将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:ヤクザ映画

   Tuesday, September 23, 2003 12:54 PM
こんにちは。神奈川県のものです。
会社からメールしてます。ほんとは休みなんですけど何せ仕事が遅いもので・・・。
休み返上です。
今日は久々に周さんのHPのぞかせて貰ってます。
やっぱりここくると楽しくなりますね。周さん多趣味で。
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「周の映画の話」見させて頂きました。
そこに「京阪神殺しの軍団」の話で、周さんが
「この映画もいくつもいくつも心に残るシーンがあります。ただビデオ屋でいつも探しているのですが、出会えません。」とおっしゃっていましたね。
僕の実家(大船です)の近くのレンタルショップにありますよ。
良かったらダビングしてお送りしますが・・・・

僕もヤクザ映画とその道の本は大好きです。
周さんと同じで子供から「お父さんまた?」って言われていますが。

   Wednesday, September 24, 2003 6:44 AM
 はじめまして。

会社からメールしてます。ほんとは休みなんですけど

 私も22日から、事務所に泊まりで仕事を続けていました。もう今月は仕事が大変なんです。それで、23日の午後1時少しすぎに、このメールを読みました。とても嬉しかったです。嬉しいついでに、そのあと午後2時ころ帰宅することにしたのですが、朝食と昼食をとるのに、このメールの内容で嬉しくてビールを飲んでしまいました。

「周の映画の話」見させて頂きました。そこに「京阪神殺しの軍団」の話で、周さんが

 ええと、私も読み直しまして、「あ、いけない」ということで、訂正しました。この映画の監督は山下耕作さんでしたね。それと、リンク切れになっていたところも直しました。どうしてもページが増えていくので、サイト内リンクが切れがちです。

「この映画もいくつもいくつも心に残るシーンがあります。ただビデオ屋でい
つも探しているのですが、出会えません。」
とおっしゃっていましたね。

 ええ、本当に今思い出してもたくさんのシーンが浮かんできます。実際の山口組の殺しの軍団柳川組をえがいたものですが、やっぱりいろいろなことを思います。事実としての柳川組が山口組の最先端で戦ったときに、その相手になって殺し合ったのは、同じ朝鮮人ヤクザが多かったのですね。これは実に哀しい、ものすごいことです。そこまではあの映画ではえがいていませんでしたが。
 でもあの映画での小林旭はいいですね。最初映像に出てきたときに「格好いいなあ」と思いました。私の母が小林旭が好きだったのですが、私は「どこがいいんだ」なんていう思いでいたのですが、あの映画で私ももはや小林旭のファンになってしまったものでした。
 また梅宮辰夫もいいです。これまた私は少しも好きではない俳優でしたが、もう、これまた好きになりました。

僕の実家(大船です)の近くのレンタルショップにありますよ。
良かったらダビングしてお送りしますが・・・・

 ありがとうございます。でも、なんとか探します。やっぱり自分で探して見るべきだと思っています。

僕もヤクザ映画とその道の本は大好きです。
周さんと同じで子供から「お父さんまた?」って言われていますが。

 そうですね。娘二人も妻もどうしても好きにはなってくれません。でもそんな娘二人も、今は教員になって、たくさんの子どもたちを教えています。その子たちにも、きっとヤクザ映画好きな子たちが出てくると思うんですね。
(第165号 2003.10.13)

10111107 私の次女ブルータスはどらエモンが大好きです。部屋にはどらエモンのさまざまグッズがたくさん置いてあります。とくにどらエモンの映画が好きなようで、ビデオ屋で借りて繰り返し見ていたものでした。
 小さなときのブルータスをビデオ屋に連れていくと、私がヤクザ映画のビデオを探していると、ブルータスはいつもどらエモンの映画のビデオを手にとって、「これはどんなお話だっけ?」と私に聞いてきたものでした。何度か見ているのですが、まだ小さいブルータスは覚えきられなかったのでしょう。
 そんなどらエモンが出てくる夢をきょうの朝、私は見ていました。

