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 パソコンを新しくしました に「もう今の年齢の私では新しいパソコンに対応するのは大変だ」というようなニュアンスのことを書きました。事実として、想像していたよりもウィンドウズヴィスタを使いこなすのは大変です。
 でもでも、思い出すと、私はパソコンに最初に触れたときから、同じなんですね。もともと、酒飲みで、いつも詩吟と仁侠の歌を唄っている私ですから、もうパソコンに触れ出した最初の最初から大変でした。
 私が最初にパソコンを実際に使い出したのは、1992年3月からです。だからあのときは43歳だったんだなあ。それで、実はそのときもパソコンには、私は実に不慣れでした。そして私のそばにいる数々の友人たちも、私のことを、こういうコンピュータにはまったく不慣れな人間だと思っていたことでしょう。
 でもそれでも私はただただしつこくやりつづけました。そもそも時間なんて私にはまったく関係ありません。酒も毎日飲んでいましたが、パソコンも判らないままやりつづけました。
 ただ昔はパソコンというのは高額でしたね。たしか、1台で40万円くらいしたんじゃなかったかなあ。
 私が最初エプソンの98互換機を購入しました。自宅と次に事務所にもいれました。あとパソコンではないけれど、ワープロ専用機で携帯できるものを持って歩いていました。それらが、もう使いようがなくなった頃、私はパソコンの自作を始めました。
 最初のマシンは1998年の9月に、20万円を切る金額で作ることができました(これはディスプレイこみの値段です。1台を事務所に作ると、そのすぐあと、自宅にも自作マシンを作りました。
 私はこの自作マシンを全部で12台作りました。ただし、このうち私以外の方に作ったのは2台です。2002年に自作したものでは、5万円でディスプレイ込みで作ったものでした。これは思えば、よくできたものでしたね。
 思い出せば、最初は自作マシンのパーツを持って歩くのが大変でしたが、そのうちにキャリーカートで運ぶことが楽なことを覚えました。このキャリーカートは3台も購入したものです。
 もう秋葉原であちこちでとにかく安いことだけで、パーツを集め、そのあとこのパーツ類をキャリーカートに積んで、そのあと飲みにいくようになりましたね。実にあちこち3軒の飲み屋を歩いて、最後記憶がないまま、我孫子の家に帰り、翌日日曜日二日酔いの頭で、パソコンを自作していたものでした。パーツを買うときには素面ですから、ちゃんと買えていたものでしたからいいものを買っているのですが、よく飲み屋で落としたりしなかったものでしたね。
 だから思えば、私はウィンドウズヴィスタになって、パソコンが難しくなったわけではなくて、大昔から実にパソコンというものには、そもそも訳が判らない人間なのかもしれないなあ。ただただ、無理やり目茶苦茶にやってきただけです。
 この自作マシンを作りだしたときから、まったく同時にホームページを立ち上げました。今ではウェブサイトといいますが、あのころはみな「ホームページ」と言っていましたね。
「このパソコンで何台目かなあ?」という問いを自分に聞いてみまして、今までデスクトップを16台、ノートを4台購入していますね。そのうち自作マシンがちょうど10台です。

 でもプリンタはいくつ購入したのかも、また別に考えよう。プリンタも実にしこたま手に入れて使いましたね。

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