将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:京浜東北線

13022703 この田端駅は、京浜東北線でもいけます。私の長女おはぎの家からは歩いてもいけます(少し遠いかな)。東口にはケーキ屋さんもあります(2008年11月30日昨日いただいたケーキというUPで、ア・ラ・カンパーニュというお店)。
 東口は昔(大昔ですが)芥川龍之介、室生犀星が住んでいました。ただ私は、2008年09月28日田口賛吉さんのことで思い出したことで書きました友人の田口賛吉さんを思い出します。
 この駅の東口(北側の出入り口)のだらだら坂を見ると歩くと、必ず思い出すのが、この田口賛吉さんの語ったことなのです。

 田口さんがまだ4歳くらいのときです。賛吉さんは、お母さんと弟さん(2歳か3歳でした)と、田端駅から出て、上中里のほうへ歩く長い坂道を歩いていました。田端駅に向かっていました。たぶん、昭和22、3年の頃のことでしょう。その頃、賛吉さんのお母さんは担ぎ屋をやっていました。いつも常磐線で、茨城のほうへ米や野菜を仕入れに行くのです。
 その坂を昇っているときに、後からお巡りさんが来ました。少年の賛吉さんは気が気ではありません。担ぎ屋をやっている人には、お巡りは敵でしかありません。
13022704 後から迫ってくる警官のことが心配で心配で、賛吉さんは、「かあちゃん、後から来ているよ」といいました。もちろん、お母さんも覚悟を決めたのでしょう。逃げようとしてもあの長いだんだら坂です。
 でもそのほんらい怖いはずの警官が、親子を追い抜くときの、弟のことをいきなり抱きかかえてくれて、「高い高い」をしてくれて、「こんなに小さいのに偉いな」と言ってくれたそうです。もう、早鐘のように鳴っていた賛吉少年の心臓は、ホッとしたことでしょう。
 この話を聞いていたのは、私ともう一人のデザイナーでした。もうその話を聞いていて、そのデザイナーも私も涙でいっぱいになったものです。
 今もまた私の目には涙が溢れています。おそらく、その警官にも、お母さんの商売はそこでも摘発すべきものだったと推測します。でも、その警官は小さな子どもを連れている母を尋問する気持にもなれなかったのでしょう。あの時期は誰もがそんな苦しい時代だったのです。13022705

 またとろい私は涙になってしまうのです。
 この田口賛吉さんのことは、以下にも書いています。

 2008年09月27日夢の中の日常「ひさしぶりのコピーライターの田口さんに会った夢」

 いや、私が孫のじゅにの入院している医院へお見舞に行っていたときにも書いていましたね。

2011年02月26日2011年2月25日のポメラ
2011/02/25 10:05「ちい散歩」で稲毛海岸(海岸風景はないですが)を歩いています。私もいつの日かこの海岸を歩いたことがあるのです。なんでどうして歩いたのかなあ。
 そしてここには私の親しい友人のコピーライターがいたのでしたが、彼はどうしたかなあ。以前にホームページもあったのでしたが、数年前から、それは見られません。

 寂しい悲しい思いです。彼が昔よく行ったという新橋の地下街の飲み屋も行ったものでした。その店のママさんは「そういえば、長いこと来ないわね」と言っていましたが、もうすでに亡くなっていたのでしたね。

 でもこれじゃ、私の田端に関し13022708た思い出というより、田口さんの思い出ばかりになってしまいました。

 あと田端というと、私の親しい友人が駅そばのビルに事務所兼自宅を置いています。ただその友とも随分会っていないですね。

13022701 こういう題名にしました。
「東京」としましたのは、例えば、私の住む東京北区王子から乗る京浜東北線は、そのまま南は横浜市大船駅から、北はさいたま市大宮駅まであります。それは、どちらも私には思い出があるのですが、際限がなくなってしまうので、まずは東京都内に限らせてもらいます。
 それで最初は山手線の田端から左り周りに参ります。

12122903  今まだ京浜東北線です。御茶ノ水の理髪店プラドへ向かっています。今年最後の理髪店ですね。
 そのあと本を買おうかな。欲しい本は決まっています。 私は買う本は吉本隆明さんのか長谷川慶太郎さんの本ばかりです。
 その他の本も買うことがありますが。今日は慶太郎さんの本です。

  この未送信ボックスからどうやってメールするのだろうと悩みました。これでいいのかなあ。

  写真は理髪店プラドの前にある広場のクリスマスツリーです。

12062816  今サミットストア王子店に来ています。

  買物に来ました。 上にさらに書きたしてUPしようと思っていましたが、やれませんでした。
 今は京浜東北線に乗っているので、こうして書けます。
 私はいつも『「書き言葉」と「話し言葉」』ということを考えるものです。あ、今は秋葉原のヨドバシカメラへ行くところです。 手紙用の便箋とあるパソコン用品と吉本(吉本隆明)さんの本を買いに行きます。
  あ、今やっと上野です。 もうUPしないと簡単にはいかないのですね。

