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周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:和紙の手紙

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 周の雑読備忘録「『週刊アスキー通巻768号』」に私の大学時代の友人から、以下のコメントをもらいました。

1. Posted by 府川幹夫   2010年01月17日 20:22
こんにちは。ご無沙汰しています。府川です。住所録を削除してしまい、年賀状を前の住所に出したら戻ってきてしまいました。電話番号も見当たらないので、ここに書かせて頂きました。お許し下さい。/ご活躍のご様子ですね。私の方は飲む、碁を打つ、種と堆肥を買う、不耕起田圃、バスケットボール、サッカー、民生委員や自治会などで忙しくしております。健康に気をつけて、充実した日々をお過ごし下さい。図書館の本を返さなければならず、2度目をノートを取りながら読んでいます。『古事記』の歴史捏造に関する何冊かの本です。聖徳太子はいなかった、とか… 今日はこの辺で…

 ええと、私は年賀状は出したと思いました。
 それでまた改めて手紙を出します。いえ、私はけっこうな数の手紙を出すのですよ。一昨年は600通を超える手紙で昨年は120通を超える手紙です。あ、もちろん葉書はまた別です。みな和紙で書いています。ただし、ビジネス上の手紙は別ですよ。
 私は1969年には、逮捕拘留されていたもので、結構手紙を書いたものでしたが(でも女性が多かったなあ)今もこうして数多く書いています。
 ただずっと我孫子の自宅に籍は置いていましたが、一昨年3月末にこちらに正式に引越ししました。その前年に私の母も亡くなりまして、かつ私の次女も結婚しまして、正式に我孫子は引き払いました。
 ただ我孫子の家はけっこう広かったのですが、そこを引越しするのに、莫大な本等の処理は大変でした。思えば、パソコン等の処理も大変でしたね。書籍は下北沢の古書店に来てもらい、多くのパソコン、ディスプレイ等々は埼玉の業者(この人には、王子にも来てもらいました)に処理してもらいました。
 今はケータイメールでの連絡も多いですね。スカイプでの連絡は無料ですからいいのですが、私は日本人には、声による連絡というのは苦手な感じがしますね。どうしてもこうしてテキストで書くことがいいです。
 吉本(吉本隆明)さんのいう、書き言葉、話し言葉の違いを感じているものです。ここのところが友人といいましても、アメリカ人や中国人の方とは違うところかなあ、なんて感じています。
 また手紙を書きますね。

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 今私の次女に手紙を書いています。これは以下に書いたように、手紙を出しているのです。

   http://shomon.livedoor.biz/archives/51567071.html 私の二人の娘への手紙
   http://shomon.livedoor.biz/archives/51593673.html 次女への手紙

 このあとは、きょうまで以下のように書いて来ました。

09年02/05 李白『相逢行』
09年04/22 金子みすゞ『みんなをすきに』
09年05/17 秋瑾『梅』
09年05/22 曹丕『燕歌行』『釣竿』
09年05/26 曹植『吁嗟篇』『七歩詩』
09年05/29 高橋泥舟『偶成』
09年06/02 金子みすゞ『わらい』
09年06/07 曹丕『上留田行』

 ただ、どうしても漢詩は、それほど習ったことがないから、手紙送られても、よく判らないかな。
 ただきょうは、どうしても曹丕の詩を好きになってほしいという思いなのですね。

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b231362d.jpg 今毎日3通づつ和紙の手紙を書いています。私に返事はいらないから、誰かにメールなりを書いてほしい。心からそう思っています。きっとみんなそうしてくれることでしょう。
 写真は9日午前9時に届いた次女からの花篭の百合のつぼみが今朝二つ開きました。もうただきかない娘だったのが、こうしてものすごく嬉しさを伝えてくれています。(05/14)

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 きょうも手紙を持って行きます。きょうは、曹丕の詩を紹介しました。以下の3つです。

