将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:千駄木

2016092612
2016/09/30 06:06今朝は1時35分に起きました。
 今朝の血圧です。
  06:04
   最高血圧152
   最低血圧 85
   呼吸   60
 今日はいい数字です。
2016/09/30 07:46もうテレビの前です。
2016/09/30 16:52今「谷根千」を正確に言えるかと自分に問いました(私のこのポメラの漢字変換の問題もあります)。正確には以下です。
  谷…谷中ですから、台東区です。
  根…根津ですから、文京区です。
  千…千駄木ですから、文京区です。
 私はよく訪れているわけですが、こうして明確に書いて確認することは大事です。パソコンなら楽なのですが、このポメラで地図を見て再確認しました。
 私がよく行った谷中の飲み屋「浅野」は正確には文京区なのですね(もう知っていましたが)。
2016/09/30 18:45もうずっとテレビを見ていました。
2016092613

ed0d351a.jpg 昨日は長女のところにはいけませんでした。長女家族が友人の家に行ったからです。そのお宅も二人の子どもがいます。職場の友人です。あ、それでとっても綺麗なお母さんです。きょうは、義母を送りましたら、長女の家にすぐに行きます。
 ここの写真は20日に千駄木の飲み屋での私の目の前です。ここで、こうしてポメラを開いて書いていました。これは文書を作成するだけなので、この機器からはインターネットにはUPできません。ただし、こうして書いた文書はパソコンからケータイからUPすることはできます。(01/23)

2db6b5ac.jpg 9月12日、浅草橋で和紙の便箋を買ったあと、「千駄木『浅野』」で飲んでいました。でも店に入る前にアラスアラサンで、絵葉書を買いましたが、同時にハンカチを買いました。でもそのあと飲んで、何故かアラスアラサンがまだ開いていましたので、またハンカチを買いました。そのハンカチがここの画像です。08091402
 もうそのときの絵葉書は、郵送しましたから、また葉書がほしいものです。

7fc33184.jpg ここに載せた写真は、6月7日に千駄木の夜店通りの『アラスアラサン』で買いましたハンカチです。このときは、秋葉原で買い物をして、そのあと千駄木『浅野』で昼に食事して、そのあと手に入れました。
 この店で手にいれましたハンカチがたくさんになりました。

818fffbf.jpg ここに載せた写真も、6月1日に千駄木の夜店通りの『アラスアラサン』で買いましたハンカチです。また千駄木『浅野』で飲む寸前のことでした。
 このお店のママの顔をみて、このハンカチを手に入れて、すぐに私は『浅野』で飲み始めたものでした。

ee1321aa.jpg ここに載せた写真は、5月13日に千駄木の夜店通りの『アラスアラサン』で買いましたハンカチです。私はなんだか、こういう大きなハンカチを持っていたいのですね。もちろん、このハンカチを手に入れて、すぐに『浅野』で飲み始めたわけなのです。
 あ、今思い出した。このお店を『アラトアラサン』で間違えて言っていたことがあるかと思います。申し訳ないです。どうしても友人の映画監督の荒戸源次郎さんで、私は『アラト』という音を言ってしまうのですね。申し訳ないです。
 でも私は、けっこうここで手に入れたものをハンカチとして使っています。

7fbe6c7c.jpg 一つ前に書きましたように、私は17日12時代に、「浅野」で食事しましたときに、女将さんが退院されたことを知ったのですが、「退院祝い」というようなものを何も用意していませんでした。そうだ、この浅野の近くのアラスアラサンの店長さんに聞いてみようと思いました。お店は私より年上の女性がおいでになっていました。
 そして私はこの写真のものを買いました。左側は、私のノートパソコンで使うマウスとLANケーブルが入っています。右側もそうしたパソコン関連のものを入れて使うでしょう。07112002それから、私の自宅の二つのキーをこうして下げるものも手に入れました。
 ここはいつも、こうして浅野に来たときに寄っています。でもこのごろは、飲んだあとには、こないようにしています。失礼ですから。でもこの日は、昼のビールを飲んでしまったあとでした。
 でもここの店長さんに、根津の和菓子屋さんを教えていただきました。

