将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:一葉びいき

1307050113070502  昨日最後にこう書きました。「私も興味を持ちます」。そうです、植木はどう興味を持つのでしょうか。

 植木も笑顔になった。親方の墓前で書物の話をするのもなんですが……と笑いながら、夏目漱石です、と答えた。
「漱石くんの本は手当たり次第に読みました。正岡くんもそうですが、大学の後輩ですから」
 植木の時代は東京大学、漱石や正岡子規のときは帝国大学、今は東京帝国大学と名称は変わっているものの、三人は同窓である。

 そうなんだ。また改めて植木を思いました。
 あるときに、漱石が好きだという大学生と話したことがありますが、あまりに知らないことにあきれたものです。いや「坊ちゃん」もロクに分かっていないのですよ。またそのことは述べることがあるでしょう。「坊ちゃん」の内容もよく分からないで平気で喋るものです。
 しかし、けんは月心和尚が「一緒にお茶をどうか」という誘いを「わたしは帰ります」となるのです。13070307

 けんはひとり、末廣に帰っていった。

 なんとなく寂しいな。これは植木のことが好きなのに、好きだったのに、今も独り身でいるけんを思うとこう感じていますのです。

1307040113070402  私はこの新聞でこれを見た瞬間、「樋口一葉だ」と叫んでいました(こころの中で)。そして『たけくらべ』の美登利と信如のことも思い出していました。

龍華寺の信如が我が宗の修業の庭に立出る風説(うはさ)をも美登利は絶えて聞かざりき

これでもう二人は会わないのでしょうね(一葉は23歳で亡くなりますから、あとは分からないのですが)。
 今私は逆に長い小説(今思ったのは、「尾崎士郎『人生劇場』」の青成瓢吉とお袖のことです)を思い出していました。(私は「尾崎士郎『人生劇場』」も思い出すことがありますが、また別の話です。戦後、会った瓢吉とお袖がかみ合わない会話をするシーンを何度も思い出すのです)

 たけくらべの美登利と信如も、十三夜のお関と録之助も、にごりえのお力と源七も、たしかに、時のながれにもてあそばれたといえなくはない。
 それは、けんと植木も同じ。

 なんだか、悲しくなり泣きたい思いになります。私は昨日もおはぎの家へ行って、三人の孫と会いました。別れるときに、三人とみな手を合わせました。
 本当なら、けんも植木との間に子どもがいてもいいはずだったのになあと思うのです。13070304

 「先生はどんな本をお読みになるのですか」
 けんはことさら明るくたずねる。

 そうですね。私も興味を持ちます。

1307030113070302 今日はこれを書くのが遅くなりました。こうなると、他のことにも大きく影響するのですね。

 けんはびっくりした。風呂敷を開いて、植木に本を見せる。
「一葉全集です。どうしてわかったんですか」
「おけんさんの部屋に『文芸倶楽部』がありました。みんな一葉でした。『にごりえ』『十三夜』『たけくらべ』……」

 私は樋口一葉は、読んでいないことを羞かしいです。もちろんここにあげられているのは、読んでいて内容も思い出せます。『たけくらべ』なんかは詳しく内容も思い出せますね。でも「樋口一葉全集」を読まないといけないのだよなあ。23歳で亡くなっていますから、そんなに作品が多いわけではないのです。
 でも次は考えました。

 ………、平仮名しか読めない自分に漢字の手紙をよこすのはおかしいと、次郎長は鉄舟に、カナグギ流の手紙を書いて文句を13070211いった。以後、鉄舟が送ってくる手紙は平仮名ばかりだった。

 私は幕末の三舟のうち高橋泥舟が好きですが、この山岡鉄舟のことも深く考えました。谷中の全生庵の鉄舟のお墓の前で、なにかを話してこようかなあ。
 けんがこうして樋口一葉が好きだと分かって、今日御茶ノ水で全集を買おうか(実に安価な値段です。ただし、字がごく小さい)、それともインターネットで読むことにしようかなあ。