 夢の中でブルータス(彼女の名前はサヨコといいます。どらエモンの話の中ではやはり本名のほうがふさわしい)は中学生のようです。
 朝もうサヨコは学校へ行ってしまっていまして、家には私しかいません。私ももう出勤しようという時間です。サヨコの部屋には、いくつものどらエモングッズがありますが、とくにどらエモンを小さくしたようなおもちゃの像が二つありました。
 ところが、そこへ変などろぼうがやってきまして、このどらえもんのおもちゃをもっていこうとします。ちょうどハクション大魔王に似たような悪党泥棒のようです。私が大声をだしますと、その悪党は、あわてて、どらエモンのおもちゃを一つかかえて逃げ出します。
 これには困りました。一つを盗まれてしまったのです。「サヨコが悲しむな」なんて思って、困りはてていますと、もう一つ残っていたどらエモンのおもちゃの像が、突如本物のどらエモンに変わりました。

 よし、取り返しに行こう! パパさんも一緒に行くんだよ。

と私を誘います。そうか、私も一緒に行こうと気持をひきしめて決意しました。でも一体、あいつはどこへ逃げたのだろうか。
 どらエモンは、そこにある金魚の水槽を指さします。

 この中に逃げたんだよ。

 実は金魚の水槽と言っても、少し大きな水槽で、泳いでいるのは、本物の金魚ではなく、みなおもちゃの魚や貝です。
 でもどうやって、この水の中に入るのだろうと思っていると、どらエモンが指さしたところのガラス面に、細い穴が空いています。え、こんなところへ逃げたのか。でもそんな小さなところに、どうやって入れるのだろう。
 私は躊躇しているのですが、どらエモンはすぐに私の手を引いて、その中へ飛んでいきます。どらエモンは、左手に、大きなバケツをもっています。綺麗なおもちゃのようなバケツですが、フタがしてあって、どうやらその中にはいろいろな道具を入れているようです。「武器もあるのかな?」

 でも、どらエモンの道具って、お腹のポケットじゃなくて、バケツで持って行くんだ。
 なんて思っているうちに、敵の本拠に着きます。そこはたくさんのおもちゃの国でした。探し歩く中、急にどらエモンに、大勢の悪いおもちゃが飛びかかって捕まってしまいます。でも、どらエモンは落ち着いていて、隙を見て、バケツの中から武器を取り出して、みんなをやっつけます。相手は目を回して降参します。

 どらエモンのおもちゃをどこへやった

という私とどらエモンの問いに、その目を回している連中は、すぐそばにある地下へ伸びている階段を指さします。
 でも、私はなんだかそこへ入るのは怖いのです。どらエモンは、

 パパさん、ここで待っていてよ

と言って一人で入っていきます。随分その階段は深くて、何層にもなっているようです。だんだん、私の問い掛けに答えるどらエモンの声が小さくなります。
 少し心配になってきたところで、突如、また新手の悪いおもちゃたちが大勢でやってきて、この階段の上から、たくさんのものを投げ入れてしまいます。どらエモンを閉じ込めてしまおうというのでしょう。これはわなだったのでしょうか。
 でも、私は少し安心もしています。さきほどの戦いで、どらエモンのバケツの中の道具の強いことを見ていたからです。
 やはり、やがて、どらエモンは、その階段の奧から、なにもかも爆破して飛び出してきました。悪いおもちゃたちは、また目を回しています。でももう一つのどらエモンを盗んだ悪い奴(こいつが相手の親分のようだ)はいません。またその部下たちに聞くと、そいつはまた別な世界へ逃げたようです。またどらエモンは、そこへ行こうとします。だけど、そこで私は気がつきました。私は、もう会社に行かなければいけない時間なのです。

 どらエモン、またあいつを追うのは日を改めようよ。もうパパは会社にいかなくちゃいけないんだよ。

 いくらか、どらエモンとのやり取りがありましたが、私が会社に行かなくちゃという決意が固く、どらエモンも、「じゃ、また改めて来よう」ということになりました。
 私はもう会社に行くのだから、どらエモンには、サヨコの部屋に帰ってほし
いと言いました。

