だんだん論点がはっきりしてくるように思います。

93-08-13 12:49:35 企業の「利益」追求と環境保護について TA
ただ周さんの見方は中国あるいは共産主義国、社会主義国がすべて地球上の悪害の原因となっているのだという、一点に絞って論点を展開しすぎすぎてしまっているように感じるのです。

 そもそも私が

93-08-01 08:35:40 RE.「環境にやさしい」言葉 周
93-08-04 02:43:13 「環境にやさしい」言葉の続き 周
93-08-05 04:15:29 「環境にやさしい」言葉の続き補 周
93-08-05 06:04:21 緑の色 周 
93-08-07 11:25:18 私が手を抜いたところ  周
93-08-07 13:05:19 環境保全ということ 周
93-08-07 18:59:31 続環境保全ということ 周
93-08-08 04:08:36 続々環境保全ということ 周

11070603でどうそのように論点を展開しているのでしょうか。私は共産中国が環境破壊に関しては、「つつましく」なんかないと言っているのです。それはもう中国自身が認めています。このままいったら大変な事態になると感じはじめています。まずそれを指摘したかったのです。それをもたらしたものが、社会主義体制であり、共産党支配だと思っています。ついでにいうと、旧ソ連もそうです。
 それを「色眼鏡」などという一片の言葉でかたずけられるように感じたから、私はあのように書いたのです。違いますかね。

中国が日本より環境汚染が進んでいる、あるいは排ガスを大量に発生しているかのデータはこのネットのアップの中ではCO2 発生量だけであったように思います。地球の環境変化を示す一現象として地球の温暖化が言われますが、その原因としてCO2 をあげることが多いようですが、はたしてCO2 が原因であるかどうかについてはは、そうではないと言っている人もいます

 私は「温暖化」などという問題はひとことも触れていません。それからCO2のことだけ私はデータを出したのではありません。少々うんざりされるかもしれませんが、以下みてください。

93-08-07 13:05:19 環境保全ということ 周
[地球環境をまもる]第一部 ガイアの叫び(11)大気汚染 赤い太陽(連載)昨年、この街に降り注いだばいじんの量は、月平均一平方キロ当たり五十七・八トンを記録した。中国の国家目標基準は八トン。一九六〇年代、東京の最もひどい時でも四十トンを超えていない。中国では、経済改革と経済建設の進展で、どの工業都市も本渓市と似たりよったりの悩みを抱えている。そして四川省の重慶、貴州省の貴陽、湖南省の長沙、広西チワン族自治区の柳州などでは、ついに、ヨーロッパや北米で猛威をふるっている酸性雨の被害が出始めた。

93-08-07 18:59:31 続環境保全ということ 周
中国60カ所、年間平均値、二酸化硫黄濃度、日本の約4倍に。環境庁が委託した日本環境衛生センター(川崎市)の調査によると、中国の約六十カ所で測定した大気中の二酸化硫黄の年間平均濃度は〇・〇四PPMで日本の平均値の約四倍。中国のほぼ全土で酸性雨の現象が出現しており、重慶がある四川省、貴州省など西南部、瀋陽がある東北部の工業地帯などでは大気汚染が特に深刻になっているという。

93-08-08 04:08:36 続々環境保全ということ 周
[よみがえれ地球]ブラジル環境会議を前に(6)生かされぬ技術移転(連載)
中国の大工業都市、重慶に昨春完成した「珞コウ石炭火力発電所」。酸性雨防止の切り札となる世界最高水準の排煙脱硫装置を備えた最新鋭発電所だが、一年以上たったいまもまだ、本格運転に入れない。従業員の習熟不足などで、発電システム全般にトラブルが相次いでいるためだ。この脱硫装置は、酸性雨の原因となる硫黄酸化物を九五%以上取り除く性能を持ち、約五十億円もした。メーカーの三菱重工業は最近、現地に社員を派遣して調査したが、「いつ軌道に乗るのかわからない。このままでは、宝の持ちぐされになりかねない状況だ」

フェアおぴにおん:まずインフラ整備 途上国向け、実効ある環境保全協力を近年、中国では発電所、製鉄所といった大規模工場での環境装置の導入意欲は強まっている。これは北京など大都市を中心に大気汚染が年々深刻化、酸性雨被害が広まってきているからだ。
原因はこれら大規模工場がエネルギー需要のかなりの部分を硫黄分が多く含まれている高い硫黄石炭に頼っているにもかかわらず、排煙脱硫装置、脱硝装置などの環境対策が施されていないため、酸性雨の主因とされるSOX(硫黄酸化物)が大量に放出されているのだ。

また別の発電所では設置された排脱装置を取り外して分解しており、技術者たちの研究開発の見本的な扱われ方しか機能していないとされる。

 はっきりいうと、私はこの数十倍にもなるこうした新聞データは収集していました。ただこのくらいをのせただけです。どうしてこれで「CO2 発生量だけであった」などと言われるのでしょうか。

日本におけるブナやナラの森林が伐採され、ゴルフ場になったり工場になったりして緑の部分が縮小していき、世界においては、アマゾンのジャングルの消出や、南洋材の伐採がすすんでいます。これらが利益を追求する日本の企業とまったく無関係であるとは言い難いようです。

