12021001 1998年12月6(日)に私はぼんやりテレビを見ていたところ、私の会社の監査役であります大口昭彦弁護士と同じ事務所の安田好弘弁護士が警視庁に逮捕されるニュース画像が流れました。私はたいへんに驚きました。すぐに調べ出しますと、「日本住宅金融機構株式の告発に基づき、競売妨害罪なる容疑により」、警視庁捜査二課が逮捕したとのことです。私はすぐ、「これはデッチアゲ逮捕だな」と思いまして、すぐさま「周の発言」に書いていきました。そして12月8日「緊急アッピール 安田弁護士の不当逮捕に抗議する!」というページを設けまして、「将門Web」のTOPページからリンクしました。そうしましたら、たくさんの方々のアクセスを受け、かつメールもたくさんいただきました。それにこの「安田不当逮捕問題」を扱うさまざまなサイトとも連携できていきました。
 私はインターネットの世界で、このような形で闘うのは始めてでした。また日本でも、権力の不当な弾圧とインターネットを中心として、闘いの情報が交されたのは、この事件がはじめてではないでしょうか。
 1968年7月に、ソ連軍がチェコスロバキアに侵攻しました。19歳でありました私はかなり驚きかつ怒りまして、すぐさま単独で港区狸穴のソ連大使館に抗議に行きました。どうしたらいいのか判らないまま、大使館前で、大勢の人たちと抗議の座りこみをしました。ちょうど、同じく座り込みをしている中に鹿児島鶴丸高校の1年のときの同級生の顔を見つけて、二人で歓声をあげたものでした。座り込みはしばらくして機動隊によって蹴散らされてしまいました。
 そんな時代と比べると、このインターネットを武器とした闘いは、より有効に機能できるように私は思っています。
 この安田弁護士の問題への闘いは長く続きました。そして今も続いています。安田弁護士は起訴され、私のこのページも現在のように名前を替えました。
 そして安田弁護士が不当に長期勾留された間も、たくさんの闘いが継続されました。現在は、毎月2回の公判が続けられています。
 安田弁護士の完全無罪、無実が証明されるまで、このページで情報発信をしてまいります。