 どらエモンなら、また飛んで帰ればすぐじゃないか。

 でも、どらエモンは悲しい顔をして、

 仕事の邪魔しないから、会社の隅に置いておいてよ

といいます。私は仕方ないなあと思い、かつどらエモンを一人で帰すのも可哀想だなと思って、

 じゃさあ、どらえもん、元のおもちゃの姿に戻ってよ、そうしたら、この鞄に入って持っていけるよ。だけど、パパはお客さんのところへ行くから、事務所で一人でいるんだよ。

といいました。だがどらエモンは、もうしばらく、この姿でいたいといい、私に抱っこされたいといいます。
 もう普通の世界に戻っていた私は、それじゃと、左手で、ビジネス鞄を下げて、右腕で、どらエモンをかかえました。どらえもんは小さいのですが、どっしりしています。保育園に入った頃のサヨコくらいの大きさです。私が右腕でかかえているどらエモンのお尻は柔らかくて、あかちゃんのお尻みたいで、そして、やさしい感じです。
 私がしっかりかかえると、どらエモンは私の胸に顔をうずめます。そして小さな声でいいます。

 あのおもちゃの像が何体かないと、ボクはこうしてどらエモンになれないんだ。

 え、そんな話は初めて聞く話です。こうしてどらエモンが活躍できるのも、もともとのおもちゃのどらエモンがいるかららしいのです。だから普段はおもちゃとしてじっとしていて、いざとなったら、こうして活躍できるのです。でもそのおもちゃは、だんだん古くなったり、棄てられたりしてしまうから、そのうち、どらエモンは消えてしまうしかないのです。それで、どらエモンが必死にもう一つのおもちゃを探した訳が判りました。
 私が、

 そんなことなのか。それなら、あのおもちゃをいくつも買っておこう

というと、どらエモンは悲しそうに、「もう、あれは生産していないの」といいました。

 え、でもあれを取り返せば、ずっといられるんだろう?

という私の問いに、どらエモンは悲しそうに答えます。

 あれを取り返せば、もう少しいられるけれど、サヨちゃんが大学生になる頃には、ボクはもういなくなってしまうしかないんだ

というのです。私も「そんなもう何年もないじゃないか」という思いに、どらえもんをじっと抱きしめました。そして涙が私の頬を伝わってきました。悲しい、悲しいよという思いです。サヨコが大人になっても、ずっといてくれればいいのに。
 悲しい思いで涙を流したときに、私の目が覚めました。

 なんだか、はっとしてしまいました。「なんだ夢だったんだ」。あらためて、サヨコの部屋に行って、どらエモンのたくさんのグッズを眺めました。みなどれも同じ場所にそのままいました。
 また夢の世界で、どらエモンと一緒にあの悪党のところへ行って、あのどらエモンのおもちゃを取り戻したい。今度は私が必死で戦います。
 でも、そんなことができるのかな。(1999.11.25)

10110503 私たちは学生のときよくヤクザ映画を繰返し見ました。やはり東映の俳優の中では、鶴田浩二と高倉健の出る映画が一番多かったように思います。高倉健がなにもないただの仁侠なのにくらべ、鶴田浩二には理屈がありました。そしてその理屈を私は嫌いではありませんでした。

 最初鶴田浩二が画像にあの甘いマスクで出てきます。安キャバレーの支配人なんかやっています。もうそこで私たちはもう「鶴田浩二はつらいな」と思ってしまいます。戦後ヤミ市の中で暴れに暴れて、いまではおとなしくなった一人のヤクザを彼は演じているのです。だがまた彼はもとの世界のしがらみの中でまたも同じことをやります。しかし映像の中ではけっして彼の生き方を肯定されてはいません。
 もっとあとの映画になると、もう彼の顔を写さず、最初彼の背中のみ写し続けるヤクザ映画があります。私なんかそれを見て、「鶴田浩二はつらいな、生きるのはつらいんだよな」とすぐ涙ぐんでしまったものでした。小さな組を率いてもうひっそり生きていたいのに、でもまたヤクザな世界へあともどりしてしまう鶴田浩二、いつも哀しくて哀しくて泣いたものです。背中だけで演技できる俳優なんてそんなにいるものではありません。その背中には彼のもっている理屈があります。
 この鶴田浩二の持っている理屈はなにか。それは彼が戦後のヤミ市の中で暴れまわったそのさらに原点には、この映画があるのです。この映画の中に彼の戦後の始まりがあります。

