将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:任侠の歌

2017020607

  やくざやくざと 世間はいうが
  やくざ愛ある 涙ある
  刺せば監獄 刺されりゃ地獄
  それを承知の 殴り込み

  ドスやメリケン 怖くはないが
  何故かあの娘の 眼が怖い
  怖いはずだよ あの娘の眼には
  愛という字が 書いてある

12052401 私はこの歌を「やくざ小唄」と聞いてきました。大昔に、埼玉県朝霞署の留置場の中で、あるやくざのお兄さんが歌ってくれました。
 しかし、どうにもあちこち探してみましたが、この歌は見あたりませんでした。そして以下の歌の存在を知りました。

曲名  八九三ぶし
補作詞 仲田三孝
採譜  仲田三孝

一 なるな八九三 堅気になれと
  可愛いあの娘が 泣いて云う
  だけど俺らは 堅気にゃなれぬ
  八九三渡世に 義理がある
二 ドスやメリケン 怖くはないが
  何故かあの娘の 眼が怖い
  怖いはずだよ あの娘の眼には
  愛という字が 書いてある
三 愛という字を 心にしまい
  義理の二の字を 守りぬく
  辛いもんだぜ 極道者は
  半端者には つとまらぬ

 この仲田三孝というかたは、こうしたやくざの歌を集成しているような方のようです。とくにこうした歌はだれが唄いだし、誰が作詞したというのはないのでしょう。
 でもあのときのやくざのKさんを思い出します。実に歌のうまい人でした。いまどうしているでしょうか。
 しかし、やくざというのはかなり辛い渡世ばかりなのでしょうね。そしてちっとも格好よくない。よく留置場にやくざが入ってくると、最初こそ意気がっていますが、三日もたつと、「腹がへる」だの「退屈だ」などと泣き言を言い出します。そんなこと仕方ないじゃないのか、そんなこと覚悟の上じゃないのかと思うのですが。
 しかし彼らはやっぱり可哀想です。警察の取り扱いなんかまったくひどいものです。彼らはそれへの抵抗の仕方を知らないから、またそれで可哀想なものなのです。(1998.11.01)

曲名  芽衣子の夢は夜ひらく
作詞  吉田  旺
作曲  曽根幸明
 唄   梶芽衣子

一 泣くために生まれて きたような
  こんな浮世に  未練など
  これっぽっちも ないくせに
  夢は夜ひらく
二 長い黒髪 断ち切って
  送りつけたい やつがいる
  あいつ不幸か しあわせか
  夢は夜ひらく
三 しょせん男は おだて鳥
  しょせん女は なみだ貝
  抱いて抱かれて つまずいて
  夢は夜ひらく
四 星は流れて どこへ行く
  あたし流れて どこへ行く
  あてのない身の 鼻うたに
  夢は夜ひらく
五 泣くため生まれて きたような
  こんな浮世に 未練など
  これっぽっちも ないくせに
  夢は夜ひらく

12052013 私は梶芽衣子がたいへんに好きでした。「銀蝶シリーズ」などよく見たものです(といっても、このシリーズは2作しかなかった)。彼女は長い髪に黒い帽子をかぶり、黒の姿でいるのがスクリーンでは一番映えるように思いました。最後の殴り込みシーンになって、着物姿で蛇の目傘なんかもっていると、ちょっとがっかりしたものです。
 またこうした仁侠だけではなく、女自身になった役柄もたいへんによかった。思い出されるのは、健さんの彼女役をやった「現代仁侠史」です。藤純子とはひとあじもふたあじも違います。藤純子なら、健さんが殴り込みにいくとき、黙って送って涙をながすのでしょうが、梶芽衣子は「いかないで」と大声を出します。この「現代仁侠史」での梶芽衣子のこの最後の絶叫は今も私の中にはっきりと残っています。私は健さんは藤純子と一緒になるより、梶芽衣子と一緒のほうがいいように思っています。健さんという俳優はセリフを台本の7割くらいしか喋らなくなってしまうようです。それがこの映画のなかで、梶芽衣子に言う、

  私はこんなにしあわせだったことは生まれてはじめてです

という愛の表現は他で見たことがありません。梶芽衣子が相手だからこそでてきたセリフだと思います。
 ところでこの「夢は夜ひらく」は他に園まりと藤圭子が唄っています。それぞれいいのですが、私にはやはり梶芽衣子が一番この歌に似合うように思えます。
 この歌はもともと少年院で唄われた歌と聞いています。少年少女たちは、つらい毎日に「夢は夜ひらく」と、夜自分の恋人や優しい母親に夢で会えることのみが愉しみだったに違いありません。(1998.11.01)

