将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:二人の娘

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 また画像をUPします。
 このドラマで、私が毎日書いています「花子とアン」へのつたない雑文ですが、テレビの「赤毛のアン」シリーズの画像もいくつかあるものです。今までもいくつかUPしてきました。
 私も二人の娘(おはぎとブルータス)が見ているときに、一緒に見ていました(まだ二人は小学生でした)。それがこうしてその画像をUPするのですね。
「赤毛のアン」をいくつも思い出しています。
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12111624 さらに続けるのです。私は二人の娘のことで、思い出しました。二人は高校は違うところだったのですが、その二つとも行ったことがあります。そして、二人の娘の友だちも何人か覚えています。
 それに長女おはぎは、父母会に12111632行きまして、そのとき面談してくれました先生のことも思い出しました。その先生も、私たちの一つあとの生徒もそのお母さんも、その子たちの実家の町も思い出しました。
 もう懐かしい思いです。
 こうして、娘たちも、自分の子どもたちをいっぱい知って付き合ってほしいですね。そうでないと、私じいじは私の孫だから、もっと頻繁に出かけちゃうよ。

12071103  私が書きました『スーホーの白い馬』のことを思いましたNoraさんが、次のコメントをくれました。そのコメントは、私の

   周の雑読備忘録「『スーホの白い馬』」

のほうにくれたものです。前にも書きましたが、また書きます。

 私はねけっこう泣き虫なのよ。でもこのときのスーホの気持を思うと、今も涙が溢れます。
 私の二人の娘は、長女おはぎはこういう物語だと必ず泣いてしまうのですが、もうただただきかない娘だと思っていた次女ブルータスも、童話やテレビを見て泣くことがあり、いくつものことで娘二人を知った思いなのです。
 でも娘だけじゃなく、孫も泣き虫なところもあることを知っていますから、困っちゃうよね。ポコ汰が泣いて、来てくれた女性の方が(ちゃんとした用事で来ていたのですが)、その涙でまた泣いてしまったことがあり、驚く事態でした。
 だから、私は二番目のポニョにも三番目のポポにも警戒しているのですが、ポポなんか、別れるときにあっさり私に「バイバイ」なんて手を振ったりして、最初は「えっ!」なんて驚いたものでした。

 いや、実は前に書いたことを忘れ果ててしまった私なのです。実に情けない私です。

12071005 私の『スーホーの白い馬』noraさんからの次のコメントがありました。

2. Posted by nora   2012年07月10日 20:56
周さん、絵本を読んで泣けるのはほんとうに心がやわらかなのですね。素敵です。娘さんたちが教員になられたのは周さん夫婦の教育の賜物だと思います。

 ありがとうございます。二人の娘がともに教員になって嬉しいです。上の娘は美術(図画工作)の教員で、下の娘は一般のクラスを持っています。二人ともに、こうして教員になるとは思っていなかったのですが、こうなりました。その二人の彼(もう私の息子たちです)も教員です。
 そんな二人の娘と二人の彼とお話するのは楽しいです。それに今は四人の孫がいますから、みんなとお喋りするのも嬉しいです。

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 これをUPするのが遅くなりました。

2010/06/02 07:27今朝食を終えて、妻が長女の家に行きました。きょうはポコ汰が保育園で上野動物園へ行くのです。妻がポポをみることになります。
 私の娘二人も保育園の遠足の場合はいつも私の母が行ってくれていました。下のブルータスがある遠足で姿が見えなくなって、もうものすごく心配したら、そこの池の向こうで母に手を振っていたそうです。
 上の動物園に私と妻で始めて二人の娘を連れて行ったときに、象を見られるところで、ブルータスが歓声をあげていました。象を見て声をあげているのかと思いましたが、実は前日雨が降った後が水たまりになっていたのですが、その水たまりに空の雲が写っていることに感激して大声をあげていたのでした。思えば、あのときはブルータスは今のポニョより少し小さかったのかなあ。実にいい思い出です。
 それで私はさらに今四国徳島で教員になった義弟の息子を始めて上野動物園に連れて行ったときのことを思い出しました。みんなとはぐれてしまい、私と二人で手をつないでずっと歩いたものでした。懐かしいな、覚えているかなあ。
2010/06/02 08:05「ゲゲゲの女房」です。水木しげるが彼女を迎えに来て、私はものすごく嬉しいです。
2010/06/02 09:59「ちい散歩」が始まりません。何事かな?
 でも分かりました。鳩山首相が辞任するのですね。ご苦労でした。
2010/06/02 13:32長女の家にいるのですが、妻が「ここは新聞がないのね」と言っています。新聞を今は誰も取らないのです。

