将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:周の幽王

11032305  紀元前8世紀の周朝第12代の王が、この幽王でした。陝西褒城にあった国にいた美女を幽王が受け取ります。美しさに惹かれた王は、それまでの女性を廃し、この美女を后としました。この女性が褒じでした(じという文字はでません)。
 彼女はなかなか笑いません。それで「夏の桀王の愛した女、末喜」と同じように、絹を裂きますと、微かに笑います。でもそのうちに絹が裂けても笑わなくなりました。
 次に何かのことで、烽火が上がってしまい、各諸侯が何かあったのかと周の王宮に集まったときも、この褒じが笑ったので、この笑顔が見たいだけで、幽王は何度か烽火をあげてしまい、もう各諸侯は集まらなくなりました。この話が、北条時頼の「時頼と鉢の木の物語」になっているのです。
  日本の鎌倉の執権であった北条時頼は、この幽王のように愚かではけっしてありませんでした。いつも中国の古典を参考に物語を作る日本を思います。
 やがて、幽王は犬戎という民族に攻められ、烽火を上げますが、誰も来てくれず殺されます。そのときに褒じは行方不明になります。
 これで周の国が一旦滅んで、都を東に移して、東周という国・時代になります。それ以前は西周という国・時代になるのです。(2011.03.24)

10080123 昨日はいくつものことを忘れていました。困ったものです。
 ただ「読書さとう」は、「殷の紂王の愛した女、妲己」を書きました。きょうは、「周の幽王の愛した女、褒じ」を書きます。司馬遷がよく書いてくれていました。たぶん、歴史的には、この褒じと妲己のことははっきりしていて、それから「夏の傑王の愛した女、末喜」は、多分司馬遷が創作した女性じゃないかな。いや、そんなことを言うと、また司馬遷に怒られる気がします。
 写真は8月1日の午後7時58分に撮りました。長女の家の前で花火をしているポニョなのです。(08/07の2)

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