将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:君原健二

12082205 ちょっとUPするのが遅くなりました。

2012/08/23 06:20「黒書院の六兵衛」を真っ先に読むのは同じです。

加倉井隼人は六兵衛ばかりをかまっていられなくなった。勅使を迎えるにあたり、在番者の名簿を作って提出せよと、尾張屋敷にある乾退介から命じられていた。

1208230112082302 ここを読んだだけで、「これは大変だなあ」と感じてしまいます。それを見ておおいに異議を述べるのが、この挿絵の本多左衛門です。この小説の文面と実に合っていると思うものです。
 いくつもの文句が書かれたあと、文末にはこうあります。

 万事がこの調子であるから、仕事の計(はか)が行くはずもなかった。

 隼人の苦労を思うものです。
「君原健二『私の履歴書』」はメキシコ五輪です。これで君原は銀メダルを取ることになります。
2012/08/23 07:32このポメラはどこででも打つことができます。ただ前には電車の中でも打ちましたが、今はもうだめですね。そもそもこれを入れるものが私には思いあたらないのです。前には腰のベルトの左右につけているデューロカーゴに入れていましたが、そして今も入れられます12082209が、少し無理があるのですね。もう無理はやめようと思っています。その代わり、いろいろと入れています。それでもうベストはつけなくなりました。暑さ対策には実にいいです。
2012/08/23 07:59もう8時になります。「梅ちゃん先生」が始まりました。

 とにかく、こうして私のブログにUPしていきましょう。

12082122 なかなかやっていられないですね。ケータイメールはある人には出したのですが、返信はないだろうな。

2012/08/22 06:03今リビングに来ました。
1208220612082207 もちろん真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みました。最後の

 変わらざる景色は人心を安んずるのである。

という言葉にうなずいてしまいます。でも、でもこの景色とは的矢六兵衛が

西の丸御殿の大広間の帳台構えの中に、六兵衛は相も変わらず面白もおかしくもない顔で、じっと座り続けていた。

という事態がそのままなのです。最後の言葉の前に

 みなその姿を見るたびにふしぎな安息を覚えた。

とあります。いわば、この小説を最初に読み始めたときから、何も変化していないのです。
「君原健二『私の履歴書』」も実に興味深い内容です。
 上に田村尚子さんという写真家が書いていますが、私はその内容よりも、「写真家」というところで、「ああ、今日は彼に手紙を書こう」と思ったものです。
120821262012/08/22 10:04いつもなかなか手紙は書いていません。反省するところです。
2012/08/22 13:30どうしても暑いですね。この暑さには堪らない思いです。

 思い出した写真家は早津明彦さんです。彼に手紙を書かなくちゃという思いです。

12082004 日経新聞をいつも最終面ばかり熱心に読んでいます。

2012/08/20 06:02また「黒書院の六兵衛」を読みま12082101した。隼人と乾退介のや12082102りとりも実にいいです。でもでも、隼人には一番気になるのは、

 こうなったらあの的矢六兵衛を、何としても大手の外に連れ出してみせる。

ということなのです。
 その上の「交遊抄」の「井上英隆『負けず嫌い同士』」では、樋口久幸さんのことが書いてあります。樋口さんに関しては、ずいぶん前に、私も書いたことがあります。
「君原健二『私の履歴書』」では、横山やすしさんとの交流が書いてあります。たくさん、彼のことを思い出していました。
「文化往来」ではジェイムス・ジョイスのことが書いてあります。私は彼の「ユリシーズ」は読んでいないのです。恥ずかしいな。「若き芸術家の肖像」は読んでいます。高校1年の時かなあ。
 その上の「日本のモダンホテル十選」ですが、箱根・宮の下の「富士屋ホテル」なのですが、私はあるときのある会合での、ここの東京案内所の女性の所長(だったかなあ)の挨拶を思い出します。かなり細かく思い出します。はっきり言いまして、いい内容ではなかったのです。思えば、さまざまなことがあったもおでしたね。
2012/08/20 07:57もうすぐ8時です。「梅ちゃん先12082005生」が始まります。
 今日も残暑かという思いです。
 梅ちゃんのところも長女の松子さんの赤ちゃんが来ていて、おばあちゃんが(ひいおばちゃんも)大変になるのですね。