   短歌行   燕歌行   釣竿

 さてさて、きょうは長女おはぎが来てくれます。おはぎは、私には一見厳しいのですが、でも実は大変に優しい娘です。でもでも、いつも私がだらしないから問題なのです。
 でも私の本心は、こんな娘を持つことができて、ただただ嬉しいばかりです。

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0d467386.jpg 妻は4月28日に入院して、私はその翌日から和紙で手紙を書いて持って行きます。
 でも29日30日は遠慮してA42枚でした。ただ30日は1枚の行数を増やしました。でも思えば、私が手で持っていくのだから、切手代も関係ないのです。それで昨日はA4で4枚書きまして、きょうは5枚になりました。
 いえなに、書いているといいましても、私は漢詩の紹介をしているだけです。どうせ私の娘たちは、「そんな手紙もらってもママが可哀想でしょう」というばかりです。
 あのねえ、そんなことないのよ。
 昨日は、「陸游『釵頭鳳』」を紹介しました。きょうは、「曹操『短歌行』」を紹介しました。
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 SHIROのポメラ日記このUPがありました。

 これを読んで、私も知りませんでした。「エッ、電話機能だけのケータイがあるのか?」と驚いたものです。
 そして、そんなケータイなら私はいらないなあ、という思いです。それならスカイプでいいよなあ、と思います。スカイプなら無料でずっと話し続けられます。ただ、無料で延々と話せることが今ではそんなに魅力のないことであることがよくよく判ります。
 だから中国の方々なんかには、スカイプはものすごい魅力があるのでしょうね。私なんかは、無制限にスカイプをしていると、もう中国の方々のスカイプばかりで、ちょっと困ってしまいます。

 やっぱり、私はケータイはケータイメールがあってこそですね。インターネットのホームページを見るのには、やはりもっと広い画面が必要です。ただメールなら、いいです。ただし、ちゃんと段落を変えたちょつと長文のメールの場合は、私はGメールを使います。それと私はよく手紙を書いていますね。
 ただ、この頃は、手紙を書いている時間がなくて、とてもそのことが悔しいです。

 先に書いたように「携帯=電話」というのは親の感覚で、子どもは「ケータイ=情報ツール」という感覚ですから

 これはもう私も多くの私の年代の友人たちに感じていることです。ちょっとそれで困った感じもありますね。ケータイメールというと、「そんなものは使わない、それが当たり前だろう!」という剣幕の人もいるのです。
 ただし、私の年代でも、メールと言ってもケータイメールしか使わない、それしか使えない人もいます。私から手紙をもらうと、ただただ驚いているだけの方もいます。

 私の姪の二人の息子たちも、小学生のときから、私にケータイメールをくれています。もうそれは嬉しいものですよ。そして彼らにも私は和紙の手紙を書いています。彼らには、「あのおじちゃん(実は大伯父)は、いつもパソコンばっかりやっているから、こういう手紙もくれる、ケータイメールもくれる」と思っていることでしょう。そうですよ。そして君たちが返事をくれれば、私はもっとたくさん手紙を書きますよ。少々面倒な内容の手紙(いや私の好きな漢詩の話をしたりね)になるかもしれないけれど……。

 子どもの気持ちを理解し、いいコミュニケーション関係を作る努力をしていってください。

 これはなかなか難しいことですが、その努力が大切なのですね。でも私でできるかなあ。私は昨日、長女の家に美味しいケーキを持って行ったときに、もう笑顔になっていた食べていたポコ汰の顔が大好きなのです。
 子どもは私たちが大好きになれば、なるほど、いい子になっていくものだと私は思っています。そのように思い込んでいます。

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 SHIROのポメラ日記 の [子どもと携帯電話]に、1月26日、このUPがありました。

携帯メールでの「30分ルール」というのをご存知でしょうか。

友達へメールを出した時、返事が返ってくるまでの時間が、
 15分かかると→65%の子どもが「遅い」と感じる。
 30分かかると→85%の子どもが「遅い」と感じる。
(モバイル社会研究所の調査より)