 鳩山首相が辞任というニュースがありました。私は彼と直接話したことがあるので、少し親しみを感じます。そのときは、私は彼が「パソコンを使えるか?」というは話をしたものでした。

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 私は蜘蛛業に次のUPをしました。

 ハイチに大地震が起き、私もかなり驚きました

 そして私は、わが家のおかあさん2010.01.15 に、次のように書きました。

ハイチの大地震のニュースも昨日書きましたよ。神戸の大震災のときに全世界から助けに来てくれたことを私たちは忘れてはなりません。

でもそのときには、神戸の大震災よりも死傷者の数は多くなるのだろうな、残念だなあ、ということくらいしか思いませんでした。
 でもでも、死者が5万人に達しそうというので、実に驚きまして、でもでもさらに実は20万人を超えるというニュースでもうただただ驚くばかりです。そして私はできることは何をしたらいいのだろうと焦るばかりです。
 私の義父が神戸大震災のときに私の娘二人を連れて行ってくれたことは、実にありがたいことでした。神戸は、私の義父の故郷でもあるのです。
 なんとしても、私もただただ驚いているばかりです。

53670a4f.jpg いつも私のどうでもいい写真をほめていただきありがとうございます。
 でもこうして画像があると実にいいものだと思っています。昔二人の娘が保育園に行っている頃はできないことでしたものね。
 写真は一昨日17日の昼12時代に、赤羽のイトーヨーカドー内で食事したときにポコ汰の持っている飛行機を撮りました。(08/20)

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 このポメラをどうしても開いていられないですね。この月曜日には、ポニョを預かりました。

2009/06/22 10:49もう22日なんですね。このポメラも書いていないですね。今は薬局へ来ていて、これを打っています。

 大変に昔を思い出していました。よく私の父と母が私の二人の娘をみていてくれたものでした。昨日23日は、ミツ君のお母さんがポニョをみてくれました。きょうは、私はみているつもりです。

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 本日06:00に届いていたHA茶さんの『独楽吟のススメ』です。

「2009/03/02 【No.1787わたしの独楽吟(どくらくぎん)」を読んでの周の感想。

たのしみは 羽ばたきしながら 飛んでった お金がまたも 飛んで来る時

お金は羽が生えて飛んで行きますね!倍になって帰って来てくれると良いなぁ!

 その通りですね。飛んでいってしまうことだけは早いですね。

たのしみは 娘との日々 復活し 女同士の 話する時

いろいろあったけど娘たちとの間もようやく元に戻りつつあります。母親はずっと母親であって欲しい娘たち、私はずっと母親でいようと思います。やらなければならないことはいっぱい有るのです。

 これは良かった。私も嬉しいです。私の二人の娘と母親も実にいいですよ。でも父親の私にも優しくしてください、と思い続けている私です。

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 SHIROのポメラ日記 に 以下のUPがありました。

   [ポメラ]ポメラの牙

 これは読んでいて、実にたくさんのことに頷いていました。

mixiのコミュニティで「PCや携帯はネットにつないで情報をインプットするデバイスだが、ポメラはアウトプットするためのデバイスだ」といったことを書いた人がいた。なるほど!と私は膝を打った。

