将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:七言律詩

10121503 来年1月の会合に参ります。いやそこで私が悩むのは、詠う詩吟に、七言律詩をやってどうかなあ、ということです。詠うのに4分くらいかかるのですね。そして詩たう内容も問題です。聴いても分からないでしょうね。考えちゃいます。
 今後私のブログでいっぱいのことをUPしていきます。それが一番の近道かなあ、なんて思ったものです。人は「話し言葉」だけじゃなく、「書き言葉」で表現を顕にしていくべきだなあ、と思いました。
 またこの写真も、EyesPicの画像です。花火の写真ですね。花火は撮るのが大変なのですね。(12/16)

2018061101周の掲示板」での漢詩に関する質問に私が答えた内容です。

教えて下さい 投稿者:きらきら  投稿日: 7月29日(火)23時37分20秒
初めてお便りします。漢詩については全くの初心者で中学生の時に少し興味をもったくらいですが最近ちょっとした事から、興味を持ち始めるようになりました。只今私は海外で生活をしており、ある友人が今住んでる国から日本へ帰る時に「梅花処落疑残雪」と言う漢詩?らしいものを書で書いてこちらの年配の先生においておいていったそうです。ですが、意味がわからず、その方が私に聞いてきたのでいろいろと検索した結果、こちらのHPが大変詳しく載っていると思って、メールしました。よろしければ、この句の意味教えて下さいませ。

Re.教えて下さい 投稿者:周  投稿日: 7月31日(木)00時03分04秒

はじめまして。
私は以下で書いていますように、漢文や漢詩についてはまったくの素人です。詩吟は長年やってきましたが、漢詩そのものは、よく判らないのです。また自信もありません。それと、詩吟の教本は持っていますが、漢文関係の資料は、ほとんどもっていないのです。

漢文が読めないこと

ですから、こうした問いをいただきますと、とにかく困ってしまうのです。
それで、私もこうした問いがあるときには、まず最初に検索エンジンとくにGoogleで調べるしかないのです。それによって、探っていくのがまずは最初にやることです。ですから、これは誰でもできることです。そして、そのあと、私は神田の本屋街を歩くことになります。

ある友人が今住んでる国から日本へ帰る時に「梅花処落疑残雪」と言う漢詩?

検索により判りましたのは、これは「梅花処落疑残雪」ではなく

梅花落処疑残雪

であるはずです。平仄を漢和辞典でしらべればはっきりしますが、もう面倒なので、間違いなくこの句です。
それで、これは初唐の詩人の杜審言の七言律詩です。この詩人は杜甫のお祖父さんです。
それでこの句の意味を探るにも、この七言律詩を全文読まないとならないのですが、残念なことにインターネット上では、中国の簡体漢字で表現されているので、読むことができません。題名は大(酉甫)とあります(おそらく酉と甫で一つの字です)。
それで、これではしょうがないので、きょうの夕方時間ができたものですから、神田の本屋街を歩きました。だがこの七言律詩は見つけられないのです。
「唐詩選」には杜審言の詩は3つ載っています。だがみな短い詩だけで、これはないのです。古書店街を探して、さらに和本を探せば、この詩は見つけられるかと思いますが、そんな時間はありませんでした。
したがって、作者が判って、七言律詩ということは判りましたが、その詩文がでてきませんので、この句の意味も判りかねます。
おそらく、また足で探せば、この詩を見つけることはできるでしょう。そのときには、この句の意味はこうではないのか、ということは言えるかと思っております。
とにかく、検索で見てみてください。中国語フォントがあれば、画面上では見ることができますよ。ただし簡体漢字ですから、私たちには読めません。できたら台湾の方なりが、舊漢字で書いてインターネットにのせてくれれば、私たちにも容易に読めるし、意味も判るかと思うのですが、残念です。
きらきらさん、申し訳ありません。時間的にも、このくらいなことしか言えません。

以上が私が答えた内容です。ただ、ものすごくこの杜審言の七言律詩を正確に知って、内容を細かく判りたいのですが、どうにも探し出せません。少々困っています。
どうしても、漢詩や漢文を調べるのは、苦労してしまうなといつも思っています。(2003.12.08)

