将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:上田敏

11042815  上田敏は、1874年(明治7)10月30日〜1916年(大正5)7月9日の生涯でした。
 私は岩波文庫の『上田敏全訳詩集』を持っていましたが、引越しでもうありません(下北沢の古書店に売りました)。
 私が一番好きなのは、この『海潮音』の「シャルル・ボドレエル『信天翁』(おきのたいふ)あほうどりのことです」です。これは私のブログの以下で読むことができます。

 http://shomon.livedoor.biz/archives/50884532.html
       「東京都北区王子のホームページ」 の11

 いつも身近に置いていた文庫本でしたが、今はもうそばにはありません。でももう思えば、インターネット上ではいつも読むことができるから、それでいいわけなのですね。
 いや、実は困りました。インターネット上で、信天翁を「おきのたゆう」と読んでいるサイトもあって、私は一貫として、「おきのたいふ」と読んで、それで暗記していたからです。
 でも「よみ」もけっこう大変なことですね。(2011.04.28)

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 前に 私の二人の娘への手紙 に書きました私の次女ブルータスへの手紙で紹介している漢詩と詩歌の続きです。昨年12月から、きょうまで以下のような内容で出しています。

08年12/03 上田敏「カアル・ブッセ『山のあなた』」「ボドレエル『信天翁』」
08年12/09 陸游『釵頭鳳』
08年12/10 陸游『沈園(一)(二)』『口占』
08年12/13 江馬細香『自述』
08年12/23 清水昶「男爵」
09年01/09 野口成郎「知られざる人へ」

 今年も1年書き続けたら、かなりの詩を紹介できますね。次女は漢詩は苦手のようですが、これで好きになってくれればいいなあ。
 上田敏の「カアル・ブッセ『山のあなた』」は、ブルータスも学校の教師として教えている国語の教科書でも扱っていたということでした。

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 上田敏の詩を少し見てきて、またいくつかの詩を見てみました。最初にこのヴェルレーヌの「落葉」を思い出しました。私の周の詩歌の館この詩をあげてあります。

    落葉
      ポオル・ヱルレエヌ(ヱは濁点がついています)
  秋の日の
  ヰオロンの(ヰは濁点がついています)
  ためいきの
  身にしみて
  ひたぶるに
  うら悲し。

  鐘のおとに
  胸ふたぎ
  色かえて
  涙ぐむ
  過ぎし日の
  おもいでや。

  げにわれは
  うらぶれて
  こゝかしこ
  さだめなく
  とび散らふ
  落葉かな。

 以下が原詩です。

    Les sanglots longs
  Des violons
  De l'automne
  Blessent mon c?ur
  D'une langueur
  Monotone.

  Tout suffocant
  Et bleme, quand
  Sonne l'heure,
  Je me souviens
  Des jours anciens
  Et je pleure;

  Et je m'en vais
  Au vent mauvais
  Qui m'emporte
  Deca, dela
  Pareil a la
  Feuille morte.

 やっぱり、上田敏はいいですね。ヴェルレーヌの詩はフランス人のものなのですが、この上田敏は、それを日本語としていわば日本人の詩として歌っています。
 秋の日に悲しいのは、「私」であるわけですが、上田敏では、落葉もヴァイオリンも悲しくなっています。
 でも私たちは、これを書いたヴェルレーヌの思いはこうだったのだろうと、上田敏のように思ってしまいます。
 詩を翻訳するのは、実に難しいのだと思います。でもやはり、上田敏はいいですね。

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 私が 上田敏と堀口大学のことで で紹介したロバート・ブラウニングの「春の朝(あした)」のもともとの原詩は以下のようなものです。

    Pippa's Song
      Robert Browning
  The year's at the spring
  And day's at the morn;
  Morning's at seven;
  The hill-side's dew-pearled;
  The lark's on the wing;
  The snail's on the thorn;
  God's in his heaven ---
  All's right with the world!

 ですから、題名も「ピパの歌」というところでしょうか。でもこれを上田敏はあのように翻訳しています。これは少女ピパの唄う詩なのです。
 これを平井正穂さんは以下のように訳しています。

  歳はめぐり、春きたり、
  日はめぐり、朝きたる。
  今、朝の七時、
  山辺に真珠の露煌く。
  雲雀、青空を翔け、
  蝸牛、棘の上を這う。
  神、天にいまし給い、
  地にはただ平和!