 いやいくつものことを思い出すのですね。
 いや、恥ずかしいです。樋口廣太郎さんのことを書いていたのでした(大下英治『小説ビール戦争』です)。樋口久幸さんという方は私は知りませんでした。申し訳ございません。

12081809  甲州街道を深く思ったものです。

2012/08/18 05:50「黒書院の六兵衛」を読みましたが、いつもこの「周のポメラ」に書くことによって私の理解が普通になります。すなわち理解が深まるのです。

1208180612081807 三百諸侯のうち、甲州街道を行き来する大名はわずか三家であった。

 ふーん、こんなことは知らなかったです。街道といえば東海道しかしらず、せいぜい中山道までです。

 諸説あって定まらぬがともかく中山道よりよほど近回りであるはずの甲州道中は、信州の三家しか往還が許されていない。

 それとここで板垣(乾)退介を改めて知った思いがします。

「ご無礼つかまつった」
 黙りこくる乾に向こうて、隼人は頭を下げた。

12081810 でもいつも私には、昨日のブルータスとじゅにのことをいくらでも思い出しています。じゅにはいい子、可愛い私の孫なのですが、ブルータスママにはわがままを見せるようです。もうそれが実に私には可愛くてたまりません。
 なんだか、それが実にいいです。
「君原健二『私の履歴書』」なのですが、少し活字を見たときに、「ああ、円谷さんのことか」と気がつき、もう読めませんでした。『訃報聞いた瞬間「悔しい」 苦しみ理解できず自責の念』が私にはとても悲しく、でもこの君原さんの文を読んで少しは気が晴れました。

 墓前で手を合わせ、「おかげさまで、私は元気にしております」と報告する。

120818112012/08/18 07:55もうこんな時間なのですね。また8時からの「梅ちゃん先生」を見に来たのです。これもいいドラマだなあ。

 こうしてテレビを見て、ポメラを書いていますと、このドラマが大変に好きになります

12081502 とにかく、この「周のポメラ」をUPしましょう。

2012/08/15 05:07そうだ、手紙を書かなくちゃあな、といいう気持になりました。どうしても私はパソコンでブログになにかを書くことを優先してしまいます。そしてパソコンばかりではなく、ポメラだと思いリビングへ来て、ポメラを広げます。
 新聞で「黒書院の六兵衛」を真っ先に読みます。
 そうか、官軍というと、東海道を進軍してきて、他は中山道を進軍してきた軍勢だとばかり思っていましたが、甲州街道が一番早く江戸に進軍したのですね。勝沼で近藤勇率いる旧幕府軍と戦闘しているから、早かったわけだ。思えば、昔の旗本御家人なんていう武士たちは、なんにもならなかったわけだ。
1208151312081512 近藤勇にしろ、もともとは武士ではなく百姓なわけだから、そういう方が明治維新のときもみな先頭にいたのですね。
 それにしても、この加倉井隼人の奥様は綺麗な方ですね。でも、

 隼人の胸の中には、的矢六兵衛が居座っていた。

ということなのです。
「君原健二『私の履歴書』」の「夢の東京五輪は8位 銅の円谷さん、寂しげな顔」をよく読みました。あのときの円谷さんは実によく覚えています。ただ私なんか、一番期待していたのは寺沢徹さんだったなあ。この君原健二さんは一番評価していませんでした。でも今は、もうそうしか見えていなった私こそが恥です。
12081503 今日が8月15日ですね。私はこの日を敗戦記念日としてきました。「『終戦』なんて、欺瞞だよな」という思いでした。でも今は、「終戦ということこそがいいのかな」と思うようにもなってきました。

