将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:吉本隆明

14111503
 六 春は先ず若菜つまむと標(し)めおきし野辺とも見えず雪の降れれば

    故郷立春
七 朝霞(かすみ)立てるを見ればみづえの吉野の宮に春は来にけり

    海辺立春
八 しお釜の浦の松風霞(かすむ)なり八十島(やそしま)かけて春や立(たつ)らむ

    子いう
九 いかにして野中の松の古(ふ)りぬらむ昔の人の引(ひ)かずやありけむ

     霞
一〇 大かたに春の来(き)ぬれば春霞四方(よも)の山辺に立(たち)みち

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こうして実朝の歌を書いていけるということは、私には幸運なことです。藤原定家と吉本隆明に感謝ばかりです。
 いつも鎌倉であの鶴岡八幡宮の銀杏のそばで私はどのくらいこの二人に感謝していることでしょうか。

13091305 この日は健康診断で「今日は耳だ」と思っていましたが、貴友会王子病院に電話したら、「もういっぱいです」と駄目だったのです。20日に王子病院にします。

2013/09/19 04:59昨日は徳島の義弟より、たくさんのすだちとさつまいもをもらいました。
 今日は健康診断で耳を調べに行きます。王子病院と考えています。耳も初めて看てもらうんだなあ。
2013/09/19 05:39昨日もらいましたすだちとさつまいもはみなばあばが処理をしてくれました。私が昨日あんな重いすだち(箱をもって行きました)をおはぎの家までもって行ったのは意味がありませんでした(一部あったかなあ。でもおはぎの家ではすだちは孫たちには歓迎されないよなあ)。
2013/09/19 06:31これから孫たちのところへはソーダ類は持っていかないようにしないといけないですね。ポポはものすごく嬉しがって、ものすごく飲むのですが、そのあとご飯は食べなくなるというので、私は大反省です。もうこんなことはいけません。13091306
2013/09/19 07:40いくつかのことを思い出しています。それは吉本(吉本隆明)さんのことをいつもあらゆるところで感じています。「言語にとって美とはなにか」をあらゆるところで感じています。さっきもテレビの画面で感じていたものでした。私のところは、字幕を出すようにしているのですが、これで「『書き言葉』と『話し言葉』」ということをおおいに感じたものです。
 喋っている言葉をそのまま活字にしても、それではなにもならないのです。そのことをものすごくいっぱい感じていました。
2013/09/19 10:05それで耳の健診が私が考えていたところがもういっぱいで次に考えているところが今日はお休みで明日にしようというところで、JCN北ケーブルの野又さんがが来ました。
2013/09/19 15:01これでUPします。
2013/09/19 17:43上で「これでUPします」と書きましたが、やったのだっけ?
 今おはぎの家の家電に「これから帰ります」というおはぎママからの電話がありました。
 でも私はさつまいもを持ってくるのを忘れました。それを東武ストアあたりで思い出していました。13091307
 今から10分くらい前にポコ汰の友だちが来ました。もう彼は首からケータイを下げていましたね。
2013/09/19 17:57もう思えば私の四人の孫も、もうすぐケータイを持つ時なんだなあ。
 私もケータイを新しくしたいのですが(スマホはIS01を持っているのでケータイが欲しいのです)、選ぶのがインターネットだけだと大変なのです。もう店に行って決めようかなあ。

 夕方おはぎの家で三人の孫と過ごしました。ものすごく楽しかったです。

13042408 昨日、私のこのブログ将門Webのサイドバーに置いています「図書館検索サイト」の「カーリル」から以下のメールが来ました(もちろん、カーリルのメールはもっと長文ですよ)。

図書館検​索サイト「カーリル」​が快適になりました
 カーリルでの所蔵検索およびカーリルローカルの検索速度が大幅に向上しました。

 私はほど本は買わないようにしています(ただし、長谷川慶太郎さんと吉本(吉本隆明)さんの本は買います。今は吉本隆明さんの本は極端に少なくなりましたが)。
 それで私はこのサイトで本は東京中に依頼して近くの王子図書館分室(私のところから歩いて5分)に送ってもらいます。ビデオもよく見ています(ただし、ビデオは他の図書館のはみられません)。
 だから図書館で「本を探す」ということはまずありません。
 ただし、例外は周の雑読(絵本・童話篇)備忘録に書いている絵本と童話です。もちろん、これもインターネット検索が多いのですが、王子図書館分室では、絵本・童話をあちこち見ていることも多いです。
 ただとにかくインターネットでの検索が主ですね。ただもっとビデオで任侠映画をいくつも置いてくれないかなあ。

13011513 この章が私には、もう凄まじいばかりです。もう読んでいて、このときの凄まじい出来事、イエスの言葉にどうしても涙が出てしまいます。
 ペテロは、イエスから自分を「知らない」と言うだろうという言葉に「そんなことはない、そんな自分ではない」と言いきります。
 イエスはいいます。『鷄ふたたび鳴く前に、なんぢ三たび我を否むべし』。事実はペテロが三度『其の人を知らず』と言ったときに、『また鷄なきぬ』となるのです。
 ペテロは『思ひ反して泣きたり』となるだけなのです。

第14章
  さて過越(すぎこし)と除酵(じょこう)との祭の二日前となりぬ。祭司長・學者ら詭計(たばかり)をもてイエスを捕へ、かつ殺さんと企てて言ふ『祭の間は爲すべからず、恐らくは民の亂あるべし』
 イエス、ベタニヤに在して、癩病人シモンの家にて食事の席につき居給ふとき、或女、價(あたひ)高き混(まじり)なきナルドの香油(にほひあぶら)の入りたる石膏(せっこう)の壺を持ち來り、その壺を毀(こぼ)ちてイエスの首に注ぎたり。ある人々、憤ほりて互に言ふ『なに故かく濫(みだり)に油を費すか、この油を三百デナリ餘に賣りて、貧しき者に施すことを得たりしものを』而して甚く女(をんな)を咎(とが)む。イエス言ひ給ふ『その爲すに任せよ、何ぞこの女を惱すか、我に善き事をなせり。貧しき者は常に汝らと偕にをれば、何時にても心のままに助け得べし、されど我は常に汝らと偕にをらず。此の女は、なし得る限をなして、我が體に香油をそそぎ、あらかじめ葬りの備をなせり。まことに汝らに告ぐ、全世界いづこにても、福音の宣傅へらるる處には、この女の爲しし事も記念として語らるべし』
13021503  ここに十二弟子の一人なるイスカリオテのユダ、イエスを賣らんとて祭司長の許にゆく。彼等これを聞きて喜び、銀を與へんと約したれば、ユダ如何にしてか機(をり)好くイエスを付(わた)さんと謀る。
 除酵祭の初の日、即ち過越(すぎこし)の羔羊(こひつじ)を屠るべき日、弟子たちイエスに言ふ『過越の食をなし給ふために、我らが何處に往きて備(そな)ふることを望み給ふか』イエス二人の弟子を遣さんとして言ひたまふ『都に往け、然らば水をいれたる瓶(かめ)を持つ人、なんぢらに遇ふべし。之に從ひ往き、その入(い)る所の家主に「師いふ、われ弟子らと共に過越の食をなすべき座敷は何處なるか」と言へ。さらば調へ備へたる大なる二階座敷を見すべし。其處に我らのために備へよ』弟子たち出で往きて都に入り、イエスの言ひ給ひし如くなるを見て、過越の設備をなせり。
 日暮れてイエス十二弟子とともに往き、みな席に就きて食するとき言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、我と共に食する汝らの中の一人、われを賣らん』弟子たち憂ひて一人一人『われなるか』と言ひ出でしに、イエス言ひたまふ『十二のうちの一人にて、我と共にパンを鉢に浸す者は夫なり。實(げ)に人の子は己に就きて録されたる如く逝くなり。されど人の子を賣る者は禍害なるかな、その人は生れざりし方よかりしものを』
 彼ら食しをる時、イエス、パンを取り、祝してさき、弟子たちに與へて言ひたまふ『取れこれは我が體なり』また酒杯を取り、謝して彼らに與へ給へば、皆この酒杯より飮めり。また言ひ給ふ『これは契約の我が血、おほくの人の爲に流す所のものなり。まことに汝らに告ぐ、神の國にて新しきものを飮む日までは、われ葡萄の果(み)より成るものを飮まじ』
13021504 かれら讃美をうたひて後、オリブ山に出でゆく。
 イエス弟子たちに言ひ給ふ『なんぢら皆躓(つまづ)かん、それは「われ牧羊者(ひつじかひ)を打たん、さらば羊散るべし」と録されたるなり。されど我よみがへりて後、なんぢらに先だちてガリラヤに往かん』時にペテロ、イエスに言ふ『假令みな躓(つまづ)くとも、我は然らじ』イエス言ひ給ふ『まことに汝に告ぐ、今日この夜、鷄ふたたび鳴く前に、なんぢ三たび我を否むべし』ペテロ力をこめて言ふ『われ汝とともに死ぬべき事ありとも、汝を否まず』弟子たち皆かく言へり。
 彼らゲツセマネと名づくる處に到りし時、イエス弟子たちに言ひ給ふ『わが祈る間、ここに座せよ』かくてペテロ、ヤコブ、ヨハネを伴ひゆき、甚く驚き、かつ悲しみ出でて言ひ給ふ『わが心いたく憂ひて死ぬばかりなり、汝ら此處に留りて目を覺しをれ』少し進みゆきて、地に平伏し、若しも得べくば此の時の己より過ぎ往かんことを祈りて言ひ給ふ『アバ父よ、父には能(あた)はぬ事なし、此の酒杯を我より取り去り給へ。されど我が意のままを成さんとにあらず、御意(みこころ)のままを成し給へ』來りて、その眠れるを見、ペテロに言ひ給ふ『シモンよ、なんぢ眠るか、一時も目を覺しをること能はぬか。なんぢら誘惑(まどはし)に陷らぬやう、目を覺しかつ祈れ。實(げ)に心は熱すれども肉體よわきなり』再びゆき、同じ言にて祈り給ふ。また來りて彼らの眠れるを見たまふ、是その目いたく疲れたるなり、彼ら何と答ふべきかを知らざりき。三度來りて言ひたまふ『今は眠りて休め、足れり、時きたれり、視よ、人の子は罪人(つみびと)らの手に付さるるなり。起て、われらは往くべし。視よ、我を賣る者ちかづけり』
 なほ語りゐ給ふほどに、十二弟子の一人なるユダ、やがて近づき來る、祭司長・學者・長老らより遣されたる群衆、劍(つるぎ)と棒とを持ちて之に伴ふ。イエスを賣るもの、あらかじめ合圖を示して言ふ『わが接吻する者はそれなり、之を捕へて確(しか)と引きゆけ』かくて來りて直ちに御許に往き『ラビ』と言ひて接吻(くちづけ)したれば、人々イエスに手をかけて捕ふ。傍らに立つ者のひとり、劍を拔き、大祭司の僕を撃ちて、耳を切り落せり。イエス人々に對ひて言ひ給ふ『なんぢら強盜にむかふ如く、劍と棒とを持ち、我を捕13021505へんとて出で來るか。我は日々なんぢらと偕に宮にありて教へたりしに、我を執へざりき、されど是は聖書の言の成就せん爲なり』其のとき弟子みなイエスを棄てて逃げ去る。
 ある若者、素肌に亞麻布を纏ひて、イエスに從ひたりしに、人々これを捕へければ、
亞麻布を棄て裸にて逃げ去れり。
 人々イエスを大祭司の許(もと)に曳き往きたれば、祭司長・長老・學者ら皆あつまる。ペテロ遠く離れてイエスに從ひ、大祭司の中庭まで入り、下役どもと共に坐して火に煖(あたた)まりゐたり。さて祭司長ら及び全議會、イエスを死に定めんとて、證據を求むれども得ず。それはイエスに對して僞證する者多くあれども、其の證據あはざりしなり。遂に或者ども起ちて僞證して言ふ『われら此の人の「われは手にて造りたる此の宮を毀(こぼ)ち、手にて造らぬ他の宮を三日にて建つべし」と云へるを聞けり』然れど尚この證據もあはざりき。ここに大祭司、中に立ちイエスに問ひて言ふ『なんぢ何をも答へぬか、此の人々の立つる證據は如何に』されどイエス默して何をも答へ給はず。大祭司ふたたび問ひて言ふ『なんぢは頌むべきものの子キリストなるか』イエス言ひ給ふ『われは夫なり、汝ら、人の子の全能者の右に坐し、天の雲の中にありて來るを見ん』此のとき大祭司おのが衣を裂きて言ふ『なんぞ他に證人を求めん。なんぢら此のけがれし言(ごと)を聞けり、如何に思ふか』かれら擧(こぞ)りてイエスを死に當るべきものと定む。而して或者どもはイエスに唾し、又その顏を蔽ひ、拳にて搏ちなど爲始(しはじ)めて言ふ『預言せよ』下役どもイエスを受け、手掌(てのひら)にてうてり。
 ペテロ下にて中庭にをりしに、大祭司の婢女(はしため)の一人きたりて、ペテロの火に煖まりをるを見、これに目を注めて『汝もかのナザレ人イエスと偕に居たり』と言ふ。ペテロ肯(うけたが)はずして『われは汝の言ふことを知らず、又その意(こころ)をも悟らず』と言ひて庭口に出でたり。婢女かれを見て、また傍(かたは)らに立つ者どもに『この人はかの黨與(ともがら)なり』と言ひ出でしに、ペテロ重ねて肯はず、暫くしてまた傍らに立つ者どもペテロに言ふ『なんぢは慥(たしか)にかの黨與なり、汝もガリラヤ人なり』此の時ペテロ盟(うけ)ひかつ誓ひて『われは汝らの言ふ其の人を知らず』と言ひ出づ。その折しも、また鷄なきぬ。ペテロ『にはとり二度なく前に、なんぢ13021506三度われを否(いな)まん』とイエスの言ひ給ひし御言(みことば)を思ひいだし、思ひ反(かへ)して泣きたり。