1307020613070207  こうして植木とけんの出来事を私も嬉しく読んでいくことが出来ます。

 今は十三、四の小娘ではない。花も恥らう乙女などとうの昔にどこかへおいてきてしまった。

 いや私には今もけんは綺麗な可愛い女性です。それを強く思います。
 けんはこのときに持っていた本を落としてしまっているのです。

 手をほどいて目をあげると、植木が風呂敷包みをさしだしている。蛇におどろいてころんだときに落としたのだ。礼をいってうけとる。
「本、ですか」13063012
「ええ、おたつさんにいただいた大切な本」
「それなら樋口一葉でしょう」

 植木もちゃんと知っていたのでした。これで私こそちゃんと一葉を読んでいないことに焦ります。青空文庫でちゃんと読んでいくべきですね。ただ一葉は読むのが少し大変な思いなのですね。

1307010113070102  けんは突如縞蛇がはいだしてきたところで悲鳴をあげてしまうのです。

 けんは悲鳴をあげた。跳び退こうとして体勢をくずし、両手をおよがせる。あッと思ったときには、ぶざまに尻餅をついていた。
「おけんさん、大丈夫ですか」
 植木がかけよって助け起こそうとした。

 このときにけんは思い出すのです。「あれは十三か十四か、裏の空き地で自転車に乗る練習をしていた」ときに、転んで植木の診察室で看てもらったことを。この記憶を思い出すけんは実にいいです。可愛いなあと思いました。
 そのときの記憶です。

13063006 植木は──先生は──心底おどろいたようだった。当惑してけんを見つめる。
 あのあとはどうしたのだったか。そう、恥ずかしがった自分がもっと恥ずかしくなって、両手で顔をおおってしまった。

 これを今思い出して、今恥ずかしがっているのです。もうこんなけんは実に可愛いです。ものすごく純情なけんを思います。そしていい思い出です。
 私もいつものことですが、いくつもの出来事を思い返していました。

1306301313063014 次郎長の墓参りにけんは行くのです。その墓には縞蛇がいるのです。今でもこの縞蛇にはよく会いますね。いや、ここの王子では会ってはいないですね。我孫子ではよく見かけました。大きな蛇がいるのですよ。

 境内の奥にある墓地へゆく途中に、みかん畑があった。何種類もの木々が晩夏の空に枝葉をひろげている。
 墓地の入口に犬が寝ていた。二代目になる犬は檀家からもらいうけた秋田犬で、すでに老境のため、月心の話では寝てばかりいるという。

 墓地で眠っている秋田犬なんて、その姿が想像できます。
 でも次郎長の墓前で手を合わせようとするけんの前でちょっとした騒動がおきます。植木もそこにいるのです。13063001

「先生ッ」
 けんは目をみはった。その声に驚いて、植木と寺男は動きを止めた。が、いちばんおどろいたのは縞蛇かもしれない。危険を察知して墓石の背後からはいだした。

 この縞蛇がけんの足下に来ます。さて、どうなるのでしょう。植木はどうするのでしょう。けんは一応女の子らしく悲鳴をあげるのかなあ。そうすれば植木もやりようがあります。

1306290113062902  昨日はこの見出しの「一葉びいき」が樋口一葉であることを書きました。私はとても嬉しい思いです。
 けんは今日は次郎長の墓参に来ているのです。

 ………、梅院寺へゆくことにした。きのう墓参をしたばかりだが、あのときはまだ、植木が清水へもどってくるとはおもっていなかった。植木との再会をだれよりもよろこぶのは次郎長だろう。どうしても報告をしておきたい。

 けんは次郎長の墓参に来ているのです。

「おや、おけんさん。きょうも墓参ですか」
 本堂を出たところで、月心に呼び止められた。

 この月心は、「末廣の開業と13062802同時期に萬休和尚につれられて清水にやってきた小坊主も、今やりっぱな僧になって」いるということなのです。
 時間だけは年月だけは、恐ろしい速度で走り去るのですね。そのことを私も現実の世界で嫌というほど感じています。