12052004 ある友人の結婚式で、「……子守唄」を唄うといいだした友人がいました。私たちは、「おッひさしぶりに、『望郷子守唄』か、いいな」なんて言い合いましたが、唄いだしたのを聞いたら、「〜逃げた女房にゃ〜」なんて唄っています。「なんだ、『浪曲子守唄』じゃないか、しょうがねえな」なんていいながら、やっぱり他大学の活動家は駄目だななんてひとしきり話になりました。私たち埼大の活動家なら、当然この歌を唄うのです。

曲名  望郷子守唄
作詞  大 次郎
作曲  深井大輔
補作詞編曲 渡辺岳夫
 唄   高倉 健

一 オロロン オロロン オロロンバイ
  ネンネン ネンネン ネンネンバイ
  意見無用と 世間をすねた
  バカな男の 身にしみる
  故郷のおっかさんの 子守唄
二 オロロン オロロン オロロンバイ
  ネンネン ネンネン ネンネンバイ
  おどま おっかさんが あの山おらす
  おらすと思えば 行くごたる
  おらすと思えば 行くごたる
三 オロロン オロロン オロロンバイ
  ネンネン ネンネン ネンネンバイ
  意見無用と 世間をすねた
  バカな男の 身にしみる
  故郷のおっかさんの 子守唄

 高倉健の唄う声は、本当にこの歌にあっている気がします。やくざ映画の一つのテーマは「母」ということがあります。高倉健が藤純子に惚れるのは、その藤純子の手の暖かさのなかに「母」を感じるからなのです。雨の中藤純子の差し出す傘を受け取るときに、健さんの手が藤純子の手に触れます。そのときに、健さんは「母」の温かい手を感じてしまうのです。
 その「母」とは優しいけどまた厳しい母親なのです。この「望郷子守唄」での母親は浪速千栄子です。故郷九州でボタ山のそばで真っ黒になって働いている浪速千栄子の母親がいます。私はそのことを思うだけで、いつも自然に涙が頬を伝わります。
 浪速千栄子が健さんを怒る声が聞こえても、藤純子が傘を健さんい差し出してもいつも涙が出てしまう私です。(1998.11.01)

2016120307

12051906 けっこう何かのときに「練鑑ブルース」を唄うことがあります。この歌は御存知のように、軍国歌謡であった「可愛いスーチャン」の曲に、歌詞をのせて唄っています。もともとの原曲がいいわけなのか、たいへんにしみじみと聞ける歌です。
  ところで、この歌は放送禁止・発売禁止となったこともあって、その歌詞がはっきりしません。いろいろなところに断片的には記されていますが、完全な形のは見あたりません。以下は私の記憶のみで歌詞を再現しています。昔埼玉県朝霞署にいたときに、同じ時期にいたやくざのKさんというかたから教わりました。彼が夜唄う、この「練鑑ブルース」は今から思い出してもふるえるほどの感動ものでした。
  以下の歌詞は私の記憶からです。とくに5番以下は私が作ってしまっているところがあります。Kさんはもっと長い歌詞を唄ってくれていました。

歌名    練鑑ブルース
曲    「可愛いスーチャン」の歌

一  人里離れた  塀の中
    この世に  地獄があろうとは
    夢にも知らない  娑婆の人
    知らなきゃ  おいらが教えましょ
二  身から出ました  錆ゆえに
    ケチなポリ公に  パクられて
    手錠はめられ  こずかれて
    着いた所が  裁判所
三  検事判事の  お調べに
    ついた罪名  凶準罪(註1)
    廊下に聞こえる  ゲソ(註2)の音
    地獄極楽  分かれ道
四  青い車に  乗せられて
    揺られ揺られて  行く先は
    その名も高き  練馬区の
    東京少年鑑別所
五  小さな窓から  空見れば
    あの星この星  スケの星
    可愛いスケちゃん  何してる
    優しいおふくろ  何してる
六  あまりのつらさに  耐えかねて
    鉄の格子を  突き破り
    逃げて帰って  きてみれば
    おふくろ  冷たい石の下
七  許してください  お母さん
    写真片手に  眼に涙
    許してください  お母さん
    長い夜の夢でした

