将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:吉川英治

12090516 昨日、どこかのサイトを見て、「あ、これはひどいな」と思い、その場で書き込みしました。それは私のパソコンで書いてからUPしたのですが、その返信をそのサイトへ確認したいのですが、実は、それがどこのサイトだったのか、すっかり忘れ果ててしまいました。
 私が書き込みましたのは、以下の内容です。

陳寿と羅貫中がまったく逆ですよ。陳寿が正史『三国志』、羅貫中が『三国志演義』です。また「羽柴秀吉が若い頃、竹中半兵衛を迎えた三顧のシーン吉川三国志の名場面の一つ」も誤りです。これは『新書太閤記』で、「三顧」なんて言葉はどこにも出てきません。

 もうあまりにひどい誤りが書いてありましたので、こうしてすぐにコメントしたのですが、それがどこのサイトが分からなくなりました。
 もし、どなたかが分かりましたら、教えてください。これじゃ、吉川英治が泣くよな、と思いすぐに書き入れて、私が肝心のそのサイト名を失念しました。

12010915 思えば、じゅにのウンチの処理をしながら、各三国志を思い出していたものでした。

2012/01/10 12:56家を出るのが遅くなりましたので、今になりました。途中で昨日もらいましたメールで、北方謙三の名前がありまして、この彼の「三国志」のことを考えました。あとで私のブログで改めて書きます。
 もう私はいくつものことを正確に思い出せないのですね。これはまったくまずいです。情けないです。いや私には北方謙三さんへの批判があるのですね。
 それにしてもやはり吉川英治という人は、すごいです。彼の「三国志」は、原作の正史「三国志」よりも、「三国志演義」よりも上なのじゃないかなあ。いや、私は吉川英治を思い出すなか、「私本太平記」も思い浮かべました。
120109162012/01/10 13:22いや上の三国志を思い出す中、私はじゅにのウンチの処理をしました。
 いや私はそのほかに、横山光輝のマンガの三国志、柴田錬三郎の「英雄ここにあり」を思い出します。そして宮城谷昌光の「三国志」(これはまだ完結していない)ですね。
 そのほか私は吉川英治の作品を思い出します。
 上の2作のほか、「新平家物語」「宮本武蔵」「鳴門秘帖」・・・
(この間は食事でした)
「太閤記」「神州天馬境」「天兵童子」「新・水滸伝」・・・でもでもこうして各作品の固有名詞を書くのも、ものすごくこのポメラという機器は大変です。この機器の大きな欠陥じゃないかなあ。
2012/01/10 14:36そうですね。明日から、このポメラで私が過去読んだ各作品名を書いていこうかなあ。プロレタリア文学とか自然主義文学とか、今では誰も(私も)読まないだろう作品が最初です。
 この機器ポメラで書くのは大変なのですね。そもそも辞書があまりに悲惨です。それで普通なら、機器を投げ出したくなるものです。
 それを私はやっていこう。
2012/01/10 15:36私は高校2年のときに、文学史の近代現代文学の中で、「吉川英治は扱われないが、何故か」とただしました。大衆文学という言葉が出るなか、私はでも「今純文学というと、いわば「伊藤整『「変容』」くらいなもので、だから吉川英治のほうが偉大で、何故それを認めないのか、そもそもこういう文学史がくだらない。例えば近代文学でも坪内逍遥「小説神髄」より、「二葉亭四迷『小説総論』」の方が遙かに上だ」と述べたものでした。
 しかし、このときの現代国語の先生は、「ボクは『小説総論』は読んでいないんだ」といいまして、実にその翌週には、これを全文ガリ版で印刷してきたものでした(あの頃は、パソコンもコピーもないのです)。
 そのことを今でも懐かしく思い出します(この先生は10年くらい前に亡くなりました)。

 この最後に書いた先生を思い出します。彼は東大を出た先生で、彼が亡くなってしまった我孫子の湖北の家の前まで行きまして、私は涙が止まらなかったものでした。

井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.09.29)

で述べたことの続報です。周はしつこいですね。「宮本武蔵」借りてきまして、調べるつもりが、ついつい読み耽ってしまいました。さて、

11082503私はこの文に書いてある、伊織と武蔵のシーンは「宮本武蔵」にはなかったと思います。なんでこんな勘違いするのかな。これは同じ吉川英治の「天兵童子」の中の話なはずです。

と書いた件ですが、「宮本武蔵」の中にこの記述はありました。ただし、これはまず武蔵と伊織の話ではありません。まして「天狗跳切の術」という言葉は出てきません。これは「宮本武蔵」の「円明の巻」の「麻の胚子」という章で、柳生兵庫が丑之助という百姓の子が剣道を習いたいというのを、道場で教え、丑之助が兵庫の肩のうえを跳び越えるのをみて、そのわけを聞くところにあります。