7d9a213f.jpg  一つ前のUPに書きましたように『いそ貝商店』でお寿司を買いまして、そのあと「浅野」で食事をしました。でもビールを飲みましたが、やっぱりこうして寒くなると、お酒がいいねえ。でも昼から「お酒」というわけにもいかないから、ビールになっちゃうよなあ。
 それで、ここの女将さんが、10月半ばから入院していたのですが、もう退院する頃だなあと思いまして、ききましたら、一昨日退院して家で休んでいるということでした。私は「あ、しまった」という思いでした。退院したら、どこかのお菓子を持って行こうとばかり思っていたのですが、でもその用意は今はありません。困ってしまいました。次回来るときでもいいのですが、でも私は私自身の不用意さに嫌になったものです。

 写真は私の食べたお弁当です。いつも美味しいです。でも今度は思いきってお酒を頼んでみるかなあ。

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 私が 周の雑読備忘録「こいでやすこ『やまこえのこえかわこえて』」に次のように書いていたお店に、この17日に行ってきていました。

 私がもう美味しいと思いますのは、もちろん母が作ってくれた稻荷寿司ですが、母はもういません。それで以下のお寿司が私は大好きです。

 http://shomon.net/sake/suisenb1.htm#040406 稲荷寿司の「いそ貝商店」

 このお店は、千駄木駅(根津側出口)から歩きます。このきつねのきっこのように、「山を越え、野を越え、川を越え」るのではなく、「JRに乗り、千代田線に乗り」行くのです。ただ、たくさんはすぐ買えないから、10個くらいならすぐできるかな。きょう行ってきたくなりました。待つんなら、「浅野」で飲んでいればいい。

 でも行く前に、「行ってひょっとしてお休みだったら困るな」と思い、ここに電話しました。そうしたら、お元気に電話に出られたので、11時頃行くと行っていたのですが、実際には遅くなり12時少しあとになりました。07111710でも前には、お稲荷30個、海苔巻30個というふうに注文したもので、できるのに時間がかかると言われていたので、その間「浅野」で待つことになったものでしたが、今回はちょうど10個づつだったし、電話してたわけで、ほんのしばらくしか待ちませんでした。でもやっぱり電話で11時頃と言ったので、心配されたようです。
 それで、ここに掲げた写真が、そのお稲荷と海苔巻の写真です。最後はそれを10個+10個包んだものです。
07111709 それで、そのあとも歩いて、王子の家に着いたのは、午後3時半すぎだったのですが、早速お稲荷を食べました。やっぱり思っていた味で、それがやっぱり驚くほど美味しいのです。
 それで、半分づつ長女宅にあげるはずでしたが、私がどうしても食べちゃうもので、4個+4個しかあげませんでした。だって、まだポコちゃんは食べられないものですから。
 やっぱり、知っていた味とは言っても、実際に食べてみると、この美味しさに感動感激です。まだまだお元気で、この美味しいお寿司を提供していただいてほしいものです。私もときどき買いにいきます。

 あ、でも写真を見ると、店の名前は、「いそ貝」商店なのですね。訂正します。

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 私が9月14日にUPしました「型染め&バティックKAMON」の記事は、私が間違えていました。本日このKAMONの畑中美穂さまから、丁寧にご指摘いただき、申し訳ない気持です。
 私が書きましたこの千駄木のお店は、「アラスアラサン」というお店で、そのURLは、

   http://www17.ocn.ne.jp/~alasan/home.htm

です。それで、ここに訂正いたします。
 また改めて書きますが、本日は出かける用があり、その仕事のあとも、また行くところがあるために、夜にならないと、それを書いていられません。
 まず、このことだけ、こうして簡単に書きました。
 改めて、「型染め&バティックKAMON」と「アラスアラサン」の紹介をします。