 このことを指摘してくれたのは、吉本(吉本隆明)さんなのです。私はそのときの吉本隆明さんの言ったことを忘れることはできません。

2017073103 私が今ずっとUPしています「聖書」のマルコ傳ですが(この前には「マタイ傳」をUPしました)、それで私が「新新宗教」について考えて、私のこのサイドバーにある「グーグル検索」で、「このブログ内を検索」をしますと、以下のようなものが出てきました。その一部を以下にあげてみます。

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2012年05月17日吉本隆明鈔集463「宗教」
宗教というのは人間(人類)の精神的活動の始源になったものだ。これは様々な形をとって現在(二〇〇六年)にまで至っているが、大別すればその変遷は二つにわかれるといえよう。ひとつは外形を著しく変化させて倫理道徳になったり、さらに法律になったり、民族国家やその下の日常的な生活社会になったりして現在に至っている。もうひとつの精神活動は外形は宗教の形をとりながら、キリスト教、仏教、イスラム教、ヒンズー教、儒教や神道など、地域種族のちがいによって、さまざまな宗教を生み出している。
(『還りのことば』2006.5.1雲母書房「まえがき」)

これほど明確によく言いきってくれているものです。概念としては判っているつもりでしたが、こうして言葉で書かれるとはっきりしてきた思いが私にはしています。宗教の中で、いろいろな形があることよりも、宗教が、倫理道徳になったり、法律になった元なのだということが今の私にははっきりしてきている思いがします。

2011年04月10日吉本隆明鈔集「宗教」
ちょっとかんがえると、宗教は阿片であるとか迷妄であるとか簡単に片づけられそうにみえますけれど、しかし、なぜ人間が宗教的あるいは観念的には、馬鹿馬鹿しいくらいの迷妄になりうるかということの根柢は、そうたやすいものではありません。なぜたやすいものでないかといえば、そのほんとうの基盤は、最初に申しあげましたように、社会そのものの現実的な要素の中にあって、迷妄はその一つの象徴たるにすぎない面があるからです。それからもう一つは、観念の問題としての伝承、つまりこれは、言葉を通して、言葉として残されたものを通してというのが多いわけですけれど、伝承されたものから影響を受けやすいという、そういう両方の面から、迷妄性の根柢は、かなり深いように思われます。だから、人間の観念的な可塑性とは、ほんとうは、いかようにも迷妄になりうるし、また、いかようにも科学的にもなりうることを指しています。
(「国家と宗教のあいだ」原題・緊急の思想的課題1970.4.29西荻南教会主催講演於杉並公会堂  「海」中央公論社1970.7月号に掲載  「知の岸辺へ」1976.9.30弓立社に収録された。「信の構造Part3全天皇制・宗教論集成」1989.1.30春秋社に再録。「語りの海吉本隆明1幻想としての国家」1995.3.18中公文庫に再録)

このことをよく踏まえておかないと、宗教のみならず人間の観念性を見誤ってしまうのだ。人間は観念的にはどのような異常性も狂気性をも持ちうるのだ。その自分の特殊な観念を世界に普遍なものと思い込んでしまう。だから一見馬鹿馬鹿しい迷妄さも、全くの科学性も同じところに存在してしまうことがあるのだ。

2011年11月08日吉本隆明鈔集272「新新宗教と超人的」
中世の浄土教とか日蓮宗とか曹洞宗とかの当時の新興宗教は、超人的というのはやめようじゃないか、つまりこれは倫理の言葉とか倫理の行いとかに直さなかったらだめなんだというかたちで、それぞれの宗旨、宗派はちがうんですがやったようにおもいます。なんといったらいいか、倫理的な教義の純粋化といいますか、純粋化と倫理化がいっしょになってというかたちであったとおもうんです。現在の「新新宗教」はその逆であって、旧来の倫理がだめじゃないかとおもわれはじめたときに、いままであった倫理を解体してもう一度新しく通用する倫理をつくろうとするところはどこにもなくて、従来の倫理は基本的に終っちゃったというかたちになっている。やっぱり超人的なことにもう一回入っちゃっているような気がします。

(1992.9、10田原克拓によるインタビュー 「時代の病理」1993.5春秋社に収録)

  昔の新興宗教といわれていたものと、今日の新宗教はかなり違う。それで新新宗教と名付けているわけだ。おおきな特徴がこの超人的ということである。教祖なりがかなり超人である。昔の新興宗教の教祖がただの主婦であったり、ただのおっさんであったりしたのとはおおきく違っている。それは現在の若者なりの抱く悩みなりの要素がかなり違ってきているからだと思う。
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私は明治から昭和戦前の新宗教と、ついこのごろの新新宗教とは大きく違うことを考えています。これは今日の午前10時頃、ここの自宅のポストに今の新13020205新宗教の本が投げ込まれたからです。それでしばし考えたものなのです。
私が歩く路でも昔の新宗教の看板を掲げているところがあり、でも今の若い人(と言ってももう新新宗教の人もそんなに若くないだろうが)はもう「超人」でないと魅力はないのだろうな。
でもまた今は違ってきていると思います。

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13012107 この章でもイエスは奇蹟ということを行います。

『わが汝らに何を爲さんことを望むか』彼ら言ふ『主よ、目の開かれんことなり』イエスいたく憫みて彼らの目に觸り給へば、直ちに物見ることを得て、イエスに從へり。

  私は最初小さいときに、こうした奇蹟を行うイエスを信じられませんでした。もちろん今も信じないです。でもこうしたことをなすイエスはいいです。なにか遠慮がちとしか私には思えないイエスなのです。三位一体なら、イエスも神と同じなのだから、もっとやれば私のような不信人もすぐに信じてしまうのにと思うのですね。

第20章
 天國(てんこく)は勞動人(はたらきびと)を葡萄園(ぶだうぞの)に雇ふために、朝早く出でたる主人(あるじ)のごとし。一日一デナリの約束をなして、勞動人どもを葡萄園に遣(つかは)す。また九時ごろ出でて市場に空しく立つ者どもを見て、「なんぢらも葡萄園に往け、相當のものを與へん」といへば、彼らも往く。十二時頃と三時頃とに復いでて前のごとくす。五時頃また出でしに、なほ立つ者どものあるを見ていふ「何ゆゑ終日(ひねもす)ここに空しく立つか」かれら言ふ「たれも我らを雇はぬ故なり」主人(あるじ)いふ「なんぢらも葡萄園に往け」夕(ゆうべ)になりて葡萄園の主人その家司(いへつかさ)に言ふ「勞動人を呼びて、後の者より始め、先の者にまで賃銀をはらへ」かくて五時ごろに雇はれしもの來りて、おのおの一デナリを受く。先の者き13012201たりて、多く受くるならんと思ひしに、之も亦おのおの一デナリを受く。受けしとき、家主(いへあるじ)にむかひ呟(つぶや)きて言ふ、「この後の者どもは僅(わずか)に一時間はたらきたるに、汝は一日の勞と暑さとを忍びたる我らと均しく之を遇(あしら)へり」主人こたへて其の一人に言ふ「友よ、我なんぢに不正をなさず、汝は我と一デナリの約束をせしにあらずや。己が物を取りて往け、この後の者に汝とひとしく與ふるは、我が意(こころ)なり。わが物を我が意(こころ)のままにするは可(よ)からずや、我よきが故に汝の目あしきか」かくのごとく後なる者は先に、先なる者は後になるべし』
 イエス、エルサレムに上(のぼ)らんとし給ふとき、竊に十二弟子を近づけて、途すがら言ひ給ふ、『視よ、我らエルサレムに上る、人の子は祭司長(さいしちょう)・學者らに付(わた)されん。彼ら之を死に定め、また嘲弄し、鞭うち、十字架につけん爲に異邦人に付さん、かくて彼は三日めに甦へるべし』
 ここにゼベダイの子らの母、その子らと共に御許にきたり、拜して何事か求めんとしたるに、イエス彼に言ひたまふ『何を望むか』かれ言ふ『この我が二人の子が汝の御國にて、一人は汝の右に、一人は左に坐せんことを命じ給へ』イエス答へて言ひ給ふ『なんぢらは求むる所を知らず、我が飮まんとする酒杯(さかづき)を飮み得るか』かれら言ふ『得るなり』イエス言ひたまふ『實(げ)に汝らは我が酒杯を飮むべし、されど我が右左に坐することは、これ我の與ふべきものならず、我が父より備へられたる人こそ與へらるるなれ』十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤(いきど)ほる。イエス彼らを呼びて言ひたまふ『異邦人の君のその民を宰(つかさ)どり、大なる者の民の上に權を執ることは、汝らの知る所なり。汝らの中にては然らず、汝らの中に大(おほひ)ならんと思ふ者は、汝らの役者(えきしゃ)となり、首(かしら)たらんと思ふ者は汝らの僕(しもべ)となるべし。かくのごとく、人の子の來れるも事へらるる爲にあらず、反つて事(つか)ふることをなし、又おほくの人の贖償(あがない)として己が生命(いのち)を與へん爲なり』
 彼らエリコを出づるとき、大なる群衆イエスに從へり。視よ、二人の盲人(めしい)、路(みち)の傍らに坐しをりしが、イエスの過ぎ給ふことを聞き、叫びて言ふ『主よ、ダビデの子よ、我らを憫みたまへ』群衆かれらを禁(いまし)めて默(もだ)さしめんとしたれど、愈々叫びて言ふ『主よ、ダビデの子よ、我らを憫み給へ』イエス立ちどまり、彼らを呼びて言ひ給ふ『わが汝らに何を爲さんことを望むか』彼ら言ふ『主よ、目の開かれんことな13012202り』イエスいたく憫みて彼らの目に觸り給へば、直ちに物見ることを得て、イエスに從へり。

  奇蹟を行うイエス。
 吉本(吉本隆明)さんがマチウ書(マタイ伝のフランス語読み)で、ジュジュ(イエスのこと)はこのマタイが作成した人物だと思ったのは充分にうなずけます。

12122903  今まだ京浜東北線です。御茶ノ水の理髪店プラドへ向かっています。今年最後の理髪店ですね。
 そのあと本を買おうかな。欲しい本は決まっています。 私は買う本は吉本隆明さんのか長谷川慶太郎さんの本ばかりです。
 その他の本も買うことがありますが。今日は慶太郎さんの本です。

  この未送信ボックスからどうやってメールするのだろうと悩みました。これでいいのかなあ。

  写真は理髪店プラドの前にある広場のクリスマスツリーです。

12110903 聖書はいつも読んでいます。そばにあるから、開くのは楽なのです。

2012/11/09 06:14自分の部屋から『舊新約聖書』を持ってテレビの前へ来ました。またマタイ傳、マルコ傳を読みます。いつもこの文語訳『聖書』は読んでいます。今度はルカ傳も読んでみようかなあ。
 私はこの『聖書』を読んで七言絶句を書こうと思っているのですが、なかなか語句も考えるのも大変です。
 思えば、このポメラでやっていこうかなあ。
2012/11/09 09:40吉本(吉本隆明)さんの「『第二の敗戦来』春秋社」を持って来ました。

