将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:吉本隆明の声と音楽

e7a93977.jpg

 私の 吉本隆明鈔集「これまでいろんなことを偉そうに言ってきたけど、自分がやっていることは全部嘘で、全部ダメじゃないかと思いました」へ以下のコメントがありました。

1. Posted by 目森一喜    2008年11月18日 01:20
 もうずっと、今は自信のある事なんて言える時代ではないと思って来ました。重要なのは、自信のある事を言う事ではなく、間違ってもいいから、その都度、思う事、信じる事を言っていく事だと思って来ました。
 もう、みんなおっかなびっくりだから、後戻りして、ロクでもない言説ばかりが横行しています。
 吉本さんは、自信があろうとなかろうと、言うべき事はずっと言ってきて、偉いなと感じて来ました。
 ご自身で、自信を持ちきれない、ダメかもしれないと思いながらも、前に出ています。それは凄い事です。
 この原因は、マルクスがダメで、嘘だったようだという事です。吉本さんは、マルクスを、前よりはいいと思わなくなり、その事を言っているのではないかと、勝手に思います。

重要なのは、自信のある事を言う事ではなく、間違ってもいいから、その都度、思う事、信じる事を言っていく事だ」ということに深く頷きます。私なんか、羞しいことばかりですが、でも自分が思うことを、ここで述べるようにしてきました。いえ、ここだけじゃなくて、毎日書いている手紙にも、なんかのことを話すようにしています。
 そうですね。吉本さんは、前ほどマルクスのことをいわなくなりましたね。私なんか、マルクスの言うことをよく読み込もうとは思うのですが、どうしてもマルクスその人があまり好きにはなれないのですね。そばでいたら、面倒な人だと思うのですね。私には、どうしても合わない人だと思うのですね。でも懸命に理解しようとはしてきたつもりです。マルクス主義は駄目でも、マルクスその人そのものはいいのじゃないか、と思うようにはしてきたつもりなのでうが、やはりどうしてもマルクスという人も好きになれないのです。
 このことは、私のはどうしても大きなことなんですね。私はどうしても吉本さんは、その人そのものが好きなのですね。
自信を持ちきれない、ダメかもしれないと思いながらも、前に出る」というのは、大切な姿勢だと思いますね。おそらく、戦後すぐに、吉本さんは、高村光太郎に、小林秀雄に、何かを喋って欲しかったのだと思います。
 その意味で、今の日本がどんなに混迷していようが、一人の吉本隆明を持っていることは、私には大変に幸せなことなのです。

続きを読む

31edac9a.jpg

 僕はこれまでいろんなことを偉そうに言ってきたかもしれないけれど、そこでなにも答えられないということは、要するにお前の考えはダメだということを意味すると思いました。少しでもいいから、答えがあるみたいだ、ということでもいから、そういうことをそこで言えなければ嘘だと感じました。それじゃ、今ならなにか答えられるかというと、答えようと何年かしてきましたけど、やっぱり自信がねぇなと思います。自信がある答えが見つけられないです。
 これはダメだ、自分がやっていることは全部嘘で、全部ダメじゃないかおまえ、とそのときも思いましたし、今でもそう思います。
(「吉本隆明の声と音楽」)

 ここままで吉本さんが言われることを、今の私はかなり辛く聞いているつもりです。私も思えば、一体何を考え、何をやってきたのかなあ。なんだか、大変に辛い思いを抱いてしまいました。でもきょうも明日も、まだ生きていかなければならないわけです。なんとなく、まだまだこうした辛いときは連続して続くのですね。思えば、死ぬ時まで続くのだろうな。

続きを読む

5a17a32d.jpg

 死は誰に属するということよりも、その時代に相応してあるということです。現在でいえば、傍で看病して見届けた人と、それからお医者さんが医学的に死を確認する、少なくともそのふたつが合わなければ、死はやってこないんです。死は個人の問題じゃなくて、僕流の言葉で言えば、時代の共同幻想として、あるんじゃないでしょうか。それを承認するのは、もちろんご当人ではありません。
それ以外の死は、ちょっと今では考えられません。時代が変わると死も変わるかもしれませんけれど、今のところはそうなっているんじゃないでしょうか。
(「吉本隆明の声と音楽」)

 死を、私も父、義父、母の順で迎えてきました。そして友人にも何人もいるのです。やがては、自分にも確実に訪れることなわけです。この死が「時代の共同幻想としてある」という言葉に深く頷いています。これに今後私は何度出会っていくのだろうか。

続きを読む

db135709.jpg

 どういうときにいらいらしているか考えてみると、一般論として言えることは、その場所の───例えば東京の有楽町でもどこでもいいんですが───その場所で感じられる職業循環の速さが自分と違うからだと思うんです。東京の速さと自分の精神的な速度が、違うからなんです。(「吉本隆明の声と音楽」)

 私もかなりいらいらしています。自分の精神的な速さと周囲がかなり違うことで苛立ってしまうのだと思います。だがこれは私に限らず多くの方が抱いていることだと思うのです。そしてなんとしてもこのことが解決していけないならば、私はもう狂ってしまうとしか思えないのですね。

続きを読む

85c2cbd6.jpg

 言葉というものの根幹的な部分はなにかといったら、沈黙だと思うんです。言葉というのは、オマケです。沈黙に言葉という部分ついているようなもんだと解釈すれば、僕は納得します。
だいたい、言葉として発していなくても、口の中でむにゃむにゃ言うこともあるし、人に聞こえない言葉で言ったりやったりしていることがあります。そういう「人に言わないで発している言葉」が、人間のいちばん幹となる部分で、一番重要なところです。なにか喋っているときは、それがいいにしろ悪いにしろ、もう余計なものがくっついているんです。だから、それは本当じゃないと思います。まして、そのオマケの言葉を、誰がいいと思ったり悪いと思ったりするようなことは、そのまたもっと末のことで、それはほとんどその人には関係のないことです。
人から沈黙と見えるけど、外に聞こえずに自分に語りかけて自分なりにやっていく。そういうことが幹であって、人から見える言葉は「その人プラスなにか違うものがくっついたもの」なんです。いいにしろ悪いにしろ、「その人」とは違います。
(「吉本隆明の声と音楽」)

 このことも大事なことですね。私は教育の中でも、生徒が喋らない沈黙の言葉も聞いていける人間でないと駄目だ、教育者とは言えないのではないかと思っているのです。いや、これは自分の子どもを育てていくことでも同じことだと思っています。

続きを読む

b16f007d.jpg

 やっぱり、昔の人のほうが偉かったんじゃないかないでしょうか。狭かったのかもしれないけど、偉かったんじゃないかな、と思います。根本的なことは考え尽くしていたのではないかと思います。(「吉本隆明の声と音楽」)

 吉本さんは、紀元前の釈迦のことを言っているのですが、でも現代でも私たちよりも少し前の時代の人のほうが偉かったように私には思えます。いや、私には私の父や母、義父のほうがどうしても私の時代の人よりは偉いな、と思えてしまっているのです。

続きを読む

↑このページのトップヘ