将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:唐獅子牡丹

12072307 私は『源氏物語』はいつも限りなく「退屈さ」を感じてしまうのです。
 でも同じく、同じ平安時代の藤原頼長なんか、私にはわけが分からない、面白いと感じられないのです。
 私は、昨日の「日の丸土建」での私のA4チラシに以下のように書きました。

残念なことに、それらの女性陣より、はるかに時代のあとの悪左府頼長の日記は、漢文で書かれており、私にははるかに遅れていた(内容はまた別なのだが、いや内容も面白くない)ものに見えます。

 藤原頼長は、実に長く文章を漢文で書いています。女性のようにはかなを使うわけには行かなかったのです。彼の日記『台記』には「男色」が当然なように書かれています。私はこれが嫌なのですね。
 井原西鶴『男色大鑑』のことで、私は次の中で書いています。

  吉田秋生『BANANA FISH』

「葉隠」でいう「忍ぶ恋」というところの愛は実は男色のことなのですが、これは理解できる気がします。

 日本紀愚眼にのぞけば、天地(あめつち)はじめてなれる時一つの物なれり、形葦芽の如し、是則(すなわち)神となる、国常立尊(くにとこたちのみこと)とまうす、それより三代は陽の道ひとりなりして衆道の根元を顕はせり、天神四代よりして陰陽みだりに交はりて男女(なんにょ)の神いでき給ひ、なんぞ下髪(さげかみ)のむかし、当流の投島田、梅花の油くさき浮世風にしなえる柳の腰、紅の湯具、あたら眼(まなこ)を汚しぬ、是等は美兒人のなき国の事欠ける、隠居の親仁の玩びのたぐひなるべし、血気壮の時、詞(ことば)を交はすべきものにあらず、総て 若道の有難き門に入る事おそし、(井原西鶴「男色大鑑序」)

「唐獅子牡丹」において最後の殴り込みに健さんが出かけると、街角で池部良が匕首を持って待っています。そして同行することを申し出ます。健さんは目で挨拶して了解します。そして二人は死出の旅に出かけます。私はあの二人の道行が「男色」の基本的なものなのように思っています。このことを「葉隠」でも井原西鶴でも言っているように私は思っているのです。

 ただもう一つ言っておきたいのです。私は紫式部『源氏物語』」のことでで次のように書きました。

『エプタメロン』 フランスの王族のマルグリット・ド・ナヴァル(女性)によって書かれた。私は話が嫌でまともに読めません。14世紀の成立。

 このものがたりには、エロチックでも何でもなく、近親相姦が描かれているのです。もう読んでいると、私は嫌になるばかりです。
 古典にはこういうものが多い、いや多すぎるように思いますね。

  「紫式部『源氏物語』」のことでの3へ

12051803  やくざ映画といえば、なんといっても高倉健でしょう。そしてその高倉健が主演した「昭和残侠伝」シリーズで、最後の殴り込みのシーンで必ず流れるのがこの歌でした。

曲名    唐獅子牡丹
作詞    水城一狼
        矢野  亮
作曲    水城一狼
編曲    白石十四男
 唄     高倉  健

一  義理と人情を  秤にかけりゃ
    義理が重たい  男の世界
    幼なじみの  観音様にゃ
    俺の心は  お見通し
    背中で吠えてる  唐獅子牡丹
二  親の意見を  承知ですねて
    曲がりくねった  六区の風を
    つもり重ねた  不孝のかずを
    なんと詫びよか  おふくろに
    背中で泣いてる  唐獅子牡丹
三  おぼろ月でも  隅田の水に
    昔ながらの  濁らぬ光
    やがて夜明けの  来るそれまでは
    意地でささえる  夢ひとつ
    背中で呼んでる  唐獅子牡丹
四  白を黒だと 言わせることも
    しょせん畳じゃ 死ねないことも
    百も承知の  やくざな稼業
    なんで今さら  悔いはない
    ろくでなしよと  夜風が笑う
五  親にもらった  大事な肌を
    すみで汚して  白刃の下で
    つもり重ねた  不幸のかずを
    なんと詫びよか  おふくろに
    背中で泣いてる  唐獅子牡丹

  映画の最後に健さんの花田秀次郎が一人殴りこみに行こうと夜道を歩いていくと、街角で池部良の風間重吉が「ご同行ねがいます」といってとなりに並んで歩きます。健さんは目で挨拶するだけです。私たちは池袋の文芸座で一緒に声を出して歌い出していたものです。
  この歌が一番仁侠の歌としては歌われることが多いのではないでしょうか。私は四番の歌詞を歌う高倉健の声が一番思い出されます。また三番の