1306280413062805 今日はこの作品を読んでいてものすごく嬉しいです。私が以下のように書いていたのですが、

 今日から、「一葉びいき」という見出しになっています。この一葉とは樋口一葉のことかなあ、とすぐに思いましたが、もちろん違うでしょうね。私は好きな作家ですね。でも彼女は金貸しだからな。いや金貸しがいけないというのではありません。そんなことを書いている彼女がそんなに好きにはなれないのです。

 これはやはり樋口一葉のことでした。私は昔から好きな作家ですが、やはりここで書かれているのは彼女のことだったのですね。ものすごく嬉しいと同時に、まだ読んでいない作品がたくさんあるわけで、その反省のほうがしきりでした。
 この挿絵のおたつがけんに渡すのがこの樋口一葉の本なのです。

「あなたがお好きだと、はるさんからうかがいました。二冊ありますから」
 けんは歓声をあげて本を抱きしめた。
 樋口一葉の全集である。

 私はここのサイドバーに置いてある青空文庫で見てみました。以下の作品が公開されています。

あきあはせ
雨の夜
うつせみ
大つごもり
琴の音
さをのしづく
十三夜
すゞろごと
たけくらべ
月の夜
にごりえ
軒もる月
反古しらべ
闇桜
雪の日
ゆく雲
わかれ道

 私が読んだのは、うつせみ、大つごもり、十三夜、たけくらべ、にごりえ だけなのですね。中2のときと、高校2年でも読んでいますが、また今読まないといけないですね。反省します。でもこうしてパソコンで読めるのは実にありがたいです。

 けんはどんなに嬉しかったことでしょう。思えば、樋口一葉は24歳で亡くなっているのですね。私には一番美しい作家なのです(実際には美人ではなかったと言われていますが)。13062705

 けんは天にも昇る心地だった。

 このけんの気持が分かります。そして好きな植木にも会えたけんはどうなるのでしょうか。嬉しいだけでもっといいことがあればなあ、植木としんみり話すことができたらなあ、と私は希望しています。

1306270113062702  この作品に新たな人物が登場します。

 おたつは四代与平の一人娘でとびきりの美人、波止場小町と呼ばれていた。はるより三歳上だがふたりは仲がよく、末廣へ遊びにくるたびに港の男たちがざわめいたものだった。

 いつも思うのです。この「○○小町」と呼ばれるもともとの小野小町は、歌が残っているだけで百人一首の絵札には後を向いていて顔が見られないのですね。ものすごい美人だったろうと想像するだけなのです。それと彼女のために大雪の中凍死してしまった深町少将を思います。古今集の彼女の歌は「花の色は移りにけりないたずらに我が身世にふるながめせし間に」は忘れられません。

13062411「植木先生がもどっていらしたのですってね」
 さすがはおたつである。きのうのきょうだというのに、もう知っていた。

 植木はいつもお酒くさいのだが、医師として腕は確かなようです。このおたつもそのことを言います。
 もう読んでいる私は、けんが心配なことと、でも植木とちゃんと話せたらいいなと、少し矛盾なことを思っています。

1306260113062602  姉のはるは、今後のけんと植木のことを心配しているのです。その姉の気持は痛いほど分かります。

「植木先生はりっぱな方だし、みんなよころこんでるし、船宿のお客として何日か滞在するというんなら、むろん、とやこういうつもりはありませんよ。だけど……」

 はるはどうしても、植木とけんの気持が心配なのです。そして読んでいる私たちは、そのはるの気持は的中していることがよく分かります。

「いやだ姉さん、わたしたちをいくつとおもっているですか。噂になるような歳じゃないでしょ」
 けんは笑った。………………。………………。13062503

 笑うわけですが、「ここは笑ってごまかすしかない」のです。読んでいる私たちも、いや私もものすごく心配です。けんが好きな植木とうまく過ごせることを期待するのです。でも「うまく過ごせる」ってどういうことだと私に問う私がいます。
 いやはや、どうなるのかこの小説の明日からをはらはらして待つしかないのですね。

