将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:レンタルフォト

11073006 ここの「娘の友だち(2004.11.22)」の画像で、私がここのサイドバーでリンクしていますEyesPic - フリー画像素材のすべての画像はこのブログで使いきりました。といいましても、私がここで使いましたのは、すべて無料のものだけです。
 私はここのブログを開始したときから、一つのUPに、一つの(二つ以上使ったこともあります)画像を挿入してきました。だが実はこれは大変なことです。私は常時デジカメを持参していて、どこでも撮るようにしています。
 その撮るのは、どこでもあちこち撮っています。私の長女おはぎに言わせると、「あんなどうでもいい、石ころみたいなものばかり撮っている」と言われますが、それこそどこにもある石ころみたいなものだからいいのです。その石ころは、「俺には肖像権があるんだぞ」とか、「勝手に撮るな、もしどっかに使うなら、許可をうけろ、使用料は○○だ」なんて言わないのです。
 でもそう気にするばかりで、自分の娘関係でも、孫の関係でも、いつも絶対に顔を映さないようにばかりしてきました(娘たちの過去の映像では顔が出ているものがあります。もう許してね)。だから画質もいつも落としていますから、ちゃんとした画像は私では撮れていません。
 前に私のホームページの「吉本隆明ワールド」で吉本隆明さんの画像を使っていましたが、過去にその了解は受けていたと思っていたのですが、あるときに「再三警告してきましたが、使用を止めるように、でないと使用料金をいただく」というようなメールが来ました。私は驚きまして(再三なんて、私は初めて言われたものなのです)、苦労して、その相手のカメラマンの電話番号も調べました。それで、私としては、もう当然使用料というのを払ってもいいかなあとも考えていたわけでしたが、その相手のひどい言い方に実に嫌になったものです。
takaakil だからすぐに、その写真の使用は止めて、すぐに今の吉本さんのイラストの画像(これは作者はよく知っている人です)にしたものでした。

 それで私は昔広告制作の仕事をしていたこともありますから、レンタルフォトエージェンシーのことは実に良く知っていました。ほとんど3万円から5万円くらいのレンタル料をお支払いして、チラシやリーフレットで使う写真を選んできました。安いものは2万5千円、高いものは10万円支払ってきました。
 そんな私の常識が、この「EyesPic - フリー画像素材」で驚きました。無料ということに驚いたわけなのです。それでここの画像をずっと使わせていただきました。そしてすべて使ってきたのです。
 実に素晴らしい存在を知ったわけです。
 それで私はここのバナーを私のサイドバーに置いてみてきたのです。

 本当に実に素敵な画像を使わせていただきまして、ありがとうございました。

065155f9.jpg もう11時30分を過ぎました。今日が一番待っているかなあ。
 なんか、私の最高血圧が高いから、先生の言が怖いなあ。
 別に私の存在がいけないわけではありません。真面目に生きているんだけどな。
  このIS01は両手打鍵というのはいいですね。親指というのは少し気に入らないけれど、まあ、いいかな。
 これをUPすると、今日はもう13UPしていることになりますね。 これじゃ、画像が足りないなあ。普通は私のブログでサイドバーにあるレンタルフォトの画像をUPしているのですが、このレンタルフォトの画像ももう終わってしまうのだなあ。つまり、もうほとんど使ってしまったのです。
 またどこか探しましょう。 いいところがあるよね。

1b2edd76.jpg

 昨日埼玉県立美術館で、「原田文の世界」を拝見してきまして、以下のUPをしました。

絵画展「原田文の世界」を見てきました
「原田直示」の検索で、「佐々木幹郎」という名前を見つけました
絵画展「原田文の世界」を見てきました へのコメント

 この美術館で、原田文さんの美術作品と、原田直示さんの巨樹写真と、斎宮美重さんの水墨画も拝見したわけです。
 原田直示さんの写真を見ながら、私は東京にそれこそたくさんあるレンタルフォトライブラリーを思い出していました。
 私は30代前半に広告制作の仕事をしていました。新聞の折込チラシや、パンフレット、リーフレット等々を作るのに、プロカメラマンを使いまして、広告写真の撮影もよくやりましたが、もう撮影している時間も予算もないときや、例えばイメージ写真で、とにかく何か自然を撮った写真を使おうというときに、よくフォトライブラリーのレンタルフォトを使いました。その当時は、もう電話してフォトライブラリーの営業に、こちらのイメージを言いまして、相手が「これならいいのではないか」という判断のもの数点から数十点の写真を持ってきてもらったものです。
 いくらなんでも海外にまで撮影に行くことなんか、まず予算的に無理ですからね。
 例えば、綺麗な滝の写真が使いたいと思うと、それを3軒くらいのフォトライブラリーに頼むと何点も、何十点も持ってきてくれます。これをクリエターとクライナントと選んで、作品(つまりチラシやパンフレットや新聞広告等の)を作るわけです。
 私は、B4チラシだと、1点4万円か5万円のところを、フォトライブラリーと交渉して3万円までしてもらうことを仕事にしています。
 私はこうしたことを、40代にもやっていました。探していたのは海の写真です。綺麗な透明の海の写真を、ある会社のパンフレットに使うためです。そしてそのときには、私は東京中のフォトライブラリーを歩きました。

 思えば、私がその昔温泉新聞社の新聞記者をやっていたときに触れ合いましたカメラマンの写真を、見つけたりしたものでした。写真というのは、やはり撮っている方の性格(みたいなもの)も顕れるものなのです。
 たしか、奧日光あたりの滝の写真でしたら、「あれ、これはあのHさんじゃないかな」と思ったら、その通り彼の写真でした。不思儀なものですね。あんまり写真を見ても、その良さなんか判らない私なのですが、でも写真には何故か、それを撮っているカメラマンの思いも感じるものなのです。

 原田直示さんの写真も、またまったく別なところで、見ても、「あれっ、これは?」と判るような気がしています。でも私はその思いを言語として、ここに書くことができませんから、まだまだ駄目なのですが、絵にしても写真にしてもそういうものだと思います。

 こういう自然の写真でなくても、なにかの物(ぶつ)撮り写真でも、やはりその撮影しているカメラマンの思いが籠もっているように思います。だんだん、思い出すと、私は何人ものカメラマンと接しているんだなあ。
 私はどこかで、浅井信平の物の写真を見たことがあります。なにか小さな物でしたね。それが何だったかは覚えていないのですが、それを見て私は涙を流したことがあります。そういうものなんですね。
 そういえば、また思い出しました。私が親しいグラフックデザイナーと代々木公園で撮影をしていたときのことです。たしかモデルさんを使った撮影でした。撮影は最初に、ポラ撮りをして、それをその場で紙焼きしてみんなで見て検討します。もっとも私が見ても、判らないのですが、私としてはクライアントの意向を無視しないようなことばかり考えています。
 でもそのとき私の親しいTというデザイナーは、カメラマンに向かって、「Hさん、胃悪いんじゃない、この写真にも胃潰瘍が見えているよ」と言ったのです。私にはモデルさんの可愛い姿(あ、あのモデルさんの名前も顔も今思い出しました)が映っているだけです。
 でもそのときのカメラマンは、「うん、すまない。もう少し頑張るよ」なんて言っていました。私は、「このカメラマンのカメラは、ちょっと珍しいな」なんてことくらいしか考えていなかったので、少し羞しかった思いがあります。

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