 このことは、私もおおいに納得します。だから、まだ私は慣れきれていないのかもしれません。私自身は、まだ自分の考えでアウトプットしきれる雅量も知識も備わっていないのですね。

私は本業の情報センターで「子どもと携帯電話」という出前講座を行っている。携帯を使っていて起こる様々な問題やその対策について、地域の自治会で保護者・大人向けに話したり、小中学校で子ども達に話したりしている。
子どもの携帯の問題については様々な所で取り上げられているが、一方では技術論から入ってフィルタリングやサイバーポリスの話に終始し、他方ではよくわからない保護者達が「子どもは携帯禁止」などと叫んでひたすら否定してみたりする。
私は趣味で心理学やカウンセリングの勉強をしているので、「携帯の問題は、子どもの心の問題が表に現れた結果に過ぎない」と思っている。そのため講座でも、「自分自身を大切に」「子どもの心に向き合いましょう」などと心の問題に重点を置いて話すことにしている。

 いや、この問題は私なんか、「子どもたちに、『携帯電話は禁止』なんていう親や学校は駄目だなあ」という思いですが、でも私がその私の思いを露出できる雅量がないことが、自分が駄目だなあと思うところなのです。
 でも、SHIROさんはちゃんと言い切っています。もう私は感心すると同時に、自分もちゃんとして行こうと思うばかりです。

 携帯の講座で子ども達にこんなことを話している。
「皆さんは今は子どもですから、親や学校や社会から何かをもらう立場です。でも、あと何年かすれば成長して大人になります。“大人になる”ということは、今度はあなた達が自分の子どもや社会に対して、何かを与えたり作ったりする立場になる、ということです。そのことをよく考えてみてください。」

 もうすぐに、私の孫たちもすぐに大きくなります。私のあんなに可愛いだけだった娘二人も教員になり、結婚して、長女は二人の子どもの親になりました。次女もすぐに親になるでしょう。
 私はこの二人の娘にも、絵本を読んできて、たくさんの本を読むこと、映画を見て、いろんな思いを抱くことを喋ってきました。娘たちの学校へ行って、授業参観をして、そしていろんなことをしてきました。
 今私は二人の娘にいっぱいの手紙を書き、次女には毎回漢詩を紹介しています。
 これからも私は、私の孫にも同じことをしていくでしょう。

小さなポメラから、つぶらなモノクロの瞳で見上げられ、「あなたは何が作れるの?」と聞かれたら、どう答えるか。かわいいナリをして、実は鋭い牙を隠し持ったあなどれない奴かもしれない、と最近思う。

 もっと私もやりきっていかないとならないなあ、と強く思っています。

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 まずは愛されることが大事なんだと思います。
 子供にとって、愛されないことはきつい、つらいことです。愛情は、自分がこの世に存在することを肯定される行為です。それがなかったら、どうやって生きていったらいいんだっていうほど、致命的なものです。
(「『芸術言語論』への覚書」)

 私は自分の親に実に愛されてきてと思っています。そしてまた二人の娘をただただ愛してきました。そのことが、また私の孫を育てている娘には、とてもいいことにつながっている思いがしています。このことが実に大切なことだと思っています。

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 親子の愛情の問題は、地域性の問題と、子供が生まれてすぐの乳幼児期の育て方がものすごく重要で、ここを通過したら少なくとも逸脱した行為に及ぶまではいかないよと思うんですね。(「『芸術言語論』への覚書」)

 このことは、私も二人の娘を育てて、同じに思います。だからこそ、私の孫のとっても今がとても大事なときなのです。だから、私はいつも笑顔で見ているようにしています。そしていつも笑顔を返してくれる孫たちです。

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 私の二人の娘をいつも思い浮かべます。そして今の私は二人の孫もいつも思い浮かべています。