 「ふゥむ? ……麻の胚子でか」
 「あ、春先、麻の胚子を蒔くんだよ。すると、土から青い芽がそ
 ろって出て来るがな」
 「それをどうするのか」
 「跳ぶのさ−毎日毎日、麻の芽を跳ぶのが修行だよ。あたたかく
 なって、伸び出すと、麻ほど伸びの早いものはないだろ。それを
 朝に跳び、晩に跳びしていると──麻も一尺、二尺、三尺、四尺
 とぐんぐん伸びて行くから、怠けていたら、人間の勉強の方が負
 けて、しまいには跳び越えられないほど高くなってしまう……」

 結局、「宮本武蔵」の中にこれがあったわけです。私の記憶にはありませんでした。あとは「天兵童子」を調べたいのですが、どうしようかな。どこにいけば手にはいるかな。我孫子の図書館はあてにならないし。でもそれではっきりすると思います。
 また何とか調べてみます。(92-10-03 04:20:57)

4たび井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.10.06) へ

11082409井上ひさしが吉川英治「宮本武蔵」のこと(1992.09.28)

のことですが、やっぱりちゃんといおうと思います。昨日は新聞を書き写すのが面倒になってしまったのです。私はもっていないので、確認できないのですが、できましたら、「宮本武蔵」を持っている方、調べていただければありがたいのです。私はこの文に書いてある、伊織と武蔵のシーンは「宮本武蔵」にはなかったと思います。なんでこんな勘違いするのかな。これは同じ吉川英治の「天兵童子」の中の話なはずです。

  いずれにしても、わたしたちの吉川武蔵への傾倒ぶりといった
 らたいへんなもので、たとえば作中、武蔵が弟子(伊織だったと
 思いますが)に麻の実を蒔いてその上を毎日飛ぶようにと命じる
 部分がありますが、わたしたちはみんな、自分たちもそう命じら
 れたような錯覚に陥って、てんでに裏の畑に麻を蒔きました。蒔
 いてどうするのかいうと、毎朝その上を跳ぶ。麻は成長が早く丈
 も高く伸びますから、その上を跳んでいれば自然に「天狗飛切の
 術」が会得できるはずでしたが、たいていの子は夏休み前に断念
 していました。そのころ麻は背丈ほどにもなりますからこれはも
 う走り高跳びの選手でなければ跳べません。そこで泣く泣く剣客
 の道を諦めるわけですが、こんなふうに吉川武蔵の影響は大でし
 た。

 たぶん井上ひさしさんは、昔紙芝居か、少年雑誌で読んだり見た「天兵童子」が記憶にあり、それを「宮本武蔵」の伊織と武蔵の姿と思い込んでしまったのではないのでしょうか。しかし、これはこの文の中でかなりな核心の部分ですよ。例え記者の問に答える形としても、なんでこんなこと調べもしないでそのまま載せてしまうのかな。いや私はまず井上ひさしを問題にしているのです。すくなくとも井上ひさしは日本の大作家でしょう。こんなのでいいのですか。なんだか日本の作家の水準が疑われますよ。また毎日の文芸の記者も、すくなくとも「宮本武蔵」は読んでいるのだろうから、その場で指摘できないのがおかしい。そうすれば、大作家に恥をかかせないですむのです。
 いや恥をかくのは私かもしれません。誰かご自宅に「宮本武蔵」もっていたら、調べてもらえませんか。私もいつか調べますが、きょうのきょうにはどうにもならないのです。やはり「どうでもいいこと」ではなく、すこし憤りました。だって、大新聞に大きく堂々とのっているんだから。吉川英治と文学をなめられたような気がしたもので。

11082209 さきほど毎日新聞の夕刊の「井上ひさし郷談−生誕(吉川英治)百年『武蔵』の理想に思い」を読んでいたら、なんだこれはというところがあって、酔いもあり、書き始めました。「なんだこれ違うんじゃないか」ということなんですね。でも書くうちに、もうどうでもいいかという気になりました。あちこち、いろいろやっていたらきりがないですね。(92-09-28 23:45:47)

井上ひさし「宮本武蔵」のこと(1992.09.29) へ

   Monday, June 21, 2004 12:40 PM
五丈原の詩を読んでのお願い

11081201 最近北方謙三の三国志を読んで三国志が好きになったものです。ネットで三国志に関して調べていると五丈原の詩に出会いました。勇壮でかつ悲壮な名調子に感動しましたが、漢字が難しく読み方に自信がありません。ネット上に読み方もアップしていただけるとうれしいです。それがポリシーにあわないとかの場合は、メールで教えてもらえませんか。はっきり声に出して読んでみたいです。
 また高二と十九と二十歳の三人の甥にも読んだあとの三国志を回したら彼らも全部読んでファンになりました。あまり読書などしないタイプなのに不思議です。彼らにもこの詩を教えてやりたいと思います。厚かましいですがよろしくお願いします。MM

