将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:周の書評

1112070711120708  前には毎週「週刊アスキー」を読んだことの備忘録(私は本や雑誌を読んだ記録は「周の書評」「本の備忘録」として)として書いてきていました。だがこのところこの「週刊アスキー」を書いていません。いや他の雑誌も読んでいるのですが、書いていないのですね。
  でもそうすると、雑誌がたまるばかり(記録を書かないと棄てないのですね)ですから、もはや数ヵ月前のは廃棄して、近頃のものは書いていきたいと思っています。 ただ、ほぼ1週間に6日はじゅにのところへ行っていますので、それでなかなかできないのですね。でも言い訳は言わないで(言っているじゃないかと、もう一人の私が言います)、今後やっていきます。

1112061511120616 4日に「周の雑読備忘録」というページを開設しました。ここで、私が日々読みます本や雑誌の書名や著者名等々を記録してまいります。
 私は年間に300冊の本を読破することを自分に課してします。1カ月で25冊というノルマです。これで「あ、今月は20冊だっつたから、来月は30冊読まないとならないな」などと判断するわけです。これは以前は、すべてザウルスに記してきました。ただ、このザウルスがザウスルアイゲッティーに替わりまして、さらに毎日記入していくのが、非常に面倒に感じるようになりました。ただ、この記録を書いておかないと、300冊の読破の目標達成も判らなくなり、かつ「周の書評」や「周の本の備忘録」も書いていくのがやりぬくくなります。私は以前はパソコンの中、この書名・著者名等々のデータを書いておいて、そこに少し感想を書いていきまして、少しまとまったら「周の本の備忘録」にUPし、さらに量的にも多く書けましたときには各「周の書評」にUPしてきました。だが、もう自分で使うパソコンが、自宅と事務所とノートパソコンの3つがあり、空いた時間にちょこちょこと書くというわけにもいかなくなってきました。そのときに

  いっそ、インターネット上に残しておこうか

ということを思いました。それならば、どこでもそれを参照できます。
 現在私は、自分のスケジュール管理は、ザウルスではなく、「Do Sule!」を使っています。これはiモードでも見ることができますから、とても便利なのです。どこのパソコンでも、ザウルスでもiモード携帯でも、とにかくインターネットに接続できるものがあれば、どこでも見ることができるのです。さらに私は、自分の住所録等々も、ここか、あるいは、もっと便利なサイトがあればそこにしますが、とにかくインターネットで管理したいと思っております。メールアドレスの管理は現在Yahooのウェイブメールで管理するようにしています。以前は、フロッピーやLANで、3つのパソコンとザウルスの情報を一致させるようにしていましたが、これまたもう面倒で仕方ありません。インターネット上にあげておけば、それは一つだけですし、もう移動する必要もありません。
 それで、当初は、私の読書の記録も「Do Sule!」に記してきましたが、やはりスケジュール欄にこの記録はふさわしくありません。「なんかいいのがないかな」ということで、この「さるさる日記」を見つけました。これは私の長女のおはぎも自分の「おはぎ屋」で「おはぎ屋日記」として使っています。
 ただし、問題は夜11時すぎると、混みすぎてなかなか入れないことです。これは大問題だな。ひょっとしたら、そのうちまた違うところを探して移動するかもしれません。
 とにかくインターネット上にはいろいろと便利なサービスがありますね。もっといろいろと使っていきたいと考えています。(2000/02/06 0:34:44)

11090414 どうやらやっと昨日ときょうは少しゆっくりできました。そして「周の発言」へは1週間ぶりの書き込みです。毎日いろいろなページの更新だけはしているのですが、なかなかここへ書いている時間がありません。日々いろいろと思うことがたくさんあり、ここへ書きたいなあとだけは思っているのですが、そのままになってしまいます。
 1月後半は出かけることが多かったのです。そこでけっこう電車の中で本を読むことができました。1月31日に「発言」で書いているところでも、私はお通夜に行くときも、降りる駅であわてて降りたくらいに本に熱中していました。そのあとの松戸自主夜間中学校へ行くときにも、急いでいたのに、読んでいる小説があと僅かで終わるので、松戸駅でベンチに座って読み終わりました。読み終わらないではいられなかったのです。ただ、私はそのあとまた本来の目的のところへついたら、当然そちらの方に熱中してしまいます。いつでも頭をサッと切り替えているつもりです。
 2月に入った先週もいろいろ歩きましたが、けっこう本を読み耽けっていると、降りるべき駅でいつもあせっていました。ちょうど池上線で、3つの駅に降りなくてはいけないことがあったのですが、どの駅でも私はあわてていました。そして思い出すのです。「なんだ、俺は毎年毎年いつも同じことをやっているなあ、昨年もこの駅であわてて降りていた、あのときは何を読んでいたっけ」。
 この間読んだ本はどれも印象深いものがありました。はやく「本の備忘録」にUPして、できたらそのいくつかは「周の書評」として残しておきたなあと考えています。「書評」に書いたら、古書店に売ります。(99/02/07 11:33:50)

