将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:司馬遷『史記』

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 毎日「源実朝『金槐和歌集』」を書いていますが(今日はまだ書いていません)、実朝の最後の歌「出テイナバ主ナキ宿ト成リヌトモ軒端ノ梅ヨ春ヲワスルナ」を思い出し、司馬遷の『刺客列伝』を思い出しました。

 この「司馬遷『史記』」の『刺客列伝』の中の荊軻のことで、

   風は粛粛として易水寒く、壮士一度去ってまた帰らず

と書いてあるのですが、私はこの荊軻を思い出しましたのです。思い出せば、私が高校1年の9月に読んでいたものでしたね。高校の授業中に読んでいたものでした。実朝も読んでいたのかなあ。
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X12121504 萩原周二よりの個人的情報発信 2012.12.15

1.私は今日の浦和会の知らせをEさんから受け取っているはずだと思っていましたが、ケータイメール内にないので焦りましたが、Cメールだったのですね。これで確実に行きます。
 またここに書いたことを、私のインターネット上のブログ

   http://shomon.livedoor.biz/  将門Web

にも、今夜15日か明日16日に、この文章をUPします。なおその際に、固有名詞他は、別な名称にします。

2.私はこの将門WebにUPしている量は、ただただ量だけは、世界の米国にも中国にも負けていません。ただUPする数は中川翔子さんなどのほうが上です。ただし、量だけですよ。質はダメに決まっています。
 ただとにかくこうして日々書いていけることは嬉しいことです。私は月に、200くらいのUPをしています。
 それとここに私は読書の感想文を「周の雑読」と称してUPしています。もう数は1,600を越えています。とにかく、これを3,000書いていくつもりです。やがては5,000を越えるつもりです。
 本を読むことはいいのですが、その読んだ思いを書くことが大事だと考えているのです。
X12121508 今私は「司馬遷『史記』」の黄帝から始まる五帝から、夏を終えて、今は殷のことを書いている途中です。まだ書いて行きますが、周の西周の時代を少し書いたら終わりです。いやそれ以降は、またいろいろと他の本でも書くことがあって『史記』だけと限らないのです。ただし、『史記』も五帝の前の三皇のことはあいまいというか記録がないのですね。

3.上の本のことだけでなく「周の映画館」と称して見た映画のことも多く書いています。前には、任侠映画が多かったのですが、今は今年封切になった映画も書いています。今日本映画はいいですね。最高だと思いますね。
 今私は64歳で老人ということで、映画は実に安価に見られるのです。そして必ず私はプログラムを買うのですが、今回「降旗康男『あなたへ』」はこのプログラムがすべて売れきれで困りました。
 もちろん、私のブログには、私の文章だけでなく、映画のいくつかのシーンの画像も入れていますよ。

4.その他私のブログ将門Webでは「周のニュース」ということで、いくつものことを書いています。今日書いた「米東部コネティカット州の小学校での銃乱射事件」は悲しく嫌な悔しい事件でした。
X12121506 いや私はこの毎日のニュースでは、ITのことも、健康についても、その他も書いていますよ。私のような酔いどれが、パソコンからインターネットを通じて書いていけることは嬉しいことなのです。嫌な悔しいことでも、できるだけ毎日書いて行きます。

5.その他日経新聞の連載小説である「浅田次郎『黒書院の六兵衛』」も毎日書いています。明治維新という大きな転換点を、今までの歴史や文学では書きえていなかった、この小説が実にいいです。私も毎日書くことで、今の現状も見えてくる気がしています。
 私の思いでは、この「浅田次郎『黒書院の六兵衛』」は夏目漱石にも森鴎外にも負けない作品だと思っていますよ。

6.またNHKの連続ドラマ『純と愛』についても毎日書いております。これは実にいいドラマです。ときどき思い出の中に出てくるおじいの姿を見て私はいつも涙しています。
 こうしてドラマが見られて私はものすごく嬉しいです。

7.私が毎日書いておりました『吉本隆明鈔集』は私が過去書いたものは終わりました。もちろん、これからも書いていくつもりですが、まずはひとくぎりしました。
 私には吉本(吉本隆明)さんが亡くなられて、なんだかものすごく寂しいと同時に、もう俺も終わりにすべきかななんて思いましたが、それは吉本隆明さんの言われていることと違う、もっと寂しくとも生きて行こうと思っています。X12121507

8.私の孫、ポコ汰朗、ポニョ、ポポ、じゅには私の将門Webのサイドバーに今日現
在次のようにあります。

ポコ汰はいくつになったの?
ポコ汰は1月3日生まれ
5歳11ヶ月12日♪
★6歳の誕生日まで19日★

ポニョはいくつになったの?
ポニョは8月2日生まれ
4歳4ヶ月13日♪
★5歳の誕生日まで230日★

ポポはいくつになったの?
ポポは2歳7ヶ月4日♪
★3歳の誕生日まで147日★

じゅにはいくつになったの?
じゅには2歳と26日♪
★3歳の誕生日まで339日★

X12121505 私は上の三人へは、できるだけあまり行かないようにして、一週間に2回くらい行っています。この三人の保育園のクリスマス会へは22日、じゅにのには、26日に参ります。
 この孫と会えることと、毎日吉本(吉本隆明)さんのことを書いていけることが私の今の無上の喜びなのです。 以上