 いえ、私はまったく知りませんでした。でもこういうふうに思うのは、よく判ります。私の二人の娘は実に返信が速いです。私は次女ブルータスには、「エッ、よくこんなに速く!」と驚いています。0秒か、1秒としか考えられないくらいに速いですね。
 ただし、私は私の年代の友人が、実に時間がかかって返信をくれても、まったく構いません。まあ、思えば私は手紙の返信がなくても、延々と和紙の手紙を出していますものね。

 私たち大人は、メールというのはFAXと一緒で、自分が都合のいい時に出して、相手も都合が付いた時に読むものというイメージがあります。
 しかし子ども達にとってメールは電話と一緒で、「30分以内に返事を書くのが当たり前」のリアルタイムなメディアなのです。今では「30分ルール」から「15分ルール」に時間が縮まっている、という話もあります。

 でもこの子どもたちの気持は判ります。ただし、私は返信がこなくても平気です。いえ、明確な問い合わせのときには困りますが。
 そういえば、昨年私は608通の手紙(みな私的な手紙です。仕事上の手紙はまた別です。そして私的な手紙はすべて和紙で書いています)を出しまして、封書による返信は5通で、葉書による返信も5通でした。みなさまお忙しいのだろうと納得しています。

 でも、私の書いている和紙も手に入れるのがけっこう大変です。ただ今年になってからは、まだ数通しか出していません。けっこうその時間がないのですね。この私の手紙はいわばいつ出しても、出さなくても構わないものなのですが、今の若者のケータイメールは違うもののようです。

 それだけすぐに返事を書くためには、学校の授業中でも、食事中でも、携帯を手離さずにひたすらメールを打つことになります。大人からしたら「授業中はやめなさい」「食事終わるまで待ってなさい」と言いたくなります。
 そもそも、子ども達はなぜそんなに頻繁にメールをするのでしょうか?

 それで、このあとを読んで、私は少し怖い思いにもなりました。私の孫たちのも、そんな時がくるのでしょうか。

 例えば、ある高校生の女の子Aちゃんが、友達のBちゃんへメールを出したとします。Bちゃんはきっと、御飯を食べたり、宿題をしたり、やらなければいけないことがたくさんあるでしょう。でもそれらを置いてBちゃんがすぐメールを返してくれたら、それはAちゃんにとって「私はBちゃんにそれだけ大切に思われている」という友情の証明になるのです。
 逆にBちゃんからメールをもらったら、Aちゃんは「すぐに返事を出さないと私の友情を疑われる」と思って、何を置いてもすぐにBちゃんへ返事を書こうとします。
 そうしてメールをやり取りしていくと、口に出した言葉と違って、携帯の中に全て保存されていきます。子ども達は過去のメールをよく読み返すそうですが、それらは「私はこれだけ○○ちゃんとやり取りしている」という友情の証明アルバムなのです。

 これはとくに、女の子はこういう傾向が強くなるのでしょうね。私の二人の娘は、結婚をして、今度は私の孫のことを心配しだしている私です。

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 SHIROのポメラ日記 の [子どもと携帯電話]に、1月25日、このUPがありました。

 2006年9月、長野県小諸市の小学6年生の女の子が、携帯のネットで知り合った男性に会いに行ってしまった事件は、全国的に話題になりました。覚えている方も多い事でしょう。
 いわゆる「出会い系サイト規制法」でも「18才未満の子どもは出会い系サイトを利用してはいけない」となっていますし、我々大人は「ネットで知り合った人に会いに行くな」などと子どもに言います。

 この事件は私は覚えていません。でもこれに類似したことが起きていることはよく感じています。ただし、私にはこうした子どもたちの心の中は少しも判っていません。

 しかし、なぜ子ども達はそんなに“会いに行ってしまう”のでしょうか?
 一つ参考になる情報として、ユニセフ(国連児童基金)が世界の先進国(約30カ国)の子ども達の実態調査をした統計があります。

