将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:住宅情報

11102903  9月27日の藤波元官房長官のリクルート事件の無罪判決について少々述べたいと思います。
  私はこの判決は当然だと思いました。そして判決内容を詳細に読みましたが、私のその思いをそのままうらずけてくれるものでした。しかし、当日およびその後の新聞テレビ等マスコミの言い方にはかなり腹がたってきました。
  そもそも私はこのリクルート事件そのものがさっぱり判りませんでした。いったい何がどうした犯罪だったのか。検察はどう立件できるのか不思議でした。そして、これでまた政府自民党は腐っているとキャンペーンをはりたがるマスコミ、馬鹿市民主義者に腹がたっていただけです。
  私は、あの事件が報じられたときに、当時の「住宅情報」の編集長への年賀状に、

    読売グループ、各マスコミ、各政治勢力のリクルート潰しの陰
  謀に屈することなく闘い抜いてください

と書きました。またときどき飲みに行く横浜の焼鳥屋のマスターの

     リクルート事件っていったい何なの?

という問に次のように答えました。

  私「…………まずリクルートの側はほとんど悪くないんじゃない
    かな。もし金をたかった政治家がいるのなら、たかった奴が悪
    いんだよ。それよりリクルート潰しじゃないの

  店主「そうだよね。リクルートって、俺たちのあこがれみたいな
    会社だし、江副さんも大変だね

  私「うん、江副さんは可哀想だよ、やっぱりリクルートって、俺
    たちの世代には若くていい存在だと思うんだね。それが気にい
    らないんだろうけれど

 焼鳥屋を家族で必死にやっている彼には、大財閥でもなく、いわば学生のアルバイトの姿から、あれだけの会社グループになった江副さんの姿はけっして否定するものではなかったのです。

  当時もさまざまなところで話してきたつもりですが、今回もまた言わなければと思うのです。27日当日の毎日新聞の夕刊に次のような記事がありました。

    東京地検幹部の一人は「政府の高官に多額の小切手や株式が渡
  され、自宅の改装などに使われた事実が厳然とある。これからは
  『これはわいろです』と言って持っていったものしか立件できな
  いのか。一般国民がこういうことで納得するかどうかね」と判決
  への不満をあらわにした。     (毎日新聞1974.9.27夕刊)

こうした見解がテレビ等でも一般的だったようです。
  よく考えていただきたい。「一般国民がこういうことで納得するか」とはどういうことですかね。検察官にしろ裁判官にしろ、法にもとずいて判断すべきではないのですか。一般国民の100人のうち99人がこの男は犯罪者だ有罪にしろといったとしても、そうした声から予断を持つのではなく、あくまで法にもとずいて、証拠にもとずいて判断すべきではないのですか。アメリカの陪審員制度でも、被告人に予断をもつ人(すなわち、被告の友人であるとか敵対的関係者であるとかだけでなく、被告人のことをテレビ等々で知ってしまいある判断ができてしまっている人も)は陪審員にはなれないのです。
  こんなあたりまえのことを忘れ果てている各マスコミ、各識者はどうしたことなのでしょうか。かの明治の時代、大津事件のときにあらゆる圧力や予断によらず、あくまで法にもとずいて判断した名裁判官がいました。その時代よりも、今回の検察官、各マスコミの論調は判っていないのです。
  今回の藤波氏の事件の立件は、ほぼ江副氏の自白調書によるということです。江副氏は検察官に土下座させられ、調書を取られたといいます。いったい、この検察官はどの時代の人間なのですか。こんな強圧な取り調べの中での自白調書なんて、証拠として信じられるわけないじゃないですか。
  私も思い出しました。昔東大闘争で逮捕された私は、当然黙秘だったから、けっこう警察、検察官は苦労したでしょうが、どうにも許すことのできない、絶対に許さない検察官の言動があります。

    お前は、なんで喋らないんだ。お前は朝鮮人か。朝鮮人だろう。
  朝鮮人は、自分が朝鮮人であることが判ると困るから、決して名
  前を言わないんだ。お前が朝鮮人でなく、日本人なら、名前くら
  い言え。

 これを執拗に執拗に言い続けました。当然私は怒りしか感じないから、黙秘を続けます。だが、このことはけっして忘れないぞと誓ったものです。
  この私を調べた検察官と江副氏を取り調べた検察官は同じです。おそらくは、江副さんのほうが私よりひどく扱われたでしょうから、結局自白調書が出来てしまったものでしょう。だがこのこともまた忘れるべきことではないのです。

  なにが賄賂なのだ。何が収賄なのだ。私はもっと怒ってしまう金の収受があります。3食の食事を2食にして拠出した北朝鮮の人たちの金を堂々ともらっていた、小田実や社会党等々の連中。ラーゲリの中におかれたたくさんの人民からの搾取したソ連の金を堂々と要求し、手に入れていた日本共産党。こんな連中のやったことこそ、私たちは忘れてはならないのです。
  まあ、これで少しは気分よくなれそうです。

11012109 私の弟は我孫子のつくし野に住んでいます。マンションの3階です。子どもが二人いますが、よく私のところと兄のところの家族で運動会にいきました。小学校の運動会で地区別対抗リレーが、こんなチーム編成なんです。