題名  雲ながるる果てに
封切 1953年6月
原作 海軍予備飛行学生の手記より
   直居欽哉
監督 家城巳代治
配給会社 松竹
キャスト
 大滝中尉   鶴田浩二
 深見中尉   木村 功
 村山飛行隊長 原 保美
 倉石参謀   岡田英次
 松井中尉   高原駿雄
 芸者富代   利根はる恵

 時は昭和20年4月九州南端の特攻隊基地が舞台です。
 純粋で真面目な大滝と、毎夜隊を抜け出して芸者に会いにいく松井との激しい論争があります。大滝は無垢の生命を国家に捧げようとしています。松井は死を前に好きな女と自分の最後の人生を愉しみたいということなのです。人生観を語ることなんかいくらでもしていいのだと思うのですが、何故この二人がいい争わなければいけないのでしょうか。私は悔しくてなりません。
 その松井は

  じゃあ戦争のない国で待っているよ、なあ

と特攻機にのります。もう2度と還ってはこないのです。
 大滝中尉のところへ、父母と、従妹が面会に来るとの通知があります。この従妹とは恋ごごろの関係があるのかもしれません。彼はうきうきして喜びます。しかし彼に出撃命令が下ります。両親がつくころにはもうここにはいないのです。

    どうも話がうますぎるよ

と大滝は明るく笑いますが、裏山の松林の中で独り泣き叫びます。豪気な彼も生きのびたいはずなのです。それを怪我で出撃から除かれていた深見中尉が見て、彼もまた出撃を願いでます。
 軍の幹部たちは、「これはいくらでも特攻隊の志願者はいる」と笑って喜びます。私たちが見ていて一番腹のたつところです。
 大滝の父母たちが駆けつけたときには、もう彼らは飛びたっていて、白い雲流れる陽春の空しかありません。
 大滝のナレーションが入ります。

    ぼくの大好きなすべての人、なつかしい山河、そして平和な日本、
    それを思い浮べながら死んでゆきます。

画面にスーパーが入ります。

    昭和二十年四月十六日、神風特別攻撃隊第三御楯隊、海軍
    中尉大滝正男、身長五尺六寸、体重十八貫五百、極めて健康。

 私が随分前になりますが、一緒に食事した女性とこの映画の話をしたことがあります。彼女は「あなたは若いのによくこの映画の事知っているわね」といいながら、私と同じことを感じていました。見ていて涙ばかり出たそうで、そして腹を立てるところでは心から怒っていました。あれが鶴田浩二の戦後の出発なのだということも感じていたようです。
  これが鶴田浩二の原点であり、彼のもっている戦後社会への理屈なのです。

  そしてこの映画では大滝は飛びたってもう還って来ないのでしょうが、鶴田浩二は何故か生きて還ってきたわけです。
 こうして生きのびたのか、還ってきたのかとにかくこの大滝が戦後のヤミ市の中でたくさんの死んでいった松井中尉や深見中尉を思いながら、暴れまわるわけです。彼にとっての戦後社会での自分は「余計なもの」なのです。だから必ず彼のヤクザ映画の中にはそうした戦友たちの回想シーンがあります。たしかこの「雲ながるる果てに」そっくりの映像がそのまま出てきたような映画もあったように思います。彼は死んでいった松井や深見を忘れはてている戦後社会を憎みます。彼らを殺してのうのうと戦後社会を生きている、かの軍幹部のような連中を憎みます。
 そしてひとときのやすらぎがあったなか、また彼は死んでいった戦友を想い、ヤクザ社会のつまらない抗争の中に出ていきます。本来ならあの時に死んでいたはずなのです。そしてその抗争の中で、彼はまた死んでいきます。「ヤクザなんて人間のくずだ」という彼の想いがいつも伝わってきます。「そして俺もくずだ」「いま貴様たちのところへいくぞ」という鶴田浩二の想いが伝わってくるのです。(1993.07.24)