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 昨日私は秋葉原へ行ったときに、私の常に携帯していますカシオのXD-SF6200で、中島敦『山月記』を聞いていきました。もちろん、目ではこの電子辞書の画面を見ています。画面は縦書きで見ることができます。

 私はこの小説を読んだのは、高校1年のときであるし、この朗読でも前にも江守徹さんのCDでも聞いたことがありました。今回のは違うかたです。
 こう始まります。

 隴(ろう)西の李徴は博學才穎(さいえい)、天寶の末年、若くして名を虎榜(こぼう)に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。いくばくもなく官を退いた後は、故山、(くわく)略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤は、何處に求めやうもない。數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。一方、之は、己(をのれ)の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の秀才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として樂しまず、狂悖(はい)の性は愈抑へ難くなつた。一年の後、公用で旅に出、汝水(ぢよすゐ)のほとりに宿つた時、遂に發狂した。或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。

 私の印象では、もっと短い小説でした。こうして朗読になって、全部を聞いていますと。とても長く聞こえるのです。
 そして前から気になっていた箇所ですが、李徴が自分の詩を朗読するところです。

 袁參(この參は本当はにんべんがついています)は部下に命じ、筆を執って叢中の声に随(したが)って書きとらせた。李徴の声は叢の中から朗々と響いた。長短凡(およ)そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁は感嘆しながらも漠然(ばくぜん)と次のように感じていた。成程(なるほど)、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処(どこ)か(非常に微妙な点に於(おい)て)欠けるところがあるのではないか、と。

 何故、袁參は、この李徴の詩をこう感じてしまうのでしょうか。しかし、この詩は小説でも記されてはいません。
 このあと、さらにここで、虎になった李徴が続けます。

 羞(はずか)しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己(おれ)は、己の詩集が長安(ちょうあん)風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟(がんくつ)の中に横たわって見る夢にだよ。嗤(わら)ってくれ。詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。(袁は昔の青年李徴の自嘲癖(じちょうへき)を思出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。お笑い草ついでに、今の懐(おもい)を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きているしるしに。
 袁は又下吏に命じてこれを書きとらせた。その詩に言う。

  偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃
  今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高
  我為異物蓬茅下 君巳乗召気勢豪
  此夕渓山対明月 不成長嘯但成吼
  (召と吼のみは違う字です。表示できません)

 時に、残月、光冷(ひや)やかに、白露は地に滋(しげ)く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖(はっこう)を嘆じた。

 しかし、この七言律詩は、平仄も韻も対句もちゃんと出来ています。虎の身になった李徴がどうしてこうして作詩ができるのか、私にはもう羨ましいばかりです。

 でもこうして朗読で、文学作品をこうして再び自分の耳で聞くことも、実にいいことですね。

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903ce258.jpg このごろ漱石が亡くなる寸前に作りました七言律詩を二つ私のブログに載せました。このときの漱石の歳をはるかに超えてしまった私なのに、なんだか情けなく羞しい思いだけです。
 次女が結婚する直前なので、次女に我孫子の自宅へ来た手紙を我孫子−王子と転送されてきて、次女の今いるところまで送っています。それに必ず私の手紙をつけています。こんなときが、私と同じ苗字の次女に手紙を送れるのは今だけです。
 あんな次女にしてくれたのは、私の母と義母と父と義父です。それと、私の義姉も実に優しく次女を育ててくれました。(3/20)
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c2e7bba2.jpg 私が明日の浦和会で、みなさんに配布する予定の文書を次に載せます。これは1週間前のプロジュエクト猪で配布した文書と、ほぼ同じです。
 ただし、最初に「1.来年1月8日(月)よりのNHKスペシャル「団塊の素顔」で、解答者になります」というところは、新しい情報です。
 それで猪のときは、私は詩吟は七言絶句を二つやりました。それで、できたら明日は一つは七言律詩をやりたいなあ。
 私はね、律詩は好きですから、やりたいのですが、みなさん、絶句なら1分50秒くらいだからいいのですが、律詩だと4分近くかかるので、やんないのですね。でも浦和会の人たちは、私とは長いつき合いだから、やっぱりこれを披露しましょう。
 いえ、私は広瀬武夫「正気歌」もやるのですが、さすがこれは長すぎるのですね。何かのときにしか披露してきていません。
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