11042117 私のホームページでは、あちこちのページで私の読んだ本の紹介をしています。

   将門Webの本の備忘録

をごらんになれば判りますが、「周の書評」「本の雑読」「オンライン書店」「周の雑読備忘録」「周の反推薦の本」等々で、現在900冊を超える本の紹介をしています。
 それでよく聞かれるのことがあります。

  なんで、そんなに本を読まれるんですか。
  よくそれほど本を読む時間がありますね。
  本は私も読むのですが、あのように文章に書くことはないので
  す。どうして、わざわざ書いておられるのですか。

 それで、こうした問いに私は答えているのですが、今回「何故文章を書いておくのか?」ということで話したことがあるのです。

 もちろん、私はこのホームページに披露するコンテンツとしてわざわざ書いているということもあるのですが、まず私がその本について書くのは、こうして書いて行くと、その本の内容に関して理解が深まるのに一番いい方法だと思うからです。文章を書くということは、その紹介の文を読むであろう相手および自分(私も何度も読み返します)によりよく理解できるように書かないとなりません。このことを追及していくと、実にその本の内容に迫ることできます。
 ただし、とはいえこうしたことを明確な目的として読んでいくとすれば、ただ疲れてしまいます。だからまず私は、このメルマガの「周の雑読」で簡単にメモするようにしているのです。そして、その中でもっと書きたいこと喋りたいことが出てきたときに、また書き足すようにしています。そして、少しは書けたかなとまで思うときに「周の書評」にまとめるようにしています。
 これはやはり自分のためなのです。そして、またこのホームページを見てくれる方にも、なんらかのことを知らせることができているかと思っています。
 自分のためにやることが、少しは他の方のためにもなっているのじゃないかと思えることが、私は嬉しいことなのです。

10121901「橋のない川」の作者、住井すゑさんが16日に95歳で亡くなりました。 私は、「周の書評」で2度、この著書について書いてきました。「橋のない川」を読んでいると、たいへんに話の展開にひきつけられてしまい、実に真剣に読んではいくのですが、やっぱり何か「これは違うんじゃないの?」という思いがわき上がってくるのです。
 明治後半から大正期にかけての奈良県の部落民の少年のおいたちが中心として描かれていきます。第6巻ではついに全国水平社が結成されます。読んでいると実に感動的なところです。最初はここで、この物語は終わりの予定だったようです。でも読んでいると、「このあとはどうなるのだ」ということがいくつもちりばめられていて、そのとおり、住井さんは第7巻を執筆完成します。さらには、第8巻も予定されていたようですが、その第1行を書いただけで、亡くなられました。
 私が言いたいのは、全国水平社は、けっして日本帝国主義天皇制に弾圧されてきた存在なのではなく、むしろその最先頭でアジア侵略に向かっていた存在でもあったのではないのかということなのです。その内省がなければ、私には、なにかあの戦争への総括にはならない、部落問題を根本的に解決することにはならないと思っているのです。そこのところが、住井さんは、私にいわせれば「ごまかしている」ように思えてならないのです。
 関東大震災で、どうしてあのような朝鮮人虐殺がおきてしまったのか。そして、それは私たちが20代前半のときにも、朝鮮人高校生襲撃事件というのが、東京山の手線,赤羽線などで多発していました。大阪で起きた山口組と松田会の抗争事件には、実は朝鮮問題(松田会は朝鮮人系やくざである)が大きな要素としてあったと私は思っています。
 こうしたことを考えるときに、住井さんが「橋のない川」で描いているように、抑圧される朝鮮人たちに対して、全国水平社は果たして連帯できた存在であったのかというのは大事なことです。あのように描いてしまうのが真相なのか、住井さんに問いただしたいところなのです。私はむしろ、たくさんあるやくざ映画のほうがこうしたことをそのまま如実に描いているように思っています。けっこう私は飲んだときに、こうしたことを話しています。書くと、どうしても表現しづらいところがあるわけです。
 こうした思いから、私はどうしても住井さんのいうことに全面的に納得できないでいました。本当なら、あの物語のように、部落民をはじめとする非抑圧階級民族が連帯して日本帝国主義と闘い、あの戦争を阻止できていることが、私たちの理想としたいところであったわけです。だが事実はそうではなかったわけです。
 でもとにかく、住井さんには、もっと書き続けてほしかった。もっと長生きして欲しかったと思うところです。(1997.06.21)