12060808 京浜東北線は目の前に朝日新聞と毎日新聞を広げるご夫婦がいましたが、「さすが京葉線は違う、みなスマートフォンばかりだ」と言いたい思いでしたが、この車両に新聞を広げる若い女性も、文庫本を広げる人もいました。こんなものなのだなあ。

 ようやく外が見えます。雨がどこでも続いているかなあ。
 東京駅で妻にはメールしました。
  あ、チャージもしなくちゃいけないのだ。やはりこれだけ遠くに来ると、交通費もかかるのですすね。

12041710 今東京駅で京浜東北線に乗りました。
 おはぎの三人の孫にお土産を買いました。もう三人に会えるのがとっても嬉しいです。このお土産は今度はじゅにとブルータスにも持って行きましょう。
 これはいつも長い行列なのです。

  さすが、もう暗いですね。さて三人に会えると思うと嬉しいばかりです。

  でも思うのですが、こうして電車の中はケータイを打っている人が大勢います。
  日本人はやはり「話し言葉」よりも「書き言葉」だと思うばかりです。このことは大事なことですね。

932431fc.jpg  今は京浜東北線に乗っています。なんだか久しぶりにじゅにに会う気がします。
  先週の25、26、27日と会っていないのですね。なんだか、停まる駅でもハラハラしています。

  もう京葉線で快速電車に乗っています。ブルータスにメールは出しました。
  毎日こうして電車に乗ると、久しぶりにじゅにに会うのだなあ、とだけ思っていたわけですが、電車に乗ることを休んだとしても私はたいして書けないものなのですね。

12022002  今は東京駅で京浜東北線に乗りました。
  今日はなんとなく京葉線でも「周のIS01ブログ」は書けなかった思いですね。仕方ないのかなあ。「周のポメラ」もそれほど書けなかった思いなのですね。
  さて、早く家へ帰っていくつものことをやりましょう。

   しかし、こうして電車で中吊り広告を見ると、手にとって読んでみたいものがあるなあ。本屋で手にとってみるかなあ。

  上に書いたのは「DIME」だったのですが、キヨスクも王子の本屋もコンビニにもありません。家へ帰って、さらにもう一軒コンビニに行こうとしましたが、前にも同様のことがあったのを思い出しました。明日の曜日発売なのだ。

12010120 私のケータイをどうしても手に取って見たい思いがしょっちゅうあります。だから、あまりに混んでいて、うしろに手が回せない事態があると、困ってしまいます。このことはけっこうあるのですね。この事態を予測しておかないとならないのです。いやこれは椅子に座っていてもあるのですね。

 いや、ようするに私の問題でもあるのですが。 いや、要するに私の思いきりが問題なのです。
 さて、今は八丁堀です。ここだと地下だから、ケータイを打ってもとどかないのですね。だから、東京駅に着いてからです。

  もう京浜東北線に乗りました。

701dd64f.jpg  今京浜東北線ですが、少し前に小学生が(一年生かな)たくさん乗っていました。上野動物園へ行くのでしょう。そばにいる先生に「何年生ですか?」と聞きたかったのですが、躊躇してしまいました。 ものすごくいい子たちでした。

  京葉線に乗るのにエスカレータで降りて行くわけですが、障害があって降りられなかったことが、今日含めて2回ありました。 今日は外人(何人だか分かりませんが、白人の方々でした)の家族の方が5名私たちが歩いて降りるところも占拠して、降りられません。自分の後ろがずっと列になっているのに気がつかないのでしょうか。
  もう一つは、30代くらいの女性ですが、自分の大きな荷物を自分の右側に置いて、これまたその後ろで多くの方が進めなくて困っているのに平気です。その荷物を自分の前後に置けば済むことなのですが、どうして平気なのかな。この方も東洋系の外人の方でした。

42d3d903.jpg  東京駅です。総武線快速で行きます。 さて乗り換えです。
  今出発です。京葉線より7分遅いのだそうですが、京葉線は東京駅でかなり歩くのです(あれは東東京とでもすればいいのだ。もっとも早足で歩く歩道が面白いのですが)。
  今妻と電車の中(京浜東北線)でケータイで話している人のことでいくつか話しました。もうひどい時代もありましたね。

  たしか10数年年前には電車の中でも平気で喋っていましたね。 でも前に京都へ行ったときに、新幹線では、通話は避けたものでした。PHSでメールをしたものでしたが、必死に駅の近くになってメールを送受信して、それ以外の場所では、またただメールを書いていただけです。8年くらい前かなあ。

