将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:吉本ばなな

1112070111120702 吉本(吉本隆明)さんに関しての記事が毎日新聞にありました。どういうわけか私のまわりにいる人はみんな私にこれを教えてくれました。

[コーヒーブレーク]吉本隆明、吉本ばなな親子の色紙
                     93.03.08  東京本紙朝刊 8頁
 東京・千駄木。都立駒込病院の前に「ストレル」という小さなケーキ屋さんがある。一九五八年開業。「わが町のケーキ屋さん」として地域の人に長く親しまれている。評論家の吉本隆明さん(69)も、その一人だ。
 「お父さんは自転車に乗って、ばななさんも前は犬の散歩の途中によく来られましたよ」という。「ばななさん」は、むろん、二女で作家のばななさん。
 「ストレル」の店内に色紙が張ってある。横長の一枚の右側に、
  対の幻想  共同の幻想
 そして、左側には、
  ストレルのエクレアは絶対世界一だ!!!ホントデスヨ
 「ご近所のよしみ」で、隆明さんとばななさんが寄せてくれた。もちろん、右が隆明さん、左がばななさんのものだ。
 「お父さんの方のは、どういう意味なんでしょうね。聞くのも変ですしね」
 ばななさんの「キッチン」がアメリカで評判になっているという外電記事が、つい先ごろ出ていた。英語のほか、すでにイタリア語・ドイツ語・スペイン語・オランダ語・韓国語に訳されているという。アメリカでは一月中旬に発売され、西部ではベストセラーの八位になったそうだ。初版四万部に加えて四万部を増刷したというから、すごい。
 ところで、お父さんの方の著作が翻訳されたという話は聞かない。翻訳するにも、ちょっと難しいのかも知れない。毎日新聞社

 え、いいなあと思いました。私も色紙がほしいなあ。でもこのケーキ屋へいってみよう。写真撮らせてくれるかな。私はどうせミーハーなんです。
 でもばななはまったくばなならしいですね。そして吉本さんは面白いな。ちょっといたずら気分なんでしょうね。

  対の幻想  共同の幻想

というのはケーキの何なのかな。

11092807 吉本ばななの「TUGUMI」が好きだという人がいまして、その日に私も読みかえしてみようとしたのですが、本棚にありません。娘の友達のところへでもいっているのかな。長女もこの「TUGUMI」が好きなようです。学校の宿題でこの小説の感想文を書いていました。
 私はこれを読んで「ばななはちょっとあやういんじゃないの」なんて思ったの覚えています。勿論好きな作品なのですが、なんだかまだ完成されていないように思ったのです。 でもあの小説の背景になっている、伊豆土肥とあの家族はいいですね。あのおとうさんのモデルは吉本(吉本隆明)さんだと思います。吉本さん一家はよくあの土肥にいったようです。吉本さんがあの土肥の海で泳いでいる姿が目に浮かんでくる気がします。吉本さんは水泳は得意なのだろうし、泳いでいると多分楽しい明るい笑顔しているように思います。
 割りと吉本ばななはよく読まれているように思います。女子中学生、女子高校生、若いOL。それに私たちの年代の友人たちは、女性もおっさんもよく読んでいるように思います。いやこれは私の友人たちの世界だけかな。
 逆に30代前半の女性たちで「ばななは嫌い」なんていう人にお目にかかりますね。「私吉本なななは嫌いなんです」という女性(同じこといった人が2人いました)に、当然私はくどいから、「どうして」ときいていきます。ずっときいていくと2人とも全く同じでした。1冊も読んでいないのですが、何故か嫌いなのですね。むしろ私みたいなおっさんが何故評価するのかが不思議なようです。私はさまざま話していきます。私のしつこさに、さすが1人の女性は次回読んでくれるようになったようです。もう一人はお会いしていないから分からないけど、多分「ムーンライトシャドウ」とか「キッチン」から読んでいてくれていると思います。
 まず「ばなな」という名前が嫌だという人もいるようですね。でもこの「ばなな」というのは、果物ではなく、バナナの花のことなのです。鎌倉の長谷寺の近くに3メートルという巨大なバナナの木があるそうです。私は鎌倉行く人にいつもこれを見てきてくれと言っています。もっともお父さんの吉本さんは「この名前はどうにかならないのかね」といったらしいですが。
 またいろいろ読み直してみようと考えました。