1306250113062502  まっさきに、この挿絵の女性は誰だろうと思いました。二代目おちょうとも思いましたが、やはりこれはけんなのですね。けんは正確にはおちょうの娘ではないのですが、でもでももはやいまでは、おちょうの娘、次郎長の娘だといえるのでしょう。

 次郎長の娘──おちょうの娘──が弱音を吐くわけにはいかない。
「母さん。今までふたりでがんばってきたんだもの、末廣はわたしがまもりますよ」
 おもいがけない植木との再会にはじめはろうばいした。それから恐ろしくなった。………………。………………。

 そうなんだなあ。そしてけんの姉のはるは当然に何かを感じています。

 なにも知らないヒサとちがって、はるはけんと植木に昔なにがあったか、おおよそのことを知っている。植木が突然もどってきたことを妹がどうおもっているか、気になるのは当然だろう。
「ねえ、植木先生はいったいどういうおつもりでもどっていらしたんだろうね」

 これはけんにも正確には分からないことなのです。でも嬉しい気持になっているのは間違いないのです。そして京都にいる妻も娘も連れてこないことらしいのは、けんには、これまた嬉しい気持になることなのです。
13062408 なんか、このときのけんの嬉しい気持はよく分かるし、でも姉のはるの言うこともまたよく分かる私なのです。
 さあ、どうなるのでしょうか。どうなるって言っても、少しは期待する気持もあるわけですが、でもでもこのまま読んでいくだけです。

1306240113062402  もういっぱい清水次郎長のことを思いました。荒神山のことから、富士の開墾のことといろいろです。幾人もの子分もいたのでしょうね。それらの人たちはどうなったのかなあ。多分次郎長の組解散によって、みなどこかへ去ったのでしょう。ただそれぞれも気になりますね。

 匙ですくった粥に息を吹きかけ、冷ましてからおちょうの口へはこぶ。
「母さん。飲みこんで。ゆっくり、はいゴクン」
 床の上に座っているおちょうの消え入りそうな体をかかえるようにして、けんは粥を食べさせていた。

 けんはおちょうの実の娘ではありません。でもこうしていつもおちょうを看ているのです。

 おもえば、けんは次々に家族をみとってきた。実母と妹、祖母、養父の次郎長と実父の山下燕八郎……。歳月を経た家は、柱に、壁に、天井に、生と死の歴史がきざまれている。

 けんはたいへんなことなのですね。私も私の母の家を思い出し、父の家の長兄を思い、また義父の神戸の家を思い、また義母の一族を思い起こしました。私には、その中心にいるのは、この私です。私は私の妻を思い、その義弟を思い、また私の二人の兄弟も思い出していました。それぞれに、みな中心にそれぞれが居て、大きな親族・血族がいるのです。

 でもこうして、けんにとって植木が来てくれたことはどんなに嬉しいことでしょうか。

 おちょうがいなくなったら、末廣はどうなるのか。存続はきびしい。といって、末廣なしで自分はどうやって生きてゆけばよいのだろう。
 植木の顔がうかんだ。溺れかけた者にとっては救いの舟のような……。13062303

 でも植木とは結婚はできないのですね。それを今私は思います。この小説ではどうしようもできないのです。厳しいな辛いなとは思います。でも少しはこの小説では、読んでいる私たちにもいい夢を見させてほしいものです。

1306230113062302 けんと植木の話が続きます。これが私にはとても嬉しいです。

 そんなことはどうでもよい。けんが知りたいのは、自分のことではなく植木のことだ。

 さらに植木の話でけんは安心します。

 ………。植木には、今すぐ医院の看板をかかげて妻と娘を呼びよせる気がないようだとわかって、けんはほっとしている。

 いいです。そしてヒサが出てきます。

 末廣の玄関に入ると、ヒサが不満げな顔で台所から出てきた。
「おふたりとも、どこへいらしたんですか。おみおつけが冷めてしまいましたよ」
 ………………。
「それそれ。ヒサの唐茄子は絶品」13062204
「あれ、またお上手を……」
 てもなく丸めこまれて、ヒサはもうころころと笑っている。

