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 私は昨日夕方、妻に言われましてビールを買いに(義弟が四国から来るからです)、王子駅前の東武ストアまで行きました。自転車に乗っていきますと、すぐそばです。

 でも当然そのときは、下駄を履いていきました。この下駄は 由比ヶ浜大通りで買った下駄 なのです。でもそこに次のように書きましたように、

 さて、これで王子の街を歩くぞという気持でしたが、ところがところが今の都会は大変ですね。面倒ですね。

 下駄には問題があります。

1.今のマンションのようなところでは、実に歩くと、音がうるさく聞こえてしまうことです。
2.秋から冬になると、素足では大変に寒くなる。

 まず1は、どうしても気になってしまいます。大変に音が大きい。今はこうしてどこもちゃんとした床になっちゃったからかな、なんて思いました。このマンションの廊下も玄関も大変に大きな音がしてしまいます。いや街自体がそうです。それで、どうしても意識が委縮しがちです。
 2の寒さのことですが、学生の頃は真冬でも雪の上でも下駄だったのですが、よく平気だったよなあ、と思いました。でも、もう私は孫がもうすぐできる歳です。そうしたら、目森一喜さんから、足袋を履くことを勧められました。それで我孫子の自宅へ行ったのですが、先週行きましたときには、すっかり忘れ果てていました。それで、昨日ブルータス用のテレビ受取に我孫子の自宅へ行きましたときに、この足袋を2足持ってきました。
 それで、この昨日夕方始めて足袋を履いて下駄で自転車に乗りました。実に快適です。この2の問題は解決です。

 それで王子の街を自転車で乗って走っているときに、下駄を履いていた学生のときを思い出しました。
 今の王子のマンションの廊下を私が下駄で歩くと、大変にうるさいなという思いです。でも思えば、私が学生時代下駄で歩いていたときも、考えてみればうるさかったはずです。埼玉大学の校舎でも、私の下駄の音はうるさかったのでしょうね。あの頃は全然そんなことを気にしていなかったのです。思えば、いけない学生だったなあ。
 私は教育学部の中学校課程の社会科専攻生で、東洋史専攻でした。それで私の卒論は、一人の先生が担当でした。私が6年のときは、私だけが卒論専攻なので、あの先生はいつも困っていたようです。そもそも私がいっこうに先生の研究室に現れないのです。
 あるときに、自分の学部の前を歩いていたら、地理のN先生といういい先生が、「こら萩原、E先生が君が来ないから困っているよ。あの先生は下駄の音がすると、君じゃないかと研究室を飛び出しているんだ」と私の身体を捕まえて、手をひっぱってそのE先生の研究室に連れていきます。
 そこで、その研究室に入ると、その先生が、「一体今年は卒業する気があるのか」と聞いてきます。私は「まあ、どっちでもいいんです」なんて言っていますと、

 それじゃ、大学は8年いられるから、まだいいんだよ

というので、私が

 じゃ、来年は7年生だから、あんまり授業もないから思いきり暴れてやるかな。この校舎も封鎖されたことないから、私がやるかな…。

というと、

 やっぱり絶対卒業してくれないと困るよ。

というのです。思えばいい先生だったな。
 それからだんだん思い出すと、私より2年下の同じ専攻生の女の子たちが、この先生が飲み会で帰ってしまうときに、「本当につき合いの悪い先生ね」と批判していたのを思い出します。いやそんなことないよ。彼はいい先生でした。彼の専門のモンゴル帝国時代の東西交流史の内容も私は詳しく思い出します。

 私は昨日自転車の上で、その女の子の思い出の中の顔に、「そんなことないよ、いい先生だよ」と話しかけていました。
 思えば、あのE先生は、学内で学生運動で集会等々が開かれると、いつも私の姿を探していたんだろうな。でもそのそばに行くのは、怖いし、そして宴会ではいつも私の詩吟と軍歌をいやというほど聞かされていたことでしょう。
 私はそういう宴会の場にいつも着物姿でいきましたから、ようするに、いつもわけの判らない学生だったろうな。
 あ、あの先生と偶然会ってしまうことを想定して、「元朝秘史」を読み直しておこう。

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