11092604 吉本ばなながアメリカでも読まれているという。以前村上春樹や村上龍も読まれたみたいですが、その比ではないようです。以下その記事です。

「キッチン」米でも人気 ばなな旋風、増刷中
                       93.01.29  夕刊 10頁
 【ニューヨーク28日=共同】米国で今月中旬から発売された吉本ばななの代表作「キッチン」がベストセラーとなっている。キッチンは日本では二百万部近くが読まれたほか、既にイタリアでもロングセラーになっている。英訳本の編集者は「若者の喪失感、愛の力の大事さといった主題が米国の若者にも訴えた」と話している。
 米国では発売と同時に、各地の一流紙が一斉に書評で取り上げた。街頭の宣伝ポスターや新聞広告も手伝って、サンフランシスコ・クロニクル紙調査のベストセラーには先週、いきなり十一位で初登場、二十八日まとまった今週の集計では八位に入った。
 ニューヨークの各大型書店では売り切れに近い状態で、出版元のグローブ・プレス社は初版四万部に加え、四万部を増刷中という。
 米国では、日本の作家としては谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成、安部公房らがよく知られており、若い作家が広く読まれるのは、四年前「羊をめぐる冒険」がヒットした村上春樹以来のこと。 朝日新聞社

 谷崎、三島、川端の場合は、「日本」ということがあったと思う。東洋の中の、中国とはまた違う文化をもった日本、その「日本」とやらをなにか象徴する作家たち。
 両村上の場合はどうなのだろう。吉本(吉本隆明)さんの文芸公演だとかならずこの二人の作品に触れられる。それでそれが不満な聴衆もいる。「何故吉本さんが村上(どっちにしても)いいというのだ」と。中上健次がそうだった。でも別にそれは相対的なものなのだ。例えば、現在の大江健三郎と比べれば、それは確かに村上の方が上だと思います。 ではばななはどうなのだろう。吉本さんは「親馬鹿」になっちゃうのか、ばななの作品を批評しません。でもあるインタビューで言っていました。ばななの「うたかた」なんかまあ55点だって。……そうなると、村上は何点になるのかな。今の大江なんかマイナスになっちゃうかな。
 やはり確実に時代がかわっているのだと思います。やはりばななはいいと私は思います。日本を代表できる作家になりえていると考えます。嬉しいことです。

11083004 私が役員やっている会社に新しい女性がアルバイトでやってきました。どういうわけか、そこの副社長が米国へ行ってしまい、社長は別な会社の副社長なので、そこの会社にはいられず、結局私がいろいろと指示したりしなければいけないのだけれど、私も先週はそれこそ、あちこちと飛び回っていることが多く、どうやら夕方にその会社にやっと出向いたりしていました。
 それでおととい木曜日夕方パソコンのやり方等々を教えたりしているうちに、突如私は、聞いてしまいました。

  ところで、吉本ばななは好きかな?

 なんだか判らないのだけど、言葉に出てしまった。そしてやっぱり彼女は吉本ばななの各作品は大変に好きであるようです。なんとなく吉本ばななを好きになれる女性というのは、それこそ好きになれるんだな。いや、考えてみれば私の長女も、そして妻もそうだから、あんまり「それこそ好きになれるんだな」なんて言い切らないほうがいいかもしれない。
 それで彼女と少しいろいろと話したのですが、そのとき話した中のひとつにばななの次のような言葉があります。ある女性を紹介するときの言葉です。

  それに性格が、とても男らしいのだ。つまりは女らしいという
  ことであ る。言葉は乱暴だが、優しい。
                                (吉本ばなな「日々のこと」)

 これを思い出したのは、8月末にある会社の女性社長と会社についての相談で話したことの内容からなのです。

 私「そういえば、社長のような年代の女性の経営者には、けっこ
    ういろいろ頑張っていて、性格も、昔の言葉でいえば『男らし
    い』方が多いですね

 社長「そうね、私も私の友達にも男らしい女性(ひと)が多いわ
    ね。私なんかさっぱりしていて、まさに男よ。それに比べて女々
    しい中年男が多いわね。もう私の亭主なんか、ただの酔っぱら
    いで、ぐちゅぐちゅしていて、まさにあれが『女の腐ったよう
    な』という典型ね

