将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:加山雄三

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 いつも見ていますテレビ朝日の「若大将のゆうゆう散歩」のバナーを載せたい思いで、これを書いています。書いて画像をUPしないと、私はできないのですね。
 加山雄三さんは、かなりいくつもの映画を見てきました。それにいくつものテレビ番組も見てきました。このテレビ朝日の「若大将のゆうゆう散歩」もけっこう見ています。いつも私が知った街だと、「そこを曲がるとあの店に着くんだ」なんて思っています。
 できるだけこの番組も見るようにしています。

13042312 二つのコメントにレスするといいながらやっていませんでした。今日やります。

2013/04/23 09:55今加山雄三さんの番組を見にきたのですが、何チャンネルだか分かりませんでした。今は分かりました。
 そういえば、じゅにの入っていた「千葉県こども病院」への行き帰りのバスで見た光景、景色をいくつも思い出しました。じゅにが大きくなったらいくつもお話してあげよう。
2013/04/23 17:21今はおはぎの家にきました。まだポコ汰が帰っていません。ポニョとポポはご近所の女の子三人と遊んでいます。ポポはじいじを見ると、じいじをたたきに来ました。もう可愛いばかりです。
13042313 ああ、今日書いた「いくつかのコメントへのレスというのは二つでした。あと二つはどうでもいい内容でした。もう削除しました。
 それから先ほどロシア語での少し長文のコメントがありました。もう一度書いて来たら出入り禁止にします。
2013/04/23 17:32今おはぎママから電話がありました。今は東陽町だからここへ帰るのは遅くなるようです。
 でももうポコ汰もパパも帰ってきました。おはぎはミツ君とケータイで話したでしょう。

 なかなかこのポメラも書けていないですね。それを感じます。

13022007 このポメラを書くのが遅くなりました。

2013/02/21 07:54昨日この「周のポメラ」をブログにUPしていないことを随分前に気がつきまして、「やろう、やろう」と思うばかりで、できていませんでした。このあと「純と愛」を書きましたら、そのあとやります。
2013/02/21 10:05今加山雄三さんの番組を見ています。根津教会、根津神社は実によく覚えています。根津神社を歩いていたポコ汰をよく思い出します。
 ブルータスは千駄木小である生徒をみていたのです。その子を今も思い出します。ブルータスが見ていたときはその子は小学校一年生でしたが、もう中学生かなあ。そのお母さんの顔も思い出します。二年生のときはのりちゃんが見ていたのでした。もういっぱいの光景が思い出されます。いっぱいの思い出があるものですね。

 このときの生徒さんの顔もお母さんの顔も覚えていますよ。お父さんも何かブルータスに言ってくれていたのでした。

X12121302 テレビで加山雄三さんが府中を歩いているのを見て、思い出すことがありました。

2012/12/13 07:54寒いことをよく感じています。でもまたやっていきます。
2012/12/13 09:55加山雄三さんが府中を歩きます。私は昔府中刑務所に7ケ月ばかりいた(1969年の時)ので、府中は懐かしいのです。
 それ以上にじゅにが多摩医療総合センタ−(ここのサイドバーに写真と共に置いてあります)にいたこともあります。私もブルータスからの知らせを受けて驚いてばあばとあわてて出かけたものでした。もう最初は京王線で行ったので大変でした。東府中からタクシーで行ったものです(よく分からなかったのでした)。
 次からは、西国分寺(王子駅から南浦和経由して武蔵野線で)からバスで行くようになりました。ここも充分遠かったですが、次の千葉こども病院(これもサイドバーにあります)も遠かったです。でもいつも懸命にじゅにが治ることばかり考え続けました。
 前(今年の5月だったかな)に会ったときに、そのじゅにがよく私の顔を見つめていたことを覚えています。じいじの顔がママのブルータスと似ていたからでしょX12121303う。だから不思儀だったのでしょう。

 このたしか5月にじゅにと会ったときのことが私のどこかに書いてあるはずなのですが、今は分からないのです。

12110109 このポメラは登録した辞書はどうなるのかなあ。

2012/11/02 06:38もうこのポメラがさらにあちこちが壊れています。困ったな。
 ここリビングに座ると、どうしてもテレビを見てしまいます。しょうがないよね。
 考えてしまうな。
2012/11/02 07:54さてまたやっていこうと思っています。でもこのポメラがこれだけだめになっていると、不満ですね。困ったな。
2012/11/02 09:58加山雄三さんが川越を歩いています。私は随分昔に川越を歩きました。大学4年のときかなあ。5年の時かなあ。懐かしくいくつも思い出します。学生運動の後輩の家に行きました。あのときの彼のお母さんの言葉を思い出します。あの鐘もよく思い出します。あとでインターネットでこの写真を見てみようかなあ。
 あの時のことを懐かしく思い出します。