 ぜひとも、この「SHIROのポメラ日記」のここにあるグラフを見てほしいと思います。もうただただ驚いてしまいます。ここには、

   「孤独を感じた事がある」15歳
    「自分は未熟で居場所がない」15歳

の二つのグラフは、この日本が第一位になっているのです。

 15才の子どもに「あなたは孤独を感じた事がありますか?」と質問すると、他の国はほとんど10%以下なのですが、日本だけ約30%でダントツのトップなのです。
 同様に、「自分は未熟で居場所がないと感じていますか?」という質問でも、約18%で日本はトップになっています。
 つまり、日本の今の子ども達は「わかってもらえない」大きな孤独を感じていて、「こんな僕じゃダメ」「どうせ私なんか」と自己評価が低い子が多いのです。

 だからこそ、日本の子どもたちは、ケータイで知り合った同じ子どもたちや、少し年上の大人たちに、話を聞いてほしい、話をしたいのだと思います。ケータイなら、どこででも連絡がとれるのです。

 そんな時、ネットで知り合い、優しい言葉をかけてくれる人に対して、「この人ならわかってくれる」「今の自分じゃダメだけど、この人に付いていったら新しい可能性があるかもしれない」と思ったら、会いに行ってしまうのです。
 大人からすれば「知らない人に会いに行くなんて危ないじゃないか」と思うのですが、「危ない」は「自分は大切で守るべきものだ」という意識があって初めて成り立ちます。「自分なんてダメダメだ」と自己評価が低い子どもは、危険なハードルを飛び越えてしまいます。
 ですから、「出会い系サイトを見るな」「会いに行くな」などと言えば済む問題ではありません。「私は大切な存在だ」「ここにいて幸せだ」と子ども達が思えるような環境を、家族や地域の大人達がどう作っていくかが大切なのです。

 だから、単純に「『出会い系サイト』はダメだ」「そんなところにすぐにアクセスできる携帯はダメだ」としか思わないし、そうしか言えないのです。

 私の高校時代の友人が、携帯電話を子どもから言われて、やっと持ったのですが、その子どもが少しも携帯電話で電話してこないというのです。その子どもたちは、お父さんに、「だから、ケータイメールしてきて」(実際にその親子の会話も直接私は聞きました)というのですが、お父さんには判らないことなのです。私にも、何度かケータイ電話してきても、私はいつも出られない時間と場所でした。あるとき、朝私が急いで歩いているときに、ちょうど柳田公園を歩いていたのですが、そのときに、携帯電話があり、私が「今はとても電話では話していられないから、ケータイメールをくださいよ」と言ったのですが、彼は、これじゃ息子と同じだと思ったらしく、それからは何の連絡もくれません。よっぽどケータイメールが嫌らしくて、その後は年賀状もくれません。

 いえ、私には、この感じの友人が何人かいます。もうこうなると、私が和紙の手紙を出しても取り返しがつかないようです。彼には、私の、ケータイメールも和紙の手紙も、インターネットもホームページも、私がよく喋る漢詩のことも、三派全学連のことも、すべてが嫌なことのようです。

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 SHIROのポメラ日記 に 以下のUPがありました。

   [子どもと携帯電話]出前講座「中学生と携帯電話」
   [子どもと携帯電話]本当に来て欲しい親は…

 そして次の言葉におおいに頷いていました。

e0bf94e9.jpg「負けないのが大事なのではない。負けたり失敗したりしながら、自分の人生を大切に生きることが大切」

「今は生涯学習の時代で、勉強は一生続く。高校や大学で人生が決まる訳じゃない。勉強したいと思った時が勉強する時」

 私は、「携帯電話を学校へ持ってきてはいけない」とか言い出す前に、こうしたケータイに関する学ぶ場が学校で必要だと思います。
 少し前までは、学校でもパソコンに関する論議がありました。もうパソコンが駄目だという論議がものすごくありました。でも、もはやそうしたことはなくなったようです。それにパソコンを使えない私たちの世代は、もう学校を去っている段階です。
 それが今はケータイなのでしょうね。私の姪(兄の娘)の二人の息子は、今中1と小4ですが、二人ともケータイを持っています。それで私にもケータイメールをくれます。
 私はこの二人にも和紙の手紙を書いています。二人は、私が常にパソコンを使っているから、こうして手紙も書くんだと思っているはずです。

