将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:列伝

12102906 このレスが遅くなり申し訳ありません。下はほとんど書いていたのですが、UPが遅くなりました(夕食で、かつ私は飲むのでこうなりました)。

 私の司馬遷『史記五帝本紀第一黄帝』へのコメントへあてすとろ〜るさんから次のコメントがありました。

1. Posted by あてすとろ〜る   2012年10月29日 17:20
他の正史にも列伝はありますよね?
列伝がないとはどういう意味ですか?12102907

 私の間違いです。私は曾先之『十八史略』に書いていますが、

 最初『史記』(司馬遷)から始まり、2『漢書』(班固)、3『後漢書』(范曄)、4『三国志』(陳寿)……という順番になっています。。
   以下は5『晋書』(房玄齢)、6『宋書』(沈約)、7『南斉書』(蕭子顕)、8『梁書』(姚思廉)、9『陳書』(姚思廉)、10『魏書』(魏収)、11『北斉書』(李百薬)、12『後周書』(崔仁師)、13『隋書』(魏徴・長孫無忌)、14『南史』(李延寿)、15『北史』(李延寿)、16『新唐書』(欧陽脩・宋祁) 、17『新五代史』(欧陽脩)、18『宋鑑』』(李熹)と『続宋中興編年資治通鑑』(劉時挙)の二書。12102908

 これだけ多いと読むのが大変というよりも、全部訳されてはいないでしょう。私は杜甫のお祖父さんの杜審言(としんげん)のある詩を求めて神田の古書店街を歩いたことがありましたが、私には無理でした。
 それで私は『史記』と『三国志』(陳寿)だけは熱心に読んできました。『三国志』は筑摩古典文学全集で三巻もあって(裴松之の注だけで半分になります)、そして高価なのです。
 だから思うのですが、漢文で全文を読んだ人なんか、この日本にはいないのではと思われます。12102909
 十八史略は私には簡単でいいのですが、そして文天祥(この中国の子孫の方が私のサイトにコメントをくれました)のことが最後に出ていて、私は嬉しくてたまらないのですが、とにかく、私は自分の無知をさらけ出してしまいました。ごめんなさい。

12102902 私の司馬遷『史記五帝本紀第一黄帝』にYAGURUNAさんがコメントをくれました。それでまた正式にはまた別にレスしますが(今は王子シネマで「降旗康男『あなたに』」を見てきたばかりで、気持がそちらで忙しいのです。高倉健さんのことで、気持がいっぱいです。

 簡単にいいます

1. Posted by YAGURUMA   2012年10月29日 11:59
中華思想の骨髄をなすイデオロギー=漢王朝の「正史」として、史記は成立した。
 久しぶりにコメンとさせていただきます。
 司馬遷の『史記』は、孔子の儒教思想、即ち中華思想の書として作られたもので、青銅器武器による江南の先進農耕文化の征服、抹殺の上に成立したものです。
 この歴史事実を正しく認識することが今後の日中関係、世界史、学問の発展には重要かと思います。

 ええと、これは明確に誤りです。司馬遷ほど南中国のことも書いている人はいません。そうでなかったら、呉越の攻防なんか書けるでしょうか。どうみても呉越は江南でしょう。
 第一私が書いたのは、わずか黄帝のことであって、司馬遷のことではありません。
 司馬遷とか『史記』のことなら、私が書いた以下のほうがまだ書いていると思います。

武田泰淳『司馬遷史記の世界』
http://shomon.livedoor.biz/archives/51892402.html
第62回「司馬遷の史記」
http://shomon.livedoor.biz/archives/51956298.html
第63回「司馬遷の史記 の2」
http://shomon.livedoor.biz/archives/51956561.html

 そもそも『史記』には『列伝』があるのです。これが全体の半分を占めています。あれが「正史」なんてわくにあてはまるでしょうか。ほかの歴史書には『列伝』はありませんよ。
12102903 どうか長大ですが、『史記』全体をお読みください。読んだ上で、まだ同じことを言われるのなら、私はもはや話す気はありません。
 今まで、中国の「正史」とやらは、何を読まれたのでしょうか。

11010307 この本をひさしぶりに開きました。私は吉本(吉本隆明)さんの本等以外は、みな下北沢の古書店に我孫子の家に来てもらって売ったつもりでした。でもこの本はこの王子の家で私の義父が読んで自分の書棚に置いてあったのでした。
 最後のページで、この本は私が大学2年の秋に赤羽の紅谷書店で買って読んだものだと判りました。私が東大闘争の安田講堂で逮捕される数カ月前のことでした。
 最初の「司馬遷傅」が次のような言葉で始まります。