    こころ
        金子みすゞ
  おかあさまは
  おとなで大きいけれど、
  おかあさまの
  おこころはちいさい。

  だって、おかあさまはいいました、
  ちいさいわたしでいっぱいだって。

  わたしは子どもで
  ちいさいけれど、
  ちいさいわたしの
  こころは大きい。

  だって、大きいおかあさまで、
  まだいっぱいにならないで、
  いろんなことをおもうから。

17ebe4a1.jpg もう私の娘は、長女おはぎも、次女ブルータスも大人になって仕事をして結婚して、もう大きいのです。
 でも私には、二人とも小さな子どもで、まだまだ私の中にいます。その小さいときの思い出、少し大きくなったときの思い出、大学生のときの思い出、いろんなアルバイトをしていたときの二人、学校の先生になって、私が授業参観になって行くと、教師として生徒の前にたっている二人。その一つひとつのことがいくつも私のなかに残っています。

 そしておはぎには、孫のポコ汰とポニョがいて、これはだ小さい子どもだけれど、私の心の中でいっぱいになっています。

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 やっぱりみすヾの詩集を読むと、開いたページの詩が心の中に飛び込んできます。

   ゆめとうつつ
  ゆめがほんとでほんとがゆめなら、
  よかろうな。
  ゆめじゃなんにも決ってないから、
  よかろうな。

  ひるまの次は、夜だってことも、
  わたしが王女でないってことも、

  お月さんは手でとれないってことも、
  ゆりのなかへはいれないってことも、

  時計のはりは右にゆくってことも、
  死んだ人たちゃいないってことも。

  ほんとになんにも決ってないから、
  よかろうな。
  ときどきほんとをゆめにみたなら、
  よかろうな。

 私も毎日たくさんの夢を見ます。それをほんのときどき「夢の中の日常」と言って、書いています。でもほとんどの夢は忘れ果ててしまいます。

   ぬかるみ
  このうらまちの
  ぬかるみに、
  青いお空が
  ありました。

  とおく、とおく、
  うつくしく、
  すんだお空が
  ありました。

  このうらまちの
  ぬかるみは、
  深いお空で
  ありました。

 この詩を読んでいて、小さいときのブルータスのことを思い出しました。たしか1、2歳の頃上野動物園に連れて行ったときのことです。象のおりの前で、大きな象を長女おはぎも不思儀そうに見ていたのですが、まだ小さいブルータスは、目の前にいる大きな象を見ていることよりも、すぐそばにあった雨の小さなみずたまりの中に、大きな空や、深いお空と白い雲が写っていることに、もう大変に驚き喜んだ歓声をあげていました。
 どんなに、目の前の大きな象を見るように言っても、小さなブルータスはみずたまりの中の景色に歓声をあげていたのです。
 そんなことをあとで言っても、ブルータスは私たちがそのことを言うことを覚えているだけで、実際に自分がやっていたことは覚えていません。
 このときに私は、大昔(たぶん昭和30年の頃)読んだ、「ノンちゃん雲にのる」で、まだ小さいノンちゃんが、このブルータスと同じように、この水たまりに声をあげたり、「あ、落ちちゃう」(ええと私の記憶だけだから、実際の記述が違うかもしれません)と言っていたことを思い出していたものです。

 みすヾの詩に、何故こんなに引き付けられちゃうのだろうと思って不思儀でしたが、なんだか少し判った気がしました。私が昔自分のこの目で見た光景、この身体で体験した思い出が、みすヾのは違う形ではあるのですが、私にも不思儀に思い描けるからなのです。鮮明に甦えるからなのです。

   こころ
  おかあさまは
  おとなで大きいけれど、
  おかあさまの
  おこころはちいさい。

  だって、おかあさまはいいました、
  ちいさいわたしでいっぱいだって。

  わたしは子どもで
  ちいさいけれど、
  ちいさいわたしの
  こころは大きい。

  だって、大きいおかあさまで、
  まだいっぱいにならないで、
  いろんなことをおもうから。

 もう私の娘は、長女おはぎも、次女ブルータスも大人になって仕事をして結婚して、もう大きいのです。でも、二人とも小さな子どもで、まだまだ私の中にいます。その小さいときの思い出、少し大きくなったときの思い出、学校の先生になって、私が授業参観になって行くと、教師として生徒の前にたっている二人。
 そしておはぎには、孫のポコちゃんがいて、これまたまだ小さいけれど、私の中でいっぱいになっています。