(註1)凶準罪  凶器準備集合罪のこと。ここはやくざさんが唄う
のなら「恐喝罪」とか「暴行罪」とかなるのかもしれません。左翼
がまず少年時代に捕まるといったらこの凶準罪(凶器準備集合罪)
でしょう。ちなみに、私がこの朝霞署にいたときの罪名は「殺人、
殺人未遂、建造物侵入、凶器準備集合」でした。
(註2)ゲソ  逮捕されると、靴はとりあげられ、官の支給するチ
ンケな草履をはくことになる。この草履をゲソという。裁判所でこ
の少年は、手錠腰縄つきの姿で、ゲソでペタペタ歩いてきたわけで
す。

 Kさんが唄ってくれたのは、このおかあさんが石の下つまり墓にいたというのは、鑑別所で見る夢なのですが、なんとかこの生活を終え、やつと帰ってみると、本当に母親は亡くなっていたという内容を切々と唄ってくれました。当時朝霞署にいた、左翼過激派の私も、窃盗犯も、殺人犯も、選挙違反の自民党も、留置場担当の警官も、みんなこの歌声に涙を流したものです。
  ところで私たちは左翼の仲間でも、この東京少年鑑別所へ入れられたのは、何人かいます。ただもう二〇歳を過ぎてしまうと、もう行くことはできません。私はなんだか悔しいようなさびしいような気持になったものです。
 それとまた仲間でよく話したのですが、「身から出ました  錆ゆえに」という歌詞なのですが、これは誤謬ではないのかというのです。けっして私たちがこうした罪名でパクられてしまったのは、「身から出た錆」のせいではなく、「やっぱり国家が悪い」ではないのかということなのです。
  でも、でも、今になってみれば、それは国家も悪かったかもしれないけれど、やっぱり、それこそ「身から出た錆」だったかもしれませんね。(1998.11.01)

歌名    銀蝶渡り鳥
作詞    川内康範
作編曲  曽根幸明
 唄     梶芽衣子

一  惚れた男に  命を賭けて
    傷の痛さに  泣いたけど
    人にゃ見せない  涙の顔は
    明日はどうなる  何処へ流れる
    あゝ  銀蝶渡り鳥
二  何をくよくよ  昨日は見ない
    広いこの世に  ただひとり
    どうせ生まれた  身体じゃないか
    明日は何処やら  何処で恋する
    あゝ  銀蝶渡り鳥
三  夢のかけらも  なんにもないが
    夢があるよな  顔をして
    つらい命を  抱きしめながら
    明日は何処やら  何処で飛ぶ
    あゝ  銀蝶渡り鳥

12052001 梶芽衣子の「銀蝶渡り鳥」シリーズは2作ありました。相手役が渡瀬恒彦でした。できたらもっと作って欲しかった気がしますが、どうしても藤純子のお竜さんシリーズには勝ちようがなかったのでしょうか。でも東映を捨てて、あんな菊五郎のところへいった藤純子より、梶芽衣子のほうが筋が通っているように思うのですがね。
 そういえば、ちょっと話が飛びますが、私はこの歌舞伎の「尾上菊五郎七代目襲名披露」の公演に行きました。ちょうどたしか私が大学5年のときだったかなと思います。私はなんとか幕間に藤純子に会えるというので、「東映に帰れ」と声を掛けたかったのです。しかし公演の幕間に広間に存在する藤純子を、歌舞伎座の上から横から、さまざま見て、その美しさに、私はやじることができませんでした。
 でも、私はもうやくざ映画は梶芽衣子だと決意したものです。でもあの「さそり」シリーズなんかはあんまり好きではなかったな。
 この「銀蝶渡り鳥」は、映画もこの歌も非常にバタくさくて、私は大好きです。でもこんな東映のB級、C級映画はビデオ屋にはまずおいてないのです。それがまったく残念です。(1998.11.01)

12051803  やくざ映画といえば、なんといっても高倉健でしょう。そしてその高倉健が主演した「昭和残侠伝」シリーズで、最後の殴り込みのシーンで必ず流れるのがこの歌でした。

曲名    唐獅子牡丹
作詞    水城一狼
        矢野  亮
作曲    水城一狼
編曲    白石十四男
 唄     高倉  健

一  義理と人情を  秤にかけりゃ
    義理が重たい  男の世界
    幼なじみの  観音様にゃ
    俺の心は  お見通し
    背中で吠えてる  唐獅子牡丹
二  親の意見を  承知ですねて
    曲がりくねった  六区の風を
    つもり重ねた  不孝のかずを
    なんと詫びよか  おふくろに
    背中で泣いてる  唐獅子牡丹
三  おぼろ月でも  隅田の水に
    昔ながらの  濁らぬ光
    やがて夜明けの  来るそれまでは
    意地でささえる  夢ひとつ
    背中で呼んでる  唐獅子牡丹
四  白を黒だと 言わせることも
    しょせん畳じゃ 死ねないことも
    百も承知の  やくざな稼業
    なんで今さら  悔いはない
    ろくでなしよと  夜風が笑う
五  親にもらった  大事な肌を
    すみで汚して  白刃の下で
    つもり重ねた  不幸のかずを
    なんと詫びよか  おふくろに
    背中で泣いてる  唐獅子牡丹