  つくしのマンションAチーム
  つくしのマンションBチーム
  つくしの一戸建てチーム
  久寺家チーム

 これでリレーをやりまして、実況放送なんか大変なんですね。「あ、マンションAが、つくしの一戸建てを抜きました……」なんてやっています。「一戸建てに負けるな」なんて絶叫するお母さんもいます。……しかし、この話を飲み屋なんかでしてもまず信じて貰えないんですね。また冗談いっていると思われるみたいです。(これは本当の話ですが、そののち町内別のチームになりました。たぶん問題になったんじゃないかな)
 でもどうしたって、マンションよりは一戸建てのほうがいいような感覚があるようですね。でもこれからはもっとこのような集合住宅に住むひとが増えるでしょう。

題名   大特集・マンションの寿命
掲載誌 週刊住宅情報(平成5年3/24号)28~33、68~76ページ

 ひさしぶりに「週刊住宅情報」を読んでみました。随分前に、この情報誌は吉本(吉本隆明)さんを写真入りでのせて、佃島(吉本さんはここの生まれ)のあたりのことを書いていたことがあり、なかなか街について分かっているんじゃないかななんて思っていました。それと渡部昇一(当時上智大教授、今もかな)が、「土地問題を明解に解決」とかいう文章で、ひどい誤りを書いていて(おそらく渡部さんが間違えたのではなく、取材者が間違えたのだと思います)、それへの疑問をだしたら、いろいろとやりとりがありましたが、編集長が私の事務所まで挨拶にきました。
 こんな姿勢は、朝日新聞などにはまったくありませんでしたから、いいなと思っていました。それでリクルート事件とやらのときは、この編集長宛てに「〇〇、〇〇などに負けず頑張れ」というような年賀状を出したのを覚えています。
 さて今回の大特集「マンションの寿命」というのに興味がありました。前々からこのマンションという形はやがてどうなるのだろうと思っていたのです。私住んでいる町でも、一戸建の家が建て替えるのがけっこう目につきます。しかし、こうしたマンションの建て替えなんて見たことがありません。もちろんマンション内の一戸のリホームは盛んなようですが。
 このマンションはこのままいくとどうするのでしょうか。法定の減価償却では鉄筋コンクリート造りで47年ですが、そんなにもつのでしょうか。またどうやって建て替えるのでしょうか、できるのでしょうか。資金はどうするのでしょう。そんな疑問にたいする特集です。
 マンションだって老朽化してきますから、いつかは建て替えなりしなければ、スラムになってしまいます。そうした例がもういくつもあるようです。この特集では、建て替えが成功するマンションの条件というのをあげています。その中の必須の条件が二つあります。

 1.区分所有者の5分の4以上の賛成があること(実質的には全
  員賛成)
 2.建ぺい率、容積率、高さ制限に余裕があるこ(住宅を広くで
  きる)こと

 この1は当然ですが、2はかなりな問題です。これがクリアできないと、まずスラム化してしまうのかなと考えられるかということでしょう。将来はまた建築基準法等々が改正され、また2の要素もさまざま変わるでしょう。でもそれにしても、「余裕」がないと確かに無理だと思います。例えば現在5階建てのマンションが、30年後かに、10階建てにできるとして、その差5階分を分譲することによって、建設費がまかなえるかと思います。こういう形しかないかと思います。多分あと何十年後かには日本中で、この問題が噴出してくるでしょう。
 日本よりも集合住宅では早くから経験している西欧は参考にならないのかなと思うのですが、やはり彼らとは土地への執着が違いますから、かなりなことを私たち自身で考えていかなければならないのでしょう。そして未だなかなか経験のないことですから、これからすこしずつやっていくことなのでしょう。その成功した例として千歳桜丘の建て替え事例が紹介されています。
 このマンションの寿命、建て替えの問題は現在マンションに住んでいる人にも重大なことですが、これからマンションを購入しようとする人にも大事なことかと思います。そのようなことまで考えて物件を択ぶべきだということでしょう。

 前にある地域のマンションの価格動向を調べたことがあるのですが、マンションではかなり古くなっても、他よりも人気のある物件があります。それが施工建築した建築業者によってかなりな違いのあるのを知りました。「あそこが作ったものなら大丈夫」という傾向があるようです。それは子細に見てみると納得できるものがあります。あのマンションころがし等で、これが目茶苦茶になってしまいましたが、また今前にもどっているようです。
 私の親友が書いた本にあったのですが、マンションは当然鉄骨コンクリートなわけですが、コンクリートはじゃりを使います。しかし今は河のじゃりなんかないですから、どうしても海のじゃりを使うわけです。そうすると塩分を中和する薬品をいれなければいけない。しかし、それを法定とおりやっているのかが問題です。作った当時は分かりませんが、何年か、何十年かあとには結果が表れてきます。そこらのことまで見極めないとならないということなのでしょう。
 そしていったんそこの住民となったなら、今度はその人たちの意識が問題です。

  マンションはひとつの住環境だ。購入時や売却時には商品とし
 てとらえがちだが、住民が入居した瞬間からそこは地域社会にな
 り、生活環境になる。
  社会も環境も刻一刻と変化する。その変化をいい方向へ導くの
 は住民の意思であり、優れた維持管理だ。中古優良物件と呼ばれ
 るマンションに維持管理が悪い物件はない。

 これはまったくマンションのことのみとは限らないでしょうが、いいことをいってくれています。当りまえのことのようで、できていないところがたくさん見受けられます。維持管理が優れているというのは、管理会社がしっかりしているということではなく、住んでいる住民の意識がしっかり優れているということだと思うのです。(1993.03.20)

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