将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:伸子

11042820  私は1969年8月20日に東大闘争の1月19日の安田講堂で逮捕されてから、起訴勾留後の保釈になりましたが、そのあと9月18日の芝浦工大事件というので、この年の12月10日に逮捕されました。
 それで、今回も私は接見禁止でしたが、私の当時の彼女が裁判所の許可をとって本を何冊も差し入れてくれたものです。もう今回は実に長いムショ暮らしになるだろうからと、私の読む本のリストは膨大なものになっていました。それを何冊も少しづつ差し入れてくれるわけですが、そのリストの中に、私は宮本百合子の『伸子』を書いていました。『播州平野』も書いていたわけですが、とにかく文庫本で一冊のこの本も入ってきて、仕方ないから読むことになります。私が予想した通り、実につまらない嫌な本でした。
 戦前にニューヨークに住んだ主人公が伴侶を見つけて一緒になります。最初はいい夫婦生活ですが、次第にこの生活が嫌になり、この男性と離婚します。そのことが書かれた小説です。もう読んでいて、投げ捨てたくなる小説です。私は留置場の中にいるわけで、私の本を他の留置人にも貸していました。私のたくさんある本はみな喜んでくれたのですが、この本だけは私は「これは面白くないよ」と言って貸しました。誰も、「本当に面白くない本だね」と言ったものです。
 唯一、私と同じく「殺人」という罪名が書かれた札が貼ってあったK・Aが(珍しく女性でした)、「これはいい本だよ。あなたたち男には、この女の気持は分からないさ」といいました。でも今に至るも、私には,この小説の伸子の気持は少しも判りません。私にいわせれば、くだらないつまらない本です。
 ただし、中学2年で読みました中條ユリ時代の『貧しき人々の群』は少しは面白かったような気持はあります。
 あ、以下にも書いていました。

  http://shomon.livedoor.biz/archives/51006852.html
                            宮本百合子『伸子』を思い出した

 でもまあ、このくらいを思い出しました。(2011.04.28)

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 私が 沙悟浄のことで でさらに思い出したことがありました。次のように書いていました。

私が学生運動で、2回目に逮捕起訴され勾留されていた朝霞警察の留置場の中で、接見禁止にも拘わらず、当時の私の彼女が裁判所の許可を取って、いくつもの本を入れてくれていました。もう大量の本があったのですが、その中にこの『西遊記』がありました。これは私の兄の本でした。
 そのときに、本の差入れがあるのは、私だけでしたから、他の留置人にも、その本を貸してあげていました。そのときに、何人かの留置人のヤクザや自民党選挙違反の人たちと、夜にこの沙悟浄のことなどを話していたことを思い出します。

 このとき差し入れてもらった本は実にたくさんあるのです。そもそも私はこのときには、もうかなり長い勾留を覚悟していましたから(なにしろ、けっこう大きく報道された事件でしたから。なにしろ逮捕状には、「殺人、殺人未遂、………」という大仰な罪名が書いてありましたね)、それでいろいろな本を指定していました。その中で、とにかく好きではないが、とにかく読んでおかなくちゃと思った本も、彼女が自分で持っている本だと早く差入れになるわけです。私の兄の本なんかは、一旦私の母が彼女に会って渡さないとならないから、少し手間と時間がかかります。
 それで、当然あんまり好きではないのですが、宮本百合子「伸子」が入っていました。読んでみて、やはり面白くない。面白くないというよりも、不愉快になりました。でも宮本百合子は、もともと中條百合子の頃の作品は、 中学生の頃読んだ「貧しき人々の群」はあまり好きにはなれなかった思いがありましたが、「禰宜様宮田」「風に乗って来るコロポックル」などは、好きだったものでした。
 それにしても、この「伸子」は少しも面白くありません。間違いなく中條百合子本人がアメリカに遊学して、そこで結婚して離婚する様が小説として書かれています。もう読んでいても私は少しも面白くありません。
 それで、この本も同じ留置場の中で、他の留置人も読んでいきます。私は「あんまり面白くないよ」と貸しますが、その通りで、他の留置人も私と同じ感想です。
 ところが、私より20日後くらいに入ってきた、殺人犯(これは被疑事件名は殺人ということです)の女性が、この本を読んで、実に感動したというのです。「この伸子は、素晴らしい女性だ」というのですね。
 ちょうどこの彼女が、取調で留置場にいないときに、ヤクザのKさんとこの「伸子」とその殺人犯の女性の感想について話しました。私は、こんなことを言ったものでした。

 あのK・Eさんも、子どものときからの思いがあるんで、あんなアメリカに遊学して、そこで男と結ばれ、でも離婚するような強い女の伸子に憬れるんじゃないかな。でもねえ、私しゃ、こんな伸子なんて嫌だなあ。

 もちろん、私はついでに、「いやこの伸子のそもそもの本人が最後結ばれた亭主がそもそも嫌な奴でね…………」と話したいのですが、留置場の中、そんなわけにはいきませんでした。
 それにしても、あのときのK・Eという女性もあんな伸子に憬れるんですね。

 そんな、どうでもいいことを思い出しました。これは1970年の1月の頃の朝霞警察の留置場の中での思い出です。

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