  映画の最後に健さんの花田秀次郎が一人殴りこみに行こうと夜道を歩いていくと、街角で池部良の風間重吉が「ご同行ねがいます」といってとなりに並んで歩きます。健さんは目で挨拶するだけです。私たちは池袋の文芸座で一緒に声を出して歌い出していたものです。
  この歌が一番仁侠の歌としては歌われることが多いのではないでしょうか。私は四番の歌詞を歌う高倉健の声が一番思い出されます。また三番の

    やがて夜明けの  来るそれまでは
    意地でささえる  夢ひとつ
    背中で呼んでる  唐獅子牡丹

は何かのときにいつも心に浮んできました。昔こんなことを書いたことがあります。

    たとえ「あしたのジョー」が「乾物屋のジョー」になったとし
  ても、背中の唐獅子には嘘をつけないから、夢ひとつ意地でささ
  えるのだ。

 ちなみにこれは、漫画の中であしたのジョーは白石葉子に惚れているのだが、現実の世界では紀子(彼女の実家は乾物屋)と一緒になったほうが幸せだろう、だがそうはいかないのだ、ということにあります(漫画では、紀子はマンモス西と一緒になり、ジョーはリングで燃え尽きてしまいます)。
  背中の唐獅子と、夢がいつもいつも問題なのです。(1998.11.01)

曲名  男の誓い
作詞  矢野  亮
作曲  水城一狼
 唄   高倉  健

一  生まれも育ちも  別々だけど
    死ぬときゃいっしょと  言ったじゃないか
    俺とお前の  握るこの手を
    ふたつに切ろと
    男の誓いは  鉄よりかたい
二  隅田の夜風を  素肌に受けて
    流れに重ねて  写した笑顔
    姿かたちは  変わる浮世に
    やつれちゃいても
    胸にはあの日の  血潮が燃える
三  行く道ァ同じさ  あとへは退かぬ
    生きるか死ぬかは  お天頭まかせ
    極道者でも  一度ぐらいは
    世間のために
    命を張るんだ  男をかけて

12051714 この歌も高倉健の歌として、よく唄ってきました。まさしく健さんの姿にはふさわしい歌だと思います。この「握るこの手」の相手には誰が一番あっているかななんて考えます。鶴田浩二や池部良ではどうしても健さんは手を出せないように思います。
 私にはこの相手は小林念侍なんかが思い浮びます。彼が東映の三下ヤクザ役なんかの時代はとても良かったものです。それが今の彼のいい味を出してくれている源なように思うのです。
 私もある会社に入社したその日、私の歓迎会で私の上司になった人の手を握って唄ったことがあります。みんな驚いたようですね。一体何なのだろうと思ったようでした。(1998.11.01)

歌名    男の裏町
作詞    矢野  亮
作曲    不詳
採譜編曲  八木正生
 唄     高倉  健

一  暗い夜ふけの  窓べにすがり
    星もない空  泣き泣き呼んだ
    村の小径で  遊んだころは
    十七、八の  まだ俺ァがきだった
二  こんな冷たい  世間と知らず
    どこをはぐれた  裏町ぐらし
    夢を抱いて  出て来たころは
    十七、八の  まだ俺ァがきだった
三  胸を濡らした  あの娘の涙
    好きと素直に  なぜ言えなんだ
    祭り囃子に  浮かれたころは
    十七、八の  まだ俺ァがきだった
四  風にちぎれる  夜汽車の汽笛
    追えば恋しい  故郷が浮かぶ
    飛んで行きたい  あのころあの日
    十七、八の  まだ俺ァがきだった

12051703  この歌もみんなでけっこう唄ってきました。高倉健の声にあったいい歌だと思います。誰もが同じようにもっている思い出があります。何故こんな自分になってしまったのかという思いがこみあげてきます。
  やくざ映画にはいつも、「故郷」と「母」と「あの娘の涙」が出てくるように思います。だから見ている私たちもいつも涙でいっぱいになってしまうのでしょう。新宿昭和館で見ているときに映画が終わって明るくなるときが実に恥ずかしかったものでした。(1998.11.01)

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