419f348b.jpg  じゅにに会った帰りです。今は長女の家に向かっています。ポコ汰たちには、ママ(ばあば)が美味しいパンを買ってくれました。
  ママは大ばばに会いに行きました。
  今やっと秋葉原で京浜東北線に乗りました。ポニョにもポポにも会えます。じゅにのお話をしてあげます。
  もうじゅにのママブルータスもナオキ君もじゅにのことでいっぱいです。それが大事な娘を持った二人の当然のことです。
  それにしても雨は降らないですね。傘持っていなかったから、助かりました。おはぎの顔見たら帰ろう。
  でもじゅにのことは、みんなに伝えよう。次が上中里です。みんなに会えますね。

    写真は御茶ノ水駅から撮りました。

fdf7e6a9.JPG今京浜東北線の中ですが、目の前のご婦人がお二人、メールを子どもからしつこくやるように勧められて、やり始めたと話しています。「たしかにボケ防止にはいいかもしれないねえ、1ヶ月に一度くらいしかやらないんだけど」と話しています。

 写真は日暮里駅の常磐線ホームから写しました。

855f7fa8.JPG困りました。この電車もいつ止まるか分からないようです。

 それで、画像は帰宅してからUPしました。

1ccfa441.JPG参りました。でもなんとか、今神田です。このごろ電車の事故が多いね。

 写真は、私がいつも首からケータイと一緒に持っていますUSBメモリです。これに最初に私の将門Webのすべてを入れました。私の4つめのバックアップ先です。

2015b28c.jpg

 私の 将門のnewsing電車内でも携帯電話を使ってよい にいくつかコメントをいただきました。それで気になりましたもので、そのことをここに書きます。

 commentさんからは

「阿呆なばあさんは殺したくなります。」の一文は一応ニュースサイトに対する書き込みとして不適切ではないでしょうか。

のコメントをいただきました。
 ご指摘ありがとうございました。おっしゃるとおりです。

 このときのことを、少し説明します。私は先月末29日土曜日の午後、私の西川口のクライアントへいきました帰りに、京浜東北線に乗っていました。午後5時ころのことです。私は本を読みながら、ケータイでブログを打っていました。これは私のいつもの電車中の光景です。電車内はすいていましたが、乗っている人は若者(学生高校生が多かったですね)が多くて、みなケータイを打っていました。
 電車内では、いつもの「車内では携帯電話でのご使用はご遠慮ください」(今正確には内容は判りません。でも携帯での会話をやめてという要望で、メール打つのは止めてという要望ではないはずです)というアナウンスそのときに、二人のおばさんが、「あんな放送をしたって、どこでも若い人はみな携帯で話しているじゃないの」と大声で言い始めたのです。
 でも私が見る限り、携帯で話している人は誰もいません。ただ、みな携帯でメールを打っていました。
 このときに、私はこの二人のおばさんを、実に嫌になったのです。大声で若者を非難するような口調なのです。「誰も携帯電話なんかで話していないじゃないか」という状態なのにです。

    ただし、私は「阿呆なばあさんは殺したくなります」というのは、本気でもありませんし、そのときも思いません。あのおばあさんたちにも、可愛い孫がいるのでしょうし、その孫と愉しくすごすことは、私は大事なことだと思います。だが、私には、電車の中で、「禁止されていることをやるな」と大声でいうことは、たしかに、それをやっている人がいるのなら、主張すべきですが、そんな人は誰一人いなくて、むしろそれが彼女たちの誤解無知によるものですから、不愉快だったのです。
 ただし、私の「殺したくなります」というのは、まずいですね。申し訳ありません。そう思ったことは事実としてないのですが、それなのに書いてしまいました。申し訳ありません。

 次にtokenさんさんから

自分のBlogの記事をピックアップするのってありかなー?

と書かれている点ですが、私は当初「え、これってどういうことかな?」とわけが判りませんでした。
 それで、そのあとkamexさんがコメントしている内容で、理解できました。kamexさんが言ってくれていますように、私は私のブログの記事をピックアップしている訳ではありません。私が気になりました記事を見つけまして、最初は「え、私はそう思わないな」という気持だったのですが、読んでいるうちに、「なるほどな、こう言われるのも判るな」という思いになりまして、私のUPをしたものです。

 それと、私は私のブログで、こうしたニュース(他のサイトのニュースを引用して、自分の思いを述べています)を今年の一月からやりはじめており、このnewsingが始まったときに7月27日から開始したものです。
 以上、tokenさんのコメントは誤解ではないかな、と思ったところです。

 それからkamexさん、見事にフォローいただき、ありがとうございます。私は現在58歳で、こういうことがあると、おろおろしてしまうのですが、kamexさんのコメントがありまして、大変に助かりました。ありがとうございます。嬉しいです。

 今後もまたなんとかやり抜いてまいります。

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