 これで植木のいい感じが見てとれます。そばにいるけんも嬉しいことでしょう。さらに二人の会話を大いに期待します。

1306220113062202  昨日書きました私も望んでいることが実現されるようです。そしてそれはけんも望んでいることなのです。

 けんがいうと、植木がうなずいた。口元がほころんでいる。

 でも以下のようにもなるのです。それはけんも覚悟しないとならないのです。

 家を借りて診療所をはじめれば、京都から妻や娘を呼び寄せる心配があった。今はまだ、そんな植木を見たくない。
 植木はふりむいた。おどろいてもとまどってもいない。笑いをこらえているらしい。
「清水がどんなに変わっても、おけんさんは変わりませんね」

 そしてけんが見た目の外見だけではなく、中身も変わらないというのです。
 でもでもこれはけんにも読んでいる私たちにも嬉しいことには違いないのですが、植木の妻子を考えると、厳13062110しいことでもありますね。
 どうか、うまく平穏に行ってほしいです。………でもでも、それは無理なことなはずです。でもそれを画かないでくれればいいのかなあ。さて、どうなるのでしょうか。

1306210613062107  植木は清水には、ひさしぶりの来訪です。もうけんも歳を重ねたのですが、ひさしぶりの二人の会話はいいです。読んでいて、嬉しいです。

 植木の住まいをかねた医院があったところには新たな家が立っていた。
「先生はあのころ、寝る間も惜しんで診察しておられましたね」

 もう変わったのです。私はもう随分前に住んでいた秋田市の2番目の家(1番目の家は分かりませんでした)と名古屋の3つの家を訪ねたことがあります。もう驚くほどの変化でした。いや、そのあとも驚くほどの変化でしょう。事実一つ横浜の家を訪ねたことがありますが、ただただ街の変貌に驚きました。

 ………。それでもけんは、どうしても、ひとつだけきいておきたいことがあった。
「先生は、もう一度清水で、開業してくださるのですか」
「そうしたいと、おもっていますが……」13062008

 ぜひそうして欲しいです。
 たとえいくつかのことがあろうと、実現してほしいことなのです。それはけんの大きな希望だし、植木自身の思いでもあるはずです。
 いや読んでいる私も望むことなのです。

1306200113062002 けんと植木の会話が私にはとても嬉しいです。

「あれはロシアとの戦争が終わった翌年でした」
 けんは海へ目をむける。

 日露戦争が終わって、そして第一次世界大戦へ向かうこの時期なのですね。けんと植木の会話がとぎれ、二人ともこの時期の日本を思うのでしょう。もうすぐ私の父とそして母が生まれる時期なのです。

 次郎長が死去したあと、清国との戦がはじまった。勝利はしたものの、フランス、ドイツ、ロシアの三国に干渉され、日本は手に入れたばかりの遼東半島を割譲することになった。

 以後この日本は第二次大戦の敗北までまっしぐらに進むように私には思えます(いやもちろん、たくさんのことがあったのでしょうが)。
13062003 どうしても、けんと植木でも、この時代を大きく意識せざるをえないのでしょう。それはよくわかりますし、でも嫌だなあということも大きく感じています。
 もちろん、私の時代もいくつものことを感じていました。でもこの時代は大きく違うのだろうな、とそんなことを思います。

1306190113061902  もうこの二人けんと植木の会話に嬉しくなります。

「きのうは波止場の周辺をぐるりと歩いただけでしたが、いやァ、おどろいたのなんの……。もともとはなにもなかった………………」
 向島の変貌にびっくりしているせいか、今朝の植木は饒舌だった。
 けんもきのうのぎごちなさが消えている。

