12040107 私の「日経本日の最終面に吉本隆明さんの記事」に大澤高蔵さんからの以下のコメントがありました。

2. Posted by 大澤 高蔵   2012年03月28日 14:28
萩原さん
ありがとう。
吉本さんの記事、私も読みたかった。
改めて、貴方のマメなフォローに感謝です。

復興景気に沸く仙台、気仙沼他を尻目に、いわき・小名浜はジェイビレッジに近づくほど、ひどい空気になっています。
ジェイビレッジで働く人々や、広野町の町役場の若者の持って行きようのない「思い」を反原発派の心ある人に理解してほしいですね。
貴方のことだから、もう行っているかもしれませんが、ぜひ、いわき・小名浜を訪ねてください。亡くなった方々のご冥福を祈って、詩吟を捧げてあげてください。
塩屋岬の周辺は津波の被害がそのままで、ただただ涙でありました。
花がぽつんと活けてあり、思い出すと今でもいけません。辛いです。
しかし、スパリゾートハワイヤンやテントではありましたが、「道の駅」では地元で採れた菜の花やレモンなど売っていました。たくさん、買って帰り、おいしく食べました。しかし、「風評被害」は本当にひどく、みなさん本当に抑制の良く効いた話し方をされていました。
私も妻が面倒みている半身不随の「ウサギ」(レン君)のために毎朝、タンポポを取りに行くのが、2011.2月からの日課でした。
それと、一人住まいの母の介護で、震災以降、精神的にだいぶ、助かりました。
亡くなった吉本さんの言うように、身近の自分ができることを一つづつやって行くこと、それが大切なこと。生きる勇気をもらうことと、思いました。
残念ながら、レン君は、今年の二月の下旬になくなりました。不随になって、一年と15日くらいかな?(お医者さんは奇跡的だといってくれました。)
でも、本当に壊れかかった私達を助けてくれたと、感謝しています。
こうして、貴方のブログを全く久しぶりに見て、故吉本さんも同じ思いだったのかと不遜ながら感じ、ついコメントをしました。
ありがとうございました。
大澤高蔵

 大澤さん、ありがとうございます。
 私は震災の被害地には行っていないのです。行く気持はあったのですが、どうしてもその機会がありませんでした。
 私はですね、昔の左翼過激派の仲間の前で詩吟をやったことはいくつもあり、今もやります。昔は実際の左翼の中でもやりましたが、それは私の埼玉大学の左翼の中であり(党派はいろいろいましたが)、いわゆる他大学の人も大勢いると、どうしてかそのマイクが切られたりすることがあり(詩吟というのは右翼だとみなす阿呆もいるようです)、もうやりたくありません。本当に昔の左翼は阿呆が多いですよ。私の大学の左翼仲間はまともです。
 左翼でも唐牛健太郎さんや島成郎さんの前でも詩吟をやったことがありますが、彼らは実にまともな人でした。そして私を優しくみてくれたいました。ただ、今はどうしても「西郷南洲『弔亡友月照』」を詠うことが多くなりました。亡くなってしまった方ばかりですものね。なんだか悲しい思いばかりです。
 今後も、昔の馬鹿な阿呆な左翼とは付き合いたくありません。

 私も義母の介護を今のこの家でしていたわけですが、最後は介護施設に入れまして、もう妻に任せっぱなしでした。
 そのときのことは、以下に書いてあります。

  わが家のおかあさん うちのおかあさん

 この義母の遺骨を神戸三宮のお墓に埋葬しに行きます。義父と同じお墓にこの4月か5月に入れるつもりです。私の母の遺骨も父と同じお墓に入れました。今年も命日にいくつもりでおります。

 うさぎのレン君のこと、随分長くみていられたのですね。読んでいまして、涙がながれ、そしてレン君に、「でも良かったよね」と呼びかけました。
 吉本(吉本隆明)さんに関して、今もどうでもいいことをいう阿呆がして、実に情けないです。でもとにかく、私は今後もまともに力強く生きていくんだと決意しております。