 そこでまた私はいろいろと話したのです。むしろ男はたしかにぐずぐずしたのが多く、それが男の本質みたいなところもあり、男らしいとか女っぽいとかいう言い方はもともと、適確なものではない。まさか「人間らしい」なんて言葉ではあまりに魅力がなく、だってまさか「犬らしい」とか「猫らしい」なんて言葉がおかしいようになのだと。それで、この吉本ばななの

  ○○は、性格がとても男らしいのだ。つまりは女らしいという
  ことである。

を紹介したんです。一般に私が付き合っている限りの知り合いでは、「女の腐ったような」という表現をしてしまうのは、それこそ40代くらいのいわゆるキャリアウーマンに多く、その対象には、多くは同年代の男性に対して、また駄目な(と彼女たちが思っている)同僚の女性たちにも向けられるようです。
 でも、性格がさっぱりとしていて、ぐんぐんと人を引っ張っていくような強引さがありながら、じつはきめ細かく回りに気を配っているという人が、まさしく素敵で魅力ある人間なのであり、それをばななのような表現でいうのではないでしょうかね。
 こんな話をその女性社長ともして、また今回若い女性ともしてしまいました。若い女性といろいろと話しているのもいいですね。愉しい瞬間です。

(現在は「吉本ばなな」は「よしもとばなな」です)

11020502 吉本ばなな(現在は「よしもとばなな」です)がアメリカでも読まれているという。以前村上春樹や村上龍も読まれたみたいですが、その比ではないようです。以下その記事です。

「キッチン」米でも人気 ばなな旋風、増刷中
                93.01.29  夕刊 10頁
【ニューヨーク28日=共同】米国で今月中旬から発売された吉本ばななの代表作「キッチン」がベストセラーとなっている。キッチンは日本では二百万部近くが読まれたほか、既にイタリアでもロングセラーになっている。英訳本の編集者は「若者の喪失感、愛の力の大事さといった主題が米国の若者にも訴えた」と話している。
 米国では発売と同時に、各地の一流紙が一斉に書評で取り上げた。街頭の宣伝ポスターや新聞広告も手伝って、サンフランシスコ・クロニクル紙調査のベストセラーには先週、いきなり十一位で初登場、二十八日まとまった今週の集計では八位に入った。
 ニューヨークの各大型書店では売り切れに近い状態で、出版元のグローブ・プレス社は初版四万部に加え、四万部を増刷中という。
 米国では、日本の作家としては谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成、安部公房らがよく知られており、若い作家が広く読まれるのは、四年前「羊をめぐる冒険」がヒットした村上春樹以来のこと。朝日新聞社

 谷崎、三島、川端の場合は、「日本」ということがあったと思う。東洋の中の、中国とはまた違う文化をもった日本、その「日本」とやらをなにか象徴する作家たち。
 両村上の場合はどうなのだろう。吉本(吉本隆明)さんの文芸公演だとかならずこの二人の作品に触れられる。それでそれが不満な聴衆もいる。「何故吉本さんが村上(どっちにしても)いいというのだ」と。中上健次がそうだった。でも別にそれは相対的なものなのだ。例えば、現在の大江健三郎と比べれば、それは確かに村上の方が上だと思います。
 ではばななはどうなのだろう。吉本さんは「親馬鹿」になっちゃうのか、ばななの作品を批評しません。でもあるインタビューで言っていました。ばななの「うたかた」なんかまあ55点だって。……そうなると、村上は何点になるのかな。今の大江なんかマイナスになっちゃうかな。
 やはり確実に時代がかわっているのだと思います。やはりばななはいいと私は思います。日本を代表できる作家になりえていると考えます。嬉しいことです。(1993.02.15)

11010709 私が役員やっている会社に新しい女性がアルバイトでやってきました。どういうわけか、そこの副社長が米国へ行ってしまい、社長は別な会社の副社長なので、そこの会社にはいられず、結局私がいろいろと指示したりしなければいけないのだけれど、私も先週はそれこそ、あちこちと飛び回っていることが多く、どうやら夕方にその会社にやっと出向いたりしていました。
 それでおととい木曜日夕方パソコンのやり方等々を教えたりしているうちに、突如私は、聞いてしまいました。

  ところで、吉本ばななは好きかな?

