将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:動物農場

13051903 私が漱石と英語のことでで、次のように書いていました。

あの先生はジョージ・オーウェルの「アニマルファーム」をベンギンブックスで読んでくれたものでした。

 思い出せば、このオーウェルの「動物農場(アニマルファーム)」は、少年マガジンで連載されていました。動物農場では老マルクス役の老豚が亡くなるときに、三つの遺言(法律になったのかなあ)を残します。その一つが「動物は決して服を着ない」というのがありました。
 だが人間に勝利して、この農場から人間を追い出すのですが、そのあとこの遺言の条項が書き換えられてしまいます。たしか動物には服を着てしまうものも現れてしまうのです。それがスターリンなのでしょうね。私はスターリンは大嫌いですが、でも反スターリン主義などと声高にいう連中こそ信用できません。
 思えば、私はジョージ・オーウェルで何を読んだかなあ。この「動物農場(アニマルファーム)」のほかは、『カタロニア讃歌』『1984年』と、あとオーウェルが若いときに、住んでいたビルマのことを書いたいくつもの短編がありました。
 もうオーウェルを読むこともないのかなあ。

11021303 この新しい年の初めに、こんな暗い小説を紹介して申し訳ないです(これは当初2010年1月1日に書きました)。でもいつかは、この小説のことを書かないとならないと思っていました。
 私はこのオーウェルの『動物農場』の英文は高校2年のときに読みました。私は高校1年の夏に鹿児島から横浜の高校へ転校してきたときから、夜には、京浜急行の日の出町というところの山手英学院というところに週3回通っていました。
 その中で、英文解釈の授業で、この作者の「Animal Farm」を読みました。いつか(私が大学生になってからかな)『少年マガジン』で漫画になったこともありました。
 それで私は高校3年のときに、ペンギンブックス(だったかなあ?)で、この同じ作者のこの『1984年』を読み出しました。まだ日本では翻訳されてはいなかったのです。
 でもでも、もうこの小説は、内容が暗くて暗くて辛すぎて、途中で読むのをやめたのを思い出します。その後大学生になって、この『1984年』が翻訳され、早川書房の『世界SF全集』に入れられました。それで私は読んだものでした。
 世界が、米国とソ連と中国に大別されています(これは私周がいうだけ。原作では、オセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つに分けられています)。主人公ウィンストン・スミスは、私はチャーチルをモデルにしているのではと思いました。
  このスミスの国オセアニアには、「偉大な兄弟」がいます(実は存在しているかどうかは不明です)。みな人民は彼を恐れ尊敬しています。モデルはスターリンです。そしてみんなが憎んでいるはずなのがゴールドスタインです。これもまた実際に存在しているかはわからないのです。これはもちろん、モデルはトロツキーです。
 私は実際に、この未来にある1984年を怖がっていました。実はオーウェルはこの作品を書いた1948年の4と8をただ逆にしただけのことだったようです(それなら、そのことを早く教えてくれという思いです。私は実に1984年を恐れていたのですから。でもこれでは私の阿呆さを暴露するだけでした)。
 でもその未来に来るはずの1984年は、私がパソコンに初めて手を触れてまったく違う新しい年になったときでした(私はもちろん、もっと前にオフコンには手を触れてはいましたが)。大きく世界は変っていくのですが、それは共産主義・スターリンによってではないということを感じたものでした。(2011.02.13)