   Monday, June 21, 2004 1:24 PM
Re:五丈原の詩を読んでのお願い。

 メールをありがとうございます。
 私の以下をごらんになってメールをいただいたのでしょうか。

   周の三曹の詩

 それで、この「五丈原の詩」とは何の詩のことでしょうか。土井晩翠の「天地有情」にある詩のことでしょうか。
 もしこれだとすると、私のホームページ内では

    土井晩翠「星落秋風五丈原」

に「ふりがな」も一緒に書いてあります。
 ただ、なんでもそうなのですが、漢字や漢文、漢語の読みというのは、作者が書いておいてくれないと、正式には判りません。この詩の題名も

   星落秋風五丈原

にしても、「ほしおつしゅうふうごじょうげん」と読むのか、「せいらくしゅうふうごじょうげん」と読むのかは、どちらがいいのかは判りません。おそらく土井晩翠は、「どちらでもいいよ」と思っていたのではないでしょうか。そういえば、「土井晩翠」も、「どい」か「つちい」がどちらがいいのか判りませんね。
 この詩の中で

   守る諸營の 垣の外。

「諸營」は、本当は「しょえい」と読むのでしょうが、私は「とりで」のほうがいいように勝手に思っています。また「垣の外」は、「かきねのそと」と読むよりは、私は「かきのそと」と読んでいます。
 作者は、「どっちに読んでもいいよ」とか「好きに読んでもいいよ」という漢字に関しては、とくに作者が示すことはないのだと思っています。

 それで「三国志」に関しては、私は吉川英治「三国志」が好きです。正史の「三国志」も裴松之の註含めて好きですが、やはり読むのがしんどいです。
 北方さんのは、私は少々批判があります。以下に書いておきました。

   三上治『1970年代論』(これはまだ完成していない書評です)

 私は「北方さんって、戦いの実際の場って、判ってないんじゃないかな」としか思えないです。
 でも甥の方々も、この世界が好きになられたということですね。嬉しいです。できたら、私の好きな曹操の詩も紹介ください。曹操の魅力が判ってくるかと思っています。萩原周二
(第202号 2004.06.28)

11052716 昨日ここで、「食人」ということを書きました。私としては、「俺もついに書いちゃったな」という思いなのですが、さらに書きます。

 三国志の物語の中で、これは原典は「三国志演義」にあるのだと思います。劉備玄徳が、曹操に終われて中国を南へ逃げて行きます。その逃げる途中であったことです。
 劉備玄徳は実に人望はあるのですが、とにかく曹操の方が圧倒的に強くて、ただ逃げていくのです。もう逃げるばかりで、食べるものの調達もできません。実は歴史上でも、この時期はひどい飢饉が続き、中国の歴史が始まって以来始めて人口が減ったと言われている時代です。
 劉備が逃げていく途中で、玄徳を尊敬崇拝する一族家族に世話になります。だが、曹操の軍勢が迫ってきています。その一族もなんとしても大事な玄徳を世話したいのですが、どうにもなりません。そしてそこからも逃げて行くのですが、その前に、何もないはずだったのに食料が出されます。それを劉備は食します。
 そして逃げるときに、その食料のことを感謝します。でもそのときに、あんなに何もなかったはずなのにというと、そのとき劉備が食したものは、その劉備を世話した人の妻の身体を食したのでした。そのことを語られて、実に劉備はものすごく感謝します。そしてその主人のいたとなりの部屋には、その夫人と思われる人の亡骸があったそうです。
 このことを三国志の世界では美談として描いているのです。
 吉川英治が、自分の「三国志」を描いた中で、「私はこのことだけは書けなかった。でも中国では、このことを美談として書いているのだが、私にはどうしても理解できない」とだけ、わずかに書いています。

 これが私も吉川英治と同じで、どうしても理解できない中国の「食人」の考え方です。
 魯迅が真剣に悩み、苦しんで、あの『狂人日記』を書いたということを、できたらご理解ください。

11022002吉川英治『鳴門秘帖』」を紹介しましたが、そのときに、この小説も思い出していました。これも私が高校2年の頃に読んだものでした。
 主人公の伊那丸は、武田勝頼の遺子です。この子を中心として、甲斐武田家を再興しようという彼とそれを邪魔する相手との死闘が京都で繰り広げられます。
 でも大正から昭和の戦前まで、少年たちはこうした物語で面白く読めたものでしょうか。『少年倶楽部』に連載されたものです。
 登場人物に蛾次郎という泣き虫の少年が出てきます。これをテレビでその役をやった俳優さんが、自分の芸名を、「佐藤蛾次郎」としたものでした。
 彼が出演する「フーテンの寅」の映画でいつもこの彼を見て、この物語を思い出していました。
 私は、いつもこの『神州天馬侠』は、『鳴門秘帖』よりはずっと引き付けられて読んでいたものでした。(2011.02.20)