 やはり、私は上田敏で覚えてしまうものですね。我孫子の自宅へ行って、この岩波文庫の「海潮音」を持ってきたくなりました。

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 昨日20日の日経新聞の夕刊に、北村薫「近代詩との出会い」という文章があります。それを読んでいていくつも思い出してきました。
 私が堀口大学を読んだのは、中学2年のときに新潮文庫の「ボードレーヌ詩集」の訳でした。でも私にはあのときには、何の感慨も覚えていません。
 上田敏の「海潮音」は高校1年のときに、岩波文庫で読みました。このときはかなり感心して読んでいたものでした。とくに私は、ボードレーヌの「信天翁」は大変に好きになったもので、暗記したものでした。上田敏「信天翁」を今一度UP にその詩の全文を掲げてあります。

 この昨日の夕刊に書かれていたブラウニングの「春の朝」という詩もいいですね。

    春の朝(あした)
      ロバート・ブラウニング(上田敏訳)
  時は春、
  日は朝(あした)、
  朝(あした)は七時、
  片岡に露みちて、
  揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
  蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
  神、そらに知ろしめす。
  すべて世は事も無し。

 でも堀口大学の訳詩は、昔はよく判らなかったものでしたが、今読みますと、そのよさが判ってきた気がします。

    ミラボー橋
      アポリネール(堀口大学訳)
  ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
   われらの恋が流れる
   わたしは思い出す
  悩みのあとには楽しみが来ると
   日も暮れよ 鐘も鳴れ
   月日は流れ わたしは残る

    鎮静剤
      マリー・ローランサン(堀口大学訳)
  退屈な女より もっと哀れなのは かなしい女です。
  かなしい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。
  不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。
  病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。
  捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。
  よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。
  追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。
  死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。

 このローランサンの詩については、「曇天の道をとぼとぼ歩くように進んでいく」と北村さんは言っています。

    シャボン玉
      ジャン・コクトー(堀口大学訳)
  シャボン玉の中へは
  庭は這入れません
  まはりをくるくる廻っています

    
      ジャン・コクトー(堀口大学訳)
  私の耳は貝の殻
  海の響きを懐かしむ

 思えば、中学生の頃からよく判らなかった堀口大学を今になってやっと少しは届けたかなあ、という気がします。思い出せば、ボードレーヌの詩も「パリの憂鬱」も「悪の華」も堀口大学ではなく、福永武彦で読んだものでした。なんだか堀口大学では、読めなかったものなのです。でも私は福永武彦は好きになり、彼の小説を読むようにはなれました。

 この文章の中で、最後に北村薫さんが次のように言っています。

 記憶に残るといえば、実はこの二つの訳詩集を並べたのにもわけがある。七、八年前、中公文庫版で読んだ『翻訳の日本語』(川村二郎。池内紀)中の、一句が忘れられないからだ。
 池内氏が両者の訳を比べて、いう。
 ───上田敏と堀口大学とも違いが、いわば授業中と放課後のちがいである
 唸ってしまった。この一句はそれ自体、まさに詩のように、説明せずに、本質を伝えている。

 なるほどなあ、なんて思っていました。
 でもこのごろは、北村薫さんの小説も読んでいませんね。また読もうと、決意したものです。

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 信天翁と見ると、私はやはり「おきのたいふ」と読んでしまいました。私はすぐに上田敏の「信天翁(おきのたいふ)」の、以下の詩句が口から出てきます。

  波路遥(はる)けき徒然(つれずれ)の 慰草(なぐさめぐさ)と船人は、
  八重の潮路の海鳥の沖の太夫を生擒りぬ、
  楫(かじ)の枕のよき友よ心閑(のど)けき飛鳥(ひちょう)かな、
  奥津潮騒すべりゆく舷(ふなばた)近くむれ集ふ。

 ボードレールの詩ですね。私の大好きな詩です。たしか高校1年のときに知った詩でした。

   http://shomon.net/kansi/siika1.htm#bin  「上田敏全訳詩集」

 この「信天翁」がハンドル名なのでしょうが、この名前のホームページがありました。

  http://kitanet.easymyweb.jp/member/AHOUDORI/  信天翁(あほうどり)の放浪記

 これが実に私の大好きな飲み屋がいくつも出てきますホームページでした。
 私が今住む王子、そして赤羽、東十条。そして私が昨年9月まで事務所を置いていた御茶ノ水、そして神田の飲み屋がいくつも出てきます。いや、それ以外にもこの信天翁さんは、福島や高知といった地方の飲み屋も行かれているようです。住んでいるのが赤羽のようですから、できたらそのうちお会いできないものかななんて希望していますが、実現することはなかなか難しいことでしょうね。
 もう前ほど外では飲まない私ですし、そもそももうお酒の量が極端に落ちています。
 でも、ひょっとしたら、こんな素晴らしい方にお会いできることもあるかもしれないという思いで、今後も飲み続けていきます。