 吉本隆明さんをいつでも本が読めるようにしています。

2017031720 11月3日に購入してきたこの本です。
吉本(吉本隆明)さんが今年2013年3月16日に亡くなられました。私はこの吉本隆明さんと長谷川慶太郎さんの本を一番購入し、読んでき12110713たものです。
ただし、吉本隆明さんの本はすべて持っていますが、長谷川慶太郎さんの本はみな人にあげたりしてきたものです。もうそうしないと、私の今の本箱がいっぱいになってしまうのです。
この本は、ヨドバシカメラの上にある紀伊国屋書店で購入したものです。
電車の中で読み、そしてまたパソコンをやりながら読んだものでした。

書 名 2013年長谷川慶太郎の大局を読む
著 者 長谷川慶太郎
発行所 李白社
定 価 1,600円+税
発行日 2012年10月7日初版発行
読了日 2009年11月7日

以下インターネット上からコピーしたものです。ただし、私も懸命に打ったものもあります。

まえがき
二〇一二年はギリシャの財政危機に端を発したユーロ危機によって世界経済が何度も大揺れした年だと言っていい。このユーロ危機によってユーロ崩壊への懸念が出るたびに共通通貨ユーロの下落はもとより、PIIGSと呼ばれるユーロ圏諸国の国債価格が暴落し、世界の株式市場や為替レートも大変動するなど目に見える大きな影響が生じた。
それに右往左往してしまった日本の投資家、経営者、ビジネスマンも数多くいたのだが、そういう人たちはやはり本書のテーマである「大局」を見失っていると言わざるを得ない。ユーロにしても大局を押さえていれば冷静にその推移を見つめることができるはずだ。本書でも詳細に述べているようにユーロは東西ドイツ統合の代償として導入された。それに合意したフランスをはじめEU諸国およびドイツは何としてもユーロを維持しなければならないという強い使命感と義務感を持っている。これがユーロの大局である。
したがって、世界経済を理解するには目の前で起こっている現象だけに注目するのではなく歴史的な経緯にも考慮を払わなければならない。ユーロについても表面的な動静だけを見ていたら、投資家としても経営者としてもビジネスマンとしても判断を誤ることになる。歴史的な経緯も含めてつねに大局への目配せを忘れないようにしていただきたい。
したがって、世界経済を理解するのは目の前で起こっている現象だけに注目するのではなく歴史的な経緯にも考慮を払わねばならない。
(まだ「まえがき」は続きます)

目次

まえがき

第1章 アメリカで新大統領が誕生か
構造変化にさらされる世界のエネルギー市場
シェールガスはアメリカを中心に世界中で出ている
天然ガスの流通が変わって起こる大きな変化
  大打撃を受ける中東、南米、ロシアの産油国
  エネルギー価格と農産物価格は強く関連している
  エタノールは原油1バレル50ドルでコスト割れ
投資と技術革新を誘うシェールガス革命
  全米での電力会社の統合と大規模な設備投資
  天然ガスを使えば自動車の燃費は大幅にダウンする
  製造業復活に向けて始まったアメリカ国内への大規模投資
  世界の石油化学工業の潮流に乗り遅れる日本企業
米大統領選はロムニーの勝利
  戦いの焦点はオバマの公平論とロムニーの自由論
  今後も自由を優先するアメリカが世界経済の中心となる
  三つの理由で大統領再選が厳しくなってきたオバマ
  医療保険改革法の合憲判断はオバマ再選の追い風ではない
  企業経営者にフリーハンドを与えるロムニーの政策
  三つの強みによって大きな力を発揮するアメリカ
  二〇一三年以降にアメリカ経済は急速に回復する

第2章 危機は続いても崩壊しないユーロ
放漫財政から規律ある財政へ
  赤字を増やしても制裁がないことが生んだユーロ危機
  財政規律を守らせるEU新条約への25ヵ国による合意
財政赤字に苦しむPIIGSの取り組み
  二度の総選挙を経て緊縮財政を受け入れたギリシャ
  住宅バブル崩壊で巨額の債務に苦しむスペインの金融機関
  労働改革にやっと手を付けたイタリアのモンティ政権
  財政赤字克服に奮闘しているアイルランドとポルトガル
新大統領が誕生したフランスの動向
  EU新条約を見直すという公約が実現するはずはない
  雇用創出どころか人員の大幅削減が相次ぐフランスの大企業
ドイツは絶対にユーロを見捨てない
  共通通貨ユーロの導入は東西ドイツ統合の代償だった
  労使関係の改善によって支えられているドイツ経済の強さ
  ドイツのヘゲモニーの中で展開されるユーロ圏の財政政策
  長期間にわたって困難なユーロ圏諸国の経済回復

第3章 中国・新興国・アジア諸国の今後
新体制に切り替わる中国共産党
文革派にとって大きな痛手となった薄熙来の失脚
中国崩壊の先送りを示唆している北朝鮮の動静
第一八回共産党大会でも新人事を決めた北載河会議
鋼材のダンピングに象徴されている中国の経済危機
人民解放軍は機が熟するのを待てばいいと考えている
香港の親中国派による尖閣諸島上陸撃退は日本の勝利
経済が失速したBRICsの現状
経済の回復とともに強く求められるインフラの整備
インド経済の足を引っ張っているヒンドゥーのカースト
景気が落ち込む中で実現が不透明なブラジルの投資計画
大統領に復帰したプーチンを悩ますロシア経済の悪化
アジアの国々と日本の経済関係
経済的に有望な国として台頭してきたバングラデシュ
ミャンマーの労働者は質が高くて賃金は中国の五分の一
東アジア経済の中でセンターに日本が座れるかどうか
ウォン暴落につながる日韓通貨スワップ協定の破棄

第4章 デフレとエネルギーによって日本が変わる
日本でも起こるエネルギー革命
  点検で停止した原発も容易には再稼動できなくなった
  LNG輸入よりも有望な日本周辺海域のメタンハイドレート
  エネルギー大国になる投資を政治は惜しむべきではない
トヨタが落日のパナソニック、ソニーの後を追う
  先進国ではステイタスの象徴ではなくなった耐久消費財
  超小型車が求められる時代にはトヨタでさえ潰れる
  倒産へと向っているパナソニック、ソニー、シャープ
食品と交通にはっきりと表れるデフレの影響
  100円玉を自動販売機に入れれば牛丼が出てくる
  国内の交通運賃をどんどん下落させるLCCの登場
日本の地方空港も航空産業も息を吹き返していく
  デフレ時代を生き抜くための経営者の心構えとは何か
運用能力がない日本の金融機関
  インフレ時代に生まれた企業年金は損失を生み出す
  なくてもいい投資顧問会社が厚生年金基金に食い込んだ
  日本の金融機関には新しい金融商品をつくる人材がいない
消費税増税の持つ大きな意味
  国家財政を立て直さないと国内の金融機関が破綻する
  消費税率20%の時代は近い将来確実にやって来る

付章日本企業を両断する――会員からの質問
  損失隠しで急落したオリンパスの株についてどう考えるべきか
  ●オリンパス
  東京スカイツリーが人気の東武鉄道への投資
    ●東武鉄道
  横浜ベイスターズを買収したDeNAの株
    ●ディー・エヌ・エー
  次期主力戦闘機関連の銘柄について
    ●三菱重工業/IHI/三菱電機
  株価が下がっているエルピーダメモリは買いか?
    ●エルピーダメモリ
  みずほFGの株は今は買いかどうか
   ●みずほフィナンシャルグループ
  大手総合商社の株は買いか?
    ●三菱商事/三井物産/住友商事/伊藤忠商事/丸紅
  大手広告代理店の株は買いか?
    ●電通/博報堂DYホールディングス/アサツーディ・ケイ
  電子部品や半導体関連の企業の株価は?
    ●村田製作所/京セラ/ディスコ/東京エレクトロン/新川
  日本の鉄鋼メーカー今後はどうなるのか?
    ●新日鉄/住友金属/JFE/東京製鉄
  再上場した日本航空の株は買いなのか?
    ●日本航空
  長期投資として注目している企業について
    ●三菱重工業/IHI/日立製作所/三菱自動車/みずほFG
  日本の大手海運会社今後は有望か?
    ●日本郵船/商船三井/川崎汽船
  宅急便のヤマト運輸株は有望か?
    ●ヤマトホールディングス
  建機メーカーの株は買いか?
    ●コマツ/日立建機
  化学メーカーの株価の今後
    ●住友化学/三井化学/三菱ケミカルホールディングス

12110705 今日、米国の大統領選でこれを読んでいました。長谷川慶太郎さんは、「米大統領選はロムニーの勝利」と明確に言い切っています。私もそう思っていました。でも結果は、私が2012年11月7日のポメラの2で次のように書きましたように、

2012/11/07 14:08オバマの勝利ですね。
そうなのか。

オバマの勝利で、私はものすごいショックです

12110708 オバマが勝利しました。今日の夕刊にも「オバマの勝利」と大きく書いてあります。
これも仕方ないですね。でも長谷川慶太郎さんの予想がはずれるなんて、私はもうものすごくショックです。
何もかもが違ってきたのかなあ。

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2017052901 まだ時間があると思わないで、いまが自分の盛りだと思って、やられるのがいいんじゃないですかね。それは年食ったらできないで、むしろ、理屈にしないと歌にはならねえって、どうしてもなっていきますから。
なにはともあれ、とにかく、できるできないはともかく、無茶苦茶にやってくださいよっていう、書いてめちゃくちゃに頑張ってくださいよというしかいうのしかいえそうもないです。
「Kototoi第二号」『固有値としての自分のために第二回』2011.06.24

これは実に考えさせられました。そうだ、自分もやらなくちゃと真剣に思いました。いつまでも私にも時間が無限にあるわけではありません。そのことをもっと考えていくべきなのです。12080121

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12080119 先ほど郵便受けに入っていました。
 まだ「吉本隆明『固有値としての自分のために』第二回」を読んでいませんが、また読みましたら、何かを書きます。
 この雑誌を正面から撮りました。あまりうまくないのですが、なんせ私は素人ですから。

12072201萩原周二よりの個人的情報発信 2012.07.21

1.私はいつも「書き言葉」と「話し言葉」ということを言っています。そしてこの場で、私の書き言葉で、こうして書いておきたいと思いました。もちろん、私のインターネット上のブログ

   http://shomon.livedoor.biz/  将門Web

にも、今夜21日か明日22日に、この文章をUPします。
2.なお私の言う『「書き言葉」と「話し言葉」』ということは、吉本(吉本隆明)さんが言われていたことです。それを私がこうして今言っています。
 この日本では、多分1万年くらい前から、この日本語だろうと言われるもので話してきました。でも私たちと同じであろう書き言葉を使ってきたのは、たかだかまだ1,100年くらいしか経っていないのです。ちょうど紫式部や清少納言や和泉式部が私たちと同じ文字で書いているのです。
 残念なことに、それらの女性陣より、はるかに時代のあとの悪左府頼長の日記は、漢文で書かれており、私にははるかに遅れていた(内容はまた別なのだが、いや内容も面白くない)ものに見えます。12072108
120721093.私は上のブログは今日はもう6つUPいたしました。私はケータイでUPすることも多々あります。私のブログで一番多いのはIS01(スマートフォン)でUPしたジャンルです。
 もちろん私は漢詩(もちろん日本の漢詩も)の解説を書いているジャンルもありますし、短歌や俳句、詩についても書いています。
4.それにブログだけでなくケータイメールでもおおいに交換しています。もう娘二人だけでなく、妻や弟や女性たち(どうもケータイメールがいい人が多いですね)はケータイメールがいいみたいです。やがては孫たちや姪の子どもたちとも交換するようになるでしょう。いえ、今のところは、私が一方的に出しているだけです。
 もちろん手紙もおおいに書いていますよ。ただ今は2008年には600通を超える量を出したのですが、今は年に100通くらいです。
 インターネットメールもよく交換していますが、やはりケータイメールだと瞬時にできて今は量もかなり書けるからいいのでしょうね。私もその通りです。いや手紙もいいですよ。私は和紙の用紙に綺麗な切手シールを貼って出しています。
5.できたら、みなさんに、インターネット上にブログ等(ブログでなくてもいい)で書いてほしいのです。私はツイッターもフェイスブックもMIXIもやっていますよ。
 でもやっぱりブログで書き言葉でやっていただきたいと思います。インターネットの世界では、はるかに英語人口のほうが多い(日本語人口の10倍以上)のですが、ちょうど4年前にブログでは日本語が英語を上回ったのです。これは私が思うのには、この日本人が書き言葉を自在に使う、世界でも珍しい存在だからです。
 私は間違いなく世界でも一番量を多くUPできているブログだと思っています(量ですよ。内容ではありません)。中国人で世界で一番多くUPしている(と「日経パソコン」に書いてありました)人よりも私は多くUPしています。
 また元気に書いてまいります。 萩原周二