 でもまたパソコンの前に来るのです。パソコンがないとUPできないのですから。

12081005 いつもこうしてポメラで書いているわけですが、私にはこの携帯電話がいいのかなあ。

2012/08/11 03:53もうどうしても朝は早く目が覚めてしまいます。仕方のない私の身体なのですね。
 昨日髪を御茶ノ水の理髪店プラドで伐って来ました。私はこの店の名前を何度でも忘れ、私の携帯電話に「床屋プラド」と登録しています。いえ、「理髪店」という単語も忘れたのです。もう私の携帯電話はもう私のなんでも備忘録です。インターネットでもだめです。もうノートパソコンは持って歩きませんし、たとえあっても面倒です。つないで、でも私のサイトではそんないわばどうでもいいことは書けません。
 私の携帯なら、常時身に付けていますから、実にいつでもなんでもいいのです。IS01はいいわけですが、そしてインターネットにも常時つながっていますが、でも昨日のように、つながらないこともときどきあります。
 でも、この携帯はいいです。インターネットにアクセスすることではなく(もちろんできますが)、私のいわばどうでもいい、記憶を書いておくのです。ああ、私は「スマートフォン」という言葉も忘れはてるのですよ。だから、書いておくと、自分にケータイメールするといいです。
2012/08/11 04:14しかし、5分前に入ってきた日経新聞で真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みます。1208110112081102

「おお」
 隼人と八十吉は異口同音に感嘆の声を洩らした。生きんがために飯を食らう。腹を満たすのではなく、そうとしか思えぬ所作であった。

 もう六兵衛が喋ってくれないものかなあ。なにしろもう150年ほど昔のことなのだから、今何もかもが分かってもいいだろうと思うのですね。
「君原健二『私の履歴書』」も読みました。最後の

 ・・・周囲から受ける期待がどんどん膨らんだ。それが徐々に重荷になっていった。

 また明日もすぐ読んで行くことでしょう。

 とにかく、まずこうして書いてUPすることです。

12080504 今朝こんなに遅く起きてしまいました。

2012/08/06 06:24いやこの時間になってしまいました。昨日テレビをけっこう見ていたからかなあ。
 プラムさんからメールをいただいたので(私のサイドバーの「周へのメールはこちらへ」でもらいました)、あとで私からメールします。あまり午前中(朝6時まで)は失礼だと思い、6時を過ぎている今あとでメールします。
 私がメールアドレスを替えたので、その事情も書きましょう。あ、手紙も書きましょうね。
 そうだ。また「男はつらいよ」の映画評も書かないといけないですね。昨日テレビで見ていて、けっこう泣いていました。妻の前だったから、少々まずかったかなあ。
1208060112080602「黒書院の六兵衛」ですが、昨日少し期待したようにはなりませんでした。
2012/08/06 06:50六兵衛のことが少しは語られるのかと思ったのでしたが、そうはならないのです。まあ、こんなものなのかなあ。
「君原健二『私の履歴書』」も興味深かったです。「寺沢徹」なんて名前を懐かしく思い出しました。

 いろいろとやることがたくさん出てきますね。

 やはり日曜日は新聞だけでもいくつものことがありますね。

2012/08/05 05:23いやもうこの時間なのですね。「周の掲示板」と「ダダさんの掲示板」に書き込みしていたら、自分のブログにはまだ一つのUPしかしていません。
1208050112080502 いよいよ「黒書院の六兵衛」でも、今回の的矢六兵衛のことが語られるのかなあ、と期待しています。忌部もそんなに知らないかなあ。読んでいる私たちと同じくらいか。
 でも彼が整理して話してくれるとありがたいです。今まででは皆目分からないのです。いや少しは見えてきたかなあ。

「・・・今しがた菊の間だで見えた者は、その的矢六兵衛と似ても似つかぬ。御届出書によれば、先代が病を得て隠居につき、縁者にて家督相続とある。しからばなにゆえ同じ六兵衛を名乗るのか、いみなまでもが同じであるのかと訊ねても答えがない。・・・」

