2017060302c078417f.jpg 


中島敦の『李陵』で知られている李陵の詩です。この作品の『李陵』には、主人公李陵のほか、先に匈奴に使いして、北辺に閉じ込められる蘇武と、この李陵が匈奴に下ったことを非難する多くの中で、普通に弁護したために、宮刑にあってしまった司馬遷のことが書いてあります。
李陵は、漢の将軍として5千の歩兵を率いて匈奴に遠征しますが、匈奴の8万の騎兵とよく戦い、しかしついには匈奴に降ります。やがて匈奴の王の単于に丁重に扱われ、だがために漢では彼の家族はみな武帝の為に殺されてしまいます。
でも実は彼がこの匈奴に下る1年前に漢の使者として来て、捕まり北辺(シベリア)に囚われている蘇武がいました。
そして実は漢には、李陵を当たり前に弁護して、宮刑に会ってしまった司馬遷がいたのです。
このことは、以下の小説に書いてあります。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/1737_14534.html
中島敦『李陵』

その李陵の詩です。

別歌 李陵
徑萬里兮度沙漠 万里(註1)を径(わた)りて 沙漠を度(わた)り、
爲君將兮奮匈奴 君が将と為(な)りて 匈奴に奮(ふる)ふ。
路窮絶兮矢刃摧 路(みち)窮(きはま)り 絶えて 矢刃(しじん)摧(くだ)け、
士衆滅兮名已貴 士衆 滅びて  名已(すで)に貴(註2)つ。
老母已死 老母已(すで)に死せり、
雖欲報恩將安歸 恩に報(むく)いんと欲(ほっ)すと雖(いへど) も                             将  (は)  た 安(いづ)くにか帰(き)せん。

    (註1)萬里(ばんり) 遥かな道程。
(註2)貴(本当はこざとへんに貴、おつ) くずれる、おちる。

遥か彼方へ出かけて、砂漠を渡り、
漢の武将となって、匈奴と奮戦する。
路は行き詰り、矢玉も尽き果て、刀も砕けた、
母はすでに死んだ(実際には武帝に殺された)。
親の恩には報いたと思っているが、はたしてどこにもどればいいのだろう。

中島敦の『李陵』を読まれれば判りますが、李陵のこの匈奴での20年間は実に大変な年月でした。でも思えば、彼はここで確実に生きていけたのかなあ、と私は思うばかりです。

続きを読む