 あの時の川越の後輩のところでまた違う後輩にも会ったな。だから多分5年の時だな。四年の時は彼は中野刑務所にいたはずだ。面会に行った覚えもあります。
  いや思い出した。私が四年の時だ。彼が刑務所に入っていたのは一年前だ。

12110213  ここの川越の鐘の画像は、私が今日の午後9時50分「川越 時の鐘 フリー画像 無料」で探したものです。それで今午後10時5分UPしました。

12102508 私のこのブログではメールでも、ここのサイドバーの一番下の辺りの「周へのメールはこちらへ」しかないので、困っている人がいるでしょうね。そうした人のために、次のUPで、その訳等を書きます。

2012/10/25 10:08加山雄三さんが江古田の武蔵大学を歩いています。私の埼玉大学の同級生(学生運動をやった仲間)が、ここで先生をやっています(もちろん、ここの大学だけじゃないですが)。化学を教えているのかな。
 この江古田は何度も歩いたことがあります。昔日大の芸術学部に来たこともあったなあ。バリケードの中で三里塚の映画を見ました。1968年10月のことでした。そのあと何日かあとに、このバリケードが右翼に襲われたものでした(日大全共闘が見事防衛)。
2012/10/25 11:01今またテレビを見ています。あ、そうだ。私のブログで私の昔の友人たちが見ていて、私と連絡を取りたい場合があると思うのですが、そういう方はどうしたらいいのか書きましょう。私のブログでは、私のメルアドも分からないので、困ってしまうのだろうと思うのですね。そのことを書きます。

 まあ、私のこのブログでもいくつものことがあったのですね。

12100212  こうして、この「周のポメラ」も今日は3つ目のUPです。

2012/10/03 07:46先ほど(この今日のブログの最初のUP)で書いたのは、「内田康夫『地の日天の海』」です。このブログの「周の雑読(文学哲学篇)備忘録」にいくつか書いていますので、あとで書きます。
2012/10/03 07:59昨日は「純と愛」を見るのを忘れました。いやいくつもあったのですね。
 また私は「純と愛」を毎日みることになるでしょう。
 そういえば、思ったのですが、今はテレビでもみなケータイですね。私は今一それには慣れないのですね。どうしても普通の電話をかけてしまいます。
2012/10/03 10:08今加山雄三の『若大将のゆうゆう散歩』を見ています。いいなあ。東京は歩くところがいくつもあります。

 この「純と愛」も毎日見ていくのかな。

12100110 加山雄三さんが大塚を歩いているので、いくつもの昔を思い出しました。

2012/10/02 10:05加山雄三の「若大将のゆうゆう散歩」を見ています。私は大塚もけっこう歩いたものですね。もういくつものこと、幾人もの友人を思い出します。綺麗な女性も思い出すなあ。彼女の演劇を見にいったものでした。
 そういえば私の二人の娘が大学へ受かったときに、いや卒業で就職したときか(このときでした)、駒込に住むところを見つけたのですが、最初に私が降りて探したのは、この大塚でした。駅前の不動産屋さんで案内された部屋を思い出します。
 最初は私だけで歩いたものです。次には、おはぎとブルータスと三人で歩きました。見た部屋を思い出します。部屋とその前にあった庭を思い出しましたが、場所はすっかり忘れてしまいました。
 先日(先週の土曜日)ポコ汰のプールを見にいったのですが、そのときに駒込でおはぎとブルータスの住んでいた部屋を見かけて、思い出しました。いい大家さん、いい不動産屋さんでした。
12100111 でも先日のポコ汰の自転車を追いかけることは、もうじいじの私には実に大変なことでした。いつもポコ汰が先のほうで待っていてくれたものです。ばあばとおはぎ(ポニョとポポを自転車に乗せている)も一緒なのですが、いつも私のみが遅れに遅れていました。

 上に書いたことで、思い出しました。

   2010年11月10日劇団海臨丸『オン・ザ・ラン』
   2010年11月12日「バケラッタさんのこと」

でした。ここに書いたのは、(1997.12.21)のことでした。丸野恵さんという綺麗な方の演劇を見に行ったものでした。彼女は昔「伊勢戦国村」で、おいらんに扮して長くやっていた方なのです。
 もう彼女はインターネットはどうされているのかなあ。