09090503 私はいつも読み終わった本や雑誌を、「周の書評」(ただし、その読んだ本の内容によって、いくつものジャンルに分けていますが)としてこのブログに書いております。
 そして読み終わった雑誌は、私の長女夫妻の家に持って行きます。吉本(吉本隆明)さんと長谷川慶太郎さんの本以外は書店で購入しないで、すぐ近くの図書館で借ります。図書館で借りるといいましても、図書館で本を探すことはなく、いつもインターネットで検索して予約しています。
 それで読み終わった本・雑誌は私がこのブログになんらかのことを書くまでは、私のこのパソコンの周りに置いてあります。
 ところが、もうそれが莫大な数なのですね。私の妻が4月下旬から5月最初に柏の病院に入院しましたから、そのときに、本を何冊も差し入れましたが、でも同時に私が読んでいました。もうそれらの本が私の周囲に何冊もあります。雑誌はそのまま置いてあるし、文庫本は何冊も重ねてあるし、吉本(吉本隆明)さんの本はそのまま重ねてあります。慶太郎さんの本も何冊も吉本さんの本と積み重ねてあります。
 これはもう、とにかくその本に関するメモをこここ書きまして、もう何冊もの雑誌等々(今見ますと、妻に差し入れたもの以外にもたくさんあります)は廃棄していきます。そうしないともうかたづかないのですね。
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4081e124.jpg いくつか思い出してきたことがありました。
 私は昔から本を読んできました。とくに中学2年のときからは、新潮文庫、岩波文庫、角川文庫をよく読みました。なにしろ、文庫本だと学校の授業中でも読めますから。
 それで、ちょうど高校2年の頃からあるノートに、この自分の読書の記録をつけていきました。それには、こういうことがあったのです。
 ところで、私は鹿児島から横浜に転校してきて、ひさしぶりに兄とも弟とも一緒に住むようになりました。思えば、5年ぶりくらいのことだったでしょうか。それで兄はたくさんの本を持っており、その本を借りてかたっぱしから読むようになりました。もう高校2年・3年のときは、もっぱらそれらの本を高校の授業中に読んでいました。ほぼ、ハードカバーの全集もので、しかもそれほど文芸本は読みませんでした。
 でもいくつもの日本文学の本も読みました。そしてそのときに、井伏鱒二の小説を読んでいて、私はあるときに、「あれ、これは読んでいるぞ」という作品はいくつもありました。私はは中三のときにいくつもの井伏鱒二の作品は文庫本で読んでいたのです。
 別に、2度3度その作品を読み返すのはいいのです。だが、自分がそれを認識しないで、読んでいて、「あれ、これは前にも読んでいるな」と気がつくのは非常に自分が情けなくなることです。
 それで、、こういう事態を避けるために、私は、ノートにその自分が読んだ本の記録を書いていくようにしました。とくに短編が多い作家のものは、こうして記録を残していくのは大切なことです。
 この記録が、やがてパソコンを使って、パソコン通信をやったときに、「周の書評」という形で書いておくことになりました。それを今でもインターネットになってもホームページにUPするようにしています。
 ただ書評とまではいきませんが、自分の書いた本に関するメモも「本の備忘録」としてUPするようになりました。そして、まずはその最初に、本を読んだときに、すぐに「周の雑読備忘録」として、UPするようにしまして、とくに今はまずこのブログに書くようにしました。
 この記録を、このブログに書くときに、なんらかの能書きを書くようにしていますが、それがいわば簡単に単純なことでも、何かしら書いておくことは大事だなあと思っています。
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 書評を書いていて、だんだんと一人の作家の作品批評が多くなってきましたときに、その作家単独のページを作ることになりました。いや、まだそれほどたくさんのことを書いているとは言えないわけですが、今後もその作家についての書評を増やしていきます。現在は、飯嶋和一、さくらももこ、塩野七生、島田荘司、長谷川慶太郎、藤沢周平、吉本隆明、魯迅、島尾敏雄の各ページがあります。
 今後このページに置きたい作家としましては、山口瞳、ゲーテ、ドストエフスキーがあります。(2003.11.11)

   http://shomon.net/hon/chosha.htm  周の書評(作家別篇)