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 周の雑読備忘録「アレクサンドル・ディマ『仮面の男』」竹書房文庫版目森一喜さんが以下のコメントをくれました。

1. Posted by 目森一喜   2009年08月08日 00:03
 Gyaoという無料インターネット動画配信でこの作品を時々流していますよ。

 えっ、Gyaoって知っているけれど、その作品がいつやるのかは、どうすればいいのでしょうか。そのサイトへ行って検索すればいいのかなあ。
 ビデオ屋で探せばいいかなあ、と思っていたのですが、でもそのビデオ屋自体もどう探せばいいのか知らないのです。ビデオ屋を知ると、また古いヤクザ映画を見るようになるのかなあ?

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 ここのサイドバーの「将門のブックマーク」で17日にこの「DVD放浪記」をリンク致しました。
 まずリンクする前に、記事のどこかにトラックバックしたいと考えたのですが、どこにしたらいいのか迷うばかりです。
 いえ、たくさん映画のことはたくさんの書評も書いておられ、感心しているんですが、例えば、映画に関していいますと、私は

 http://shomon.net/eiga/ 周の映画演劇館
 http://shomon.livedoor.biz/archives/cat_1324843.html 周の映画演劇館(ブログ篇)

を持っていますように、書いてはいるのですが、でも私が好きなのはヤクザ映画なのですね。昭和館や昭和館地下で、いつも月曜日に見ていたことを思い出します。池袋の文芸座でも土曜から日曜日の深夜映画5本建てなんていうものをずっと見ていたものでした。
 ビデオでも、実に多くのヤクザ映画を見てきたものです。ずっと住んでいた我孫子では、駅前のビデオ屋では、ヤクザ映画のビデオはみな見てしまい、それでも2度3度と見ていたものです。まだ小学生の娘二人が一緒にいくと、「また、パパやっちゃん映画見るの?」と言われていたものでした。
 でも借りてきても、娘も妻もヤクザ映画は見たくないらしくて、私はみなが寝静まった深夜に独り見ていたものでした。
 今は、この王子で北ケーブルテレビで、よく「日本映画専門チャンネル」で見ております。

 ところで、この「DVD放浪記」の6さんは、プロフィールに「性別:女性と思う人は少ない」と書いてあるのを見て、驚きました。「あっ、女性だったのだ」。
 私は最初、ポメラを購入しました の2 に書きましたように、この「DVD放浪記」の6さんの言われることで、このポメラを今も入れているケースを購入したものです。いえ、ポメラ自体も彼女のサイトで決めたような思いでした。
 でもその頃は、何故か男性だとばかり思っていたものです。でも、その後このサイトの他の記事も読みまして、「ああ、これは女性だ」と気がついたものでした。

 とにかく、このサイトは今後もまたよく拝見してまいります。

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201702270108082401 私の 周の掲示板 に以下の書込みがありました。

渡 哲也の大ファンです!!!  投稿者:ターミン君  投稿日:2008年 8月24日(日)05時41分14秒
はじめまして!!! ターミン君と申します。
僕も、渡哲也様の大ファンですが、本当に本当に渡哲也様の公式ファンサイトがありませんね!ファンクラブもございません!!!ファンとして、心細くなってしまいます。周さんのホームページは、大変素晴らしく毎回、楽しんで拝見していますよ!!!
渡哲也の全国コンサート・ツアーなどあったらいいですよね! (^-^)
今後とも、宜しくお願いします。周さんと仲良くしたいです。