 なんだか判らないのだけど、言葉に出てしまった。そしてやっぱり彼女は吉本ばななの各作品は大変に好きであるようです。なんとなく吉本ばななを好きになれる女性というのは、それこそ好きになれるんだな。いや、考えてみれば私の長女も、そして妻もそうだから、あんまり「それこそ好きになれるんだな」なんて言い切らないほうがいいかもしれない。
 それで彼女と少しいろいろと話したのですが、そのとき話した中のひとつにばななの次のような言葉があります。ある女性を紹介するときの言葉です。

  それに性格が、とても男らしいのだ。つまりは女らしいということ
  である。言葉は乱暴だが、優しい。(吉本ばなな「日々のこと」)

 これを思い出したのは、8月末にある会社の女性社長と会社についての相談で話したことの内容からなのです。

 私「そういえば、社長のような年代の女性の経営者には、けっこうい
    ろいろ頑張っていて、性格も、昔の言葉でいえば『男らしい』方が
    多いですね」
 社長「そうね、私も私の友達にも男らしい女性(ひと)が多いわね。
    私なんかさっぱりしていて、まさに男よ。それに比べて女々しい中
    年男が多いわね。もう私の亭主なんか、ただの酔っぱらいで、ぐちゅ
    ぐちゅしていて、まさにあれが『女の腐ったような』という典型ね」

 そこでまた私はいろいろと話したのです。むしろ男はたしかにぐずぐずしたのが多く、それが男の本質みたいなところもあり、男らしいとか女っぽいとかいう言い方はもともと、適確なものではない。まさか「人間らしい」なんて言葉ではあまりに魅力がなく、だってまさか「犬らしい」とか「猫らしい」なんて言葉がおかしいようになのだと。それで、この吉本ばななの

  ○○は、性格がとても男らしいのだ。つまりは女らしいということ
  である。

を紹介したんです。一般に私が付き合っている限りの知り合いでは、「女の腐ったような」という表現をしてしまうのは、それこそ40代くらいのいわゆるキャリアウーマンに多く、その対象には、多くは同年代の男性に対して、また駄目な(と彼女たちが思っている)同僚の女性たちにも向けられるようです。
 でも、性格がさっぱりとしていて、ぐんぐんと人を引っ張っていくような強引さがありながら、じつはきめ細かく回りに気を配っているという人が、まさしく素敵で魅力ある人間なのであり、それをばななのような表現でいうのではないでしょうかね。
 こんな話をその女性社長ともして、また今回若い女性ともしてしまいました。若い女性といろいろと話しているのもいいですね。愉しい瞬間です。(1994.09.24)

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 もう一つ書くべきことがありました。

まずは共同幻想論をと思っていますが、吉本さんの娘さんの本ばかり目に付きます。

 ええと私は吉本(吉本隆明)さんの熱烈なファンであるわけですが、その娘さんのファンでもあります。長女のハルノ宵子さんの漫画はすべて読んでいますし、次女の吉本ばななさんの小説もすべて読んできました。そうですね、私は『24人のビリーミリガン』(その続きも)も好きですが、でもでもやはり『マリカの長い夜』のほうがずっと好きです。
 思えば、そのことも書くべきだなあ。私が書いている「読書さとう」でも書いていくべきでした。ついこのごろは、私の読んだ本のことで、まったく私が感動もしていない本のこともたくさん書いているのですから、好きになった作品のことも書くべきですね。

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 私の「周の掲示板」に お留守居役様が、以下の書込みをしてくれました。

猫と一緒の写真付き  投稿者:お留守居役様  投稿日:2009年 4月13日(月)18時05分2秒

 それで私は、そこにレスしましたように、インターネット上で次を読みました。

 http://www.chunichi.co.jp/article/living/pet/CK2009041302000037.html
      吉本隆明さんとフランシス子 ゆったりと時間 濃密な相思相愛

でも、実際に新聞も手に取りたくなり、妻が帰宅してから、近所の新聞販売店へ行きまして、東京新聞の4月13日の夕刊を手に入れました。40円でした。
 すぐにスキャンしました。私のところはスキャナがA4までしか取れないので、ギリギリの大きさでした。東京新聞の4月13日夕刊の8面です。
 それをここに画像としてあげました。文章は以下の通りです。