 その後作家としては、誰一人の部屋も増やしていません。以下の作家については、

   http://shomon.net/hon/kazuiti.htm  周の書評(飯嶋和一篇)

出版されている著作はすべて読んでおりますが、まだ1冊の書評しか書いていません。ちょっと我ながら情けないよなあ、ということころです。
 今後、なんとしても私のホームページ内の各書評のページを充実させてまいります。

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 私は日々たくさんの本を読んでいこうとしています。そしてその読んだ記録を記しておこうという思いで「周の書評」を書いています。ただ、もうほとんど「これは単なるメモだな」としか思えない記録のほうが多いのです。そのメモが「本の備忘録」なのですが、おそらく今後もどんどんと増えていくかと思っています。
 その「本の備忘録」で、著者別に別けたのがこのページです。
 今後間違いなく、この「著者別」のページがいくつも増えていくだろうなと思っています。(2004.05.03)

   http://shomon.net/hon/choshabibo.htm  本の備忘録(著者別篇)

 今は本を読んだメモはできるだけブログ将門には書いておこうと思っています。そして、それをこのページに収納して、できたら読み直してみてまた新たに書き直してみようというのがこの各ページなのです。でも書き直すどころか、このページに書いて収録しておくことも満足にやっていません。読むべき本も多いし、読んだ本も多いのですが、何らかのことを書いて、そしてそれを残しておかないとなりませんね。そうしないと私はまた間違えて読んでしまっているのです。これからはますますちゃんとやっておかないと、私はそのミスをどんどん続けてしまいそうです。

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 私が「この作家は全作品を読むぞ」と決意した作家は何人もいます。この島田荘司もそのうちの一人です。
 それで、私はこの著者の作品は文庫本になったものはすべて読んでいます。だから、このページももっと書評を書き進まなければいけないはずなのです。それが進んでいないのです。そこわけを少しここに書きます。
 いくつもの本は少しは書評を書いてあるのですが、どうもUPするまで気持が至りません。

 私はこの著者の描く二人の探偵のうち、吉敷竹史は好きなのですが、御手洗潔がどうしても好きになれません。それでも初期の作品は面白く読んできました。だが、「暗闇坂の人喰いの木」で、疑問が少しわいてきました。それが「水晶のピラミッド」のどうみても、変な実験(ピラミッドの模型で、水を吸い上げるやつ)で、「こんなの俺なら、『それおかしいよ』ってその場で指摘するよ」という思いになりました。さらに「眩暈」に至って呆れ果て、さらに「アトポス」でほとほと嫌になりました。
「アトポス」ってアトピー性皮膚炎のことですよね。私の周りには、たくさんの子どもたちが、アトピーには苦しんでいます。実は大人になっても治らない人がたくさんいます。あの小説は、それらの人にそのまま偏見を抱かせるだけじゃないですか。それから、これらの御手洗の小説群は(上の4つ)はどうしてあんなに長いの。無駄な記述が多すぎるんじゃないの。
 それからさらに、島田さんは、その後「冤罪」解明の道にひたすら行き着きまして、これまた私は不満なのです。
 そうですね、あと少し文句を言うと、「龍臥亭事件」を経て、どうしてか、御手洗と吉敷がいつか出会うのかななんて思いました。「龍臥亭事件」では石岡和巳が加納通子と出会ったわけです。御手洗と吉敷が出会うと思うと、それは嬉しくて興奮します。でも、少し文句なんですが、加納通子さんというのは、最初の「北の夕鶴2/3の殺人」でも「羽衣伝説の記憶」でも、和服の似合う小柄な(たしか身長156センチ)色白の女性ではないですか。でも「龍臥亭事件」では、小麦色したインド風美人の顔をした女性になっているんですね。なんだか私は納得できないんですよ。
 ただ、とにかく私はまだまだ読んでいきますから、この書評もまた書いていきます。とにかく全作品を書いてまいります。(2003.07.28)

   http://shomon.net/books/simada.htm  周の書評(島田荘司篇)

