将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:下谷稲荷町

1301081113010812  しづゑとお勢は下谷稲荷町の的矢六兵衛の家へ向かいます。

 和泉橋から北へまっすぐな道は、右も左も黒塀の続く御屋敷町であった。

 今とは大変に違いますね。私は高校生の時と大学一年のときに住んでいた横浜東横線白楽の家を見に行ったことが8年くらい前にありましたが、もうえらい変わりようで、なかなか昔の面影を探すのが大変でした。それがこの時代で、二人の妻は初めて歩く路なのですからね。13010710

 ・・・二人の足は、わけて立派な長屋門の前に根を生やしてしもうた。

 ここがそうなのかなあ。そうであればいいなあ。でも私はここには六兵衛はいないと思ってはいますが、さてどうなのでしょうか。
 またこうしてこの小説の先が気になって仕方ありません。

1301070113010702 今日は昨日(これは昨日の小説の内容がということです)同様に、二人の妻の的矢六兵衛の家(下谷稲荷町にある)に向かう様が書かれています。だが私は思い違いをしていました。神田川を上るのでなく、下るのですね。隼人たちの家を思いました。そして今神田川を思い浮かべました。神田川は私には実になじみ深い川なのですね。

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 そういうお勢の顔は、実に両国橋の芝居小屋に向かうかと思われるほどうきうきとしていた。
 舟は神田川を下へと滑ってゆく。

 そして船頭がいいます。

「上野のお山には、お近付きにならねえほうがよござんすよ」
 遠ざかる舟の上から船頭が言うた。

13010611 いよいよ彰義隊の戦いになるのですね。なんか悲しいな。戦わない幕府の侍たちより、彰義隊のほうが潔いし、好きになれるのですが、でも悲しいです。上野の山を歩くときは、かなり広いことを感じて、でもいつも彰義隊で悲しくなっています。

1301060113010602  加倉井隼人の妻しづゑと田島小源太の妻お勢は下谷稲荷町まで行きます。それでちょうど神田川を屋根船に乗っていくのです。この挿絵が橋の欄干から二人が船に乗っていくのです。このお勢は、小源太よりも四つ歳かさだといいます。それがすごくいいです。すごく「世事あれこれに長けている」のです。

 しづゑは江戸の地理に疎い。和泉橋の河岸から下谷稲荷町は近いのだろうか。13010503

 いや今でも遠いですね。でも屋根船で行くのはものすごくいいものでしょう。ただ今日は遊びで行くのではなく、的矢六兵衛の自宅へ行くのです。もし六兵衛に慶喜がすり替わったのなら、六兵衛はここに居るはずですね。私はそんなことはありえないと思ってはいますが。

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