吉本隆明さんとフランシス子 ゆったりと時間 濃密な相思相愛 2009年4月13日

PK2009041302100044_size0フワーと鳴いて、だっこをせがむんですよ」と吉本さん=東京都文京区の自宅で

★猫(メス 15歳)
 東京都文京区の大きな寺の隣に、知の巨人・吉本隆明さんの家はある。いまどき珍しく、玄関の扉は半分開けたまま。猫の出入りのためなのだろう。二階の窓辺から、三毛猫がこちらを見下ろしている。

 「これまでつきあった猫は数十匹になるでしょうか。私が小さいころは、よく猫が鼻水をなめてくれたものです」と笑う吉本さん。老思想家は、長いこと猫と親しく暮らしてきたのだ。

 この寺町には昔から猫が多かった。しかし、娘で漫画家のハルノ宵子さんがノラたちの不妊手術をして、だいぶ少なくなったという。

 いま吉本家の家猫は四匹。みな近所で保護したもとノラ猫だ。最初に客を出迎えたのは、白猫の「シロミ」。

 「子猫のときに事故で脊椎(せきつい)を損傷し、今も自力で排泄(はいせつ)することはできないので、人の手を借りています」。だれにでも人なつこいのは、そのためかもしれない。

 次に登場したのは、小柄なトラ猫「ヒメ」。こちらは足が悪いが、シロミと元気に追いかけっこを始めた。その様子をやさしく眺める吉本さん。

 「実はシロミたちは私にあまりなつかないんです。私が別の猫ばかりかわいがっているから」

 吉本さんを独占しているのは、十五歳になるフランシス子だ。変わった名は、娘で作家のよしもとばななさんがつけたという。

 「この猫は最初、娘が引き取っていったんですが、娘の飼い犬と折り合いが悪く、こちらに戻ってきました」

 以後、吉本さんの仕事部屋を居場所とするようになり、外に出るのは食事やトイレのときだけ。吉本さんだけに心を許し、何年もふたりの時間を過ごしてきた。ハルノさんによると「相思相愛」の仲だ。

 「猫というのは遺伝的に穏やかなタイプと、原生的なタイプにいくつか分かれますね。この猫は、イリオモテヤマネコのように野性的です。猫は、若いころはまさにハンターでした。今でもなでていると時々かみついてくる。でもかむのは家族の中でも私だけなので、猫なりの親しみの表現かもしれません」

 フランシス子は猫白血病のキャリアーで、インターフェロンの注射を続けている。だが吉本さんのひざの上にすっぽりおさまったフランシス子は子猫のような目をしている。

 吉本さんが仕事をする間、いつも傍らの寝椅子(ねいす)で寝ているフランシス子。時折「フワー」と鳴き、だっこをせがむ。この穏やかな時間がいま、ふたりにとって最上の安らぎのようだ。 (文・宮晶子、写真・中西祥子)

 よしもと・たかあき 1924年生まれ。東京都出身。「共同幻想論」(1968)「マス・イメージ論」(1984)など多くの著書で昭和を論じ、戦後最大の思想家と呼ばれる。

 このフランシスコという猫のことは、吉本ばななさんが書いていたことがあったなあ、と思い出しています。
 でもこんなにただ、コピーしたばかりじゃ、東京新聞から怒られてしまうかなあ。

07121203 掲示板に寅吉さんからの書込み へ寅吉さんから、以下のコメントをもらいました。

1. Posted by 寅吉    2007年12月12日 00:30
早々のコメントありがとうございます。私は1953年11月生まれの54歳です。周さん達の年代を常に遅れて歩き、周さんが学生運動にのめり込んでいるときは田舎の高校を中退して上京、製本工場で働いていた頃かと思います。吉本さんの著書に出会ったのはその頃でした。私は自己の身勝手な行動を正当化する手段として、詩人吉本さんに傾斜していったのだと思います。「固有時との対話」が何よりも好きでした。憧れで吉本さんが当時、根津(だったと思う)にお住まいの頃、一度だけお伺いしました。2階の書斎で先客の労働組合い関係の2人が熱心に相談され、飄々とお答えしている姿を私は奥様が出された日本茶を啜って黙って聞いていることしかできませんでした。今でも娘のばななが向いの部屋で赤い三輪車にのっていた記憶が妙になまなましいのです。