12071206 私は「周の『独楽吟のススメ』の745」で、次のように書いていました。

私は「舊新約聖書(文語訳)」はそばに置いてあり、ときどき開いているものです。またインターネット上でもよく開いています。

 私がよく手に取っているのは、この画像のものです。そしてインターネット上では

   マタイ傳福音書(文語訳)

をよく開いています。
 どうしても、吉本隆明さんの「マチウ書試論」を読んでから、このマタイ傳をいつも読むようになりました。
 今も私はいつも同じです。そうねえ、そういえば今はマルコ傳も読むようになったかなあ。

 ただし、前にこのマタイ傳も、茨城弁に翻訳したこと(「マタイ伝第28章を茨城弁にする」)があるのですが、間違いなく、イエス・キリストもマタイもマルコも茨城弁では話さなかったはずです。あ、翻訳するには文語ではなく、口語でないと駄目です。

12061805 私の二人の中学生の娘たちもたいへんに尾崎豊が好きであるようです。いや彼女たちの友達たちも同じみたいなようです。彼の表現する言葉がかなり引き付けるのでしょうね。

 一つの芸術的な表現というのは、あらゆる立場、あらゆる悪も善
も退廃も何も全部許容するというものの裏返しと言いましょうか、
あらゆるインチキな評価や間違っている評価までも引き受けなきゃ
ならないという気がするんですね。結局最後になって何がものをい
うかというと、その人の表現した作品といったパーフォーマンスが
ものを言うのであって、その存在感に対しては、誤解なんかでなに
も言うことはできないだろうと。
 尾崎さんという人のその作品とかパフォーマンスは、あくまで僕
の感じですので、当たっているかどうかは別なんですけれど、この
人は明らかに言葉の人だなって感じたんですね。尾崎さんっていう
人は、自分が思ったかと、あるいは言いたいこととかいっぱいあっ
て、それをストレートに言う場合もあったり、比喩的に言ってみた
り、場面設定や主人公を変えて、という風に表現してみたりしなが
らそれを曲にのせて演じているけど、結局、この人は言いたいこと
をそういう形で言葉で言っているに過ぎない言葉の人じゃないかっ
て思うんですね。
                (「尾崎豊は
殉教者か」吉本隆明、尾崎健一(豊の父)、山下悦子の対談におけ
る吉本さんの発言。「宝島30」1993年10月」号

 尾崎豊はたいへんに吉本さんを尊敬していたということです。表現する言葉を大事に大事にえらんでいたのでしょうか。

曲名  卒業
作曲  尾崎豊
作詞  尾崎豊

  校舎の影 芝生の上 すいこまれる空
  幻とリアルな気持 感じていた
  チャイムが鳴り 教室のいつもの席に座り
  何に従い 従うべきか考えていた
  ざわめく心 今 俺にあるものは
  意味なく思えて とまどっていた

  放課後 街ふらつき 俺達は風の中
  孤独 瞳にうかべ 寂しく歩いた
  笑い声とため息の飽和した店で
  ピンボールのハイスコアー 競いあった
  退屈な心 刺激さえあれば
  何でも大げさにしゃべり続けた

  行儀よくまじめなんて 出来やしなかった
  夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
  逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった
  信じられぬ大人との争いの中で
  許しあい いったい何 解りあえただろう
  うんざりしながら それも過ごした
  ひとつだけ 解ってたこと
  この支配からの 卒業

  誰かの喧嘩の話に みんな熱くなり
  自分がどれだけ強いか 知りたかった
  力だけが必要だと 頑なに信じて
  従うことは負けることと言いきかした
  友達にさえ 強がって見せた
  時には誰かを傷つけても

  やがて誰も恋に落ちて 愛の言葉と
  理想の愛 それだけに心奪われた
  生きる為に 計算高くなれて言うが
  人を愛すまっすぐさを強く信じた
  大切なのは何 愛すること
  生きる為にすることの区別迷った

  行儀よくまじめなんて クソくらえと思った
  夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
  逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった
  信じられぬ大人との争いの中で
  許しあい いったい何 解りあえただろう
  うんざりしながら それも過ごした
  ひとつだけ 解ってたこと
  この支配からの 卒業

  卒業して いったい何解るというのか
  想い出のほかに 何が残るというのか
  人は誰も縛られた かよわき小羊ならば
  先生あなたは かよわき大人の代弁者なのか
  俺達の怒り どこへ向うべきなのか
  これからは 何が俺を縛りつけるだろう
  あと何度自分自身 卒業すれば
  本当の自分にたどりつけるだろう

  仕組まれた自由に 誰も気づかずに
  あがいた日々も 終る
  この支配からの 卒業
  闘いからの 卒業

 やはり今の時代が彼の表現を生み出したようにも思える。そういえば、私もこの歌を唄ったことがありますね。

  忘れないで強く生きることの意味を
  探している 答えなんかないかもしれない
  何ひとつ確かなものなど見つからなくても
  心の弱さに負けないように立ち向かうんだ
  さぁ走り続けよう 叫び続けよう
  求め続けよう この果てしない生きる輝きを

                            (「誕生」より

 この詩は、私の長女おはぎが、中学2年のときに先輩の卒業生全員に贈った尾崎豊の言葉です。尾崎豊は多分永遠に彼らの心に残っていくのでしょう。(1998.11.01)

12052505 私が今日の2012年5月26日のポメラを書いていて、吉本(吉本隆明)さんの

海舟の和歌・漢詩・俳句・長歌などのうちとるべきものは皆無にちかいといっていい。ただ、青年時代に訳詩「思ひやつれし君」ひとつをのこしている。

の「思ひやつれし君」を読んでみたいと思い、探しました。

  思ひやつれし君
 なにすとて、やつれし君ぞ、哀れその、思たわみて、
 いたづらに、我が世を経(へ)めや、あまのはら、ふりさけみつ、
 あらがねの、土ふみたてて、ますら雄の、心ふりおこし、
 清き名を、天(あめ)に響かし、かぐはしき、道のいさをを、
 あめつちの、いや遠ながく、聞く人の、かがみにせむと、
 我はもよ、思ひたまはず、おほろかに、此の世をへしとおもやつれども

 これは、明治三十年八月雑誌『舊幕府』で発表された(ただし、主筆戸川残花の作として)。傍書きに、「Loefden Heer!」とあり、これは「J.Daniel Herrnschmitdt Lobe Den Herren, O Meine Seele!という賛美歌であると推定される」と、「千葉宜一氏『近代詩の黎明』」にあるということです。
 これは吉本さんが、「ただ、青年時代に訳詩「思ひやつれし君」ひとつをのこしている。」とだけ書いているのですが、このことだけでも私が勝海舟の詩を調べてみたのは、いいことでした。

a0cd45b4.jpg 9時にブルータスから、私の妻にお花が届きました。ここの画像です。

2012/05/08 06:14私が書いているわけですが、「周の『独楽吟のススメ』」ですが、この独楽吟を書いている破茶さんがパリに遊びに行っていると思っていたのですが(事実彼女はパリへ行ってましたが)、この独楽吟は6日分まで書いてありました。
 私も最初は「じゃ、全部書いていくか」という気もあったのですが、やっぱりまた少しづつやっていきます。
 その「周の『独楽吟のススメ』の714」で、コシノ三姉妹のことを少し書きました。ヒロコ、ジュンコ、ミチコの三人のこと、そしてお母さんの綾子さんのことを思います。そして朝のNHKのドラマも、それに吉本(吉本隆明)さんと埴谷雄高のことも思います。
2012/05/08 07:57今はリビングへ来ました。
2012/05/08 09:50ちょうど9時ころ、次女ブルータスからお花が届きました。そこには以下のことが書いてありました。

ママへ
少し早いですが、母の日のお花を送ります。
いつもありがとう。これからもよろしくね。
またじゅにに会いに来て下さい。

 嬉しいです。優しい娘です。私の父の日には何かあるかなあ? もちろん父の日にはなにもないでしょうが。別に私はいいのです。

 優しいブルータスと可愛いじゅにを思い出すじいじなのです。

12040107 私の「日経本日の最終面に吉本隆明さんの記事」に大澤高蔵さんからの以下のコメントがありました。

2. Posted by 大澤 高蔵   2012年03月28日 14:28
萩原さん
ありがとう。
吉本さんの記事、私も読みたかった。
改めて、貴方のマメなフォローに感謝です。

復興景気に沸く仙台、気仙沼他を尻目に、いわき・小名浜はジェイビレッジに近づくほど、ひどい空気になっています。
ジェイビレッジで働く人々や、広野町の町役場の若者の持って行きようのない「思い」を反原発派の心ある人に理解してほしいですね。
貴方のことだから、もう行っているかもしれませんが、ぜひ、いわき・小名浜を訪ねてください。亡くなった方々のご冥福を祈って、詩吟を捧げてあげてください。
塩屋岬の周辺は津波の被害がそのままで、ただただ涙でありました。
花がぽつんと活けてあり、思い出すと今でもいけません。辛いです。
しかし、スパリゾートハワイヤンやテントではありましたが、「道の駅」では地元で採れた菜の花やレモンなど売っていました。たくさん、買って帰り、おいしく食べました。しかし、「風評被害」は本当にひどく、みなさん本当に抑制の良く効いた話し方をされていました。
私も妻が面倒みている半身不随の「ウサギ」(レン君)のために毎朝、タンポポを取りに行くのが、2011.2月からの日課でした。
それと、一人住まいの母の介護で、震災以降、精神的にだいぶ、助かりました。
亡くなった吉本さんの言うように、身近の自分ができることを一つづつやって行くこと、それが大切なこと。生きる勇気をもらうことと、思いました。
残念ながら、レン君は、今年の二月の下旬になくなりました。不随になって、一年と15日くらいかな?(お医者さんは奇跡的だといってくれました。)
でも、本当に壊れかかった私達を助けてくれたと、感謝しています。
こうして、貴方のブログを全く久しぶりに見て、故吉本さんも同じ思いだったのかと不遜ながら感じ、ついコメントをしました。
ありがとうございました。
大澤高蔵

 大澤さん、ありがとうございます。
 私は震災の被害地には行っていないのです。行く気持はあったのですが、どうしてもその機会がありませんでした。
 私はですね、昔の左翼過激派の仲間の前で詩吟をやったことはいくつもあり、今もやります。昔は実際の左翼の中でもやりましたが、それは私の埼玉大学の左翼の中であり(党派はいろいろいましたが)、いわゆる他大学の人も大勢いると、どうしてかそのマイクが切られたりすることがあり(詩吟というのは右翼だとみなす阿呆もいるようです)、もうやりたくありません。本当に昔の左翼は阿呆が多いですよ。私の大学の左翼仲間はまともです。
 左翼でも唐牛健太郎さんや島成郎さんの前でも詩吟をやったことがありますが、彼らは実にまともな人でした。そして私を優しくみてくれたいました。ただ、今はどうしても「西郷南洲『弔亡友月照』」を詠うことが多くなりました。亡くなってしまった方ばかりですものね。なんだか悲しい思いばかりです。
 今後も、昔の馬鹿な阿呆な左翼とは付き合いたくありません。

 私も義母の介護を今のこの家でしていたわけですが、最後は介護施設に入れまして、もう妻に任せっぱなしでした。
 そのときのことは、以下に書いてあります。

  わが家のおかあさん うちのおかあさん

 この義母の遺骨を神戸三宮のお墓に埋葬しに行きます。義父と同じお墓にこの4月か5月に入れるつもりです。私の母の遺骨も父と同じお墓に入れました。今年も命日にいくつもりでおります。

 うさぎのレン君のこと、随分長くみていられたのですね。読んでいまして、涙がながれ、そしてレン君に、「でも良かったよね」と呼びかけました。
 吉本(吉本隆明)さんに関して、今もどうでもいいことをいう阿呆がして、実に情けないです。でもとにかく、私は今後もまともに力強く生きていくんだと決意しております。

