将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:中華街

 私が、

   http://shomon.livedoor.biz/archives/12615760.html
   プログ開始です12060704

と書き始めてから、もう10日で丸7年になるのですね。このときは私はブログを「プログ」だと思い込んでいたのです。
 私はこのときは、横浜へ行っていたときだと思い出しました。でもそれは2月6日のことでした。

  2月6日桑名貞子「青い目の人形・青い目の鯨」

 私はこの日2月6日に、横浜の外人墓地内のイギリス館でのリサイタルを聞いていた桑名貞子のリサイタルへ行ったのでした。横浜のラウンドマークビルにも行きました。中華街にも行きました。二つとも私は知り合いがいたのでした。
 この日のことをよく覚えています。よく歩いたものでした。歩いた路をよく思い出します。歩いていた路から、よくマリンタワーが見えていたものでした。

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 ナミちゃんのブログに、このUPがありました。19日に横浜へ行ったのですね。私は横浜には3年半くらい住んでいたのかな。大学1年の2月に我孫子に引越たのです。弟はその年の4月は高校3年でしたから、横浜の鶴見高校へ我孫子から通いました。
 だから横浜は今では懐かしく思い出すところなのです。

急に外出する事になりました・・というのも前日にさっさから
「学校の紅葉がとっても綺麗だから見に来ない?」とのお誘いが。
今年の四月に初めて行ったのだけど秋は紅葉がとっても綺麗だよ・・ということで
・・是非・・行きたいわ!といっていましたので覚えていてくれたようです。

 いい娘さんですね。そしてたくさんのその大学の写真が素敵です。思い出せば、私も二人の娘の大学には、何度も行きましたね。娘が卒業してからも何度も行きましたね。
 ナミちゃのブログのこのUPに綺麗な紅葉の写真がありましたから、それの真似で、私も昨日外出したとき、ここでUPした紅葉を撮ったのでした。

 ナミちゃんは、その娘さんの大学のあと、山下公園に行かれたようです。

それから市営地下鉄で横浜へ。。
やっぱり・・山下公園に行きたいから。
理由はないけど横浜にいったら・遠く浮かぶお船が見たくなります。
関内から・・歩いて山下公園へ。。一キロ半くらいかな。

 私は横浜ランドマークプラザには、何度か行っているのですね。以下にUPがあります。

 http://www.marinenet.co.jp/shomon/opini/opi0412.htm#041223
 http://www.marinenet.co.jp/shomon/opini/opi0412.htm#041224

 思い出せば、このすぐ近くで飲み会をやったこともあるなあ。あれはいつだったかな。また横浜を歩きたい思いになります。
 私が高校生の頃は、横浜って、あまり綺麗な街じゃなかったのです。私は横浜で転校して入った高校は、最初は関内にあったのですが、なんて汚れた街だろうという思いしか浮かびませんでした。そして私は横浜人の喋る横浜弁が実に汚く聞こえたものでした。
 でも今は好きな街になりました。私のたくさんある故郷の中で、すぐ行けるところは横浜なのです。
 また一人で行ってみようという気持になりました。最後は中華街で飲んでいるかなあ。

08090702 ナミちゃんのブログに、このUPがありました。

中華街・元町・山手・港の見える丘・大桟橋・赤レンガ・みなとみらい〜
山下公園からシーバスでちょっと観光気分・・
クリスマスの頃の横浜・・。
他のの楽しみ方も色々あるんだろうな。

 私もみな大好きですよ。私は高校が横浜ですから、その頃はもう全て大嫌いな街でした。でも今はもう私の大切な故郷の一つです。たくさんある私の故郷へはまず行けませんが(私の故郷は、秋田、札幌、名古屋、鹿児島、それに沖縄です。あ、浦和も故郷ですね。そして浦和だけはまだ悲しくて歩けません)、横浜ならすぐに行くことができます。
 中華街はどこを歩いていても好きです。そしてどこかの店で、ただただ飲んでいます。港の見える丘公園も山下公園も好きです。
 そうねえ、ランドマークタワーも好きなところですよ。前には、クリスマスのときに行くのが愉しい思いでした。いえ、何かプレゼントを探すのね。
 思えば、関内も伊勢佐木町も日の出町もたくさんの思い出があります。私は高校生の頃は、どこも実に汚れた街にしか思えませんでした。事実運河がどこも実に汚く嫌な匂いがしていたものです。海岸も汚れに汚れていました。でも今は実に綺麗です。
 山下公園を歩いていても、ところどころで何かのイベントをやっていたりして、なんだかとってもいいです。だから、私も孫を連れて歩きたいな。

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 ナミちゃんのブログ横浜に行ってきました〜◆ に 私の故郷の一つである懐かしい横浜の写真があります。いや、これらの写真は、私が横浜に住んでいたときにはなかったものですが、今では私は横浜の風景を見ると、とにかく懐かしさだけがわき上がるのです。

 この写真を見ていますと、ランドマークプラザでのウーロンさんを思い出しました。

   http://www.marinenet.co.jp/shomon/opini/opi0412.htm#041223  2004/12/23(木) 横浜ランドマークプラザへ行きました

