将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:吉敷竹史

11012311書  名 確立2/2の死
発行所 光文社文庫
発行年月1985/9

 第一行目から吉敷竹史が走っています。小脇に一千万円の入ったカバンを抱えて、都心を走っています。プロ野球のスター・プレーヤーの子どもが誘拐され、吉敷が身代金を届ける役目なのです。犯人の指示通りに、赤電話から赤電話へ走ります。しかし、最後犯人は子どもを解放し、身代金も「そんなものはいらん」という。いったい犯人の目的は何なのでしょうか。
 これは「寝台特急『はやぶさ』1/60秒の壁」や「北の夕鶴2/3の殺人」のようなトラベルミステリーではありません。と、このくらいしか私には書くことがありません。(1998.11.01)

11012002書  名 北の夕鶴2/3の殺人
発行所 光文社文庫
発行年月1985/1

 これは吉敷竹史という刑事が活躍する事件です。しかし、同時にある男女(この吉敷刑事夫婦)の愛の形の崩壊の話でもあります。なんだか読んでいて、この夫婦の形に悲しく寂しくなってしまいます。

 吉敷刑事の離婚した妻通子から五年ぶりに「声が聞きたかっただけ」という電話がかかってきます。でも彼女は具体的には会おうとしません。吉敷はひょっとしたらと、上野駅に急ぎます。出発してしまった夜行列車ゆうづる九号の窓に彼女の姿を発見します。彼女の目には涙があったかもしれません。その夜この列車で女が殺されます。その姿は通子のものと同じです。吉敷は休暇をとり、その死体を確認にいきます。しかし、それは通子ではありませんでした。

 吉敷は通子を求めて彼女の住む釧路まで行きます。しかし彼女のマンションの部屋でまた二人の女が殺されています。この二人はこの部屋に入れないはずなのです。空でも飛ばない限り。そしてこの殺人のあった夜、管理人の部屋にいた学生が、鎧武者が歩くのをみています。近くに義経伝説のある岩があるのです。そしてその学生の写した写真に、確かに鎧武者が写っています。
 妻が犯人なのか。この不可解な事件に吉敷は自分の昔の妻を信じて立ち向かって行きます。
 しかし、結末はやはり悲しい。何故か愛し合いながら、この夫婦は別れれたままです。もう元にはもどれないのです。

 「あなたは私には遠い人」
 通子はつぶやく。
 「もう、手の届かない人になった」
 そうじゃない、吉敷は胸のうちで言う。そうじゃないんだが…… 。……
  君を自分のものにしたくて、それで頑張ったわけじゃない。そんなこと
 のために、はたして命が賭けられたかどうか。
  もっと大きなもののために、言ってみれば、人間はこうあるべきという、
 男はこうあるべきという、そういう信念に殉じようとして、自分は闘った
 のだ。それを解ってくれないだろうか。

 私はこの小説の中に入って言いたいのです。愛し合って結婚してしまったからいけないのだ。愛するから結婚するのではなく、夫婦になったらそれで愛を形作っていくのだ。世界がどうなろうと、人間はどうあるべきだろうと、まず夫婦は愛の形を作っていくべきなのだ、と。
 なお、これは吉敷竹史が活躍する三番目の作品です。吉敷は警視庁の捜査第1課に所属する刑事です。(1988.11.01)

11010304書 名 出雲伝説7/8の殺人
発行所 光文社文庫
発行年月1984/6

  吉敷竹史が主役として活躍するシリーズ2番目、「寝台特急『はやぶさ』1/60秒の壁」と「北の夕鶴2/3の殺人」の間に位置する作品です。これも同じくトラベルミステリーです。
 著者は「占星術殺人事件」と「斜め屋敷の犯罪」ではかなり注目を浴びたとはいっても、それほどの読者層を得たとはいえませんでした。「占星術殺人事件」をお読みになればそのわけは分かると思います。ちょっととっつきにくいのですね。ところがこのようなトラベルミステリーではまたたくうちにたくさんのファンを獲得したようです。やはり日本人には列車のトリックや、時刻表を駆使した時間工作などというのがうけるのでしょうか。私なんか西村京太郎のトラベルものをそれこそもう嫌というほど読んでいますから、「もういいよ」という感覚だったのですが、この著者にはまたたくうちにひきつけられた感じです。それは、単に事件の奇怪猟奇さだけではなく、その裏にある人間の悲しみと、 <愛> をどの作品にも感じるからでしょうか。謎解きの愉しさだけでなく、すべてにまでいきわたる著者のやさしさ、必ずみている <天> というようなものを感じるからだと思います。

 山陰地方の六つのローカル線の駅と大阪駅で、同一女性のバラバラ死体が発見されます。ちょうど駅に流れついたようです。だが首だけが見つかりません……。
 吉敷は捜査していく中で、この事件が出雲の「八俣の大蛇」伝説に関係するのではと思っていきます。地方の普通の高校の教師とその娘の生涯をかけた出雲伝説研究の執念が浮びあがってきます。