12033104 朝いつも「カーネーション」を見てから私は始まります。もっとも、このときにはインターネット上にはいくつもUPしていますが。

2012/03/31 06:21またこのポメラに向かって、今日のことを思いながら、こうして打っています。寸前までパソコンを打っていたわけですが、やはりパソコンの方が打つのは楽ですね。パソコン、ポメラ、IS01の3つのなかでは、IS01が一番時間がかかりますが、これは仕方ないですね。外では、例えば電車の中や飲み屋ではいいです。
 昔は長距離の電車の中ではノートパソコンでも打てたものですが、思い出せば京都へ行きました6、7年前にPHSでつないでいたのですが、PHSは常時つながっているわけではなく、新幹線の各駅のそばではつながりますから、それまではキーボードで文章を打っていまして、駅のそばになってつながると、ホームページ内にUPしていたものでした。懐かしいな。
 今ではどこででも常時接続なのですね。このことは大きなことですね。そのことを強く感じます。
 今日は3月の終わりの日です。 
2012/03/31 07:17もうこんな時間なのですね。どうしてもIS01で書いて、UPしてしまうと、このポメラで何を書いていいか迷います。でも淡々とこのポメラに向かっていくしかないのですね。
 今日は大変に風が強いらしいです。
2012/03/31 07:56もうすぐ「カーネーション」の最後の回です。私はずっと見てきましたね。毎朝見られなかったのは二度くらいですね。それででも昼には見るわけですが、一度はその昼にも書くのを忘れたことがあります。一度だけですが。そのときにはインターネットでよく見たものでした。
 でも今日だけは涙を流さないですむかなあ。あ、だめだ。
 思いました。私の吉本(吉本隆明)さんもこの朝ドラにならないかなあ。

 本当に吉本(吉本隆明)さんも、この朝ドラにならないかなあ。奥さま和子さんも、娘さんのハルノ宵子さんもよしもとばななもいるのですから朝ドラになる要素は充分だよなあ。馬鹿な敵役としては、埴谷雄高、丸山正男、羽仁五郎がいるし(直接会っているのは埴谷雄高だけですが)、もちろんミッシェル・フーコーや田村隆一、鮎川信夫がいるのですね。朝ドラにしてほしいな。東京の下町が舞台になります。

12032805 どうしてもテレビの前にいますと、このポメラで書くことになります。

2012/03/29 07:48このポメラにはマイクロSDもありますから、そちらにもファイルがいくつもあります。そうなんだなあ、と今思ってそちらのファイルも今見ていました。
 もうそのファイルは一年以上前のものですね。
 すぐに8時になります。吉本(吉本隆明)さんのいわれた『「書き言葉」と「読み言葉」』を私もよく考えていきたいと思っています。
 私はいつも、このポメラでもたくさん単語登録しています。驚くほどです。それで前よりもずいぶん使いやすく書きやすくなったものです。
2012/03/29 08:03「カーネーション」を見ています。
 やっぱりまた涙になってしまいます。
 どうしても涙なのですね。これは仕方のないものです。  まずは良かった。嬉しいです。でも私の涙はどうにかならいのかなあ。
2012/03/29 08:21そのあとにまた糸子を見ています。この女優さんが大好です。
 そのあとはコシノジュンコをみまました。私はこのジュンコさんのファッションを身につけてアンアンの登場した吉本(吉本隆明)さんを思います。

 あのときの埴谷雄高を思い出します。本当にひどいことになりましたね。あのあと私は一歳彼の著作は読まないようになりましたし、心の底から軽蔑するようになりました。

12031603  吉本(吉本隆明)さんが亡くなったことが、日経新聞夕刊に大きく出ています。
  そこで山折哲雄さんが、次のように言っています。

…、吉本さんの言葉は独創的なために翻訳されにくく、同じく翻訳が少なかった柳田国男や折口信夫に通じるところがある。

  私は吉本さんの言葉が独特に感じられたからこそ、私の「吉本隆明鈔集」を始めたものなのです。
 それが、現在毎日UPしているのが400を越え、さらにもう昔にUPしたものを含めると、すべてで709になります。 そして、今後も書いて行きますから、全部で1、000を越える気持でいます。
 まだまだやって行かないとならないのですね。

12031602 やっぱり私は、涙を浮かべています。その後いくつものニュースを読みました。

吉本隆明さんの次女・よしもとばなな「最高のお父さんでした」(スポーツ報知)
吉本隆明さん死去:大衆に寄り添った巨星 「現在」問い続け、全共闘世代の「教祖」(毎日新聞)
吉本隆明さん死去:晩年まで独自の思考を重ねる(毎日新聞)
よしもとばななさん、父・吉本隆明さんとの最後の会話をTwitterに投稿(アメーバニュース)
思想家・詩人の吉本隆明が死去、戦後日本の思想界を牽引(CINRA.NETニュース)
吉本隆明さん死去=戦後思想界に大きな影響−87歳(アパレルウェブニュース)
よしもとばなな 父吉本隆明氏死去「最高のお父さんでした」(デイリースポーツ)

  まだまだあるのですが、ここまでにします。

 この中で、アメーバニュースに書いてあったのが以下です。

吉本の次女である作家のよしもとばななは、自身のTwitterで「父は最後まですごくがんばりました。父が危篤なことを言えずつらい一ヶ月でした。一時はもちなおしたのですが」と経緯を明かし、「最後に話したとき『三途の川の手前までいったけど、ばななさんがいいタイミングで上からきてくれて、戻れました』と言ってくれました。もう一度、話したかったです」「最高のお父さんでした」と父への想いを綴っている。またユーザーに対しては「お父さんがまだいるかたは楽しい時を、そうでないかたは良い時を思い出してくださいね!」と呼びかけている。

 私は吉本(吉本隆明)さんの本はすべて読んでいるつもりです。よしもとばななさんの本も、ハルノ宵子さんの漫画もすべて読んできました。奥さまの和子さんに関して、私はインターネットで検索したら、次が出てきました。

   吉本隆明の愛した女、和子さん

 それでこれを読んでいて、「あれ、おかしいな。これは私の書いた文だ」と気がつきました。そうですね。これはたしか3年くらい前に、私が書いていた文章です。
 私も、二人の娘(もちろん、二人の娘の彼も)と、そして四人の孫を大事にしていきたいです。

12031502 私が部屋でパソコンに向かっているときに、妻がこのことを伝えてくれました。私は驚いてリビングでテレビを見ました。
 そして、部屋に戻りインターネットでいくつかの新聞記事を見ました。

吉本隆明さん死去 戦後の思想界担う(NHK)3月16日 5時20分
評論家の吉本隆明さん死去 戦後思想に大きな影響(朝日新聞)2012年3月16日6時0分
戦後思想に大きな影響、吉本隆明氏が死去(共同通信社)2012年3月16日6時0分
吉本隆明氏が死去 戦後思想に大きな影響(神戸新聞)(2012/03/16 05:27)

 いつかは、こうしたニュースがもたらされるとは思っておりましたが、その日が来てしまいました。87歳だったのですね。
 私はもういつでも吉本(吉本隆明)さんのいくつもの言葉を忘れたことはありません。私がこのごろあちこちで言うことの多い『「書き言葉」と「話し言葉」』も、もちろん吉本隆明さんの言葉です。私はこのことを最後に明確に書いていただきたかったなという思いです。
 でも、もうしばらくしましたら、私も大量の涙になることでしょう。今合掌しました。

12030409 昨日ブルータスからのメールで、じゅにの退院が決まったことを教えてくれました。でも私はまだ決定だと思い切れません。今日ブルータスと会って話してから、この私のブログにも堂々と書きます。

2012/03/06 06:45昨日の夜のブルータスからのケータイメールでじゅにの千葉県こども病院からの退院が決まりました。3月9日(木)に退院します。
 次は今のこども病院のそばの千葉リハビリテーションセンターに5月9日から入園します。ただ私はここのホームページを見て、まだじゅにに関しては安心していません。3月8日(水)に千葉リハビリテーションセンターに外来受信します。
 でもまずは退院です。嬉しいです。今日私がじゅにとブルータスに会いますから、詳しく聞いてきます。かなりたくさんの方々がじゅにの今回の入院を気にかけていただいています。
 またこのことを改めて私のブログで書いて行きます。
2012/03/06 07:43もう上に書いた千葉リハビリテーションセンターを私のブログのサイドバーにもサイトをリンクしたいのですが、そしてもう私はURLを調べて見ていますが、とにかく今日ブルータスに会ってからにします。
 この上のセンターは、毎日ブルータスとじゅにに会いに行きまして、バスで帰るときに、いつも会う男の子がそこから帰ってきています。
 これをUPするときには上のURLをリンクします。
2012/03/06 08:02「カーネーション」が始まっています。
 これは実際のショーを見せていますね。もう吉本(吉本隆明)さんがアンアンでモデルになったあとですね。

 とにかく、今日も千葉こども病院へ行きまして、ブルータスとじゅににあってから、ここのブログにも大きく書きます。

12030210 この日はじゅにはとっても可愛かったのです。でも私はいつも言っていますね。

2012/03/02 13:32今じゅにのそばに来ました。最初に医院に入ったときに、レストランに入るブルータスママと会いました。
 13時34分には何故か目を覚ましています。それで私の顔を見てもそんなに不思儀な顔をしていません。(あ、私は「ふしぎ」は「不思議」ではなく、「不思儀」なのです)。
 今ブルータスが帰ってきてくれました。
2012/03/02 14:27レストランで食事をしてきたあと、「野口悠紀雄『クラウド「超」仕事法』」をすべて読み終わりました。私がこの本に昨日と今日の時間がかかったのは、今の状態では電車の中でもレストランでも、この本だけに集中できないからです。
 でもいい本でした。私には、吉本(吉本隆明)さんと並ぶくらい(いいすぎか)読んで感激感動した本でした。
2012/03/02 15:01今じゅにはジュースの時間なようです。
 今オシッコを提出してきました。
2012/03/02 15:28今ウンチを提出しました。
 いつもブルータスママは、じゅににキスしています。私がものすごくうらやましいことです。
 こうしてじゅにはママととってもいい感じです。
 でも今はハミキをされています。少し苦手なことかなあ。
2012/03/02 15:37私のブルータスは、とっても笑顔が増えて、笑い声も増えてきました。

 母親のブルータスの笑顔が増えたのは、ものすごく嬉しいです。

12022802  今北区役所にいます。もう大変ですね。これだけ大変だとすぐにやれないのですね。 でも係は丁寧にやってくれています。

 上は11時43分に書きました。そのあと御茶ノ水のプラドという理髪店に電話して、午後1時の予約で、それでお茶の水駅でどうしても時間が20分くらい過ごすのに、御茶ノ水の「丸善」で本を見ていました。
 もう私は本は買わないことにしていますが、結局「野口悠紀雄『クラウド「超」仕事法』」を買ってしまいました。 これまでも、この著者の本は何冊も読んできましたが、この著者は私の吉本(吉本隆明)さんのことを貶していることがあり、それで気にいらないので、買わないようにしているのですが、でもそれでも幾冊も読んできたものです。
  この買いました本も立ち読みして、結局は買うことになってしまいました。まあ、いつものことですね。

12022404 少し自分のカバン、リュックサックなどを思い出していました。今は左右のデューロカーゴだけです。

2012/02/24 07:52眠っていたら、妻に起こされました。こんなに眠り込んだのは久しぶりですね。
2012/02/24 07:59もう「カーネーション」になりました。
 今また、この機器ポメラの時刻を合わせました。
 もう私はこの物語を見ていて、私はまた涙です。そしてまた私は吉本(吉本隆明)さんを思っています。どうしても私は涙ばかりだなあ。
2012/02/24 08:16今、私は涙を拭いました。

2012/02/24 13:29今から5分くらい前にここに来ました。
 私はもう一年半くらい前から、腰のベルトの左右にデューロカーゴをつけているだけです。その前にはリュックサックを背負って歩いていました。1992年くらいかなあ。リュックサックの中には、ノートパソコンと三冊くらいの本が入っていました。そのほかは何を入れていたのだろう。とにかくいっぱい入っていましたね。
 その前には、常にスリーピースで鞄を下げていました。
そして私が外周りの仕事でないときは、常に弁当箱が入っていました。私は当時も実に毎日飲んでいましたが、でも毎日弁当を作っていました。当時はコンビニなどない時代でしたから、よく午前7時8時代に、開いている店(たとえば酒屋などで)で、何かを手に入れていたものでした。
2012/02/24 14:03今じゅには、ブルータスママがベッドの上で体操をさせていました。
 この私の孫じゅにを抱いて、お歌を唄っているのが私の娘、次女のブルータスです。
2012/02/24 14:39今レストランで食事してきました。そこで「Kototoi」の吉本(吉本隆明)さんの文を読みました。正確にじっくり読むのは、これで2回目でした。思えばこの雑誌を吉本さんの文だけ読むのは失礼だなあと思い、ほかの人も読むべきだとは思いましたが、でも私は仕方ないのです。私はもうただただ吉本さんのファンなのです。誰がなんといおうと、私は吉本隆明のファンなのです。
2012/02/24 15:21可愛い私の孫のじゅにのことを私の娘ブルータスは懸命に可愛がっています。
 今またじゅにを抱いてブルータスママが廊下を歩いています。
 私はじゅにの頭をなぜにいきましょう。でも頭をなぜてもじいじはさびしいな。じゅにはいつかはじいじと住んでくれるわけではありません。
 明日、じゅには自分の家に帰ります。
2012/02/24 15:42今もいっぱい私は「Kototoi」の吉本さんの文を読んでいます。