 あ、なるほどそうすると、1953年(28)ですと、私の埼玉大学でいえば、また元気な活動家がたくさんいました。私が6年のときに入学された人たちですね。ただもうその頃は、活動家と言っても、いわゆる学生運動は停滞していて、でも埼玉大学には、むつめ祭という学園祭をずっと私たちの先輩の時代から後輩の時代までやっていて(なんと今も現実にやっています)、とくに私は6年のときの1972年のむつめ祭は、私の出したテーマが統一テーマ(今はメインテーマという)でした。

   狂わせたいの
   ───花弁はうずく、女は叫ぶ、俺の墓はどこだ!!───

というものでした。いくつかのマスコミではこのテーマはとりあげられました。
 この翌年1973年(私は就職していて、印刷工でしたが)のむつめ祭のメインテーマが、

   いついつまでもおともだち

でした。前年以上にマスコミがとりあげ、とくにNHKが取材に訪れ、番組に顔も出た私は、そのあと何人もの方から、いわれたものでした。
 そういえば、1971年のむつめ祭のテーマも私の出したものでした。

   呼狂呼賊任他評
   ───わがなすことはわれのみぞ知る───

 これは、上の句は、黒澤忠三郎の七言絶句の『絶命詩』の一句目のことであり、サブテーマは坂本竜馬の『世の中の人は何とも言わば言え わがなすことはわれのみぞ知る』の短歌からとったものでした。

 でも小さいときのばななさんにも会われているのですね。私は吉本ばななの熱心なファンでもあります。お姉さんのハルノ宵子さんの書かれる漫画のファンでもあります。

 私が学生のときも、そのあとも「吉本(吉本隆明)さんとは、全然合わない人だ」といわれ続けたものでしたが、ただただ吉本さんの本を読むことだけを続けていたら、もう私に対して、そういう批判の声は聞かれなくなりました。

 私の掲示板にも書きましたが、どうかブログを初めてみてください。パソコンとインターネットをやるのには、一番適しているのが、このブログを毎日書かれることだと思いますよ。

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2b602baa.JPGもう、いくつものところで感激のしっぱなしです。いいなあ。やっぱりばななはいいです。なんで、こんなにひとつひとつの文章に惹きつけられるのでしょうか。写真は先ほど乗りました駅の私の目前の光景。

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 さきほど私が近くのセブンイレブンに義母の牛乳を買いにいきました。ここは王子ですが、こうして都会に住むのはいいですね。我孫子の自宅はそばにはコンビニもないのです。いや1軒あるのですが、そこではいろいろなことで不便なんです。こうして、例えばセブンイレブンは銀行もあるから実に便利なのです。
 私はジャパンネット銀行とイーバンクを使っていますが、いつでも振込振替できるのはいいのですが、現金を引き出すのには、店舗がないとどうにもなりません。でもこうしてごく近所にセブンイレブンがあると、とても助かります。
 ついでに宅急便というのは実に便利なものですが、自宅にこちらが戻ってこないとどうにもなりません。それに受け取ることも大変ですが、宅急便を出すのも大変です。私の我孫子の自宅ではそれで実に面倒なものです。
 でもここ王子ではこれが実に簡単です。受け取るのも出すのも、実に楽でありがたいものです。こんなに生活の中で宅急便を使うようになるとは夢にも思わなかったものですね。

 そういえば、昨夜泊まったときに長女は吉本ばななの文庫本を3冊持ってきました。私が全然読んでいないものです。私は、必ず全作品読もうと思っています作家ですから驚きました。
 でも王子は書店なんかないのです。それで、「これどうしたの?」と聞きましたら、「サミットストアで買った」といいます。ああ、今はスーパーやコンビニでも本が買えるのですね。あ、私も今雑誌を買ってきていたんだ。

 もう一つ大事なことがあります。それは受け取る郵便です。私の自宅にはいくつもの私あての郵便が来ています。DMはいわばどうでもいいのですが、書留にはしないけれど、大事なものがあります。例えば、何か会合の知らせや演劇の告知などです。これであとで開きましても、もうどうにもなりません。できたら、メールでの告知もお願いしたいのです。
 そのメールも、ケータイメールにしてほしいな。ウェブメールでもいいです。POPメールはあまりに多いので、見逃してしまうときがあります。これなら、間違いなく見逃しません。

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