 このサイトは、ここのサイドバーの「東京都北区王子のホームページ」でリンクしています。

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07012302 今「東京都北区王子のホームページ」 の11 を読んでいました。この上田敏の「海潮音」はいつもいくつかの詩を思い浮かべます。
 このボードレーヌの「信天翁(おきのたいふ)」もいいですね。詩句がいつも私の口から出てきます。

 波路(なみじ)遥(はる)けき徒然(つれずれ)の 慰草(なぐさめぐさ)と船人(ふなびと)は、
 八重(やえ)の潮路(しおじ)の海鳥(うみどり)の 沖の太夫(たいふ)を生擒(いけど)りぬ、
 楫(かじ)の枕のよき友よ 心閑(こころのど)けき飛鳥(ひちょう)かな、
 奥津(おきつ)潮騒(しおざい)すべりゆく 舷(ふなばた)近くむれ集(つど)ふ。

 ただ甲板(こうはん)に据(す)ゑぬれば げにや笑止(しょうし)の極(きわ)みなる。
 この青雲(あおぞら)の帝王も、足どりふらゝ、拙(つたな)くも、
 あはれ、眞白き双翼(そうよく)は、たゞ徒(いたず)らに廣(ひろ)ごりて、
 今は身の仇、益(よう)も無き 二つの櫂(かい)と曳(ひ)きぬらむ。

 天(あま)飛ぶ鳥も、降りては、やつれ醜き痩姿(やせすがた)
 昨日(きのう)羽根のたかぶりも、今はた鈍(おぞ)に痛はしい、
 煙管(きせる)に嘴(はし)をつゝかれて、心無しには嘲(あざ)けられ、
 しどろの足を模(ま)ねされて、飛行(ひぎょう)の空に憧(あこ)がるゝ。

 雲居の君のこのさまよ、世の歌人(うたびと)に似たらずや、
 暴風雨(あらし)を笑ひ、風凌(しの)ぎ猟男(さつお)の弓をあざみしも、
 地の下界にやらはれて、勢子の叫びに煩(わずら)えば、
 太しき双の羽根さへも 起居(たちゐ)妨ぐ足まとひ。

 やはり私の好きな詩ですね。私も思えば、「世の歌人に似たらずや」というようなことがあるのかなあ。

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 私周は、漢詩はとても好きなのです。中学2年生の頃より好きになり、高校2年のときには、最初に自作の漢詩を作ったほどです。神田の古本屋や東大前の古書店に、漢詩作りのアンチョコ本(ほとんど江戸時代後半期の和本)を買いに行ったものでした。
 ところが、同じ韻文でも、和歌と俳句は非常に苦手なのです。読んでいても少しも面白いと思わないし、第一よく内容が理解できません。それから大学へ行って、好きな女の子ができたころから現代詩の存在も知ってきたのですが、これまた理解できなくて、かつ好きになれませんでした。
 そんな私でも、好きになった詩人たちとその詩があります。短歌詩人としての源実朝、俳句詩人としての與謝野蕪村です。そして現代詩としては、同じ学生活動家の友人でありました野口成郎の詩は好きになれたものです。それから現代詩は苦手でも、何故か明治期の新体詩や土井晩翠の詩は大好きでした。
 これら、私の好きな詩人たちの詩を紹介しているのが、この部屋です。
 まだ何人も好きな詩人たちがいますし、好きになれる詩人もいますから、これからも少しずつUPしてまいります。
 思えば、私はゲーテやダンテの詩も好きなのですが、問題は訳者ですね。その意味で、上田敏の詩についてもUPしています。もっと西欧の詩人たちの詩も紹介してまいります。(2005.09.04)

   http://shomon.net/kansi/siika.htm  周の詩歌の館

 短歌も俳句も詩吟でもやるわけです。ただ私は人前ではまだやったことがないですね。漢詩ならば、もういやというほどあちこちでやってきましたが、短歌や俳句は詩吟でやるのも苦手なのです。
 また現代詩も、もう苦手意識しかなかったものなのですが、今後もっといくつも読んでいかなくちゃという気持になっています。

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