 思い出せば、このとき始めてお会いしたウーロンさんもドーラさんもとっても綺麗な方で大感激だったものです。

 そしてそこにも書いたことなのですが、私は横浜にも住んでいたのです。でも当時の横浜は、あまり綺麗な街とは思えませんでした。

 中華街へはね、2005年2月6日に、桑名貞子さんのコンサートへ行きましたときに、そのコンサートのあと寄りました。この2005年2月の私のブログには、このときの横浜での画像がいくつも掲げてあります。
 外人墓地、港の見える丘、中華街、マリンタワー等々です。高校生の頃は好きになれなかった横浜ですが、今では大好きで実に懐かしいところです。やっぱり横浜も私の故郷の一つなんです。
 その前の年かなあ、この中華街のあるビルの3階くらいのところでアメリカンスクールをやっている人に会いにいきました。私の我孫子の兄の家の隣の住人のアメリカ人の家族なのですが、そのときは、この中華街でアメリカンスクールをやっていました。
 そのとき、そこの長男とお喋りしたのですが、彼はもう私の二人の娘に会いたがっていましたね。そのとき彼はどこかのモデルクラブでモデルをやっていたのだったと思い出しますね(あ、思い出した、弟二人も広告モデルをやっていましたね)。
 私も昔横浜にいたことを言ったら驚いていましたね。今はニューヨークにいるのですから、娘たちに行ってほしいな。私はものすごく喜んでくれる彼の笑顔を思い浮かべています。

 あ、そういえば、私は高校は鹿児島だけでなく、横浜でもそうなのですから、それでそのクラス会をやらないといけないのです。いえ、要するに、私がやらないと、誰もやってくれないのです。みんな会いたがってはいるのですが、でも誰もできない。いつも幹事を二人たててはいるのですが、手配や予約はすべて私がやってきました。だから、今年の夏やるつもりだったのですが、夏というと今じゃないですか。できたら中華街か、ランドマークプラザでと思ってはいるのですが、なかなか手が足りないのです。どこか店を決めて、でも最初は必ず、前もってそこに行きまして予約します。そして2次会も予定しておかないとならないですから。なにしろ、日本中から女性がきてくれるのです。その女性たちのためにやらなくちゃいけないなあ。

 とにかく動かないとなりません。ただ、たった今は帰ってきたばかりで、またもうすぐ出るつもりですからね。少しゆっくりしたいなあ。

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 以下、私がたった今書きました母宛ての手紙です。実際の手紙とは違って、ここでは名前等はハンドル名にしてあります。

   萩原たか子 様

               2007年5月24日

                周のURLメール
                今の王子の住所電話等

 前略
 きょうに午前中にまっちゃんから電話があり、28日に病院を移転すると聞きました。でもそこで簡単な手術して、また戻るんですね。
 前の手紙の続きだけど、鹿児島のつぎが横浜だったね。
 実はね、私は鹿児島というところは少しも好きではなかったのだけど、鶴丸高校へ行ってからは実に面白い毎日だったから、けっこう鹿児島というところが気にいってきていたのでした。でもまた転校になりました。
 この横浜という街も面食らいましたね。まず私は皆が平気で話す言葉が標準語でなくて驚いたものです。なんだか、「…じゃん」という音(おん)ばかりが耳について嫌なものでした。でも入った学校には行きたくなかったのだけど、選んでくれた先生が鶴丸高校の卒業生だということで、あの先生と話して覚悟を決めました。
 この高校の2、3年のときのクラスの同窓会をすべて私がやっているのですが、今でも、その場で多くの人が私を鹿児島の出身だと思っているようで、もうこれにはげんなりします。あの人たちは思考法が実に堅くて保守的なんだよなあ。でも今になって、横浜の街を歩くと、なんだか懐かしくてなりません。
 我孫子の家の隣の娘さんの家族が中華街のあるビルの上のほうの部屋で、みんなで学校をやっているのだけど、そこへ行ったら懐かしい思いばかりでしたが、なかでも長男は実に私たち家族が懐かしいようです。おはぎ、ブルータスにニューヨークに来てくれって言っていました。彼は今航空会社で働いているのだけど、その前にはコマーシャルのモデルをやっていて、実にいい綺麗な男だと思うのですが、彼はアメリカ人のモデルというのは193センチ以上ないとだめだから(自分は3センチばかり足りないんだって)、その道はあきらめて、さらには母や父や他の二人の兄弟もアメリカがいいと思っているようだが、僕はやがて日本で生きようと思っています、なんて言っていました。彼は見た目はアメリカの白人だけど、心根は日本の我孫子人のようですね。私は我孫子も好きじゃないけれど、彼の前では、その私の本音が言えませんでした。彼には、我孫子というのは、うちの二人の娘やみーねえ、それに隣の怖い親父(の久二じじ)やばあちゃんの思い出だけで面白く懐かしいところのようです。
 でも彼は、おはぎとブルータスにニューヨークに来てほしい、ニューヨークは思われているほど、怖い街ではないです、と懸命に言っていましたね。私はおはぎとブルータスが子どもを連れてニューヨークを彼の案内で歩いてほしいな。そんな時がきっといつかくることでしょう。       早々

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