐに郵便局からカンパは送りましたが、あとはどうすることもできず、いらいらしたり、悲しんだりしているだけでした。友人の中にはすぐにボランティア隊を組んで現地に行った人もいて、私もそういう身軽な動きのできる人間にはなれないことを悔しがったりするだけでした。
 今回、この震災のことで、何か述べるにあたり、いくつかのものを見てみました。論語にもいくつかの仏典にも地震のことはありません(これは私が見た限りです)でした。これは孔子や釈迦が考えなかったのではなく、彼らのいた地域や時代のせいかなとも思えます。
 その点新約聖書には、たぶん当時の大地震があったからでしょうが、地震のことが書いてあります。「マタイ傳福音書」の二四節です。

なんぢら戰爭と戰爭の噂とを聞かん、愼みて懼るな。かかる事はあるべきなり、されど未だ終にはあらず。即ち「民は民に、國は國に逆ひて起たん」また處々に饑饉と地震とあらん、此等はみな産の苦難の始なり。そのとき人々なんぢらを患難に付し、また殺さん、汝等わが名の爲に、もろもろの國人に憎まれん。その時おほくの人つまづき、且たがひに付し、互に憎まん。多くの僞預言者おこりて、多くの人を惑さん。また不法の増すによりて、多くの人の愛ひややかにならん。されど終まで耐へしのぶ者は救はるべし。

 だがここにあるように、今の日本は「互いに裏切り、憎み合う」ことはありません。それに海外のいくつもの国の人々も見事に援助してくれています。これは実にいいことです。ありがたいことです。イエスの信仰に従う人もそうでない人も愛し合い、援助し合っているのです。それが今回の大地震の際にも私たちがたくさん見聞したところです。
 私には、現在四人の孫がいます。その孫たちにも実にいい光景をたくさん見せてくれています。
 テレビも新聞そのほかもインターネットもツイッターもフェイスブックもいくつものいい光景を見せてくれています。自分の父母や近所の人たちや、インターネットで知った人たちの行動も実にいいことを彼らにわからせてくれました。
 これは孫たちにもいいことをたくさん世界が教えてくれた気がしています。私もまた孫たちが見ていた光景を忘れないでいるつもりです。

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 めばえ幼稚園のことで思い出しましたナミちゃんが、次のコメントをくれました。

1. Posted by なみんと    2007年07月31日 14:42
周さんが日曜学校に通っていたなんて・・お聞きして驚いてしまいました。「めばえ幼稚園」の名前も偶然同じ。どんな少年だったのでしょうか。想像するに感受性が豊かで聞き分けがよさそう。周さん三人兄弟は個性がそれぞれ?みたいで面白そう。
私は賛美歌の響きが好きでした。浄土真宗系の母も賛美歌が好きで枯木立の上野公園のベンチで二人でくちずさんだ♪♪・・り(笑)次男の高校がキリスト系だったのでなにかと私のハートがくすぐられ?ました(これは明治生まれの大正ロマンの時代に青年期を送った父の影響?かな)

 別にそれほど驚くことでもないですよ。札幌ですしね、それに昭和20年代後半と30年前半ですからね、まだ神の言葉や、聖書が新鮮に読まれているところもあったのじゃないかな。ついこのごろ、教会に行く用があったのですが、もうそこの牧師さんは、インターネットのホームページでもいつも、「今は信仰心がなくなってきて、教会にあつまる人も少なくなって……………」というようなことを嘆いているのですが、私は口には出しませんが、「新々宗教が盛んなのを見なさいよ。あんなのに負けないで頑張ってよ」という思いですね。
 私なんかが、日曜学校に行っていたのは、いわば、幼稚園で世話になった義理ではなかったのかなあ。小学校2年の三学期の1月に、名古屋に引越する前に、母と私と弟は、この教会にお別れを言いにきました。あのとき、フィンランド人の女性園長が私たちのために祈ってくれたと思いますね。ただ、私には神の言葉も聖書もまったく興味がありませんでした。いい大人が、何を馬鹿なことを言っているのだろうという思いでしたね。
 私は曹洞宗のお寺に行くことも多々あるのですが、さすが禅宗でも道元さんのところは、すごいですね。私はそのお寺の住職から、まともに仏の道、道元の話を聞いたことは一度もありません。いつも、「私はもともとお寺なんか継ぎたくはなかったんだ」という話ばかりです。「ああ、禅宗らしい、しかも曹洞宗らしいな」なんて思っていますよ。ときに、私が、「あ、言いたいことがあります」なんて喋っちゃうことがあります。
 そもそも私は、宗教的なものが、それほど好きじゃないのですね。でも、ちゃんとその宗教の教えを喋ってくれないと、嫌になってしまうことがあります。まあ、宗教家も真面目に勉強してよ、という思いです。