    司馬遷は生き恥さらした男である。士人として普通なら生きながらえ
  る筈のない場合に、この男は生き残った。……

 この生き恥とは、彼の受けた宮刑のことです。
 私が「史記」を読んだのは、高校1年の秋でした。実に長い書物で、私は筑摩書房の「世界文学大系」で全2冊読んだものです。
 最初の巻は、「本紀、表、書、世家」からなっており、下巻がすべて「列伝」です。もうこの列伝は面白いばかりなのですが、上巻は、少々退屈です。でも「これさえ読み終われば、列伝という超面白い篇になる」と思い込んで読んだものです。
 実に司馬遷の史記の醍醐味といいましたら、この「列伝」だと言って間違いないでしょう。もちろん、私は本記も面白かったのですが、でもそれはまた列伝を読んだあとで読みなおすと、これまたよく判ってくるという思いです。

 それにしても武田泰淳はたくさんのことを持っている作家だなあ、とつくづく感ずるものです。
 今後もこの司馬遷の『史記』の中からいくつも書いていくつもりでいます。(2010.03.05)

07080302 ナミちゃんのブログの、老人ホームにボランティア! に次のことが書いてありました。

あとっ!やっちゃいました。
ブログ初心者の私・・書庫を作って今までの記事えお振り分け作業を
していた時に???あれっつ?あれっつ?おかしい・・

・・遅しでした・・間違えて、勘違いをして削除してしまいました。
ガ〜ン!ショックで〜す。記事を二つ〜です。
そこにはトラックバックの記事やコメントもあります。
記事一覧でコメントは残っていますが・・ごめんなさい。残念です。
記事は復活します。大体おおざっぱですが記憶にあります・
こういう事が起きるのですね。

 これを私が知ったときに、「あれ! ナミちゃんもブログに直接書いていたんだなあ。そうだと復活できないよ」と思いました。事実、「大体おおざっぱですが記憶にあります」ということになっちゃいましたね。
 私は、もう昔から、必ずまずエディタ(今はWZです。その前はVZを長く使っていました)で、書いてから、ブログにつないで、その部屋に貼り付けます。これはブログでなくても同じです。その相手のブログにコメントするときも、どこかの掲示板に書き込むときも、ホームページを更新するときも同じです。
 このことは、書込みをするときの鉄則 に書きました。そこに書きましたように、これはインターネットの前のパソコン通信の時代も、その前の時代でも同じです。

相談した周さんはエディタに書いてから貼り付けをするそうです、
これ・・司馬遷の時代から鉄則らしいです。
ブログに直接書くクセは危険という事です。
なるほど・・山勘で動いている私はまいった!まいった!でした。

 司馬遷は、あの時代に、「史記」という膨大なる歴史書を書きました。「本紀、表、書、世家篇」とありますが、圧巻は「列伝」です。これがなかったら、単に「史記」は紀伝体の本だというだけだったでしょう。でもこの「列伝」で、私たちは、孔子のことも、孟子のことも、孫子のことも呉子のことも知ることができるのです。
 この時代は、まだ紙がありません。すべて竹簡に書いたものです。なんと膨大な竹簡に書き上げたものなのでしょうか。そして、おそらく司馬遷が書いた「史記」は、もともとあの10倍の量があったのでは、と私は推測しています。それを推敲して、推敲して、あの量にしたのです。
 司馬遷は、中国全土を歩きました。そして各地の伝承、記録を書いていきます。そしてそれをさらに推敲して、あれだけにまとめ上たのです。直接、本文に書いていったわけではなく、書いたものを、本文としてまとめあげたのです。
 だから、それが今も、このインターネットでも同じだと思うのです。エディタで書いていって、自分のパソコン内(私の場合は、自分の外付けHDに)に整理しておきます。また書き直す内容になるでしょう。そしてそれをブログにUPするのです。
 ただし、これは司馬遷も同じだったでしょうが、必ずその最初パソコン内に書くときも、それは本もの(実際に最終的にUPするもの)として書いていきます。その中でいくつも推敲して直しているのです。ここのところは、司馬遷よりも数段私たちのほうが楽です。簡単にできます。もう司馬遷に、私たちのような道具(パソコンやインターネット)があれば、「史記」はもっと膨大なもの(数・量が多いだけではなく、画像も音声も入ってもっとすごい記録になっていたでしょう)になっていたはずです。
 だから、いつでも真剣に気合いを入れてやっていますが、すぐに訂正追加できるように、まずは自分のパソコン内に書くのです。それで訂正追加ののちに、UPします。エディタで貼り付けるのですね。
 でもそのあとでも、また訂正追加していきます。このところは、司馬遷では、簡単にできないところで、彼が今のことことを知ったら、ただただ私たちの時代、私たちの技術が羨ましいはずです。
 だから、今がそんな時代で、そんなに私たちは恵まれているのですから、ぜひともこのブログくらいは、ぜひ多くの方にやってほしいなと私は思っています。

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