将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:原田芳雄

13011903 こんないいことがありました。
  http://matome.naver.jp/odai/2135835240812879401日大芸術学部に雪が降るとそこがアトリエになる

 たしか、前にこの江古田の日大芸術学部を通りの外から拝見しました。あれは一昨年だったかなあ。
 私はたしか1968年10月のここの芸闘委のバリケードの中で三里塚闘争の映画を見たものでした。懐かしいです。

 そういえば、原田芳雄さんのご自宅へ行ったときも、この江古田から行ったものでした。 数年前のことです。いや15年を越えているかなあ。
 一昨年のことは、私のブログの記憶をちゃんと見れば、分かるかもしれませんね。

11072108 いや、いくつものことを思います。明日じゅにとブルータスの顔を見て、それで私は少し安心します。

2011/07/23 12:25今NHKの「生活笑百科」を見ています。
 これはいつも見ています。考えてみればいつから見ているのだろう。随分昔から見ていますね。
2011/07/23 18:31原田芳雄さんを思い出します。思えば、私は2度しか会っていないのかなあ。私のクライアントの新事務所(というか、7階建ての、あ、地下もあった)の設立パーティのときと、彼のご自宅にお伺いしたときです。彼のご自宅では彼の奥様含めて大事なお話をしたのでした。
 思えば、原田芳雄さんは、私は昔「原田」という偽名を使っていたこともあるように、実に好きな俳優でした。いやこれは実に私には大変でした。実に芝浦工大事件で、少し逃亡している時でした。私はうまく偽名を使うことができないのですね。1969年の9月のことで、私はやっと東大闘争で保釈になって、まだ1カ月にもなっていないときでした。
 思い出せば、(この間に、大事な電話がありました)あの当時もいくつものことがあったのですね。69年8月20日に保釈になって、12月10日にまた逮捕されました。でもあの短い期間にもいくつものことがあったのですね。いくつものことを思い出します。

 もうこれでUPしないといけないですね。

11071715 原田芳雄さんが亡くなったというニュースで、ただただ驚きました。ただただ悲しい思いです。

2011/07/20 06:25新聞を開いて昨日19日に原田芳雄さんが亡くなったということです。つい先日映画完成のときに、原田さんが声がでないので、石橋蓮司さんが代わりに挨拶したことをテレビで放映していました。まだ71歳でしたからそんなときではないのにという思いです。
 私は彼の家にも行ったことがあります。大変に綺麗な奥様でした。「君よ憤怒(ふんど)の河を渉れ」の映画で、主役の高倉健さんと並んで大変に中国で人気があったものでした。私の友人の燕尼(私の親友の堀雅裕の奥さん)がファンで、私の友人の会社のイベントで原田芳雄さんが来てくれたときは驚いていました。あのときは、松田優作さんも来ていたのでしたね。
 だんだん思い出すと、私が学生運動のときに、69年秋から72年夏くらいまで私が使っていた私の偽名が「原田」でしたね。これはもちろん、原田芳雄から使ったものです。
 それから、日経新聞でアップルの社長が、「もうパソコンではなく、iPoneの時代だ」とかいう発言を、「なんだか、当たり前のことをいうな」という思いで読んでいたものです。でも急に、この記事を知りたいと思いましたが(私はガラパゴスでも読んでいます)、でももう紙の新聞でもガラパゴスでも、その箇所を見つけられないのです。
 私は以前はいつも鞄を背負っていて、それにはノートパソコンを入れていました。ただ昨年の一月から、もう鞄は背負わなくなりました。しばらくはポメラを持って歩きまして(脇のデューロカーゴDC-15に入れます)、今では両脇のデューロカーゴDC-15にIS01とガラパゴスを入れています。
 いまも電車の中で、パソコンで何かを打っている40代のおじさんがいますが、私はそれを見て「古いな」としか思えません。あれは私の90年代の姿ですよ。今は私はスマートフォンIS01でインターネットに打っていますよ。私はケータイではうまく打てないのです。パソコンと同じくローマ字入力でないと駄目なのですね。

 原田芳雄さんのことと、「もうパソコンではなく、スマートフォンの時代だ」を書きました。でもこれもポメラで打つのは大変なのです。あとでパソコンで訂正追加ばかりです。これがIS01だと違うのですがね。

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 テレビで「どついたるねん」を見ました。映像の中の原田芳雄さんも麿赤児さんも懐かしいです。

2010/06/10 06:00さて、もう30分前から起きています。
 今パソコンが再起動になりました。パソコンはほぼ常時機動してありますので、すぐに書き込みもできるし、インターネット検索もできます。
2010/06/10 11:18今「どついたるねん」を見ています。この映画の最初の試写会は六本木でした。あれは89年だったんだ。そのあと私の知っている防衛庁そばのゲイバーへみんなで行ったものでした。あのときは、島成郎さんもいたのでした。彼は最初に私を指さして「彼には飲まさないで」と言ったものでした。
 でも原田芳雄さんも何故か格好いいですね。彼の自宅へ行ったこともあります。奥様がとても綺麗な方でした。
 映画の思い出も懐かしいし、あの飲んだ思い出も懐かしいです。
 この映画は、荒戸源次郎さんとの関係で行ったものでしたね。監督は阪本順治さんでした。荒戸さんともあの頃からの付き合いなんだなあ。

 荒戸さんのこのあとの最初の監督としての映画も見たものでしたね。あれは国技館でした。

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