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 私は3月20日の米英軍によるイラク攻撃をテレビの画像で目の前にしたときに、もうなんだか気が抜けてしまったようなむなしさを覚えました。「もう何をやっても、このまま行くんだろうな」という思いでした。
 私は3月8日のイラク反戦デモに行く前に、「周の掲示板」に次のような書込みをしました。

本日午後1時日比谷公園噴水前に 投稿者:周  投稿日: 3月 8日(土)10時43分47秒

 ひさしぶりのデモにいきます。以下を読んでください。午後1時に私は日比谷公園の噴水前にいます。
 イラクのフセインを許す気持にはなれないけれど、本来それを決めるのはイラクの国民です。
 そして英米の「なにがなんでも戦争をする」ということと、日本の政府がなしくずし的にそれに迎合していくことは許せない気持です。

 こういう思いで、日比谷公園に行って4万人の参加者を見て、またその隊列の中でデモをしたときに、私は「米英がイラク攻撃をするのは、もう間違いないのだけれど、でもでもこれだけの人が世界中で反対すれば、なにかが変えられるかもしれないな」という思いも持ったものです。
 それで、「次のデモはいつだろう。アメリカ大使館への抗議というと、アメ大って、どこにあるの?」なんて聞いていたものでした(私は学生時代にアメ大には行ったことがありません。反米闘争なんて絶対に嫌でしたから。私たちの時代も日本帝国主義と闘っていたつもりなのです)。
 でも私は実際の開戦になって、アメ大へも行きませんでしたし、21日5万人が集まったと言われる芝公園にもいきませんでした(これは安田弁護士に関する集会が同日にあったこともあります)。なんだか気の抜けたような自分がいました。
 だがやはり、ここでなんらかのことをはっきりさせておきたいのです。

 まず、やはりイラクのフセイン政権は許すことができません。フセインは、1980年代にイランと戦争をし、化学兵器を使って大量の人員を殺戮しつくしました。また1990年8月には、隣国クウェートを侵略し、これまた、たくさんの民間人を殺戮しました。今日でも、このときにフセインが拉致したクウェート人600名は釈放されていません。また同じ国民であるグルド人にはずっと大量の化学兵器を使って弾圧を続けてきました。 こんなフセインのイラクに対して、国連が化学兵器、生物兵器、核兵器について査察を行うのは当然のことです。だがフセインは、まったくその査察に対して協力しませんでした。協力しないどころか、武力で妨害をしてきました。
 国連安全保障理事会は、イラクに対して大量破壊兵器の全面廃棄、クウェートに対して行った不法行為への陳謝と原状復帰を要求しましたが、まったくフセインは受け入れていません。
 こうした背景がある以上、国連として「制裁措置を発動する」というのは、いわば当然だと私は思います。せっかく第2次世界大戦の非情な体験から、私たちは「国際連合」という平和のための組織を作ったのですから。
 でもでも、そうだとしても、私は米英がやってしまったことは、このせっかくの「国連による解決」ということをぶち壊してしまったものだとしか思えません。本来なら、米国も、そうした国連の安全保障理事会の決議で行動を起こしたかったことだと思います。だが、とにかくこの3月中旬には、開戦しないとならない(イラクの砂漠の砂嵐の問題と、4月以降の熱さの問題のため)ということで、ただただ突っ走っただけです。

 それに私は米英に対して不快になるのは、イランを押さえるために、米国こそがフセインを一番支援してきたのではないのか。そもそもイラクなんていう国はなかったのに、イギリスが第一次世界大戦でトルコから勝手に領土を奪って、このイラクをデッチあげただけじゃないのか(ついでにイギリスはクウェートもまたデッチあげた。さらにヨルダンとパレスチナを奪った。同じくフランスはシリアとレバノンを勝手に奪った)。
 そうしたことを米英も明確に反省してほしいのです。そうでなければ、今回一旦イラクを占領できたとしても、また憎しみが憎しみを増すだけです。だって「たしかにフセインも許せないが、米英のずるさひどさも許せない」というアラブ人の思いは、もっと大きくなるだけでしょう。
 それから、現在米軍がイラクに降らせているたとえば、「BLU爆弾」ですが、これは「気化ガス爆弾」とも言われ、落とした場所の500メートル以内の四方すべての生物を死滅させるといいます(実際にアフガンでは米軍は大量にこの爆弾を落とした)。これこそが「大量破壊兵器」じゃないのですか。イラクが使っているだけではなく、米軍だって使っているんじゃないの。
 それと、また私はいいたいのですが、「人間の楯」とか言って、イラクへ行って、イラクのフセインのためにやっている日本人ですが、私はまことに許せない気持です。人間の命を、自分の命をどう考えているのか。それとも、「自分たち日本人なら、米英は遠慮するだろう」という甘えなのか。こんなの、自爆テロを肯定したり、日本の大東亜戦争のときの特攻隊を肯定するのと同じですよ。私は自分の子どもたちや、まだ小さい姪の子どもたち(昨日私の家に遊びにきました。小学1年生と4歳の男の子です)に、こんな「人間の楯」なんていう疲弊した卑劣な思考法を説明できませんよ。

 なんとなく支離滅裂なことをそのまま書いてしまいました。
 やはり、また行動していきたく思います。今度の反戦集会とデモは4月5日だということです。どうしても許すことができないことは、自分自身で行動してまいります。