11010306「ジョージ・オーウェル『カタロニア讃歌』」を書いたときに、引き続き書いた文章です。

 どうしたってスターリン主義共産党のことを絶対に許すことができません。私はまさしく私たちはオーウェルの生んだ世代のようにも感じていたものでした。
 最初にオーウェルに接したのは、高校2年のときに読んだ「動物農場」だったと思います。私の隣に座っていた友人と苦労して読んだものでした。私はあんまり英語が得意ではなかったのですが、なんだかこの動物たちの革命はどうなるのだろうと懸命に読んだものでした。ナポレオンがスターリンで、スノーボールがトロツキーでしたね。やっぱりスノーボールが敗北していくのが悔しかったものです。そののち少年マガジンでも漫画になったかと思いました。「象を撃つ」というエッセイもそのころ英文で読んだかななんて思い出します。たしかビルマでの体験を書いたものだったかと思います。
 それで私は「1984年」という近未来をえがいたSFに大変に興味を持ち、これは未だ翻訳もされていないので、これまた英文で読みはじめましたが、これだけは他のようにはいきません。だって「動物農場」のように、「ああ、この老豚がマルクスのことか」なんて判りつつ読んでいけないのです。あまりに話が暗く、時代もなにもかも次のページにいくのが非常にしんどいのです。
 それで読み込めなくていましたら、早川書房の「世界SF全集」とかいうのに、この「1984年」が初めて翻訳され、早速これを読んだものでした。これが大学1、2年のころだったように思います。
 この内容はたしかにかなりなショックでした。これからくる社会が、本当にこんな社会になるのかと恐ろしかったものです。ちょうど中ソ論争から中ソ戦争になってしまうような時代情勢も感じられて、なんだかこの小説が現実味を帯びて感じられたのです。世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3大強国に分断され、互いに争っています。そしてそのおのおのの国はすべて、全体主義-共産主義の世界になっている。これは、米国、ソ連、中国の姿であり、それぞれの内部ではとくにソ連などの姿はこのとおりだなあと思ったものでした。しかし、こういう時代にはならなかったわけで、これはオーウェルの予言がはずれたのではなく、オーウェルの警告が私たちに少しはいい時代をもたらしてくれたように私は感じています。
 やはりオーウェルは鋭いです。たった今、この時代、かの冷戦の終結を目の前にしながら、このオーウェルの到達した地点を分かっていないエセ知識人がどのくらいいるものでしょうか。
 いまでは国家社会主義と社会主義国家の同一性について言うことは何でもないことですが、この日本でも、昔にはそれはとんでもない話でした。社会主義ないし、進歩的思想に反対することは、ほとんど「右翼」ないし「馬鹿」と見なされることでした。
 私は、高校生のときによく世界史の先生と倫理社会の先生とよく論争しました(論争はしましたが、とてもいい関係だったと思っています)。私はソビエトロシアなんてけっして認めなかったし、歴史がなにか結局は資本主義から、社会主義共産主義に進むのだという思考法を認めませんでした。だから、私のことを右翼だとその先生方はみなしていました(勿論、そのころから私は私こそが左翼なのだと主張していました)。のちに私が大学で学生運動に邁進し、新聞に顔写真が出るくらいになると、「結局極右から極左へいったのか」とその先生方が評していたというの後輩から聞いて、私はわざわざこの高校まで出かけていって、またしつこくお話しました。結局私は何も変わっていないのだ、もともと極左なのだということを伝えにいったのです。世界史の先生は納得してくれたように思いました。
 でもこの先生方はまだ質がよかったと思いますが、こうした考え方が蔓延していたのが、日本のみならず世界中なのでしょうね。ところがいまでもときどき出会います。
 思えば、マルクス主義者というのは実に愚劣になるのですよ。自分達だけが愚劣ならいいのですが、それをまた下の年代におしつけてくる、愚劣な輩がいくらでもいます。前に、20代の若い世代と話して、その人たちが、「たしかに冷戦は終ったが、共産主義が間違いなのではなく、ソ連が間違っていたのであり、マルクス主義は間違いではない」という話がありました。私はかなり驚きました。そしてそれが話していくうちに、彼等が教えてもらっている左翼エセ知識人の先生のお蔭であることが分かりました。まったく愚劣です。自分達だけで、マルクス主義と一緒に死んでくれたならいいのだ。
 また私はオーウェルを読んで行きたいと思っています。(1994.11.01)

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