12092809 テレビでチィ散歩を見てから、この時間はいつも見るようになりました。いや見られないこともあるのですが。

2012/09/28 10:02加山雄三の「若大将のゆうゆう散歩」を見ていて、中野を見ています。私は中野もよく行きましたね。ものすごくいくつものことを思い出します。もうたくさんの思い出が甦ります。

 中野はいくつものことを思い出しています。いつまでも忘れられない街ですね。

12091404 こうしてこのポメラを打っているといいですね。

2012/09/14 08:00もう「梅ちゃん先生」の時間になりました。いや私の部屋でパソコンでやっていると、このリビングではポメラだけなのは、少々つらいですね。
 でも梅ちゃんの子ども太郎を彼松岡君が抱いてあげるシーンはいいですね。
 このドラマはいいですね。ものすごく嬉しくなったり、涙を流したり忙しいことです。 またいつもの通り、涙になってしまう私です。
2012/09/14 09:59今加山雄三の番組を見始めました。この下落合も歩いたことがあります。この神田川も私にはものすごく親しい川です。もちろん早稲田の面影橋あたりが一番懐かしいわけですが、この下落合も親しい思いです。下落合にはある方のお葬式で行ったのでしたね。そのことをものすごく思い出します。
2012/09/14 18:35今スズメバチの駆除をしている方の番組をやっています。
 私が我孫子で家族4人で住んだ家(最初はブルータスはまだ生まれていませんので3人でした)で、庭の物置にスズメバチの巣がありました。まだそれほど大きくはなかったのですが、私は最初からゴキブリか蚊の殺虫剤を吹きかけました。近所の方が私に何か棒でたたき落とすことを言ったのですが、私はただただ殺虫剤だけに頼りました、これはまったく正解だったと思います。小さいおはぎやブルータスのことが一番心配でした。でもこの作戦は成功でした。夕方巣に蜂が戻っているときにやったのです。
12091405 もし巣を棒でたたいていたら、巣自体は落とせたかもしてませんが、私は確実に刺されていたでしょう。
 これは大事なことで、私にはいい体験でした。

 こんな昔の思い出も思い出すのだな。けっこうテレビを見ているのは大事なのです。

 新聞は最終面の連載小説を真っ先に読みます。

12091306120913072012/09/13 05:49日経新聞で真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みます。

 年も押し詰まった師走二十九日といえば、御屋敷も正月の支度は万端に調(ととの)っておりやす。

 暮れの追灘(ついな)式というのが、「鬼は外、福は内」と殿様と奥様が呼ばわるのですね。これは今は節分でやる呼びかけだなあ。
「パルコ争奪戦」が、昨日は「2」で今日は「3」なのですが、なんか書く気になれないのです。熱心に読む気にもなれないのです。
2012/09/13 06:17新聞の「駐リビア米大使死亡」という見出しのニュースに、ものすごく嫌なものを感じます。日米戦争でもこんなことはありませんでした。昔大学一年のときに、日共民青の反米のスローガンに私はものすごく反発し、言ったことがあります。反帝国主義というのは間違いではありません。でも反米というのは明らかに間違いです。
12091302 そういえば、一昨日私の部屋のブラインドを変える為に私の部屋に入った職人さんが、私の部屋にある大量の缶ビールに驚いたのですが、私は「好きな一升瓶だと、下手をすると際限がないから」というと、「一号瓶で飲むようにすればいい」というのですが、ねえ、ワンカップで酒を飲めませんよ。やっぱり一升瓶ですよ。でもそれじゃ際限がないからなあ。
2012/09/13 09:58リビングへ来ました。加山雄三さんが門前仲町を歩いています。私がここを歩いたんはいつだったかなあ。たしか26歳くらいのときに歩いています。
120913032012/09/13 12:34今日はなんだか身体の具合が悪くなった感じで、上の加山雄三さんのことを書いたあと少し横になりました。

 今日は少し身体が良くなかった思いでした。

*「暮れの追灘(ついな)式」というのが、「追灘」の二つ目の字が人偏なのですが、漢和辞典でも探せましたが、どうやってここに出したらいいのでしょうか。

12073106 これをUPしてしまおうと思いました。

2012/08/01 07:53今リビングへ来ました。今日も暑いですね。
2012/08/01 08:13また「梅ちゃん先生」を見て涙になっています。いい物語だなあ。
2012/08/01 08:57なかなか落ち着いて書いていられません。仕方ないのかなあ。
2012/08/01 10:04加山雄三さんが恵比寿を歩いています。私はヱビスビールの工場で、このビールを飲んだことがあります。1973年の秋だったんじゃないかなあ。すべてが昔のことになってしまいましたね。