 思い出します。私の娘が中学生の頃、その中学へ行くと、パソコン教室があり、パソコンが一クラスの人数分30台とプリンタが15台列んでいました。でもその教室には鍵が常時かけられており、外から見る私には、ただただ綺麗に整然と機器がならんでいただけです。
 そうですね。その頃もよくお酒を私が買っていました我孫子の春日やさんでは、店内にあるパソコンのキードードをみんなが手あかがついて黒くなるまで店主さんが許さなかったようです。これは実に正しいことです。綺麗に整然として、誰もその部屋に入れないなんて、もうどうしようもないことです。

 思い出せば、その頃のパソコンの授業のテストがありまして、それはたしかMS−DOSの用語が列んでいたかと思います(もうくだらないから覚えていないよ)。私は「こんなのパパはできないよ。こんなのペーパーテストでできる必要ないよ。実際に手でパソコンが操作できることが大事なんだ」と言ったものです。
 二人も娘も、そんなテストのくだらなさを判っていました。でも、そういうテストでも満点を取る子がいるようでした。ものすごい記憶力です。
 私が、ある授業でやっていた環境問題のことで(私が見学しました)、「参考になればいいと思いました」と各新聞のその環境問題に関する記事をA4用紙に10数枚プリントして娘から、その先生へあげたことがあります。ぜひパソコンで、こういう記事を画面上で見られることを知れば、生徒たちは、パソコンとインターネットの有意義さと環境問題への深刻さが少しは判ると思ったのでした。
 でもその先生からかえってきたのは、もちろん感謝の声もありましたが、まず第一に「お父さんがわざわざこれを打ってくれたのか?」ということでした。私はもうあきれかえったことを、よく覚えています。
 でもこれは1992年のことです。もうそれから17年が経過しているのです。でも今度はケータイでも同じなのでしょうね。パソコンに関して、あれほど反感を持っていたとしか思えない人たち(やその同類者とその後輩たち)が、今はケータイにも同じ目を向けているのです。

 私は圧倒的に学生運動(というか革命運動のつもりでしたが)をやっていましたが、その時代の仲間友人たちも、今はほぼパソコンには苦手意識ばかりで、インターネットにも精通しようとはしません。ましてこのケータイも同じです。携帯は、あくまで電話で会話する道具だと思っていまして、インターネットで調べものをしたり、ケータイメールで会話するなんて、思いもよらないようです。
 むしろ学生運動もやならかった人たちのほうが、けっこうやってくれています。60代後半、70代、80代の方がやってくれていることが、私には大変に嬉しいです。それらの年代の方ともケータイで交信できることは、私には嬉しいものです。

