将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:伊左衛門の話

1210240112102402 この伊左衛門の話を聞いていると、「そうか、今までの話は分かったが、この新的矢六兵衛をどうするのだ」という気持です。それは誰も同じじゃないかな。やはり、この伊左衛門にやってもらうしかないのです。
 それはこの加倉井隼人と福地源一郎と私は同じ気持になるのです。いや読んでいる人はみな同じではないでしょうか。二人はこの「自分にはできない」という伊左衛門をひきづり出そうとします。

 やや、待て待て。わしが登城して説得にあたるなど、話がおかしいぞ。たしかに上意下達は武家の本分ではござるがの、今さらわしがやめよというてやまる六兵衛でもあるまい。12102305

 でもそうしたら、どうしたらいいのです。もちろん、伊左衛門には責任があるとはいえないでしょう。でも誰かがやらないと、解決しないのです。

 こら、無礼者。乱暴はよせ。わかった、わかったから手を放せ。おぬしらに力ずくで連れてこられたとあっては恥の上塗りじゃ。
 ようし、上意下達じゃな。しからば誰に言われたでもなく、上司のわしが説得にあたろうぞ。ーーやれやれ、とんだことになってしもうたの。

 誰かがやらないと、ならないのです。剣は強いのでしょうから、銃で殺すことも12102307できるのでしょうが、天皇がこのあと住むのであろう千代田城ではまずい事態なのです。だから、もう伊左衛門にやってもらうしかないのです。
 このことを私も思うのです。
 でもこの挿絵の女性はなんだろう。

1210230112102302 やはり今日の伊左衛門の話でも、的矢六兵衛が旧と新が変わったことは分かるのですが、この新的矢六兵衛がそもそもどういう人物なのか、ということがつかめませんん。
 いや、この新的矢六兵衛が次のようなことは充分に分かります。分かってきました。

 洒落や冗談どころか、めったに口も利かぬ。居ずまいたたずまいは、御書院番士の手本じゃ。・・・・・・。
 太刀筋は直新影流(じきしんかげりゅう)と見た。誇らしいことは何ひとつ口にせぬが、免許者にちがいない。・・・・・・。
 もとの六兵衛に劣るところといえば、座持ちの悪さじゃの。無口のうえに愛想がない。いつも酒席の端で、独り酒を酌んでいる。・・・・・・。12102214

 やっぱり、ここらへんはいくら読んでも、この新的矢六兵衛のことは私にはすべて見えてきません。江戸時代の多くの武士たちがそのほとんど、いやすべて12102215が実にだらしのないものとしても(そしてそれは事実でしょうが)、この新的矢六兵衛が何故どこから現れ、どういう武士なのかは私にはさっぱりつかめてこないのです。
 今後読んでいけば、つかめてこれるのでしょうか。

1210220612102207  あ、私は昨日「明日には少しは何かがわかるのではないかと」なんて書いてしまっています。なんと馬鹿だなあ、と自分にあきれます。
 今日のこの挿絵にあるように、「最後に餅が出てきて」ではなく、これは大枚500両なのです。

 ・・・、あの大枚五百両ーーあ、いやもとい、あの祝儀の餅には思わず手が出た。

 これでこの伊左衛門は12102114

 さよう。おかげでわしは、この結構な別宅に妾を囲い、千石取りの贅沢が叶う身となった。

ということなのです。
 だがこうなると、この新的矢六兵衛はなんなのでしょうか。これだけの金をどうして持っているのでしょうか。そして伊左衛門は何故喋ってしまうのだろうか。いや、だからこの伊左衛門はこの新的矢六兵衛をどうかしようという気はない、できないのですね。
 少しは謎が解けました。でも新たな謎が湧いてきます。12102115やっぱり、この新的矢六兵衛って、一体何者なのだ。
 そして、そのわずかあとの時代はどうするのでしょうか。新的矢六兵衛では、ただ呆然とするしかないのかなあ。

20181126010312102107 12102106これで新的矢六兵衛が現れます。だが彼は自分が的矢六兵衛であるとしか答えません。

しばらく睨み据えたあとで、わしはとうとう辛抱たまらずに言うた。
「おぬしは誰じゃ」
居ずまいよくかしこまり、男はわしの胸のあたりに目を留めたまま唇だけで答えた。
「的矢六兵衛にござる」
「他(はた)をないがしろにするのもたいがいにせよ。今一度訊ぬる。おぬしは誰じゃ」
「的矢六兵衛にござる」
地の底から湧いて出るような、低い声であった。ほかには一言も、ウンもスンもないのじゃ。12102102

これでこのままですと、私たちにもこの新的矢六兵衛も解明できません。最後に餅が出てきて、それが好きな伊左衛門は新的矢六兵衛を質せないのでしょうか。
でも明日には少しは何かがわかるのではないかと私は期待しています。

私はこの「黒書院の六兵衛」を読みながら、しきりに12102103夏目漱石を思い出しています。もう随分前からそうなのです。
漱石は偉大な作家であり、私には数々の作品にとても魅力を感じています。その魅力をこの浅田次郎にも深く感じてしまうのです。