    やがて夜明けの  来るそれまでは
    意地でささえる  夢ひとつ
    背中で呼んでる  唐獅子牡丹

は何かのときにいつも心に浮んできました。昔こんなことを書いたことがあります。

    たとえ「あしたのジョー」が「乾物屋のジョー」になったとし
  ても、背中の唐獅子には嘘をつけないから、夢ひとつ意地でささ
  えるのだ。

 ちなみにこれは、漫画の中であしたのジョーは白石葉子に惚れているのだが、現実の世界では紀子(彼女の実家は乾物屋)と一緒になったほうが幸せだろう、だがそうはいかないのだ、ということにあります(漫画では、紀子はマンモス西と一緒になり、ジョーはリングで燃え尽きてしまいます)。
  背中の唐獅子と、夢がいつもいつも問題なのです。(1998.11.01)

12030403 どうしても保存ができないのは困ったことです。

2012/03/05 05:27どうしても、このポメラを書くのはリビングでと思いまして、ここへ来ました。
2012/03/05 05:45いやどうしてもこのポメラをパソコンのそばで打ち出したのですが、はやりリビングでテレビをつけて、そのそばで書いています。
 そういえば、パソコンでインターネット等に書き込むのはいいのですが(そのほかはメールを書きます)、何故か保存ができないのです。とても困っています。もちろん、書き込みはできるわけですから、ほかから見れば今まで通りなわけですが、私には大変な事態です。
 このところブログ書き込みがあまり活発とはいえないので、少しはりきらなくちゃあな、と思っています。
2012/03/05 06:32今はこのポメラをこうしてリビングで書けるのはいいですが、まだまだやらないといけないなあ。どうしても私はやり切れていないですね。
2012/03/05 07:42もう「周のIS01ブログ」はUPしていますが、このポメラはまだなのです。
2012/03/05 08:00今少しうたたねしまして、そのとき夢をみまして、「唐獅子牡丹」の歌を聞いていました。唄が高倉健さんの声では「少し違うな」と思ったとこで目が醒めました。健さんの唄は私はいつも聞いているのです。たしか5、6年前にiPodに入れていたと思いますね。それで聞いていたのでした。
「カーネーション」が夏木まりですね。彼女は私より二歳年下だと思いました。
 なんか、早く終わってしまったなあ。
2012/03/05 14:06またこうして新しい時間になりました。
 このままで、やっていくことは大変なことなのですね。
 上に書いていた「カーネーション」を昼にも少し見ていました。
 明日は、じゅにに会いに行きます。そのことだけが私には今楽しいこと、嬉しいことです。
2012/03/05 14:58明日じゅにに会いに行くことばかり考えています。じゅにと会って、ブルータスと話したことを、帰りの妻やおはぎのメールに書くことが楽しみです。私もケータイメールは最初は慣れなくて、おはぎに怒られていました(これはおはぎがいけないのではなく、私が非常にケータイメールがひどいものにしか、書けなかったのです)。

 また私はケータイメールをちゃんと書けるようにしていきます。

11122209 もうすっかり暗いです。早いものだなあ。

 私のブログは、この京葉線の中でのUPで、けっこう「周のIS01ブログ」が増えていますね。とはいえ、どうしても、これは大量には打てないですからね。
  もう今は17時16分です。神田です。早いなあ。
  もう数ヵ月前に、この京浜東北線で、苦みばしったいい男(ズボンはダボズボンでした)が、席に座るなり、私の今のようにスマートフォンを取り出して入力しだしました。私は、「見ろ、いい男はゲームなんかやらないで、文書を書くんだ」と思い、そのまま行く中、私は降りる王子になって、見まいとは思いましたが、つい降りぎはに、彼のそのスマートフォン(と思う)の画面をチラッと見ました。ああ、そのときほどショックなことは、ありませんでした。その苦味ばしった男のその機器の画面には、…ゲームの画面でした。 そのときは、私はもうショックでおかしくなりそうでした。

  でもでも今も同じことがあります。私の目の前にいるダボズボンの男は、一見怖い顔をしていますが、でも驚くほど実に優しい。
 たぶん、耳から聞いている音楽は、今も「唐獅子牡丹」だろう、……なあ。

  もう家にいます。たくさんやることがあります。

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