11021802 私の妻は弟がいまして、彼は大学卒業後一貫として徳島県に住んでいます。それで私は最初に知ったときから、「あ、法月弦之丞のところだ」と思い声に出したところです。
 でも妻は私が「ノリヅキゲンノジョウか…」などとブツブ言っても何も判らないものでした。また一太郎がパソコンソフトで出てきたときも、私は「あれはもともと修身の教科書で一太郎という子が出てきて、これまたつまらない…」などとまたブツブツ言っていまして、そしてだから私はただの一度も一太郎もATOKも使ったことがありません。
 そういう偏見の持ち主である私には、この『鳴門秘帖』は当然面白いとは言えないものです。そもそも蜂須賀家なんて、江戸幕府には最初から幕府の驚異でもなんでもなかったはずです。きっと吉川英治がそう思いたかったのだろうな。
 この幕府の隠密である法月弦之丞にいわば敵対する側に、実は十字架を持っている男がいるのですが、もうそれはなんだか趣味の話としか思えないものです。
 いつもこの長編小説には、もっと興味を持っているふりをして実は私はまったく面白いとは思わない小説です。私が高校2年くらいのときに読んだ本でした。
 1926年8月から10月まで大阪毎日新聞に連載された小説です。(2011.02.18)

 前にこの「歴史さとう」で中国について、「食人」ということを書きました。私としては、「俺もついに書いちゃったな」という思いなのですが、さらに書きます。
 三国志の物語の中で、これは原典は「三国志演義」にあるのだと思います。劉備玄徳が、曹操に終われて中国を南へ逃げて行きます。その逃げる途中であったことです。
 劉備玄徳は実に人望はあるのですが、とにかく曹操の方が強力に強くて、ただ逃げていくのです。もう逃げるばかりで、食べるものの調達もできません。実は歴史上でも、この時期はひどい飢饉が続き、中国の歴史が始まって以来始めて人口が減ったと言われている時代です。
 劉備が逃げていく途中で、玄徳を尊敬崇拝する一族家族に世話になります。だが、曹操の軍勢が迫ってきています。その一族もなんとしても大事な玄徳を世話したいのですが、どうにもなりません。そしてそこからも逃げて行くのですが、その前に、何もないはずだったのに食料が出されます。それを劉備は食します。
 そして逃げるときに、その食料のことを感謝します。でもそのときに、あんなに何もなかったはずなのにというと、そのとき劉備が食したものは、その劉備を世話した人の妻の身体を食したのでした。そのことを語られて、実に劉備はものすごく感謝します。そしてその主人のいたとなりの部屋には、その夫人と思われる人の亡骸があったそうです。
 このことを三国志の世界では美談として描いているのです。
 吉川英治が、自分の「三国志」を描いた中で、「私はこのことだけは書けなかった。でも中国では、このことを美談として書いているのだが、私にはどうしても理解できない」とだけ、わずかに書いています。
 これが私にもどうしても理解できない中国の「食人」の考え方です。
 魯迅が真剣に悩み、苦しんで、あの『狂人日記』を書いたということを、できたらご理解ください。

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 私がこの「吉川英治『新水滸伝』」を読んだのは、いつだったでしょうか。私は吉川英治を、たしか

 三国志
 太閤記
 私本太平記
 鳴門秘帖
 神州天馬侠
 宮本武蔵
 新平家物語
 新水滸伝

の順番で読んでいたかと思います。
 その他、『天平童子』『平の将門』『上杉謙信』『親鸞』等々は、そのあとから今に至る時期に読んだものでした。
 ただ、吉川英治『新水滸伝』は、私には吉川英治の迫力が少し薄まっているような思いを感じていました。思えば、あれが未完であり、吉川英治の死があったのでしたね。
 思えば、私が宋江という人物の魅力も、そして何故か限界みたいなものも感じていたのは、この吉川英治の水滸伝だった気がします。
 私がこれを書いたのは、ヤギシタさんのブログ吉川英治『新・水滸伝』(水滸伝備忘録その3)によります。

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29e3cd8e.jpg このブログのサイドバーの「アマゾン」を今までの「森鴎外」から「吉川英治」にしました。最初は「徳富蘆花」にしてみたのですが、蘆花ですと、著作の書名は出てくるのですが、画像がないのですね。このサイドバーに置いておくのは、画像が欲しいのです。そうしないと淋しいではないですか。
 それと、私のサイドバーには、「アマゾン」は3つあります。一番上は「吉本隆明」で、次は、このブログの内容で変化するもの、そして3番目が私は指定するものです。過去には、「夏目漱石」「谷崎潤一郎」「永井荷風」としてきました。ここもまずはとにかく画像が出てくるものが大優先です。
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