 この作品も最後が感動的です。地道に誰も見向きもしないような研究をやっている学者がいます。私はこんな学者が何人もいると思います。報われるか、報われないか分からないが、黙って研究している人がいると思います。学問の世界の学界ではいつまでも認められなくても、そのままやりとげる人がいると思います。私自身も何人か知っています。地味だけど大事なんですね。そうした人の苦労をふまえてまた論を展開できる人もたくさんいるだろうし、また新たな視点をもてたりすることもあると思うのです。そうした地道な苦労を吉本(吉本隆明)さんのように充分認めながら、自分の研究に取り込んでいく人もいれば、まったく分かっていない華やかな世界にいる学者もいることでしょう。そうしたことが、この事件の背景にあります。

  吉敷はやや驚き、しばらく、その言葉を無言で噛みしめた。天の配
 剤、という言葉が浮かんだ。

やはり、「天」 が見ているのでしょう。(1988.11.01)

10122909書名  寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁
発行所 光文社文庫
定価  520円
発行年月1984/2

 売れない作家が、朝近くのマンションの若い女の部屋を双眼鏡で覗きます。女は風呂に入ってます。しかし、いつまでも同じ形のまま入っています。おかしいな、そして女の身体がずれて顔が双眼鏡に現れます。女には顔がないのです。
 この若い女の死体は、顔の皮をはがされています。だが、この死亡したとみなされる時間にこの女は夜行列車「はやぶさ」に乗っています。知りあったお客と食事をして、写真までとっているのです。翌朝熊本で降りています。その時間には死んでいるはずなのです。

 これは吉敷竹史刑事が活躍します。ひとりひとり犯人らしき人間をあたっていきます。しかしこれが犯人かなと思う男が突如殺されてしまいます。いったい犯人は誰なのだろうか。
 殺された若い女の寂しい過去が明らかになっていきます。

 だが私は少々この犯人探しには不満です。だってこれだと私たちには犯人の予想がつかないのは当りまえなのです。
 なお、吉敷竹史が活躍するシリーズとしてはこれが最初の作品です。

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 私が「この作家は全作品を読むぞ」と決意した作家は何人もいます。この島田荘司もそのうちの一人です。
 それで、私はこの著者の作品は文庫本になったものはすべて読んでいます。だから、このページももっと書評を書き進まなければいけないはずなのです。それが進んでいないのです。そこわけを少しここに書きます。
 いくつもの本は少しは書評を書いてあるのですが、どうもUPするまで気持が至りません。

 私はこの著者の描く二人の探偵のうち、吉敷竹史は好きなのですが、御手洗潔がどうしても好きになれません。それでも初期の作品は面白く読んできました。だが、「暗闇坂の人喰いの木」で、疑問が少しわいてきました。それが「水晶のピラミッド」のどうみても、変な実験(ピラミッドの模型で、水を吸い上げるやつ)で、「こんなの俺なら、『それおかしいよ』ってその場で指摘するよ」という思いになりました。さらに「眩暈」に至って呆れ果て、さらに「アトポス」でほとほと嫌になりました。
「アトポス」ってアトピー性皮膚炎のことですよね。私の周りには、たくさんの子どもたちが、アトピーには苦しんでいます。実は大人になっても治らない人がたくさんいます。あの小説は、それらの人にそのまま偏見を抱かせるだけじゃないですか。それから、これらの御手洗の小説群は(上の4つ)はどうしてあんなに長いの。無駄な記述が多すぎるんじゃないの。
 それからさらに、島田さんは、その後「冤罪」解明の道にひたすら行き着きまして、これまた私は不満なのです。
 そうですね、あと少し文句を言うと、「龍臥亭事件」を経て、どうしてか、御手洗と吉敷がいつか出会うのかななんて思いました。「龍臥亭事件」では石岡和巳が加納通子と出会ったわけです。御手洗と吉敷が出会うと思うと、それは嬉しくて興奮します。でも、少し文句なんですが、加納通子さんというのは、最初の「北の夕鶴2/3の殺人」でも「羽衣伝説の記憶」でも、和服の似合う小柄な(たしか身長156センチ)色白の女性ではないですか。でも「龍臥亭事件」では、小麦色したインド風美人の顔をした女性になっているんですね。なんだか私は納得できないんですよ。
 ただ、とにかく私はまだまだ読んでいきますから、この書評もまた書いていきます。とにかく全作品を書いてまいります。(2003.07.28)

   http://shomon.net/books/simada.htm  周の書評(島田荘司篇)

 この作家も全作品を読もうと思っている方なのですが、近ごろちゃんと読んでいません。なんだか文庫本はすべて読んできたのですが、あまりに多いので家に置いておくのも大変なので、誰かにあげたりしているうちに、訳が判らなくなりました。だから、こうして自分のホームページに、この部屋を置いて、なんらかのことを書いておこうと思ってきたわけですが、もうこのごろは、それもできていませんね。
 これからはもう図書館に利用で、とにかくこの作家も総て読んでいきます。図書館でも全部揃っているとは判らないことですが、なあに、東京中の図書館を簡単に利用できるのですから、あとは私が読むだけですよ。

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