 周の雑読備忘録「『金子みすヾ童謡集 わたしと小鳥とすずと』」へ

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49462dde.jpg 私はこのところ私の入院中の母に手紙を書いています。二人の娘にも書いています。この手紙を書くのがけっこう愉しいので、私の中学時代の友だちにも書きまして、さらには現在の友人にも手紙を書きました。手紙というのは、けっこう長くなってしまうので、「一体何ごとだ?」と驚くかもしれないですね。でもこうしてひさしぶりに友に書く手紙もいいものです。(5/31)
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62b5e6b5.jpg 私が 吉本隆明鈔集「内遊び軒遊び」を書いていまして、二人の娘の昔のことを思い出していました。よく近所の子どもたちと遊んでいたことを思い出すのです。隣のお家の二人の姉弟とまた少し隣の女の子と遊んでいたものでした。その近所のお母さん方もよく遊んでいてくれたものです。あのときも大切な時だったのですね。
 先日母の病院に長女夫妻とお見舞いに行ったときに、病院からの帰りに長女が大学生のころアルバイトしていたレストランで食事して、我孫子の家まで歩いて帰るときに、長女が急に思い出しました。「あ、私ここらへんを男の子たちとはしごをかついで歩いていたことがある」。実は私はそのことを鮮明に思い出していたときなのです。
 たぶん、長女は小学校2年生くらいだと思いますが、男の子たち5人くらいで、長いはしごを持って、歩いていまして、そこから坂を降りて行くところでした。私はたしか、代休かなんかで、普通の曜日に多分買い物に行った帰りの午後4時半頃です。
 私は長女が男の子たちと何故かはしごを持って歩いているので、だまってそのあとをついて行きました。そうすると、どんどん歩いて、またさらに遠くに行こうとしているので、「こら、おはぎ! 何しているんだ!」と声をかけました。おはぎは、「あ、パパだ!」なんていいまして………、そのあとは覚えていないなあ。
 でも偶然おはぎと私は、もう20年くらい前の同じことを思い出していたのです。懐かしい、ただただ懐かしい昔の出来事です。
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 娘が二人で使っていたピアノを処分しなければならないということになりました。今思い出すと、ちょうど29年前のあと20日ばかりあと、この家に私が初めて来たときに、今私のいる部屋からピアノの音が聞こえてきました。妻が弾いていたのです。あれから、こんなに時間がたって、二人の娘は結婚しました。当初は、次女が持っていくつもりだったのですが、やはりあのピアノは大きすぎます。なんだか寂しいです。でも仕方ないよなあ。いつも調律していてくれた方も残念がるだろうなあ。(5/07)

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 教育に関係するだろうという本の書評がこの部屋です。
 私の二人の娘は東京都と千葉県の小学校の教員です。二人の教員としての姿は、私もずうずうしくその学校へ行きまして、よく見ています。私ももともとは教員を目指していたわけなので、この教育についての本はいくつも読んできたものでした。
 そしてこれからもたくさん読んでいくだろうと考えています。
 これからも読んでいきます。そして読むだけではなく、私もさまざまにたくさんの方と話していきたいと考えています。(2005.11.28)

   http://shomon.net/kyoiku/bookkyo.htm  周の書評(教育篇)

 長女の彼も、もうすぐ結婚する次女の彼も小学校の教員です。だから私は一緒に会って一緒に話していると、とてもいろいろなことを知ってきます。そしてそのたびに、それに関係した本があれば読んできたいと思ってきました。またみなに紹介したいと思ってきたものです。
 いや、もちろん教員として読むべき本というのはいくつもあると思います。ただ、ここでは、そのうちの教育に直接関連関係するのではないかという本を私が読んで、ここに書いています。
 今後もいくつも読んでいきたいと考えています。