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99cd6040.jpg 今手紙を書きました。今年の1月31日から、和紙で手紙を書き始めました。それ以前は、ビジネス上の手紙も私的な手紙も、みな同じ用紙にプリントしていましたが、この日から変えたのでした。
 やはり私的な手紙は、それらしい内容で、また別に書こうと思ったものなのです。だから、プリントする用紙も、和紙をいくつも用意しました。
 そして最初から、その和紙は、相手には同じものでは送りません。それに必ず封には綺麗なシールを貼り、必ず記念切手で送っています。でも、この12月が一番手紙を出していませんね。
 仕方ないよなあ。
 また別な和紙をどこかで探さなくちゃいけいですね。
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 私は今年の2月から、娘二人に和紙にパソコンでプリントした手紙を出しています。
 この手紙を書くことになった最初は、昨年の3月25日に、次女は結婚式があったのですが、その前の1月末から、次女は彼の自宅へ泊まって朝早く柏まで通いました。大変だったのですが、そうする必要があったのです。私と妻はその前年の1月9日から、この王子の家に来ていました。
 それで、私は次女に我孫子の自宅へ来た手紙をすべて、ここ王子へ転送し、それを私の手紙を添えて次女の木更津へ送っていました。
 それで、次女が実際に結婚してからも、私は次女に手紙を送り続けました。
 そうしたら、長女が、「ブルータスに何を送っているの?」というので、「手紙だ」というと、「私にはないの?」というので、おはぎにも書くようになりました。でもおはぎは同じマンションでしたから、ポストに入れる必要はありません。
 今年2月からは、ビジネス上の手紙は普通のA4用紙に、私的な手紙は、すべて和紙でプリントするようにしました。
 今年2月からきょうまでで、次女ブルータスには68通、長女おはぎには65通の手紙を書いています。
 実は、孫にも絵はがきを書いています。綺麗な絵はがきですから、見て面白いと思うのですね。そしてそのうちに字が読めるようになったときが、実に私が嬉しい思いだろうと、今から思っています。

 それで、この娘二人には、ほぼA4で1枚プリントしていたのですが、その内容に漢詩の紹介をするようになりまして、A4で2〜5枚送るようになりました。
 でもおはぎに送っていましたら、「つまらないから」と言われてしまい、今は次女ブルータスに送っています。
 でも、これでブルータスからも拒絶されたら、どうしようかなあ。誰か、二人の友だちに手紙を送ろうと思うのですが、おはぎからは、「そんな迷惑なことはしないで!」と強く言われています。
 私が今まで送ったのは、以下の通りです。

おはぎ
08年09/23 黒澤忠三郎『絶命詩』、佐野竹之助『出郷作』
08年09/24 陶淵明『責子』
08年09/26 李白『螢火』、白居易『春風』
08年10/01 江馬細香『自述』
08年10/07 李白『相逢行』
08年10/09 李白『子夜呉歌』、李白『贈内』
08年10/11 曹丕『釣竿』
ブルータス
08年10/15 杜甫『登癲
08年10/19 李白『子夜呉歌』
08年10/22 李白『螢火』、白居易『春風』
08年10/27 源実朝『短歌」
08年11/05 三好達治『甃(いし)のうへ』
08年11/11 金子みすゞ『さびしいとき』、『與謝野蕪村の詩』
08年11/21 曹操『短歌行』
08年11/26 ヴェルレーヌの『落葉』の原詩

 でももし、私からこうした漢詩および詩歌の手紙が欲しいという方は、私あてに連絡ください。私の娘に、「ほら、こんな多くの人が求めているんだよ」といいたいと思うのですね。

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 私がちょうど1月31日より、私的な手紙に関しまして和紙で手紙を書くようになりまして、昨日夜で136通目の手紙をポストに入れました。もちろん、ビジネス上では文書は印字していくつも送っていますが、これは私的な文書をその相手本人に送っているものです。
 一番多くの手紙を書いているのは、私の娘二人あてです。娘二人には各14通の手紙を書いています。すべて違う和紙で書いています。ただし、ほぼ手紙の数はA41枚ですね。他の方には、数枚書いている方も多いです。多い方は5、6枚書いています。思えば、私も一体何を書いているんでしょうね。思えば、自分がパソコンで書いているわけですから、読み直してみれば、何を書いているのか判るわけなんですが。
 でも思うのですが、私は女性に手紙を書くほうがいいのですね。もちろん、男性の友人にも手紙を書いていますが、男性のほうが少し緊張してしまうのです。女性のほうがかなり楽な気持で書いていけます。
 私の姪や、姪の子どもたちにも書いています。姪のみーねえの息子たちは、今中1と小4です。すぐにケータイメールの返事をくれました。とっても嬉しかったです。
 私の孫のポコ汰も早く字が読めるようにならないかなあ。
 そうですね、きのうある方に書いた手紙に私は次のようなことを書きました。