 私は環境の問題に関して日本に何の責任もないなどとはひとことも言っていません。だが、この綽さんがいわれる「アマゾンのジャングル」がなくなったり、「南洋材の伐採」の主要な原因は何なのですか。そこのデータを示すことなく、「これらが利益を追求する日本の企業とまったく無関係であるとは言い難いようです」といわれたって、私はまったく理解できません。ちょっと因果関係を何かのデータなりで説明ねがえませんでしょうか。
 私はこの環境問題に関して、日本の企業がすべて悪くない、私たちはすべて悪くない、共産中国のみが悪いなどとは少しも言っていません。どこでそのように私が展開しているでしょうか。いったいどう私が「中国あるいは共産主義国、社会主義国がすべて地球上の悪害の原因となっているのだという、一点に絞って論点を展開」しているのでしょう。周はそういう人間だと、「色眼鏡」で決めつけているのではないのかなと私は思ってしまいます。いつ、どこで私が

  日本列島の破壊のすべてが中国にあると断じ

ているのでしょうか。

自分の利益だけを考えてさえいれば環境は保存されるなんてありえないと思います。

 私がいったいどこで、「自分の利益さえ考えてさえいれば」などと言っているのでしょうか。あるいは、だれかがそんなことを主張しているのでしょうか。

たとえば、企業が野放しに「利益」を追求する事を考えそれを許していたら、企業は利益をあげるため原価を抑え、経費を抑え、商品の最終処分や廃棄のことは考えないことが多いようにおもいます。廃液を垂れ流し、排ガスをそのまま放出し、脱硫装置や廃液処理にかけるコストを削ることになりましょう。

 もうちょっとこれは信じられないのですが、企業の「利益」を生み出すことをこのように考えておいでなのでしょうか。脱硫装置や、排水処理機器は、その大事で高価な資源をよりよく使いきろうとするためにあるのですよ。石炭なら石炭を使いきらないでそのまま空中に大事な資源を撒き散らしているのが中国なのです。日本の企業はそんな「損」なことはしないのです。これで「コストを削ること」になるなんて考えている企業なんかありませんよ。使いきられないで公害として出されてしまう資源と原価あるいは経費としての電力代などと、どちらをとるのが「利益」になるのでしょうか。中国はTAさんと同じように考えているかと思います。

    水俣病やイタイイタイ病はそういうところから起こったのでは
  ないでしょうか。

 水俣市にチッソ蠅料或箸建てられたのは、1908年のことです。1920年代から漁業の補償問題がおきています。水俣病の発端は1956年5月に出された患者発生の報告によりますが、実際には53年から患者は発生したことが確認されています。この問題はまた別に論ずべきおおきなことを含んでいますが、この公害を単に一企業の利益追及の姿勢により生まれたとするのは明らかに間違いだと思います。それは現在の水俣病患者の方々が闘われている相手が誰なのかで、少しは明らかなように思います。また是非機会をつくって別に論じていきたいと思います。
 イタイイタイ病に関しては、神岡鉱山が採掘を開始したのは1589年のことです。神通川流域ではかなり昔から婦人を中心に奇病がみられました。1950年代からこの病気が本格的に研究され、1972年の名古屋高裁においてこの病気の発生原因は神岡鉱山から排出されたカドミウムであることの確定がなされました。このイタイイタイ病もまたけっして一企業が利益を追及したことが原因だとはいえないと思います。
 もちろん、最初その因果関係がいわれたときに、それを否定しようとした企業の姿勢は責められて当然だと思いますが、こうした公害の発生をなくしていくのも、科学であり、技術だということは大事だと思います。このふたつとも、企業が利益追及していくからこそおきたのだとのみ考えるわけにはいかないのです。
 またこれらのことはここでは論じきれないことがあるかと思います。また別に機会を作って話していきたいと思います。

    自分の利益のみを考えるのは、利己的であり、他の人や企業、
  社会の利益はどうなっても良いということにつながりかねない
  ようにおもいます。

 また言いますが、どなたかがこのように「自分の利益のみ考えよう」とでも主張しているというのでしょうか。私はそんなこといったことないし、他にもそんな主張をみたことがありません。TAさんは私がなにかそのようなことばかりいっているように繰り返されていますが、どうしてなのでしょうか。私が「社会のために」とか「国家のために」とか「他の人のために」とか言わないからでしょうか。

    過去の公害問題から渋々環境保全に取り組んできたところが多
  いようにおもいます。名前をあげずとも大半の企業はしかたなし
  に取り組んでいるのではありませんか。

 これはTAさんはそう思われているというのでしょうが、私は大半の企業をそのようには見ていないのです。私の会社も、私のクライアントも、そのまたクライアントも、私の父、妻の父の関係会社も、そんな「渋々」なんてありませんがね。私はこのようにしか各企業を見られないとしたら、それはやはり私とはそもそも環境問題のとらえ方がかなり違うのだと思わざるを得ないのです。「しかたなしで取り組める」ようなものだと大半の企業は思ってはいないはずです。大半の企業は、積極的にこの環境問題に取り組んでいくことこそが、自分の企業をこれからより元気にし、かつより高収益をもたらすものだと思っているはずです。

    環境問題とは違いますが最近言われるP/L法(製造物責任法)
  においても、企業側(経済連等、財界企業側)の消極的姿勢で日
  本では導入が遅れている事情が遅れているではありませんか。こ
  れも企業が社会との調和よりも企業のエゴの方を優先する企業姿
  勢と言われてもしかたないとおもうのですが。

 ちょっと、このことはこれではさっぱりわかりません。私以外の方でも、これで、「企業のエゴを優先」なんて言われてもよくわからないと思います。私もこのP/L法とかを勉強すればいいのかもしれませんが、ちょっと今はあまりそこまでの関心がありません。
 この環境の問題はちょうどいいさまざまなことを引き出してくれているように思います。
 ただ今回は自宅にいるわけではないので、少々資料等を参照することができませんでした。またいずれいくつかUPいたします。
 まだまだどしゃぶりがつづくのだ。もうみなさん嫌になっているかな。