 Kototoiの吉本さんの文章は実にいいです。また感激している私がいます。

12022308 今「Kototoi」の画像を撮りました。私の膝に乗せて、このIS01で撮りましたものです。でも私の文章とは別に撮りました。あとで合体させます。
 けっこう忘れてしまうのですね。 これは、「菊谷文庫」という出版社です。吉本(吉本隆明)さんの文は、第一回となっていますから、今後も続くのでしょう。
 でもその出版社あてのアンケートハガキが入っていたのでしたが、もってくるのを忘れていました。もうダメだなあ。
  家へ帰ってから、この吉本さんの文章について書きます。
  もうすぐじゅにの医院です。さて、じいじはじゅにと会うぞ。


  今は帰りのバスに乗りました。じゅにはとても可愛いのですが、今日はもういっぱいじいじはじゅにと会うぞだけに甘えていました。

12021410 この日は私が行きましても、全然眠らないじゅにでした。

2012/02/17 06:31今日はけっこう早く起きてしまいました。
2012/02/17 07:47知らずにこんな時間になってしまったという思いです。
 今NHKを見ていて、どうしても涙になってしまいます。癌になってしまって、でもそれでも明るく元気にやっている若者たちの姿です。
2012/02/17 08:07今「カーネーション」を見ています。やっぱり吉本(吉本隆明)さんはすごいです。これだけの彼女を正当に評価していたのでしたね。彼女のファッションを身につけた吉本さんを埴谷雄高はけなしていたのでした。このことは実に最低な思想家でした。いやもう私は「死霊」は駄目な作品だと気がついたものでした。
2012/02/17 13:35今はじゅにのそばにいます。思えばすぐに書けば13:30に書き出し始めていたのでした。今じゅにはミルクを身体に入れているのです。
 もうミルクを終えたじゅには眠ると思えば、目をぱっちり開けてしまいました。じいじは何も悪いことはしていないぞ。
 まだじゅには眠られないのです。可哀想で見ているのがつらいです。でもウンチしていたみたいです。
2012/02/17 14:56今レストランから帰って来ました。ブルータスママが同じお部屋の他のお母さんとお話しています。じゅにはまだ眠っていないようです。
 さてこれで眠ったかなあ。お母さんとブルータスの話を聞いて、私は不覚にも涙を流してしまいます。しょうがないじいじですね。
2012/02/17 15:17今ウンチを出してきました。
 どうしてかなあ。じゅにはまだ目をつぶっていません。眠らないのかなあ。
 余計なことにじいじが眠っていました。じいじはすぐに居眠りするんだよなあ。
2012/02/17 15:42もうすぐ帰りです。今日は全然眠らないじゅにです。じいじが手を握ると握りかえします。ブルータスママはおでこをなでています。
 さてじいじは帰りますよ。

「死霊」の「あっは」「ぷぷい」などと叫んで動き回る首猛夫(おびたけお)の人物をしりきに思い出します。

20180821012016122417

12021116 私はずっと、吉本(吉本隆明)さんを尊敬崇拝しています。その私が今回千葉日報で、この記事を見つけたものです。
市川市の菊谷さんというフリー編集者が、菊谷文庫という出版社を立ち上げ、「Kototoi(こととい)」という雑誌を出版したといいます。
私たちは便利さと引き換えに詩を失っていた。精神的な復興には詩を取り戻さなければならない。今こそやるときだと思った」ということです。
私は詩といいますと、漢詩しか興味を持たなかったものですが、これで吉本さんの詩に関したことを読むことができます。
それで今申し込みしました。ただ、現在増刷中だそうで、申し込みがまとまったら送ってくれるということでした。
  ここのホームページを調べました。

http://www.ne.jp/asahi/kikuya/bunko/ kototoi by 菊谷文庫

http://www.chibanippo.co.jp/c/news/local/68347
「3・11後の生き方指針に」 季刊文芸雑誌を創刊 市川の菊谷さん

続きを読む

11112302   けっこう寒いですね。 今日はポコ汰、ポニョの七五三です。平塚神社で11時に集まります。だから、私は10時におはぎの家に着くように行きます。

「カーネーション」を見ました。
   この番組の主役の方の娘さんのコシノジュンコの作ったファッションを、吉本(吉本隆明)さんが着て、アンアン(ノンノだったかもしれない)に掲載された時に、埴谷雄高がものすごい貶し方をして、それにたいして吉本さんがきっちり返答というか、批判をおおいにしたのです。もうそれは見事でした。埴谷雄高の「死霊」よりもコムデギャルソンのほうが、ずっと上だということです。
  これを読んだときに、私はあまりに惨めな埴谷雄高と、それまでは『死霊』は少しは評価していたのですが、もはやまったく駄目だと感じたものです。あの小説は登場人物にはシンパシーも感じていた人物(首猛夫)もいたのでしたが、埴谷雄高のおかげでもはやつまらない作品としかおもえないものになりました(この作品は未完です)。

11110505 前の「散歩の達人11月号」や「男の隠れ家12月号」で、吉本さんが御自宅の書斎で、液晶画面付きの器械で印刷物を読んでおられるグラビアが載っていました。
 これは「周の掲示板」でお留守居役様も教えてくれましたが、電子ルーペ「ルーカスW」というもののようです。京都三月書房のメルマガによりますと、

 前号でお知らせした「散歩の達人」は、その後仕入れることができましたがそれにも液晶画面付きの器械で印刷物を読んでおられるグラビアがありました。うちの地べたのお客の吉本読者には、糖尿病や、弱視で困っておられる方々がおられますから、もしこれが便利な器械だったらぜひお奨めして、もっと本を買い続けていただきたいと思い、吉本家にFAXでたずねてみました。
 ハルノ宵子さんからいただいた返信によりますと「あの拡大機は、うちに出入りの電気屋さんが見付けて来たもので、『フォルテシモ』という秋葉原の小さな会社の『ルーカス』という物です。…基本的にはカンタンな機械だけです。父にはシャープの液晶モニターを買いましたが、普通の家庭用のTVでも使うことができます。」とのことでした。
 つい液晶画面に目が行ってしまいますが、本体は吉本さんが右手で握っている懐中電灯のような形をした機械だったのです。これでスキャンして、TV画面に表示されたのを読むわけです。FAXされてきた説明書によりますと、14インチのディスプレイの場合、6倍か12倍の表示が選べ、さらに大画面のディスプレイですともっと大きく表示されるそうです。(32インチだと約14倍と28倍)

 この商品をの会社は、

   有限会社フォルテシモ

です。またこの

   電子ルーペ「ルーカスW」

のページには、

   ●ルーカスWを使う著名人●
   吉本隆明氏 ・・・詩人,思想家
   写真はルーカスWを使って新聞を読む吉本氏。
   (撮影:春木屋電機・菅谷氏)

ということで、吉本さんがこのルーペを使っている写真が掲載されています。

11110501雑誌名 男の隠れ家
発行所 あいでぁ・らいふ
定 価 680円
発行日 平成16年12月1日

11110502 この12月号の特集が「書斎&DEN」ということで、吉本さんが18ページから21ページまで取材されて掲載されています。
 写真が12点撮影されて載っています。吉本さんの書斎、吉本さんの部屋の写真が大きく載っています。

  吉本さんがルーペ(拡大読書器)を使っている写真もありまして、このルーペについては、次のUPで紹介します。

「散歩者インタビュー」に吉本さんが取材されています。

雑誌名 散歩の達人
発行所 交通新聞社 580円
定 価 580円
発行日 平成16年11月1日11110309

 吉本さんのインタビューは101ページから104ページまであり、かなり量があります。内容もかなり興味深いですよ。吉本さんの写真も5点載って載っています。

11110112 いま私の自宅の食卓にピンク色のチューリップがたくさん咲いています。昨日私の次女の高校入試の結果発表があって、それのお祝いというので、ある会社の女性社員がくれたものです。ピンク色のチューリップとかすみ草だけの花束で、花なんてまったく興味のない私も、その香と、その綺麗な花の姿でなんだか和やかな気持になります。私もよく花を贈りますが、考えてみればいいことですね。なんにしても、こうしたことは人の気持を和ませます。
 その花を贈ってくれた女性社員の会社で、バレンタインデーの日、彼女が中心になって、全部の男性社員にチョコレートを贈ったそうです。みんな喜こんでくれたそうです。ところが、ひとりだけ、変なことを言いだす人がいました。その会社の社長です。

  今は、阪神の震災のことで、こうしたことは自粛すべきなのに

 贈った女性社員たちは怒りだしました。いったいこのどっちの言い分が正しいのでしょうか。
 私は当然この女性たちの怒りの側に立ちます。社長がそう思うのなら、前もっていうべきなのです。例えば、

  本命チョコはいいが、もし義理チョコを私にくれようとするな
  ら、それは阪神の震災見舞にまわして

とでも先にいえばいいのです。彼女たちは阪神震災へのことは、また別な次元で考えて実行しているのです。ただ、やっぱり同じ職場で働いている男性社員に義理であれ、やっぱりみんなでチョコレート贈ろうと考えた気持はいいことなのです。私はこうしたとき、こんなことしかいえない社長に非常にがっかりします。いや、この社長もいい人なのです。ただ私にはそのように言わせてしまうことが、何故か現在の日本のさびしい政治情況なような気がしてしまうのです。
 むかし、梅本克巳が北ベトナムに米国が北爆を開始したときに、何故学生諸君は直ちに米国大使館に向けてデモをかけないのかということを言いました。まったくこの梅本の大馬鹿やろうめとでもいう感じですね。

  わたしが唖然としたのは、なによりも、梅本克巳のなかに考え
  られている政治的行動の判断はこの程度のものなのかという点で
  あった。哲学も思想もない。老いぼれて足腰のたたなくなった老
  人が、たまたま多発的に起った政治現象を焦慮するあまり激して
  青年学生を叱咤している像のほかに、そこにはどんな姿勢も存在
  していなかったのである。この構図は戦争中いつかみた構図であ
  る。米国がベトナム北爆を開始したとき、米国大使館へ直ちにデ
 モをかけなかったということが、なぜ叱咤されなければならない
 のか?  政治行動というものが、そして一般に政治の本質が、そ
 ういう反射運動の次元にあるとこの哲学者は本気でおもっている
 のだろうか?  政治の本質的な過程は縦深的な構造をもった幻想
 過程である。そして政治行動というものは所定の目的と結果の予
 測と判断をもってこの過程を現実にするひとつの行動であり、こ
 の目的への予測が裏目に出るときが綜合的に判断されるときは、
 つぎつぎに生起する政治的現象に対して反射運動をおこさせない
 こともありうるのだ。
 (吉本隆明「情況とは何か掘廖崙本」1966.5月号に掲載  「自
 立の思想的拠点」1966.10.20徳間書店に収録された)

 まさしく戦争中の構図から少しも変わっていないのが、「阪神の震災があるのだから自粛しなくては」という言い方です。「俺はチョコレートは大嫌いなのだ」とでもいえばすむことなのに、何を言っているのでしょうか。
 女性たちが、ある機会に本命だろうが、義理だろうが何かを贈ろうという気持は悪いことではないのです。大東亜戦争が終っても、中東戦争が終っても、ユーゴがどうなろうと、世界中で飢える人は出てくるでしょう。だが少なくとも、好きな相手や同僚をただ戦場におくらざるをえなかった数々の女性たちよりも、今本命や義理のチョコが贈れるようになった女性たちを目の前にできるのはとても嬉しいことなのです。
 そんな当り前の確認点が、ときどきこうした何かで噴き出してくることが嫌になってきます。こういうとき、まだ戦争(第2次世界大戦)が残っているのだなという気になります。
 でもそれにしても、我が食卓にあるピンクのチューリップの花は、もうもっと普通に物事を判断するたくさんの人がいることも象徴してくれています。このことこそ喜ぶべきでしょうね。

書 名  老いの流儀
著 者  吉本隆明
発行所  日本放送出版協会
2002年6月25日第一刷発行
定 価  1,400円11103003

 この本の構成をしました古木杜恵さんというのは、私の友人であり、かつ彼の会社自身ともいろいろと私は関係しております。それで彼からは、たしか昨年の12月だったと思うのですが、この本の出版に際して、私のホームページの

  吉本隆明全著作(単行本)