 でもね、この和紙を使って出した手紙を、「こんなに高い(値段のこと)用紙でもったいない」なんていう人がいました。もう私は信じられないのですね。はっきりいえば、それこそ安価な用紙でも手紙は出さないし、無料に限りなく近いメールもケータイメールも出さない人なのですから。
 こんな今よりも、もっと紙を使うこと、手紙を出すことが高価だった時代にも、アベラールとエロイーズは手紙をやりとりしたし、阿仏尼は「十六夜日記」を書いたのです。それを今になって私たちが、どんなに男女の手紙のやりとりが大事なものか、年老いた阿仏尼が街道を旅しながら、文書を書いていくことの大切さを知ることができるのです。

 私の姪のみーねえの二人の息子たちも、私がこうして手紙を書いてくることを、「パソコンをよく使えるおじさんだからこそ、こうして頼りをくれる」と思っていてくれることでしょう。それは本当にその通りなのです。そしていつも二人のことを私が思い出していてくれる、その私の娘、おはぎとブルータスのことも(この二人の子たちは、二人のおねえさんと思っているのです)、そしておはぎの子どものポコ汰のことも、いつも思い出してくれているでしょう。それがとっても嬉しいのです。
 私はこの二人にケータイメールも出します。私の娘たちもケータイメールで交換しているようです。やがては、私のポコ汰もそれに加わります。
 思えば、早くポコ汰にも手紙を書いたり、ケータイメールを出したりできるときになってほしいものです。

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08022204 私の 周の掲示板 に次の書込みがありました。

有難う御座います  投稿者:小泉  投稿日:2008年 2月22日(金)10時19分54秒
 迂闊でした。ついつい無用心に書き込んでしまいました。
ご配慮感謝します。
手紙の良さを再認識です。

 本当に今は、メルアドは決してどこでも露出しないほうがいいです。
 今は多くの人が、ホームページでも名刺でもそこには、どこでも使えるウェブメールを入れておいて、メインに使うメルアドは手書きで教えるなんていうやり方をしていますよ。私のメルアドの一つは実に500入ってきて、95%がスパムです。これは私は毎月500円支払っているのです。
 でもやめるわけにいかないのですね。だって、ずっとそれにしかメールをくれない友だちもいるのです。
 それから私のホームページのアドレスは実に一日150くらいのスパムが入ってきます。ただし、これは欧文ばかりのスパムです。150に一つくらい読める日本語のメールがあります。
 あとは、ウェブメールでヤフーメールを使っていますが、2割くらいがスパムメールで、1%くらいが必要なメールです(一日300くらいのメールの数です)。ただし、これは管理がしっかりしていますから、そのほかの広告等のメールはすべて排除してくれます。
 なんといっても、グーグルメールが一番信頼できます。でもときどき、必要なメールも削除フォルダに入れてしまうことがあるので、私が気をつけなければいけません。でもいったん、「これは必要なメールだよ」と判定しますと、もう2度と間違えません。
 あとそれからケータイメールがなんといいましても、便利です。ただし長文が出せませんので(分割すればいいけれど)、そのときはグーグルメールで出します。

 それと手紙ですね。ビジネス上の手紙は今まで通り、普通の洋紙にプリントしていますが、友人や娘、親族等には、和紙で書いています。たぶん、このまま書いていくと、2月だけで100通近くなりますね。ただし、和紙がね、今使っているメーカーのはすべて使ったので、他の会社のにしようかなあ、と今迷っているところです。
 いえ、季節のもので、例えば、今は「迎春」とか「楓」なんて使いにくいじゃないですか。「迎春」はせいぜい2月はじめまでで、「楓」は秋だと思うのですね。
 小泉さんには、「末広」と「紅梅」で送りました。梅の花もよく見かけますね。そちらの我孫子の露地を歩いていると、「あ、ここにこんな小さな梅の花がある」なんて見つけることがありますよ。
 たぶん、もっと大勢の方に手紙を出していきます。

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