 さて、この答えはどうでしょう。この忌部も大してしらないと思われるのですが、でも私たちよりは知っているはずです。 
 毎日読んでいる「君原健二『私の履歴書』」ですが、かなり読みごたえがありました。あの頃は、こうした選手は仕事も必死でやっていたのですね。
 いつも読んで何かを深く感じてきた「樺山紘一『欧人異聞』」ですが、今回はどうしても魅力を感じません。このドビュッシーというフランスの作曲家に興味を覚えないからでしょうか。
12080214 それよりも、私は「小池真理子『生と死の営み』」がすごく読まされました。はっきりいいまして、この作家は私は好きではありませんでした。でもこの文を読んで私は涙を流していたのです。今後もっと読んで行こうかなあ。

 いや、私に言い聞かせます。この小池真理子さんは私より4歳下の方です。私はまったくといっていいほど、知らない読んでいないじゃないか。自分にあきれ果てます。
 下の画像は、ポニョが私にくれたのです。でも私はだめですね。今はこれがどこへいったのかまったくわかりません。

 リビングでこのポメラを書いていましたが、またパソコンの前に戻ってきました。

2012/08/04 05:43リビングへ来ました。ここで冷房をつけるとどうやら過ごせます。
1208040112080402 浅田次郎の「黒書院の六兵衛」は新聞を手にとると、真っ先に読んでいます。最後にこうあります。

「ところで、忌部とやら。そちらにちと訊ねたき儀がある。的矢六兵衛についてのことであるが」
 出雲守様の予期せぬご下問に、肝が縮みました。

 また明日が待ち遠しくなります。
12080207 そのあとすぐに、「君原健二『私の履歴書』」を読みます。ここに円谷幸吉のことが少し書かれています。私は彼は急に東京オリンピックで自衛隊で走ったと思いこんでいましたが、もっと前から地道にやっていたのですね。「そんなの当たり前じゃないか」という私に、ただただ頭を下げるしかない私です。

 これで、あとデジカメの画像をパソコンにUPして、またこの「周のポメラ」をUPします。

12080108 井伏鱒二はけっこういくつもの小説を読んだものでした。

2012/08/03 06:22NHKで黒い雨のことをやっていました。もちろん私は井伏鱒二の小説は読んでいます。井伏鱒二にしては内容(私は彼の作品はけっこう読んでいましたね。そういえば、太宰治の借金の申し入れの葉書などいっぱい読んだものでた。これは「太宰治全集」でです)が実に驚いたものでした。でもあの本ももう売ってしまいましたね。広島の原爆での黒い雨を思います。
「君原健二『私の履歴書』」の「中学の持久走で好成績 誘い断れず駅伝部に入部」を読んで、君原の走り方、そのときの苦しそうな顔を思い出します。
1208030112080302 やはりこの新聞を手にして、真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みます。これで私が自分に確認したのは、御番士が御旗本で御与力が御家人なのだなあ。

 御旗本と御家人では分限がちがいますので、むろん儀式も同席はありえませぬ。また、同じ与力でも抱席(かかえせき)の家柄ならば、御番頭(こばんかしら)様の役宅にて行儀いたします。

  いつも私は感心してこの小説を読んでいます。

 こうして8月になりました。

12080101120801022012/08/01 05:46また新聞が入ると「黒書院の六兵衛」を読みます。なるべく折込チラシもすべて目を通すようにしています。いやむしろ、新聞そのものを「読まなくちゃいけないよな」なんて思いで、無理に開いているところもあります。
 しかし、この小説はしっかり読み込んでいかないと、私では分からなくなりますね。いや「この小説は」ではなく「この小説も」なのかもしれません。

<あらすじ>六兵衛は大枚をはたいて御書院番士の株を買った金上げ侍のようだ。・・・。

 やっぱりこの小説を毎朝かかさず真っ先に見て読んで行くことだけが私にできることのようです。
12073104 今日からの「私の履歴書」が君原健二さんです。今日は「マラソン人生 『走った距離 地球4周分 五輪3度、全レース完走誇り』」です。
 うん、この人のマラソン人生を知るのもいいかもしれないと思ったものです。

 今日もしっかりやっていこうと思いました。

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