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 昨夜、千駄木「浅野」へ行ったのですが、帰るときに、すぐ近くの「KAMON」という店に寄りました。今までも何度か(たぶん2度ですね)寄ってなにかを買っています。店長の女性は、何故か私を覚えていてくれます。これは何でかなあ。いつも下駄で、酔っているからかなあ。
 昨夜買ったのは、写真のボタンでした。何で、こんなの買ったのかなあ。たぶん、これを長女にあげて、ポコちゃんの何かにしてもらおうと思ったのです。
 それで店を出たのですが、またすぐ戻って、以下の手拭いを買いました。ちょうど、いい手拭いが欲しかったというところでした。
07091401 それで、きょうは朝3時に起き出したのですが、「あの店は何という名前なんだろう」とインターネットを調べ出しました。
 そうすると、以下のホームページをすぐに見つけることができました。

   http://batik-kamon.com/  型染め&バティックKAMON

 このホームページが大変に素敵なので、感激してしまいました。

店 名 KAMON
住 所 文京区千駄木3丁目

 でも、ホームページをいくら見ても、住所電話等が判りません。私もいつも酔っているから、地図の上でもどこだと特定できません。
 とにかく夜店通りの、「浅野」からは1、2分のところですね。
 それで、この「KAMON」というのは、ホームページで判りました。タイ語で「蓮」ということで、オーナーの大好きな花ということです。

 私の好きな店になった思いがしまして、私のこのブログのサイドバーでリンクいたしました。

 この記事は間違いです。「型染め&バティックKAMON」さんと「アラスアラサン」さんにお詫びします。以下にまず簡単に訂正しました。

   http://shomon.livedoor.biz/archives/51133310.html

 申し訳ありませんでした。

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 昨日クライアントからの帰り、千駄木「浅野」に寄りました。

 そこで、来ているお客さんでスカイプをおやりの方を知りました。前にもお会いしたことがあった方でした。
 その方の個人のホームページが以下です。

  http://homepage3.nifty.com/etsuhiko-kamiya/

 この方の写真を拝見しまして、すぐにこの「浅野」にいくつも掲げられている写真だと気がつきました(いやもっと早く気がつくべきなのですが)。
 ぜひ、見てみてください。たくさんの風景写真があります。

 この方の会社のホームページは以下です。

  http://www.neo-kougei.co.jp/

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  谷中の町を歩いているときに に書きましたが、私がこのとき行ったのが、このお店でした。

   オーダーメイド下駄・草履のひらいや

 ここは、前に 谷中で下駄屋さんを知りました で書きました下駄屋さんでした。これは3月9日に始めて行きまして、購入して、そのときから履いていたのでした。
fdece8fe.jpg ここで購入した下駄が、この写真のものです。
 この前に行って購入したのが「いつかなあ?」と判らなくなっていたのですが、このブログで書いていることで、3月9日だと判りました。そして翌日から履いていました。そうすると、私はちょうど4カ月と10日履いていたのですね。

 きょう少し飲みましたが にも載せましたその下駄の画像をここにも掲げました。
 実は私は、もう先日革靴を履いて歩いてみて、靴ではうまく歩けなくなっている自分に気がつきました。
 いや、これはまずい事態ですから、靴でも普通に歩けるように訓練するつもりでいますが、もうだんだん、とんでもないじじいになりつつありますね。いや、おそろしいことに私はこけて転んでしまうのです。
 でもこのひらいやさんで、下駄を買う瞬間のわずかな時間がとても貴重なときに思えたものです。

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 23日に私は日暮里から、谷中の街を歩いていました。もう履いている下駄が大変に薄くなってしまい、このブログのサイドバーでリンクしています ひらいや さんで新しく下駄を買い替えるためにです。
 日暮里駅から、朝倉彫像館の前を通って歩いていきます。時間は午後2時30分くらいでした。いつもは暗くなってから歩いているだけで、こういう明るいときにこの街を歩くと、いくつもの発見があります。
 でも上野桜木から、言問通りを下るあたりで、私は何かの思い出が甦ってきました。私は、ここらのお寺のよくある路の中をけっこう歩いているときがあったのです。「あれは69年11月、いや70年7月かな」なんて思い出していました。たしか寒かったような記憶です。でも69年11月というと、私は東大闘争で保釈になって、また12月10日に逮捕される前ですから、やはり70年かなあ。
 とにかく、この街のたくさんあるお寺の間の曲がりくねっている路を私は歩いていました。三遊亭円朝の作品を思い浮かべたり、山岡鉄舟のことを思い浮かべて歩いていたものでした(これらの人の墓があるお寺があるんです)。