 また明日の朝も元気にやっていくつもりです。

12070315 どうしてもこの「周のポメラ」を私のブログ将門WebにUPするのが遅くなります。

2012/07/03 06:10もう6時も過ぎてこの時間です。今はちょうどIS01の電池を替えました。どうしてもIS01は外出すると使いますが、こうしてリビング等で使うのにはこのポメラがいいです。外で使うのには、少し厚すぎるのですね。私のデューロカーゴに出し入れするときに面倒です。外ではやはりIS01で書くことが多いですね。
 いや、このリビングも書きますが。
2012/07/03 10:04加山雄三さんが北千住を歩いています。この町は私は何度か歩いています。いい街ですね。でも昔歩いた時よりも、昨年ひとみさんの絵を見に行ったときは、実にこの街が懐かしかったです。
 思えば南千住も歩いているな。

 この南千住も実に懐かしいです。

12062818 驚いたのは、この地井武男さんが亡くなったというニュースです。ただただ驚きました。

2012/06/29 18:48地井武男(1942年5月5日〜2012年6月29日)さんが亡くなったというニュースを見て驚きました。彼の「ちい散歩」は見られる限り(見られない日もありました)は見ていて、「あ、こんなところ知らないな」というところがいくつもありました。
 その番組が同じ時間に、なぜか加山雄三が出ているので、「ああ、少しちいさんはお休みになって、また新たに始めるのだろうな」なんて思っていたのです。こんな事態は驚きました。まだ70歳だといいます。
 私がいくつも驚くことがあるものですね。

 しかし、いくつものことで私の記憶はあてにならないものです。腹がたつ事態ですね。ちいさんの出演していた任侠映画を検索していて、そう思いました。私は同時に郷治さんも思い出していましたよ。
  画像は一昨日6月28日の鶴が丘八幡宮の前の梅の木です。私はここで実朝公のことをずっと思い浮かべていました。

12061010 最初に書いた映画の評(「男はつらいよ第20作」は書いていられませんでした。いや手紙を書いたり(この手紙はポストへ入れました)いろいろだったのです。

2012/06/12 06:09今リビングへ来ました。今日は「男はつらいよ」の映画評を書きましょう。
2012/06/12 06:41今「周のIS01ブログ」をUPしました。このポメラと違って、パソコンを経由しないで、すぐにUPできることはいいです。
2012/06/12 07:58さてもう「梅ちゃん先生」です。
2012/06/12 10:25加山雄三さんが歩かれるのが、今日は王子でした。
2012/06/12 12:37どうしてもこの時間はいくつものことをやっていて、このポメラをリビングで広げることができません。このあと、いくつものことをやりましょう。手紙も書かなくちゃあな。
2012/06/12 18:37今日は久しぶりに年賀状を整理しました。3年分捨てました。廃棄するのは一見簡単なはずですが(そして私も簡単だと思いこんでいました)、もう大変に時間がかかります。もう個々の年賀状は読んだりしません。でもそれでも実に大変です。まだまだ続くのですね。
120610112012/06/12 18:57北区区役所に送付するものがあります。あとで郵送します。あ「簡易書留」にしないと、届かないことがあるんだよなあ。

 前に郵送したら着かないことがあったのです。私の大学から卒業証明をもらって郵送したときです。いや、そのときは役所の返信用封筒(切手が貼ってありました)にそのまま入れたのです。私が卒業証明を2通もらっていて(この偶然2通もらっていて良かった)、役所から「まだ届かないが」という電話があったからです。そのあとからは、私は普通郵便は信用できません。いえ、手紙等は普通に切手を貼って出していますが。だから明日郵便局で簡易書留(文書だけだと「簡易」でいいのです)にして出します。

 ここの写真は、千葉こども病院の玄関脇のお花を10日15時35分に撮りましたものです。

12051705  こうして加山雄三を見られることも嬉しいです。

2012/05/16 10:08今朝日テレビで加山雄三を見ています。私は「鈴木清順『けんかえれじい』」の大ファンでした。そしてその中の浅野順子のファンでした。この彼女を自分の彼女妻にした加山雄三を憎んでいたものです。
 あ、でも違うわ、浅野順子を奥さんにしたのは大橋巨泉だ。加山雄三の奥さんは松本めぐみだった。
 でも今日で私は加山雄三も好きになってきたものです。そんなものなんだなあ。(敬称をつけないでごめんなさい)。
2012/05/16 18:53私は昔は大橋巨泉も加山雄三も好きではありませんでしたが、今は二人とも大好きです。

 このようにテレビの画面で見られるのはいいなあ。あ、私はお父さんの上原謙も大好きでしたよ。

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