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1210200112102002  的矢六兵衛の自宅を訪れた伊左衛門は六兵衛と会うわけですが、これは新的矢六兵衛であるわけですが、まだ伊左衛門にはそれが確証できません。六兵衛の御隠居夫婦は前の通りなのですから。

 夫婦の顔には、何ひとつ翳りがなかった。ともに温厚な人柄であるが、まったく変事を嗅ぎ取ることはできなかった。
 そこでわしは、おのれの頭がどうかなってしもうたかと怖くなった。・・・・・・

 この伊左衛門はしばし待つことになります。新的矢六兵衛を待つのです。

 いつに変わらぬ的矢六兵衛が現れたなら、来世の理由を何と言うべきかと心を悩ませた。

12101903 さて、それで新的矢六兵衛が出てくるのでしょう。どういうことなのでしょうか。原因理由はわかっているのですが、まずは事実を知りたいのです。
 こんな幕府の実態だったとすれば、もう時代は変わってしまうのは当然なのです。

1210190112101902 伊左衛門がいよいよ的矢六兵衛の家に直接出向きます。

 迎えに出たは若党であった。かねてより見知った者だが、もともと能面のごとき侍での、組頭の来訪はよほど意外のことであろうに顔色ひとつ変えぬ。さては、かくあらんと予測しておったのかとさえ思うた。

 ここの挿絵がこの若党です。これが実にこの小説のこのシーンの若党だと思えるものです。あとで単行本のときにも、この挿絵も入れてもらえないものかなあ。
 それで伊左衛門は、的矢六兵衛の御隠居夫婦と会います。この二人は、前と変わりない、旧的矢六兵衛の親夫婦なのです。でもこの夫婦は、いわば慇懃無礼です。
 伊左衛門はいいます。

「六兵衛はいずくにある」
 わしは言葉にきわまって、まっすぐに言うた。むろんその六兵衛とは、見知らぬ侍のことではない。的矢六兵衛を出せと、わしは迫ったのだ。12101705

 この伊左衛門によって真相が判明するのでしょうか。もう江戸城明け渡しは寸前に迫っています。どうなるのかばかりが気になります。

1210180112101802 この伊左衛門は的矢の家をよく知っているのです。今の新的矢六兵衛ではなく、その親の隠居を語ります。

 わしのよく知る御隠居などは、現役の当座いくらかの酒が入ると、大阪の陣におけるご先祖様の働きぶりを、わが槍のごとくに語ったものであった。
 気がかりはその御隠居であったな。

 この隠居ではなく、そもそもの的矢六兵衛が代わってしまったのです。

 ・・・。・・・、なにしろ、年が明けたらふいに配下のひとりが面相を変えていたのだ。交代したのではない。首がすげ代わった。
12101613 折しも稲荷町の大縄地にしんしんと雪の降り積む、暗鬱な晩であったよ。

 この日がここの挿絵に見事に描いてあります。絵を見ているだけで寒くなってきます。いやこれは実にすごい見事な小説ですね。

1210170112101702  秋山伊左衛門の話が今日も続くのです。だんだんと新的矢六兵衛が明らかになるようです。

 さればなおさらのこと、この一夜のうちにあやつの正体を暴いておかねばならぬ。ふしぎをひすぎのまま曳きずって、ふたたび勤番につくなどごめんじゃわい。
 金上げ侍。
 ふむ。的矢家の噂は耳に入っておったゆえ、それは考えぬでもなかったの。じゃがしかし、よもやまさかと思うていた。

 うーん、前にも書きましたが、江戸幕府が終わったのは当然ですね。鳥羽伏12101606見の戦いでも幕府軍が大軍でも勝てなかったのは、薩長の方の銃のほうが新式で勝っていたということだと思っていましたが、それだけではないのですね。幕府軍の内情はこんなことだったのだ。「士農工商」と言っても、その最下位の商人の銭の力にはどうにもならなかったのです。

1210161112101612  秋山伊左衛門の話が続きます。正月「三が日の祝儀もおえたゆえ、・・・」と伊左衛門が城を去るときに、

 ・・・馬の前には槍を立て、袴の股立ちを取った若等、鋏箱持ち、草履取りを従えた立派な伴揃えじゃ。ハテ、いったいどなたのお帰りか、見知った御方なら新年のご挨拶をせねばと思うて馬を急(せ)かせれば、鋏箱なる御家紋には紛うかたなく丸に矢筈ではないか。

 これは六兵衛ではないかと、伊左衛門は馬を急かせて追い抜きます。そのときに確認したいのです。

 ・・・。若党はいつもの者で、撥鬢(ばちびん)の槍持ち奴(やっこ)にも見覚えがあった。つまり家来も奉公人も従前のまま、的矢六兵衛だけが入れ替わったことになる。ぞっと鳥肌だった。

 このときの伊左衛門の気持は実によく分かります。こんなことがあっていいのでしょうか。でも伊左衛門はこれを認めてしまうのです。それは明日の話なのでしょうが。
 でもこうする事態にも、明治維新が迫っているのです。こんな新的矢六兵衛が12101505もっと大勢いたのなら、あの事態は、あの江戸幕府は滅びなかったのかもしれません。でもそんな事態はなかったのです。新的矢六兵衛はいなかったわけなのでしょう。
 だから新的矢六兵衛は、小説の中で座り続けるだけなのです。

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