12112612 この「夏王朝時代の日本列島と史記」(これは私の「中国の夏王朝のことで」に書いています)に以下のようにあります。

史記が、この江南の地を、「夏王朝の諸侯集合の地」である会稽(会計)として記録したのは、司馬遷がこのような背景を暗示したと見なされます。

 私は「司馬遷『史記』(小竹文夫・小竹武夫訳)」(世界文学大系全2冊)を読んだだけですので、そもそもそんなにわからないというか知っているわけではありません。
 尚書(書経)も読んでみないといけないよな、と自分に言い聞かせています。ただもう私は64歳になりまして、それでも読むべき本はたくさんあり、「書経」に向かう意欲が湧きません。
 そもそも、黄帝、堯、舜、禹は私にもいくらでも親しみがわく存在ですが、啓、益となると、私はそれほど知らないのですね。顔が想像できないのです。もちろん、黄帝、堯、舜、禹も顔が想像できるとはいえないのですが、それでも何か親しみがあるのですね。
 ただ、私はどうしても書経よりは史記を信じてしまうのです。孔子の言葉よりも私は司馬遷なのですね。それは私にはいくつものことがあります。
 そうねえ、司馬遷のような歴史家、激烈な歴史家を信じてしまうのです。あの時代の幾多の人も司馬遷が書いてくれたからこそ残っていると思っています。
 ヘロドトスやトゥキュディデスがいなくてもソクラテスもプラト12112613ンもいたのは間違いないでしょう。でも司馬遷が書いてくれたからこそたくさんの人が今も私たちは知っているのです(孔子だけはただそれだけでも存在していますが、いや他にもいますが)。
 いやこのことはまた別に考えて行きたいなあ。

12111630 いやこの私のブログに書くこともちゃんとできていないですね。情けないです。

2012/11/17 06:35昨日は10時から孫の保育園へ行きまして、午後1時35分からは王子シネマで「北のカナリアたち」を見ました。この映画を見た私の思いも今日書いて行きます。そうだ、昨日「司馬遷『史記』」も書きませんでしたね。
2012/11/17 07:52またこれを書きます。昨日書きました過去の私が書いたはずのことで、でもないようです。だから今日書いてみます。
2012/11/17 11:30上に書いたことはまたやります。なかなかいくつものことがあってやれないのですね。

 昨日三匹の保育園で見たことをもっと書いていかないといけないなあ。

201707030512102811うこのポメラで書くのは大変です。三皇五帝を書くのも大変なのです。

2012/10/28 06:31「はやく起きた朝は」でハロウィンのことを話していました。昨日の三匹のことを思い出しました。ポコ汰は鬼太郎、ポニョは猫娘、ポポは目玉おやじでした。
私も遙かな昔、昭和30年(だったと思うのです。29年ではなかったと思うんだなあ)の札幌での出来事を思い出していました。
けっこう寒くなりましたね。
2012/10/28 07:31今日もまた「がっちりマンデー」を見始めました。今日はまた三匹の孫の会いに行くつもりです。
2012/10/28 12:16どうしてもポコ汰に電話してしまいました。昨日もっといたかったな。それでポポも電話でばあばと喋っていました。
2012/10/28 17:32「笑点」を見にきました。
2012/10/28 18:24「司馬遷『史記』」の「本紀」の最初を読み返しました。黄帝は少しは書いてあるが、二代目顓頊(センギョク)、三代目帝嚳(テイコク)、・・・もうポメラでは面倒です。あとでパソコンで書きます。
121028122012/10/28 19:52もうすぐ「平清盛」を見ます。今日はたしか鹿ケ谷ですね。

五帝の名前を書こうとしましたが、大変ですね。このあとインターネット上で現すのも大変なんだろう(できないのだろう)な。

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10120208 このところ、ずっと毎日「読書さとう」ばかりUPしています。「読書さとう」は私が過去読んだ本のことを書いていますので、なんとか書いていけるのです。だが「歴史さとう」はテーマを決めて、それに合わせて書いていかないとなりません。
 前には、各歴史上の何人もの人物の好きになった人物のことを書きました。それがどうやら、100回続きました。今度は戦争のことを書こうと、思っています。最初は、「日本の戦争」そしてそのあとは、「中国・アジアの戦争」「ヨーロッパの戦争」(各題名はこれでいくかは、まだわかりません)と考えています。
 でもそうすると、例えば、日本の戦争では、最初は「壬申の乱」を考えています。いや、その前に「磐井の乱」があるのですが、これは歴史の中でもはっきり書かれたものがありません。それに、邪馬台国女王卑弥呼がいるのですが、これまた日本の歴史の中ではっきりしていません。その中でいくつも戦争があったわけですが、どうにもはっきりとした文献がありません。
 いや、そもそも、世界中でも同じなのですが、中国には「司馬遷『史記』」があり、ヨーロッパには、ヘロドトスもトゥーキュディデースやいくつもの文献があります。中国の『孫子』『呉子』も、『戦国策』やいくつもの文献は、いわば司馬遷の中にすべて書かれていると言っていいでしょう。でも日本にはそうした文献はないのです。『古事記』『日本書紀』は、はるかにあとの時代なのです。
  そんなことで、「歴史さとう」はまだ書き出せないところなのです。

ee611af8.jpg 書籍に関して、この日本でも早くキンドルで読んでいきたいと思っています(いえ、書籍でなくてもいいのですが)。私は書籍は電車の中でしか読みませんが(雑誌はパソコンの前で読んでいます)、実に数冊持っていると重いです。ただし昨日ここでも紹介しましたし、「読書さとう」で紹介した深澤直人さんの本は重くて持って歩けません。プロダクトデザインの作品がいくつも見られる書籍ですから、できたらキンドル用の書籍になったほうがいいと思うのですね。だからもちろん本を全面的に作り直す必要がありますが。
 いや私は司馬遷の「史記」も太宰治の本もキンドルでこそ読みたいですよ。
 画像は王子図書館でもらいました。図書館では実によく本を借りています。本はすべてインターネットで注文して用意ができる(それはすべてインターネット上で分かるのです)と借りに行っています。(03/25)

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