 でもなんで、こんな街を歩いていたんだっけと思い出していました。「ああ、そうかいろんなことがあったんだなあ」と思い出が甦ってきたものです。
 もう谷中(そして千駄木)は、今では私には、またたくさんのことがいつも心に浮かんでくる、私の故郷の一つになりました。だから私は谷中で飲んでいるのが好きなのです。

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 きのうは、新江古田に行きまして、そのあと上野での午後5時の打ち合せまで「時間があるな」と思っていましたが、神保町の三省堂へいきまして、吉本さんの本を購入して、秋葉原のヨドバシカメラでインクを買うと、もう時間が迫っていました。けっこう時間って、あっという間に、縮まってしまうものだなと、少し焦りました。
 でもそのあと、千駄木「浅野」で飲み始めましたが(先週土曜日に来ていて、私は記憶がないから、迷惑かけたかなあと心配でした)、ここでは、ビール1本とお酒を3本しか飲まないのですが、何故かもうけっこう酔っていました。なんでかなあ。ついちょっと前には、このあと2軒飲みにいっていたものでしたが。

 でもきょうは、この事務所内で仕事だったのですが、実にこの王子をあちこち飛んで歩きました。王子は、もう銀行がどこもあるし、郵便局の本局もすぐそばなので24時間使えるし、その他、いろいろなところがあるので、もう必死に自転車で動き回っていました。
 電話も、ケータイがけっこう鳴るし、スカイプでも電話してくる方がいます。思うんですが、スカイプにしろ、ケータイにしろ、これで話していると、他の電話に出られないのですね。そして、ケータイメールもGメールもフル回転です。
 そしてきょうは、けっこう郵便も出しました。私は速達でよく出すのですが、きょうは普通郵便でも出しました。明日、明後日が土日だからです。もちろん、速達も出しました。宅急便よりも、速達のほうが早い、安いとなるときは、そちらにします。
 前にも書きましたが、「不在のときにはポストに投入してください」と書いて、宅急便もよく使います。
 ついでに、銀行へ行って、クライアントのある支払いをしたあと、王子北口の私の好きな酒屋「酒遊館 藤や」で、お酒も買ってきました。
 あ、今夜は、手紙も書こう。ケータイメールではなんだか書きにくい内容を、手紙で書いて明日はポストに入れます。

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 6日は、私は三ノ輪から都電で、面影橋で降りて、甘泉園に寄りまして、そしてそのあと早稲田通りを歩いて、最後は東西線に乗りました。
 そして、大手町で、少し飲み始めました。でももうそこから帰ったと思っていましたが、私のデジカメには、画像が映っています。
 それをUPします。

 最初は、大手町の地下街のどこかです。

07040611 そして千代田線に乗って、何故か千駄木で降りて、「浅野」で飲んでいます。何故飲んだと判るかというと、領収書を持っているから。マスターもマまさんも、ちゃんとわざわざ領収書を渡さないと、私がまったく記憶がなくなっているから、思い出さないだろうと思ったのでしょう。
 私もその領収書と、この画像で判ったのです。いつも申し訳ないことです。
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 私は 由比ヶ浜大通りで買った下駄 で書きましたように、この下駄をこのところずっと履いていました。でもこればかり履いているので、だんだんと下駄がちびてきました。さて下駄を買いたいのですが、王子のどこでも売っていません。着物を売っている店はいくつかありますし、そこで足袋は買えますが、下駄はありません。雪駄は売っていますが、下駄はないのです。
 それで、またこの下駄を買うために鎌倉の由比ヶ浜大通りまでいくかと思っていました。
 ところが、12日の夕方、千駄木の浅野に行くときに、夜店通りで、この下駄屋を見つけました。また違う日に来ようと思いましたが、自分に「違う日っていつのことだ」と自問して、また戻って店に入りました。
 店のおやじさんは、すぐにこの写真の下駄を選んでくれました。今思えば領収書をもらっておけば良かったな。領収書があれば、その店の名前も住所も判るからです。今では、もう店の名前すらわかりません。

