12110603 私は司馬遷『史記五帝本紀第一丹朱・象』で次のように書きました。

 また舜の弟の象(しょう)ですが、これも最初には父と母と一緒に舜を殺そうとしたとあります。でも私は宮城谷昌光がけっして象を貶してばかりは書いていません(作品名が何だったか思い出せない)。象もまた兄舜を認めたのだろうと思います。

 この宮城谷昌光の作品を読みました。前に読んでいたことを思い出しました。王子図書館にて「宮城谷昌光全集第1巻」を借りてきたのです。
 最初の「暮れのこる野畦(のみち)に、二つの影がある」という文を読んで、私は思わず涙を浮かべていました。もう昔読んだこの小説の中身を思い出したからです。どうしても舜(この小説では俊となっています)の気持の美しさに私は涙となるのです。
 でもこの父親瞽叟は盲目でした。それは司馬遷も書いていたのです。私はそれを覚えていない自分の恥ずかしさにたまりません。
 でもこの小説には他にも幾人の人物も出てきます。でもみな司馬遷が本紀に書いている人物ばかりです。舜のあと禅譲によって後を継ぐ禹の父親鯀(こん)も出てきますが、堯帝に罰せられるだけの人物です(彼が悪いわけではないのですが、治水事業で失敗します)
 この悪いとしか思えない父も亡くなり、俊は「ーわたしが今日こうあるのは父のおかげである」と悲しみます。
 一旦は俊を殺そうとまでした象ですが、この俊がやがて亡くなったときの、この葬られた遺体の陵を守って死んでいったのは象でした。
 最後に

  俊はまた舜とも書かれる

で、この作品は終わっています。