 いいですね。こうして二人が親しく語らえるのは嬉しいです。

「親方が今の波止場を見たら、どんなによろこばれるか。お見せしたかったなァ」
 植木は考えをこめていう。植木が親方というのは次郎長のことである。
「見ていますよ、お父ちゃんはきっと」
「そうか。見のがすはずがない、か」
 ふたりは笑みをかわしあった。

 こうして二人が話しているのは、ものすごく嬉しいです。次郎長を二人ともに思い出しているのですね。もう今は現実に存在しない人のことをこうして話せることはいいです。私はもう亡くなった親友のことを今もたびたび思い出しますが、話をする相手はいないですね。13061720その奥様と話せばいいのかなあ。
 これは実は難しい大変なことなのですね。私の思いとその奥様の思いは、かなりな乖離があるのです。だからそのことを思うだけで、なかなか実現はできません。

1306180113061802  もう普通に歩いている植木がいます。二日酔いでもなんでもないかのようです。

 左右をながめていると、埋め立て地からこちらへ歩いてくる植木の姿が見えた。上着は着ていない。ネクタイもしめていない。白いシャツにズボン、カンカン帽に下駄といういでたちである。

 この植木が、「まぶしいのではなく、てれくさいのだろう」とここでは言われています。その通りなのでしょうね。この植木とけんの会話はいいです。
 でも私は気になっていたのですが、あの物干し竿なのですが、うまくいったようなのです。

「……。……、うっかりして、物干し竿がつっかかった。往生していたら、親切な運転手が外側の手すりに紐でくるりつけてくれました」
 けんは声をたてて笑った。13061716

 いいなあ。こんなけんの笑い声が聞こえてくるように思えます。それにこの鉄道に運転手もいいはからいをしてくれるなあ。今ではまったく考えられないことです。
 こうしたあたたかさに包まれてけんはもっと植木と触れ合ってほしいと私は願います。

1306170113061702  酒を飲むと寝込んでしまうと思うのは、思う人の勘違いでしかないと思います。私も酒飲みですから、この思いをどこででも感じています。

 昨夜、植木はあびるほど酒を飲んだ。

 でもその植木がもう起きているのです。

「歩いてくるとおっしゃって」

 これが実感としてよく分かるのです。酒飲みはこうなのです。そして違うときに、よく眠っていたりするものなのです。でも13061620けんは気になります。

「ちょっと見てきます。あと、おねがい」
 けんは玄関から外へ出た。雲も風もないところをみると、きょうも残暑がきびしそうだ。

 もう夏に向かっている現実の私の生活には、大変に嫌な季節になると思っています。いや私は暑い季節が一番苦手なのです。いやもう歳を取りまして、どこ季節も苦手になりましたが。

1306160813061609 今日から、「一葉びいき」という見出しになっています。この一葉とは樋口一葉のことかなあ、とすぐに思いましたが、もちろん違うでしょうね。私は好きな作家ですね。でも彼女は金貸しだからな。いや金貸しがいけないというのではありません。そんなことを書いている彼女がそんなに好きにはなれないのです。
 小説は、十六歳のけんから現実の四十歳の今に戻ってしまいました。

 いつもとは違う朝──。
 ………………。
 ………………。
 けんはこの正月で数えの四十になった。

 ふーん、そうなんだ、と思いながら、今は「数え」なんて言わないよな。私はいつも孫を「○○は、満○歳だなあ。数えなら○歳だ」と心の中で思っていますが、決して口には出しません。もう説明するのが面倒なのです。それに説明したって何になるのでしょうか。
 でもけんはまだ39歳なのです。でも、

 が、「不惑」になったとおもったとたん愕然とした。胸の奥に重石をなげこまれたような気分だ。
 重石とは──あきらめ。13061604

 でもでも不惑なのに、けんは「植木先生に胸をときめかせている」のです。けん自身がそんな自分に

 それにしても、きのうのあわてぶり──。
 けんは忍び笑いをした。

 この笑いがもっとけんの心の中で大きくなってほしいです。

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