 浅野で飲んだあと、もう1軒行こうと歩くなか、「そういえばさっきの下駄屋さんはここらへんだったよなあ」と思って道を行き戻りしましたが、もう日が暮れていて、お店も灯を落とすと、もう判らなくなってしまうのです。
 ここの画像が、その私の買いました下駄です。でもとてもいい下駄です。2,000円でした。
 また近いうちに買いにいかなくちゃと考えています。

top22 この画像は、今は「ブログ将門」という名称ですが、近い将来「将門Web」のTOPページになるここのバナーです。
 これきのう作ったのですが、いつ作ったのかなあ。きのう 浅野 で飲んでいたので、その直前に作ったのかもしれません。

 以下も同じ新しい将門Webのバナーです。

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 思えば18日は プロジェクト猪 の勉強会の日だったのに、すっかり忘れていました。
 
 その18日の 浅野 なのですが、ここで時々お会いしますご夫婦と一緒になりました。私はときどき詩吟をやるので、「私も昔教わったことがある」といいまして、ひとふし詠われます。昨年には、「孤軍奮闘〜」と詠われて、そのあと当然に私は、この詩を吟いました。 西道仙「城山」 です。この旦那さんは、昔満洲にいまして、国民学校で、この詩吟を習ったといいます。たしか昭和14年のときだったと言っていました。「あのころは私の黄金時代だった」とその少年のときを思い出されていました。
 今回は、「鞭声粛々〜」と詠われましたので、また私はしばらくたって(だって、まだ飲み始めたばかりだったから)、頼山陽「題不識庵撃機山圖」を詠いました(その前に、もう一つ詠いましたが)。これは 「上杉謙信をめぐる詩」 で扱いました。
 奥さまは、「川中島とはどんな処なの?」と聞かれますので、犀川と千曲川の交わる川中島を説明しました。本当は絵入りで答えたかったな。善光寺があり、茶臼山があり、そして妻女山がありという地形がまず、頭に入らないと、あの戦いは理解できません。
 でも、その旦那がいた満洲の話もいろいろとしてみたいですね。満洲映画、満鉄、甘粕、橘撲等々、いくらでも思い出します。あ、そういえば私は「満鉄の唄」を唄ったな。東海林太郎が唄っていました。
 ゴールデン街で飲むと、私たちの年代以下の方々ばかりでして、学生運動の思い出を聞かれたりすることが多々あるのですが、この「浅野」だと、もっと昔の話になりまして、実に愉しいです。そういえば、灘の「白鹿」と、茨城真壁の「白鹿」との商標登録の裁判闘争に話もしましたね。
 写真は、その「浅野」での最初の肴です。

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 昨夜実にひさしぶりに、外で飲みました。ただただひたすらに、千駄木「浅野」 で飲みたかったのです。
 なんでも、私のホームページで、この「浅野」の記事を見た人が、この店においでになったようです。それは嬉しいことですね。
 そういえば、次の店にいくときに、広い道を渡るときに、その道の真ん中で知っている顔の女性とあったな。
 だんだん、思い出していくと、記憶を失ってしまったことをいくつも思い出していきます。私はいつも、最初飲んだときにことしか覚えていないので、すぐ翌日の今になっているだと思い込んでいますが、なんだか、あちこち歩き回っているようです。いつもデジカメを見ると、なんだか訳の判らない風景がいつも撮ってあります。
 写真は、浅野の、焼き魚のさわらです。
 
 あ、それから、今年の花見は、2日です。今年もまた谷中墓地の五重の塔跡でやります。まあ改めて広報します。

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