を掲載したいという申し出がありました。もちろん、私は了解し、私のURLを載せてくれるように言いました。だから最後にURLが載っています(ただし載っているのは、「吉本隆明全著作(単行本)」の最後のページというだけなんですね。これじゃおかしいのですが、まあ仕方ないかな。古木さんはインターネットはまだ堪能じゃないのです。
 でも、これを見て、
 まずいな、もっと更新しないとならないな」と感じました。

 以下の雑誌の136〜137ページに吉本さんの文章が載っています。

雑誌名 週刊朝日2002年2月22号
2002年2月12日発行
発行所 朝日新聞社
定価 300円

「語るには若すぎる」連載第6回
「ニッポンを覆う"戦後ボケ" 大切なのは言い続けること」

11102310 内容は以下です。
 昨年9月の米国テロ事件についての他でも述べてきた吉本さん意見の要約です。とくに、あのテロに関して、日本政府が犯人に対して、何も言わないことへの言及が、「その通りだな」と思うところです。
 上記のことは、政治家がボケているからで、このボケは敗戦から半年くらいからはじまっている。それが政治家から文学、朝日新聞、テレビのニュースキャスターたち、朝日新聞、経済学者、大銀行、労働組合などにもつながっている。

  地下鉄サリン事件は無関係の不特定多数の市民を犠牲にした。
  この点で米国のテロに似ている。これらは断じて許してはいけな
  い。

  だれでも考えたこと、感じたことを素直に言い続けるべきだと
  思う。正しいか間違っているかが二の次だ。

 吉本さんらしいいい文章です。ただ、内容はもっと深いのだから、もっと吉本さんが語られた通りにしてほしいな。きっともっと多いと思うのですね。なんだか記者がまとめすぎですよ。

11102302雑誌名  群像 2002年1月号
2002年1月1日発行
発行所  講談社
定価   1,020円

 すぐ購入して読みました。ただ、私にはこの「存在倫理」という概念がまだよく理解できません。もう少しなんどか読んでみます。

 吉本さんとアーティスト奈良美智の対談です。

雑誌名  ユリイカ 10月号
2001年10月1日発行
発行所  青土社
定価   1,300円

 内容は見出しを抜き出すと

  直喩であること、ありつづけること
  「純文学」と「純美術」
  外に出る、世界を開く
  生・老・病・死をめぐって
  子ども時代の感覚へ

11102004という内容です。奈良さんという方は、はじめて知りました。現在42歳の美術のアーティストです。3段組みで16ページの内容で、かなり読み応えがありました。奈良さんの作品も直接見てみたいなという気になりました。(2001.09.29)

書名  今に生きる親鸞
著者  吉本隆明
発行日 2001年9月20日第1刷発行
発行所 講談社+α文庫
定価  740円+税11101903

 これは、新しい本です。たぶん吉本さんの談話から書き下ろされたものだと思います。(2001.09.26)

書名  柳田国男論・丸山真男論
著者  吉本隆明
発行日 2001年9月10日第1刷発行
発行所 筑摩文庫
定価  1,200円+税11101805

 過去私たちが読んでいたものと内容は同じです。ただし、新しく加藤典洋さんの解説が読めます。(2001.09.26)

11101510 糸井重里さんと吉本さんの「まかないめし」の第2弾です。糸井さんのホームページで読めます。

  http://www.1101.com/makanai2/

  吉本隆明・まかないめし
      二膳目。
こんどは日本近代文学の話が中心です。 
このページ、新装開店しました。
「ほぼ日」がスタートしてすぐの連載が
16回続きましたが、間隔があきすぎて、
エンディングだけ残したまま中断になっていました。

その後、単行本『悪人正機』のインタビューもあったし、
その後も何度もお会いしているうちに、
最後の一回分のあいさつだけを掲載するのも
半端でおかしなことになってしまいました。
しかし、吉本さんの話を読みたい人は多いし。
そこで、あらためて新しいお話を伺うことにしました。
毎日新聞社からの『日本近代文学の名作』出版にあわせて、
毎日新聞紙上での対談があったのですが、
そのときの全時間分の速記録を、少しだけ編集して、
「ほぼ日」に掲載することになりました。

今回は、テーマが日本の「近代文学」です。
おなじみの寄り道もいっぱいありますが、
きっと文学なんか関係ない人にもおもしろいと思います。

11101408  いつもこうして電車に乗ると、小さい子どもが気になります。私のおはぎのところの3人の孫、それにこれから会うじゅにのことが気になるのです。
  じゅににはいっぱい話しかけよう。

  思うのですが、吉本(吉本隆明)さんの言われる、「書き言葉」と「話し言葉」では、人間以外の犬や猫やその他の動物も、人間には分からない言葉で会話してるのかもしれません。すなわち「話し言葉」と「書き言葉」は大きく違うのです。 人間を含めた動物は言語を含めたいくつもの手段で意思疏通を図ろうとしています。でも言語という書き言葉で意思を相手に伝えようとするのは、人間だけです。これは動物の中の人間の大きな特徴です。おそらく人間は、話し言葉だけの時間がものすごく多かったのだと思います。それがこうして、「書き言葉」という言語手段を持つことができたのは、大きなことです。

110917031 今年のベスト3
【第1位】「戦争と平和」 吉本隆明
【第2位】「三国志 第1巻」 宮城谷昌光
【第3位】「青玉獅子香炉」 陳舜臣

 今年もたくさんの本を読みましたが、その中でベストを選ぶのは難しいです。
 でもとにかく1は、1995年3月10日に、著者の講演を私自身が聞いていました。懐かしい思い出です。
 2は、この1巻だけでも、他の方たちと違う三国志を思います。吉川英治さんの最初は、劉備玄徳がお茶を尋ねる旅人のシーンでした。思えば、正史も演義もまた違うものでしたね。
 3は、この物語を私が知ったのは、今から36年前の府中刑務所の独房の中のことでした。今やっと、今の私と繋がった気がします。(こうした内容は、私のホームページ内で書いています)
 それで、番外ですが、本日帰宅の中の電車で読んだのですが、

  伊古浩爾「生きていくのに大切な言葉 吉本隆明74語」

がかなり大好になりました。「今年のベスト3」とどうしようかな、というところで、こうした書きました。

2.今年いまいちだったベスト3
【第1位】「蒼穹の昴」 浅田次郎

 ええとこのベストを書くのは難しいな、という思いです。ここであげた「蒼穹の昴」は、歴史的には「戊戌の政変」という、私たちにとっては、どうでもいい事件なのですが、それをまたいろいろと思いだして、ここまで書かれて、でもでも私は理解できませんねえ。

3.来年読んでみたい作家や作品

 まず、「とにかく年間300冊を読む」ということを達成させたい、です。

4.今年のベスト1 映画・ビデオ

 「ホテル・ハイビスカス」

 今年の映画というわけではないのですが、「ナビィの恋」の中江裕司監督の映画です。家族みんなで見ていました。やはり沖縄の空気がいいですね。私の家族全員が沖縄が大好きです。2回連続見ました。大好きな映画です。(2004.12.31)

 書名 現在をどう生きるか
 著者 吉本隆明  藤井東  芹沢俊介
 発行所 ボーダーインク
 1999年7月10日発行
 定価 1,050円11092302

 1995年9月3日山梨県立文学館で行われた「現在をどう生きるか」という吉本さんの講演が収録されています。

 私は毎本や雑誌を読んでおりますが、その記録を「将門Webマガジン」の「今週の雑続」と以下に掲載しています。

   本のプロ

 私はここに

   周の雑読備忘録

というページをもっています。
 この「本のプロ」で、毎年「日記オーナーが選ぶ私のベスト3」というアンケートがあります。これは以下に集成されています。

   http://www.hon-pro.com/kikaku/kikaku_top.html

11092209 私も昨年から答えてきました。それが以下です。

2003年「今年のベスト3」

【第1位】「現代日本の詩歌」  吉本隆明
【第2位】「革命的左翼という擬制」 小野田襄二
【第3位】「金持ちA様×貧乏B様 成功の気づき方」

 第1位なのですが、私は漢詩は大好きなのですが、短歌・俳句・現代詩には、とにかく苦手意識しか持っていません。そんな私に、たくさんのことを教えてもらいました。私の「吉本隆明鈔集」でもいくつも書かせてもらいました。
 第2位は、「革命的左翼」というよりは、「革命的共産主義者同盟という擬制」という題名のほうが正確かもしれません。でもよく書いてくれました。そして「革共同」のみならず、「共産主義者同盟(ブンド)」の60年安保での様も見せてもらった気がしています。
 第3位は、テレビの番組も実に面白いのですが、こうして本になってもいいですね。私は経営コンサルタントですが、私がいつもあちこちでコンサルしている内容と同じ言葉が出てくるときに、私は嬉しくなっています。

番外としまして、以下2冊もあげます。

「下足番になった横綱 〜奇人横綱男女ノ川〜」 川端要壽
 川端要壽さんは、どうしても内容にひきつけられます。この不思儀な横綱をよく書いていただきました。

「トロイア戦記」 クイントゥス
 いわばホメロスの「イーリアス」と「オデュッセイア」の間にあった事実を読めました。内容は知っていることばかりという感じでしたが、その戦いの様を読むことができたことは嬉しいです。

今年ブレイクした作家ベスト3
【第1位】飯嶋和一
【第2位】高島俊男
【第3位】アゴタ・クリストフ

 第1位の飯嶋和一さんは、今年初めて知った作家です。そして出ている作品はすべて読みました。私のホームページに彼の書評のページを作ったくらいです。
 第2位の高島俊男さんは、もう読みながら笑ったり、考え込んだり、頷いたりしていました方です。今後もすべての作品を読んでいきたいと考えています。
 第3位のアゴタ・クリストフは、実に「悪童物語」を読んたときからひさしぶ りに、その続編、最終篇を読みました。「やっぱりスターリン主義は許せないな」なんていう陳腐なことを言えないくらい、彼女の作品はすごいです。あと、できたら、この作品がフランス語ではなく、最初ハンガリー語で書かれていたら良かったのにななんて思いました。
 番外として横山秀夫さんです。よくまあ、こうして警察内部の動き、考えが把握できるものだなと感心しました。うん、警察って、ああいうところがそのままありますね。

本プロのおかけです

『読者は踊る』斎藤美奈子
『これでもイギリスが好きですか?』林信吾

 斎藤美奈子さんは、すぐファンになりました。思えば、私のような全共闘を嫌いなようで、それはそれは愉しいです。
 林信吾さんについては、私はイギリスは大昔から嫌いです。その確認になりました。

今年のベスト1 映画・ビデオ

「赤目四十八瀧心中未遂」荒戸源次郎

 荒戸さんが映画を作ったというので、見にいきました。ひさしぶりに荒戸氏の作る映画です。実はこの映画について、あちこちで喋ってきました。そうですね、飲んで喋ったほうがよさそうですね。(2003.12.30)

 吉本隆明鈔集187「いったん獲得された人間の精神の範囲は逆に戻ることはありえない」目森一喜さんからのコメントがありました。

110820031. Posted by 目森一喜   2011年08月15日 11:10
 ヴェイユは最後のアナーキストと言うべき人です。アナーキズムは、ヴェイユの死で終焉しました。それ以後のアナーキズムは影でしかありません。スペインでみんな死んでしまいましたが、フランコが勝利した事が、結局は良かったのです。なぜかといえば、フランコが勝利しなければ、勝利するのはスターリンだったからです。カトリック教会のお膝元であるスペインで、そこまでは無理だろうと考え、スターリンはアナーキストの掃討だけで満足したのかもしれません。
 リバータリアニズと、名称を変えても、アナーキズムはすでに終わった運動です。
 悲惨な、血まみれの終焉を背負ったヴェイユの輝きと狂気は美しく哀しいです。

 私は羞かしいことに、ヴェイユは、吉本(吉本隆明)さんを通してしかしりません。スペイン革命は、大勢の人がいますし、いくつもの書物があって、いくつかは学んできた気がします。でもでも、なんというか、日本のアナーキストという人が一番好きになれない思いがします。
 ただなんと言いましてもヴェイユがいいですね。いつもいつもヴェイユを思うと、涙が溢れてしまいます。

 そうですね。思い出せば、いつもゴルーデン街のある店でスタッフをしている人が、いつも私にはあまりいい目をしない人でしたが、あるときに彼がアナーキストだと分かりまして(そういう本も出していました)、その後は互いにちゃんと話すようになったものでした。彼は今どうしているのかなあ。でも彼以外のアナーキスト(みなほとんどおじいちゃん、おばあちゃんでした。戦前のアナーキズムの話されたって、私は知らないよ)は、あまり好きになれなかったな。
 私はマルクス主義もアナーキズムも嫌いです。それから私が好きなはずの戦前の皇国社会主義に近いのかなあ、と思える人も、私にはマルクス主義者と変わりない、ただの偏狭な人たちばかりでした。