 この作家も全作品を読もうと思っている方なのですが、近ごろちゃんと読んでいません。なんだか文庫本はすべて読んできたのですが、あまりに多いので家に置いておくのも大変なので、誰かにあげたりしているうちに、訳が判らなくなりました。だから、こうして自分のホームページに、この部屋を置いて、なんらかのことを書いておこうと思ってきたわけですが、もうこのごろは、それもできていませんね。
 これからはもう図書館に利用で、とにかくこの作家も総て読んでいきます。図書館でも全部揃っているとは判らないことですが、なあに、東京中の図書館を簡単に利用できるのですから、あとは私が読むだけですよ。

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 私にとってSFというのは苦手な分野かもしれないと思っています。ただ、私はけっこうSFを読んできました。高校生のときに早川書房の「世界SF全集」を読んでいたなあと今懐かしく思いだしました。あれで私は、星新一と安部公房を知ったし、そしてジョージ・オーエル「1984年」も読んだものでした。
 それにしても今はSFそのものには魅力を感じるのは難しくなっているように思います。

 いったい現在において、SFというものに私たちはそれほどひきつけられるものなのでしょうか。どれを読んでも、さして我を忘れるほど熱心に読んでいたという記憶はありません。もはやSFの世界はかなりな転換の時にあるように思います。未来のこと、宇宙のことを描いたとしても、もうあまりにその世界の実体性が感じられないからでしょうか。

 たったいまかなりな高速のロケットが在ったとして、それに私たちが乗り込んで、宇宙空間に向ったとしても、私たちの子どもあるいは孫の代がどこかの星の高等生物と出会う確率は限りなく零に近いことは判りきっています。そしてこうしたことは私たちにはかなり昔から判っていることであり、こうした知識にはたいした進歩も変化もありません。だからこそもうそうしたことを描いているSFにはどうしてもあまり魅力を感じることができないのだと思います。

 ただ、はっきりしているのは、本来のSFとはけっして未来の社会やロボットや時間旅行といったことばかりを書いているわけではないわけです。やっぱり、なんにしても架空の世界を描いていくわけですが、それが私たち現実の世界からなにかしら類推できるような世界であるときに、私たちはどんどんその世界にひきずりこまれていきます。だからあまりにありえないことではなく、たしかに科学的にもうらずけがあったり、現実の世界に似たような社会が存在しているときにこそ、その架空の世界にそれこそ深く入り込んでいってしまいます。少なくとも私はそうなのです。
 またそのようなSFに出会いたいものだと思い、ここに私が読んできたSFの書評をUPしてまいります。(2002.02.14)

   http://shomon.net/bun/sf.htm  周の書評(SF篇)

 どうしても、もうSFの各作品に魅力を感じることが難しいです。そんな思いだけが浮かんできてしまいます。
 私たちの現在は誰もがケータイを持って実にさまざまなことに使われるようになってきまして、こんなことはSFの世界では書いていなかったなと思いました。
 だから今後の私たちの未来をうまくは著してくれてはいなかったのが過去のSFでした。だが過去思い描いていた未来社会ではなく、もっと現実の世界が魅力あるものと感じられるようになるときに、またさらのその先の世界も描いてほしいものだと私は思っています。

 おそらくこれからの時代は、かなりなものが速い時間で変化していくかと思っています。でもその中でもたくさんのことは私たちが希望するようにいい時代になっていけるのではないかと私は思っています。
 そのことは私たちの毎日の懸命の努力だと思っています。
 まさしくSFの世界を私たちがよりいいSFの世界を望み、そしてその私たちの望み希望が現実にいい世界になっていく原動力なように思っています。

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 私は私なりの「環境問題への考え」を構築したく、いくつもの本を読んできました。またいろいろなところで発言もしてきました。
 私が読んできた本のことを書いているのがこのページです。
 まだもっとUPしていくべき本があるかと思っています。
 ここの書評を見て、何人かも高校生がら、「学校のレポート提出のときに役だった」なんていうことを聞いています。私には嬉しいことです。ぜひ、私の書評だけではなく、その本そのものも読んでいただきたいものです。(2003.12.08)

   http://shomon.net/kankyo/bookkan.htm  周の書評(環境問題篇)

 実はこうした本はけっこう手にして、そして読んだものなのですが、でもほぼ私の思うことと同様な気持になれるものがなかなかないということがあります。いや、むしろ、「なんだ、これもまた私とはまったく違う考えだな」と思ってしまうことが多いのです。しかたないですね。
 でもこれからも、まだまだ本を探していくつもりです。(2006.09.25)

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