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 昨日夕方私の妻が「年賀状が届いていたよ」と、ここの掲げた年賀状を持ってきました。それがここの画像の年賀状です。
 これは私の姪のみーねえの次男れいちゃんが書いて送ってくれたものです。とても嬉しいです。
 れいちゃんは、早生まれの3月なので、いわば同じ学年の同級生たちの中で一番小さな感じなのです。でも何故か私のことが好いてくれて、かつ私の二人の娘のことは大好きです。ただ、下のブルータスは、彼ら二人には綺麗なお姉さんで優しいのですが、姉のおはぎは少々怖くも感じていたところもあったのでしょうが、夏休みの工作を姉おはぎに教わるので、もうとてもおはぎに頼りっきりです。

 でもれいちゃんは、小さくてわがままで、いつもお兄ちゃんのゆうちゃんに迷惑をかけてばかりでした。「よくゆうやは我慢しているなあ」なんて感じていました。それは、私の二人の娘おはぎとブルータスの小さなときの姿でもあります。
 ブルータスはいつもなにかあると、お姉ちゃんに噛みついていました。私の母が、おはぎに「噛みつかれたら、鼻をつまみなさい」と言っていました。そうすれば呼吸ができないから口を離すはずなのです。
07010602 でもいつからか(やはり小学校に入ってからかなあ)、そういう乱暴なブルータスが姿を消し、優しい可愛いブルータスになりました。もう今でもいつも姉を慕っています。

 元旦にブルータスと二人で我孫子の母の家に行きましたときに、みーねえ夫妻とゆうやとれいにも会えました。でも驚いたのです。もうれいは、お兄ちゃんのゆうやを実に慕っているのです。いろんなことを教えてくれるからでしょう。
 二人が並んで座っていると、もう私は大変に嬉しかったです(その思いで私はひたすら飲んでいただけです)。

 それで、ここに掲げた画像は、そのれいちゃんからの年賀状です。よくわけが判りませんが、私は嬉しいばかりです。これをきょう、おはぎに見せにいきます。

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 夕刊フジBLOGこの記事がありました。
 いつも村山朝偉(むらやま・ともひで)さんが書かれていますこの古代文字の解説をよく読んでいます。
 今回はこの「典子」という女の子をよく知っているので、たいへんに興味がわきました。

 典は書物の意味に用いられる。それは昔、文字を記すために使った竹簡を束ねて編んだ形から典という文字ができたため。子はたびたび出てくるが、天子の子のこと。人名としては、道徳に満たされた、他人の手本となれる人物を指す。

 私は漢文が好きで、かつ漢詩も大変に好きなのですが、私の高校時代にはほぼ授業なんか、ないに等しくて、大学では私は学生運動ばかりでしたから、自分だけでやってきていたものでした。
 でも、今こうして「典子」という漢字を意味を知ると、「なろほどなあ、彼女のお父さんはこうして考えて名前をつけたのか」なんていう思いがしきりです。

 思えば、私も二人の娘に名前をつけるにに、けっこう考えたものだなと思いました。そして私の父も義父もよくその名前に懸命に考えてくれていたものでした。
 今度は私の孫ですから、私も考えるのですが、まず第一は、長女の彼のご両親が考えられるのだから、私は遠慮すべきですね。

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06072202 きょうは妻が福岡の親族の結婚式に行っています。だから今晩は私と二人ですごします。でも夕方は長女が来てくれます。でも義母は不安を訴えるでしょう。長女が優しく応対してくれるだろうと思っています。長女も次女の小学校の教員をやっていますが、生徒たちに実によくよくやっています。あれもまた義母と母が二人に教えてくれたことなのです。(7/22)
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