20161109192016110918

11081709  乃木希典のこととなるといろいろと話したいことがあります。旅順攻防戦のこと、明治天皇への殉死のこと、昭和天皇への教育のこと、それに彼の作った漢詩のことなどです。ここでは日露戦争における旅順攻城戦に関する彼の三つの詩を見てみたいと思います。

彼は日露の開戦で第三軍の総指揮官に任命されました。彼は休職の身だったのですが復職の命令をうけそれに従うことになります。旅順はロシア太平洋艦隊の基地でした。日清戦争ではたつた一日で陥落させた旅順をまた簡単に落とせると日本は考えていました。しかし最初の南山の戦いは攻略終るまで一四時間かかりました。しかも予想を越える死傷者の数です。大本営もその死傷者の多さに誤報ではないのかと問い合わせてきたといいます。この南山の戦いで乃木は長男勝典(かつすけ)を亡くします。この勝典の墓標の前で作ったのが以下の詩です。

    金州城下作   乃木希典
山川草木轉荒涼  山川草木転(うたた)荒涼
十里風腥新戰場 十里風腥し新戦場
征馬不前人不語 征馬前(すす)まず人語らず
金州城外立斜陽 金州城外斜陽に立つ

金州城外の山川も草木も悉く荒れ果てて実にさびしい限りである
十里に渡る戦場は風もまだ血臭い
   この酸鼻の極まりを眼の前にして、馬は進まず自らも声が出ない
   金州城外に夕日をあびて立ちなお暫く感慨無量であつた

この詩は郭沫若が「日本人の作った漢詩中の最高傑作である」と激賞しています。たしかに見事な詩だと思います。私は昔いろいろな漢詩の平仄と韻を詳細に調べたことがあるのですが、乃木の詩はきわめて原則に忠実に作られています。逆に李白なんか驚くくらい自由奔放に作詩しているところがあります。いつかまた「周の漢詩作成講座」とか称して、この漢詩の構造を見てみたいなと思うのですが、中国人ではない乃木が戦場でどのように平仄(ひょうそく)など使い分けられたのでしょうか。

しかし南山の苦しい戦いがこの旅順要塞攻略戦のほんのほんの最初でした。それから苦しく困難な戦いが続くことになります。
戦いの詳細はここでは述べませんが、やがて旅順を攻略するのには二〇三高地を落とし、そこから旅順残存艦隊を攻撃しようということになります。だがこの二〇三高地をめぐる戦闘も激しく死骸の山をきずく戦いでした。

爾靈山    乃木希典
爾靈山嶮豈攀難 爾霊山(註1)は嶮なれども豈攀難からんや
男子功名期克艱 男子の功名克艱を期す
鐵血覆山山形改 鉄血山を覆いて山形改まる
萬人齊仰爾靈山 万人斉しく仰ぐ爾霊山

(註1)爾霊山(にれいざん)二〇三高地のこと

二〇三高地は難攻不落といわれているがどうして攻め上れないこ
とがあろうか
男子たるもの功名を為すには艱難辛苦を打破しなけらばならない
たくさんの兵士たちの熱血で山の形も変わるかと思われるほどで
あった
世人は永遠に爾霊山を仰いで尊い英霊を弔うであろう

「鐵血覆山山形改」という詩句はまさしくそうだったと思われます。二〇三高地は日露両軍の血で埋まりました。ここでも次男保典(やすすけ)を失います。旅順開城後、乃木と第三軍はさらに満州の地に向い奉天大会戦に参加します。旅順を落とした勇猛な乃木軍団がくるというのはロシア軍にはかなりな脅威だったようです。

日露戦争が終って日本に凱旋したとき、他の将軍たちが華やかな馬車で意気揚々としているのにくらべ、愛馬にのった乃木はまるで敗戦将軍のような姿表情でした。この心境を表しているのが次の詩です。

凱旋     乃木希典
皇師百萬征強虜 皇師百万強虜を征す
野戰攻城屍作山 野戦攻城屍山を作す
愧我何顔看父老 愧ず我何の顔(かんばせ)ありて父老に看みえん
凱歌今日幾人還 凱歌今日幾人か還る

我が軍はロシア軍を征し
原野に戦い城を攻め屍は山をなす程であった
だがこうして帰ってきてもどうして兵士たちの老いた親たちに顔
をあわせられようか
凱歌に迎えられる中、生き帰ったものは僅かであり、ただただ面
目ないばかりである

ここらへんのところがいつまでも乃木が日本人に人気のあるところなのでしょう。だが日本陸軍は、乃木をただ無能な軍人として描きたかったようです。これは陸軍参謀本部編纂の「日本戦史」に明解に表れています。それをそのまま写してしまっているのが、司馬遼太郎他だと思います。しかし、庶民は乃木を「一人息子と泣いては済まぬ。二人亡くした方もある」と口ずさみ、共感を覚えていたようです。

乃木は明治天皇の死にあたって殉死します。その前に昭和天皇に帝王学とかいうことの最後のことばを伝えるのですが、この内容へは私はかなり興味が有り、またこのような内容ではないのかという推測があるのですが、それはまた別な話です。
乃木の辞世は以下の二首です。

神あかりあかりましぬる大君の
みあとはるかにをろかみまつる

うつし世を神さりまさしゝ大君の
みあとしたいて我はゆくなり

静子夫人の辞世です。

出てましてかへります日のなしときく
けふの御幸に逢うそかなしき

乃木はひとりで死ぬ気でした。どうしても静子夫人もついていきたいという。二人の子どもも亡くなって、一人で生きていきたいとは思わなかったのだということでしょう。この時くらい妻の言うことをきいてもいいのかもしれません。
殉死なんてアジア的な野蛮な風習なのかもしれません。だがこのときの乃木と静子夫人の気持は判る気がします。
だが判らなかったのは、軍部と国家官僚たちです。彼らは乃木の遺書を抹殺し、乃木は精神に異常をきたし自殺したということでかたずけようとします。ところが最初かけつけた警官が感動のあまりこの遺書のコピーを作っており、公表されることになりました。だがまだ野蛮であり、無責任だという非難が続きました。そのときに森鴎外と夏目漱石が一篇の小説を書きます。鴎外が「興津彌五衛門の遺書」、漱石が「こころ」です。これによってどうやら乃木の死は普通に悼まれるようになったかと思います。
乃木の詩はよく詩吟の世界では吟われます。私もよく詠うほうです。私の好きな吉本(吉本隆明)さんも愛国少年のころ吟ったようです。

1941年(昭和16年)16歳
4月半ば土曜日府立化工にて、電化全員出席の「弁論会」を開
く。第1回目、「現時局下に於ける日本の立場」という題で弁論。
最後に乃木希典「金州城外作」を吟ずる。この弁論会から機関誌
「和楽路」が生まれる。
(私が作成している「吉本隆明年譜」より)

でもいつも思うのですが、乃木さんは、戦場でも馬上でも漢和辞典とか「詩韻含英異同弁(しいんがんえいいどうべん)」(註2)とかもっていたのかな。

(註2)「詩韻含英異同弁」とは、日本人が漢詩をつくるときに使
用する辞書。漢詩を作るには、平仄と韻を踏むことが前提条件で
す。ところが中国人でない日本人には、音(おん)でそれを判断
することはできません。漢和辞典で1字ずつ、確認しなければな
らないのです。そこで韻を確認して、そこから詩句を比較的すみ
やかに作成しやすいようにできるのが、この辞典なのです。昔の
日本の知識人達の便利なフリーウェアみたいなものでしょうか。
私は和本と昭和三八年発行の松雲堂書店版で持っています。今も
神田の松雲堂へ行くと、手に入ります。

すらすらと漢詩が口から出てくるというのは考えられないのです。乃木さんの詩はどこをとっても、律儀に律儀に規則どおり作っていますから、あれが思うままに出てくるとは思えないのです。ただもちろんこのことは乃木さんの詩の価値をいささかも低めるものではありません。
おそらく、日本の漢詩人で、菅原道真、頼山陽などという人は、漢字ごとの平仄や韻はすらすらと判断して(つまりはすべてを暗記できていただろうと思います)、いつでも詩句が思い浮かんだと思います。その意味では、乃木さんも同じだったろうと思います。漢詩を作成しだすと、「仄音」の漢字はどれだと判断するのはそれほど難しいことではないようで、その「仄音」以外がすべて「平音」ですから、乃木さんが馬上であっても、詩文は口をついて出てくることはあると思うんです。
江戸時代の武士の子供たちは漢詩を作成するのが、一つの教養であり、勉強ですから、私たちが考えるよりは簡単に作成できたものであろうとは思います。とくに時代を経るにしたがって、漢詩作りのいわばアンチョコがたくさん出回ります。「詩語粋金」「幼学便覧」「幼学詩韻」等々という漢詩作りのさまざまな辞書というか「虎の巻」が出てきます。だから江戸時代の武士の子供の中には、「夜中に小便に立って、厠からそとを見ると、月が綺麗だった」というような、どうでもいいことまで七言絶句にしてしまうようなことすらできてしまいます。
ただ、そうだとはしても、頼山陽のように自らの才能をひけらかす乃木さんではありませんから、詩句は思い浮かんできたとしても、きっと夜深く、独りでそうした辞書で、平仄や韻を確認していて、その上で公表したのではと、私は想像するのです。あっと言わせるような詩句を使って読む人を驚かすのは李白とか頼山陽には得意なわざであっても、乃木さんにはただただ律儀に律儀に推敲作成している姿しか私には想像でできないのです。
私はこうした姿の乃木さんが好きなのです。(1998.11.01)

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11081002  昨日もじゅにとブルータスに会いに行きましたが、今日も行きます。

2011/08/10 07:08今日もじゅにとブルータスのところへ行きます。
2011/08/10 07:46じゅにのことを一番考えているのがブルータスだということは分かっています。でも違うのだということが私には分かりました。
 このことは私一人で昨日行きまして、そしてまた一人で帰ってきて、自分で考えに考えてやっと自分でたどりつきました。今日手紙を書きます。いやブルータスと直接話すよりも私は自分の書き言葉で伝えます。私は吉本(吉本隆明)さんの自称一番の弟子なのです。律儀に律儀に吉本さんの言葉を信じています。その言われることを自分で確認していきます。
2011/08/10 07:59また「おひさま」が始まります。私は大好きなじゅにとブルータスを考えていきます。私はやはり書き言葉で伝えます。
 この物語がいいですね。私もいくつものことを思います。おそらく「書き言葉」は人類だけが持っているものです。「話し言葉」は、ひょっとしたら、犬でも猿でも持っているのかもしれません。でも書き言葉は人間だけです。アイヌやアメリカの原住民には文字がありません。でもそれに替わるものがあります。いや他にも文字を持たない民族がいますが、それに替わるものがあるはずです。
 でも書き言葉をちゃんと持っているのは、この日本人だと思います。その書き言葉でちゃんと相手に伝えることが大事なのです。

 書き言葉で伝えるということは、ちゃんと書いていくことです。

e99e2e4b.jpg  今蘇我です。あと一つの駅です。
 今千葉県こども病院にいます。今は妻が先に面会しています。
 ひさしぶりに会える感じがします。じゅには目を開けてくれるよね。ただただじゅにの顔を見たいです。
 月日の経つのは早いです。私にはじゅにがここでどんどん歳が経過するように思えます。

  先日の日経新聞の吉本(吉本隆明)さんのインタビュー記事で、私は今回の東日本大震災に関する発言を聞きまして、ものすごくたのもしい思いでした。
 ただ、私のじゅには変わらない境遇です。そのことに私はイライラし、困っています。いや、私のこの思いに私がいらだっているのです。
  じゅにもブルータスもナオキ君も懸命に頑張っていてくれます。 今午後1時43分です。

 少し前にじゅにの面会を妻と交代しました。じゅにはママのブルータスが来て、抱かれてようやく眠ったのです。
 でも私は眠ってしまったのですが、いびきをかいてブルータスに迷惑ではなかったかなあ。ごめんなさい。 私がナオキ君と交代してじゅにの部屋に入った時から、ずっとじゅには泣いていました。そして眠いのに眠れないのでしょう。可哀想でなりませんでした。
 でも阿呆なじいじは平気で眠ってしまうのです。

11080410  吉本(吉本隆明)さんのことをいつも書くようにしているわけですが、私はもっと書くべきですね。どうしても私の中に遠慮みたいなものがあります。「そもそも俺には吉本さんを書く資格なんかないんだ」と思ってしまうところがあります。
  そういう思いは私の中から消して、もっとやっていくべきですね。
  たぶんもっとこの書く資格で書いていくことを、もっと慣れていかないとならないですね。

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