20180507022018050701  なんとなく気が重いのですが、以下の本について何か書いておきたいと思います。

書  名  全共闘白書
編  集  プロジェクト猪
発行所  新潮社
1994年8月25日発行

書  名  全共闘白書資料篇
編  集  プロジェクト猪
1994年9月発行

11062015 全国の全共闘であったと思われる人への4,962通のアンケートを依頼し、その回答が526通あったということで、作られたのがこの「白書」ということです。「資料篇」はその回答の総てがそのまま掲載されています。
ちなみに「プロジェクト猪」とは、この全共闘を担ったいわゆる団塊の世代のうち猪年が中心だったということより作られた名前なようです。私は子年であり、私たちのほうが中心だったように思ってはいますが、それはさておきどうでもいいことです。この白書を作った編集委員会の事務局担当者は確かに猪年が多いようです。
当然私にもこのプロジュクト猪のアンケートが送られてきました。このアンケートの「呼びかけ人」にも、事務局を担当している人にも約半分の人と私は友人の関係にあるために、やっぱり仕方ないからアンケートに協力しようかななどと思ってはいたのですが、そのうち忘れ果ててしまっていました。だが今思えば、私はこんなアンケートに応じなくて良かったなというのが一番の印象です。
約1割強の回答率なわけですが、どうにも

アンケート用紙約5000通のうち500も回答があったのは
  すごいことだなと思うんですよ。

(回答者座談会「心は今も『全共闘』での山本美知子さんの発言)

という言い方をあちこちで見たのですが、まずはこれが何をいっているんだということを一番感じました。たったの1割強の回答率で、何が「すごいこと」、何が「白書」などといえるのでしょうか。私の回りにいる全共闘の各友人たちも、真っ先にこのことを指摘していたように思います。
でもアンケートに答えた方々には「おかしいよ」という気はありません。答えようが、答えまいがどちらでもいいのですが、その答えからなるこの「白書」とやらの内容にはいささか違和感があります。それははっきりいうと、そもそもこのアンケートをやろうということそのものへの違和感だと思ってしまいます。
私たちの過ごした全共闘の時代を深く思い出すことはいいことだと思っています。おそらくは誰もあの当時の闘いの日々を忘れることはできないでしょう。そうした闘いの延長の中で、今の日々の生活もあるのだと思っています。私もあの当時の気持を一瞬たりとも忘れたことはありません。だが、この「白書」の指向しているのは、あの闘いのとき持っていた私たちの気持とはどうにもかなりずれているように思えてなりません。
たしかに私たちのあの闘いは、ある大きな時代を作っていたように思います。だがこの「白書」の人たちは、その「全共闘」が今はあまりに日常性に埋没しているから、また元気に活躍してほしいというのでしょうか。また私たちの全共闘世代もこの現在の日本を動かせるほどの何かの力になりたいというのでしょうか。私は何故か、全共闘を終えたあとも、各地で有機農業をやったり、反原発の運動をやったり、どうしてか社会党に属してしまった人々が、また私たち全共闘やらの力を利用して、「夢よもう一度」とばかり、また政治をやろうという傾向を感じてしまいます。勝手に有機農業をやろうと、環境問題に取り組もうと、何をやろうと結構です(私は賛成しないよ)が、私はそんな連中と組む気も何もありません。だいたいに全共闘運動というのは、そうしたものに結実してしまうようなものだったのでしょうか。

この「白書」の出版記念会には参加しました。どうしても何人か動員して出席してとの要請があったからです。最初「よびかけ人」とやらの代表の今井澄が社会党大会とやらの為に遅れてくるとのことでした。一体社会党というのは、全共闘と関係ありましたか。むしろ敵ではありませんか。私は今井が来て、壇上に立ったときには思わず、「何で社会党が挨拶するんだ」とやじってしまいました。私と同じようなやじがわきあがりました。人のいい今井は、それでなんだかすぐ元気がなくなりました。
はっきりいえば、私たちの全共闘世代はどういわれようと、どこでも元気に生きているんです。あちこちいろいろな場で同じ世代の元気な連中とお会いすることがあります。これだけ元気に活躍しているのですから、別にまたこれから何かを組織してやろうなんて必要ないのです。そんな考え自体が本来なら「全共闘」と無縁のものなのです。
私はこの「白書」の内容で一番驚いたことがあります。元全共闘なのに、わざわざ選挙で日本共産党に投票したという信じられない連中がごくわずかいることです。いいですか、日共なんて、昔も今も私たちの敵でしかないじゃないですか。なんでこんな馬鹿がいるのでしょうか。私はこれだけは、もう編集で改竄していただきたかった。そしてその、アンケートの内容を改竄してしまったということを誰かがマスコミにでもバラしてしまうんですよ。そうすれば、「世間の良識あるとかいう人々」に、今も全共闘というのはボルシェビキ気取ったどうしようもない無法集団だということになり、まったくそれでいいんですよ。
出版記念会の最後は「インターナショナル」の合唱でした。私は「まさかこれは冗談だろう」といっていたのですが、あの人たちは本気でインターを唱っているのです。私の周りにはけっしてインターを唱わない連中ばかりが集まってしまいましたが。まったくどうかしています。冗談じゃないです。冗談じゃないといえば、この記念会で私は詩吟を披露したのですが、途中でマイクを切られてしまいました。あんなやりかたはスターリンですよ。後から、マイクを切ったのは誰だと捜しまわったのですが、誰も逃げるばかりです。私はもう心の底から、「もう俺は全共闘なんていわれたくない」と思いました。

だが少し冷静になって考えてみると、やはり全共闘自体が間違っていたのではありません。「全共闘白書」などといって浮かれている連中、ならびにそうした傾向が間違っているのです。私はやはり全共闘だったときの気持を忘れません。だが、いまこの「白書」を作った傾向で、また何かをやろうというようなことにはけっして賛同する気はありません。でも、「全共闘なんてたいしたことないのね」「全共闘なんてくだらないのね」といわれてしまうことに、少しは我慢しなければならないでしょう。だってあれもまた全共闘には違いないのですから。
少しは我慢していますが、どうせ当り前に私は振舞っていきます。そして全共闘だからではなく、「周さんだから」といわれるように生きていきたいと思っています。「周さんて全共闘だったんだって」とどこかでいわれればいいのです。それが全共闘運動だったはずなのです。(1994.11.22)

続きを読む