 そういえば、お経というのは、みなインドで出来たものだと思っていましたが、実は中国で出来たお経もいくつもあるのです。それで何年か前に、そのお経の一つの解釈を頼まれたことがありました。「普通なら、こう解釈する。あなたもそう思うか。でも本当のところはどうなのだろう」というところで、そのお経に書かれている釈迦の本心は、何を言っているのだろう」というところが問題なのです。でもこれが大変でした。私の解釈ではなく、どこかの大学の先生の漢文の得意な方の解釈が知りたいのです。
 でも私が解釈を依頼しました、どの先生も答えてくれませんでした。私が聞いているのではなく、ある宗派の教祖の依頼でしたから、自分の解釈を簡単に出せないのですね。私は大学人とは学問って、面倒で難しいんだな、と感じました(ああ、ちょっと書ききれない事情があります。口頭でなら喋りますよ)。だから私の解釈を提出しましたよ。

 さきほど、「舊新約聖書」の「マタイ傳福音書」を読み直していました。何度読んでも、これは凄まじい書ですね。イエスが亡くなるときに、

『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』と言ひ給ふ。わが神、わが神、なんぞ我を見棄て給ひしとの意(こころ)なり。(「マタイ傳福音書」第27章)

という言葉もすごいし、そして今は以下のマタイ傳を読みました。

 ペテロ外にて中庭は坐(ざ)しゐたるに、一人婢女(はしため)きたりて言ふ『なんぢもガリラヤ人(びと)イエスと偕(とも)にゐたり』 かれ凡ての人の前に肯(うけたが)はずして言ふ。『われは汝の言ふことを知らず』 かくて門(かど)まで出て往きたるとき、他(ほか)の婢女(はしため)かれを見て、其處(そこ)にをる者どもに向ひて『この人ははナザレ人(びと)イエスと偕(とも)にゐたり』と言へるに、重ねて肯(うけたが)はず、契(ちか)ひて『我はその人を知らず』といふ。 暫くして其處に立つ者ども近づきてペテロに言ふ『なんぢもにたしかにかの黨與(ともがら)なり、汝の國訛なんぢを表せり』 ここにペテロ盟(うけ)ひかつ契ひて『我その人を知らず』と言ひ出(い)づるをりしも、鶏鳴きぬ。 ペテロ『にわとり鳴く前に、なんぢ三度(みたび)われを否(いな)まん』と、イエスの言ひ給ひし御言(みことば)を思ひだし、外に出でて甚(いた)く泣けり。(「マタイ傳福音書」第26章)

 鶏が泣く前に、お前は私の言うとおり、私を三度否定するだろう! とイエスがペテロに言い、ペテロが、「何を言っているのですか、私はそんなことは絶対にありません」というのに、でも事実はその通りになりました。ペテロは自分の情けなさに泣くしかできないのです。
 ただ、このときのペテロの気持は大変に判ります。
 でもでも、こうして何度も読んでいますね。聖書を私に教えてくれたのは、太宰治と、そしてもちろん吉本(吉本隆明)さんです。

 でも希望なのですが、インターネットで聖書も佛典も早く全部読めるようにならないものかなあ。

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