将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:マルコ伝

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 今朝、日本キリスト教団王子教会の「道」という文集に原稿を求められていたことを思い出しました。もう1カ月くらい前かな。それですぐに原稿をメールしました。
 それで、ちょうど1年前にも、私は原稿を送りまして、掲載されたことがありました。でも私はそれを、このブログにUPしたと思っていましたが、ここで探してもありません。
 それで以下をUPしておきます。
 きょう送りました原稿も、その文集が発行されましたら、そのときに、このブログにも掲載します。

 以下は、私が「道」書きました原稿です。昨年1月29日にメールしていました。

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また聖書を開きました
 喪中の葉書を出しましたら、「転居先不明」と「あて所に尋ねあたりません」ということで、きょう現在十三通が帰ってきました。これは困りました。どうしたらいいのでしょうか。
 それと、きょうこの喪中の手紙に対する丁寧なお悔やみの葉書とお手紙をいただきました。そのお二人に、今お礼の手紙を出しました。
 母が亡くなり、義母の介護を続けている今の私には、この葉書と手紙の文面は、どんなに嬉しく思えたことでしょうか。
 お手紙は、クリスマスカードにもなっていまして、彼女の手紙は沖縄県(に住んでいるので)の魚の絵の切手が貼ってあります。彼女は昔からいつも手紙には、綺麗な切手を貼ってくれるのです。
 彼女は、私が沖縄で働いていたときに、飯場で飯炊きをやってくれていた女性です。胸の大きい色の白い綺麗な子でした。その後、しばらく山口県で幼稚園の先生をやっていて、園長になったと思っていたら、もう退職ということです。三人の子どもと三人の孫がいます。
 彼女からもらったこのクリスマスカードには、彼女の家族(もちろん亭主のことも、この彼が私と親しいわけなのです)の近況と、新約聖書の言葉が書いてあります。
 彼女はクリスチャンで、沖縄で働いていたときにも、いつも教会へ通っていました。
 その聖書の言葉が、「ことばは人となって私たちに間に住まわれた(ヨハネ一・一四)」とありまして、手紙を出したあと私は「聖書」を眺めてみました。
 この言葉は、以下のことでした。

 言(ことば)は肉體となりて我らの中(うち)に宿(やど)りたまへり、我らその榮光を見たり、實(げ)に父の獨子(ひとりご)の榮光にして、恩恵(めぐみ)と眞理(まこと)とにて滿てり。(ヨハネ福音書第一章十四節)

 私もこういうときに、ときどき聖書を読み直しているのです。あんまり好きになれなかった新約聖書ですが、ときどき読んでみますと、いくつものことを考えてしまいます。
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 いえ、今朝ひとしきり「マタイ伝」と「マルコ伝」を読んでいまして、また書いてみようと思い、でも過去に書いたことも、UPしていたのだろうと思い、探しましたが、なかったもので、こうしてUPしております。
 でもひさびさに聖書「マタイ伝」と「マルコ伝」を読んでいましたが、実にいいものですね。それとやっぱり、マルコという人物は本当にいたのですね。マタイ伝ばかり読んできていた私ですが、マルコ伝も今ようやく少し判るようになりました。

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 次のように書いていましたが、

(ただし、この教会のせっきょう風信は、これは口語訳で書いてあります。それから「畏」は違う「おそれる」の字ですが、私はそれをどうやってここに出したらいいのか判りません)

インターネット上で、探し出しました。もう単語登録しました。ここの部分は以下です。

曾て汝らに言ひ給ひしが如し」』 女たち甚(いた)く驚きをののき、墓より逃げ出(い)でしが、たれば一言も人に語らざりき。(マルコ傳福音書一六章一〜八節)

でも前にUPしたのは訂正しません。
 要するに、私がもうFEPの使い方も忘れているのです。情けないなあ。

 それから、聖書の文語訳は、インターネット上にありました。だから、そこからコピーすればいいんですね(もう当然著作権なんか切れているはずですから)。ただし、みなPDF版になっているんですね。私は、PDFってよく判らないのですね。
 もうパソコンもちゃんと使えなくなってきている私です。情けないなあ。

 教会へ行きましたが へ

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 義母の替わりに献金を持って王子教会へ行きました。あまりにきょうは寒いため、妻に替わりに私が行きました。ちょうど12時頃教会に着くように行きました。ちょうど日曜拝礼の終わったところで、手続きができました。
 私の義父が好きだった教会です。ここでいつも義父を感じています。そしてしばし待つ間、そこにあった聖書を開きます。ただ何十冊もある聖書はみな口語訳の聖書でした。でも仕方ないよね。
 義母のレターケースがあり、そこからいくつもの文書を受け取りました。その「日本キリスト教団王子教会せっきょう風信No..84」の最初に次のことが書いてあります。

 安息日(あんそくにち)終わりし時、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア及びサロメ、徃きてイエスに抹(ぬ)らんとて香料を買ひ、一週(ひとまわり)の首(はじめ)の日、日の出(い)でたる頃いと早く墓にゆく。誰か我らの爲に墓の入口より石を轉(まろば)すべきと語り合ひしに、目を擧ぐれば、石の既に轉(まろば)しあるを見る。この石は甚だ大(おほい)なりき。墓に入り、右の方に白き衣を著(き)たる若者の坐するを見て甚(いた)く驚く。若者いふ『おどろくな、汝らは十字架につけられ給ひしナザレのイエスを尋ぬれど、既に甦へりて、此處に在(いま)さず。視よ、納めし處は此處なり。されど徃きて弟子たちとペテロとに告げよ「汝らに先(さき)だちてガラリアに徃き給ふ、彼處にて謁(まみ)ゆるを得ん、曾て汝らに言ひ給ひしが如し」』   女たち甚(いた)く驚きをののき、墓より逃げ出(い)でしが、畏たれば一言も人に語らざりき。(マルコ傳福音書一六章一〜八節)
(ただし、この教会のせっきょう風信は、口語訳で書いてあります。それから「畏」は違う「おそれる」の字ですが、私はそれをどうやってここに出したらいいのか判りません)

 でも思えば、このあとのマルコ伝がいわばあとで書かれたものなのですね。イエスが復活して、11人の弟子たちが全世界に旅たつところです。(その部分は、ここに書いてあります。だだし、全部は書いてないよ。どこかインターネット上に聖書が載っていないものかな。もちろん文語訳で)

 それで、献金の袋等を受取り、私は教会を去りました。

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 新約聖書の中で一番古いとされているのはマルコ伝で、これは文章や言い回しが非常に素朴な福音書なんです。マタイ伝というのは後期の福音書なんだけど、よくできてるっていうか、そのほうが僕にはやりやすかった。専門家だったら、きっと古いマルコ伝がどうだった考えていくわけでしょうけれど、僕はそうじゃないから自分なりに文学的に読むと、もうマタイ伝しかないということになったんです。(「吉本隆明 自著を語る」第二章『マチウ書試論』)

 私は聖書の中では、このマタイ伝がいつでも読んできたものである。いまでもたびたび読んでいる。私には少しも古くならないのがマタイ伝である。そこで描かれているイエスは、いつまでもいきいきとしている。私には聖書というのは、いつもマタイ伝でしかないような思いがあるのです。

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