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 やはり、足袋にしてからいいですね。義弟と妻が日本キリスト教団王子教会の「召天者記念礼拝」に行くのに、忘れ物をして午後12時ちょっと前に私が届けました。
 またたった今は、王子郵便局とサミットストアにも行きました。足袋をしていると、実に軽快に自転車で走れます。
 こうして、王子の街をあちこち走っていますと、実にいい街だなと感じます。

 今この王子教会のブログを読みまして、11月12日の週報コラム「ひだり手」で次を読みました。

★王子教会の礼拝の説教で丸2年をかけてマルコによる福音書を読んできました。今日でマルコによる福音書を全部読み終えることになります。改めて読み通してくる中で、新たに気づかされたこともありました。
★マルコによる福音書は他の福音書に比べて、イエス様の「言葉」よりも、その立ち居振る舞いに焦点が当てられていることが多いような気がします。

 思えば、私が聖書では「マタイ伝」の次によく読みましたのは、この「マルコ伝」でしょうか。

 以下マルコ伝の第15章です。

三時にイエス大聲に『エロイ、エロイ、ラマ、サバタクニ』と呼ばわり給ふ。これを釋(と)けば、わが神、わが神、なんぞ我を見棄て給ひし、の意(こころ)なり。傍らに立つ者の或人々これを聞きて言ふ。『見よ、エリヤを呼ぶなり』。一人はしり徃きて、海綿に酸(す)き葡萄酒を含ませて葦につけ、イエスに飮ましめて言ふ。『待て、エリヤ來りて彼を下すや否や、我ら之を見ん』。イエス大聲を出(いだ)して息絶え給ふ。聖所の幕、上より下まで裂けて二つとなりたり。イエスに向ひて立てる百卒(ひゃくそつ)長、かかる樣にて息絶え給ひしを見て言ふ『實(げ)にこの人は神の子なりき』

 でも、もう少し引用したいのですが、やっぱり文語で舊字で書くのは大変なんです。
 思えば、学生運動をやっている学生の頃、少しのキリスト者に会って話をしたことがあるけれど、もう少し話しておけば良かったな。

 あ、足袋をした下駄で自転車で走るのはいいなあ、という話から違うことになってしまいました。

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