11042908 ヴェネツィアといったら、私たちはいったい何を思い出すでしょうか。私だとシェークスピア「ヴェニスの商人」、トーマス・マン「ヴェニスに死す」というところでしょう。考えてみれば、この二つの作品から思い浮かぶのは、ヴェネツィアが商業の都であり、「水の都」と呼ばれる都市国家であるということだと思います。このヴェネツィアが紀元452年に誕生してから、1797年ナポレオンによって、フランスとオーストリアに分割されるまでの歴史を描いたのが、この物語です。

書 名 海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年
著 者 塩野七生
発行所 中公文庫

 西ローマ帝国末期、たくさんの蛮族の侵入をうけていたイタリア北東部の人々は、もっとも凶暴なフン王アッティラが押し寄せてきたとき、もうどこへ逃れようもなかった。天に祈ったとき、神の声がきこえる。

  海の方角を見よ。おまえたちの見る地が、これからのおまえた
 ちの住家になる

 その方角には葦が一面に繁っている干潟がありましあた。そこへ逃げたとき、人々は何もかも失ったわけですが、とにかく命だけは助かりました。大変に狭く魚しかいないところだったのですが、ここが彼等の都となるわけです。
 ここでの神は、キリスト教の神というより、ギリシアローマの神々、たとえばアキレウスの母テティス(勿論正確にはテティスは神ではないが)のような気が私にはしてしまいます。ヴェネツィアの歴史を見るとき、キリスト教でなく、地中海の優しさがこの国にあらゆるものをもたらしたように私のは思えるてならないのです。

  おまえと結婚する、海よ。永遠におまえがわたしのものである
 ように…

 海とそしてヴェネツィア人の努力がこの国をつくったのです。

  航海することによって、豊になる道が二つある。
  一つは、交易に従事することであり、他の一つは、海賊を業と
 することである。
  生まれたばかりの海洋国家ヴェネツィア共和国は、第一の道を
 とる。となれば、彼らの最初の対決の相手が、、ヴェネツィア商
 船の航行をおびやかす海賊となるのは当然だ。

 思えば、ヴェネツィアの歴史はこの海賊との戦いだったといえるのかと思います。宿命的な地中海をめぐるトルコとの戦いも、その戦いの相手は海賊でした。いや相手は海賊と交易を区別できていたとはいえないのです。それが明確だったのはヴェネツィアだけでした。
  あの悪名高い第4回十字軍の記述、ライバルであるジュノヴァとの120年以上続く戦争など興味深く読んでいけます。そしてその中から、ヴェネツィアの姿勢を次第に感じとることができていきます。 

 そして「ヴェニスの商人」という章では、まさしく「ああ、このヴェネツィアでこそ複式簿記が生まれたのだな」ということが確認できました。経営と資本の分離という形の萌芽がここで生まれたのだと思うのです。また一つの経営(この場合は航海上の交易ということ)に何人もの資本家が参加するということも、ここで生まれたのだでしょう。貸借対照表で、資本金が負債の部になることをよく理解できない人がいます。かなりいい会計学の本を出している公認会計士の先生が、このことを説明するのにかなり苦労していたのを私は思い出します。このヴェネツィアで考えれば簡単なのです。金を持たなくても(無資本ということ)、海に出ようという航海者(経営者)は、資本という形の借金を負って事業を始めたわけです。

 またヴェネツィアの特徴として大きいのは、ローマ法王庁からのかなりな自由の確立ということでしょう。イエスの「皇帝(カエサル)のものは皇帝に、神のものは神に」という言葉は、皇帝権と法王権の争いの中ではなんら生かされていませんでした。その中にあって、ヴェネツィアだけはこのイエスの言葉を体現した存在といえるのではないでしょうか。政治的にも、経済的にも、そして文化的にもそうでした。法王庁が禁書としたあらゆるものの出版がここでは許されていました。たぶんここのところが、塩野七生が一番このヴェネツィアを気に入っているところなのではないでしょうか。彼女はキリスト教世界から一歩距離をおいた存在としての世界だからこそ、これだけ興味深く書いていけるのだろうと思います。

 しかし、ヴェネツィアは干潟に浮かんだちいさな都市国家だけに、巨大な国との戦いには苦労していきます。宿敵トルコとの戦いの中で、あの有名なレパントの海戦に勝利したとしても、逆にトルコの側から言わせれば、たいした敗北ではないのです。地上戦で敗れて領土を奪われたわけでもなんでもないのですから。そしてその相手は、トルコだけでなく、スペインであり、フランスにもなるわけです。そして最後にヴェネツィアの息をとめるのは、フランス革命の申し子である、若きナポレオンでした。

 ゲーテがあれほど南の国イタリアに憧れているのが、それがこのヴェネツィアがあたるのだと思います。勿論ローマもそうなのでしょうが、「イタリア紀行」にたくさん書かれているヴェネツィアを思うと、ゲーテの「ウィルヘルム・マイステル」の「君知るやかの国」ではじまるミニヨンの詩は、この都市を書いたものではないのかと思ったものでした。(1998.11.01)