49063a20.jpg 義母を妻が送るので、御前10時少し前に、私の部屋の前を「では行ってきます」と出て行きました。妻は義母を送ってそのまま会社に行くのです。私と一日交代でやっています。だからこういう日は、私がどこかへ出て行ってしまうこともあります。この代わり午前義母を送った逆のもの(私か妻かどちらか)が午後5時すぎに義母の帰りを迎えます。
 私は、きょうは02:05〜06:15の睡眠だったのですが、眠り足りなかったのか、義母を送ったあと、10時25分から36分まで、ついこのままパソコンの前で眠ってしまっていました。
 そこで夢を見ていたのです。
 私は北浦和で、埼大の後輩のむつめ祭の常任委員の人たちと北浦和駅に向かっています。私は埼大と北浦和を結ぶ通称学バスには、1967年の12月15日から、乗ったことはありません。当時この学バスが乗車料金が20円から30円に値上げされたときに、「バス代値上阻止闘争」をやりまして、乗車拒否を続けて、その後も一度もあのバスには乗っていません。いつも、歩いたり、自転車に乗ったり、いろいろなことでこの北浦和と大学間を通っていました。もちろん、卒業後も同じです。
 だから、たぶん、多くのむつめ祭の後輩たちとは、バスに乗って来た後輩たちと、この駅前で再会したものなのでしょう。
 ところが、この駅前で、私の知らない男と口論になり、その男が私に殴りかかってきます。私はわけが判らないながら、殴り返します。そうすると、私のむつめ祭の後輩たちが怒ってその男を目茶苦茶に殴ります。私が止めて、その場はおさまります。
 北浦和の東口の飲み屋に行こうと、駅の階段をのぼりはじめます。私はさきほど私に殴りかかってきた男と並んで階段を登ります。「さっきはごめんな」と私が声をかけると、彼は、「いえ、私のほうこそ申し訳ありません。あの…、あなたが萩原さんなんですか」、「そうだよ」、「あ、本当に申し訳ありませんでした」、「ああ、いいよ。一緒に飲みにいこうよ」…………、こんなところで目が覚めました。10時36分でした。
 思えば、こうしたことが何度かあったものでしたね。懐かしいことです。そしてそれを実にリアルにさきほど夢に見ていたものでした。
 私よりはるかに大柄の、そしていい顔をした男の子でした。またあの男の子とも仲良くなれるのでしょう。
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