まったくおっしゃる通りです。大変につまらないところです。
でも思えば、私は映画でも渡哲也のものは何度も見てきています。カラオケでも、「東京流れ者」をはじめたくさん唄ってきました。でもカラオケだと、竹越ひろ子の「東京流れ者」ばかりで、私が唄うと「違う歌を唄っている」などと何度も言われてきたものでした。さすが近ごろは、私にそれをいう人はいません(つまり何度も同じことですから)。ただ、「東京流れ者」も「何処で生きても 流れ者  〜」で始まるものと、「黒いジャンパーに  赤いバラ  〜」で始まるものがあって、唄う私も少し大変です。少し歌い方が違うのですね。

でも思えば、渡哲也の映画は何度見てきたことでしょう。とくに「東京流れ者」は、劇場でもビデオでも繰り返し見ています。
ただし、ビデオで見る場合は、他のヤクザ映画と同じですが、深夜に私独りで見るしかないのです。妻も娘も嫌いですから。それに女性は、この映画「東京流れ者」は、ばかばかしくて見られないようです。
でも私はなんと言われても、なんと思われても、何度も渡哲也の映画を見ていきますし、渡哲也の歌を、どこでも唄っていきます。

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 なんだか、たった今見ていまして、涙を浮かべてしまいました。
 おそらく、今の私たちの世代から、私たちの娘の世代までは、いつもこの「ドラえもん」をテレビや漫画で見ていたはずです。
 その最終回というのを、ここで見ました。

 私の家族はみな好きでした。そしてよく私は娘たちに、我孫子駅前のビデオ屋さんで、「ドラえもん」を借りていました。
 次女を自転車の後に乗せていきますと、私がヤクザ映画のビデオを探していると、ブルータスは、「ドラえもん」のビデオをいくつか持ってきて、「これはどんな話だった?」と聞いてきます。まだ小さいブルータスは、前に見た内容をよく覚えていられなかったのです。
 私がその内容を話すと、「あ、そうか、でもいいや、もう一回見よう」と借りていたものです。そして家族4人で目を輝かして見ていたものでした。

 でも、この最終回のサイトを教えよう。次女も長女、ドラえもんとのび太の姿に喜ぶはずです。
 実は私は何度も涙を浮かべてしまいました。誰もいないところでよかったな。「ドラえもん」は私たちにたくさんのことを教えてくれていました。「ありがとう」といいたいです。

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060712108 「ニュースきくち」での言い訳 に 目森一喜 さんからコメントをいただきました。

1. Posted by 目森一喜    2006年07月21日 16:03
 勝手なリクエストですが、ニュースきくちは文字が小さすぎるので、大きくしていただけないでしょうか。いつもブラウザで大きくして読みますが、この将門から行ったのでなければ、あの文字サイズでは、読まないで別のページに飛んでしまうところです。
 老眼には、あの文字サイズはつらいです。

 そうなんだ。それで「あの文字サイズでは、読まないで別のページに飛んでしまう」というのはまずいですね。
 でもね、私は「ニュースきくち」を書き、UPしているだけで、管理しているオーナーは菊地さんなのです。だから困ったな。でもとにかく、きょうその旨を伝えます。

 そういう意味では、私のブログも字が小さいですね。私ももっと大きいのでやりたいのですが、前にやっていたデザインのものでサイドバーが落ちてしまって、困り果て、これにしたのです。
 自分でデザインすればいいのでしょうが、もう面倒なんでね。私ももう58歳でね。だんだん、そういう普通にやるべきことが面倒になってしまうのですね。

 あ、それから、あなたも老眼なの。驚きです。私はこの歳でも、まだ老眼じゃないよ。もともと近視だったからかな。私は中学2年のときに近視になってから、もうノートとるのを止めましたからね。
 それに映画が字幕を読まないとならない洋画は見ないようになり、ヤクザ映画ばっかり見るようになりました。
 でも思えば、私は目に関しては、思えば、乱暴な話だった(ノートとらない、洋画見ないなんて乱暴な話だよね)から、でもでも、それで今も老眼にはならないのだと思っています。

 でも阿呆な私の言い方です。

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