将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:団塊の世代

13101906  今日はまごころ会保育園の運動会です。ポニョ、ポポが頑張るのです。昼からはポコ汰が来ます。ポコ汰はそれまで土曜日なのに授業があるのです。

2013/10/19 09:11もう運動会が開始して、もう12分になっています。紅白の運動会なのですね。
  もうとっくにポニョはみつけましたが、ポポが分からないのです。
  これで今私は札幌での幼稚園での運動会を思い出しました。その前の秋田の幼稚園・保育園での運動会は思い出せないのです(すこし思い出せるか)。でもとにかくただただ子どもが多かったです(私は団塊の世代だからか)。
2013/10/19 09:39もうこうして小さい子が頑張っていると嬉しいですね。
  さきほどポポが青い帽子をかぶってママとばあばのそばにいるのが見えました。
2013/10/19 09:52ポポがおはぎママと玉入れをやったのですが、そこを見ていて、昔のつくしの保育園での運動会を思い出しました。もうポポの顔はあのときのおはぎママとそっくりなのです。もう懐かしく思い出します。
2013/10/19 10:04今綱引きが終わりました。また今は次の競技です。
2013/10/19 10:18今はトイレへ行って来ました。
2013/10/19 10:21この競技もすごく綺麗です。いいなあ。
2013/10/19 10:28この方は昨年80歳と、この運動会のブログで言いましたが、だから今年は81歳なのですね。私なんかよりはるかに若いです。
  私のそばで「ポニョガンバレ!」というおはぎママの声があります。
2013/10/19 10:56いいなあ。こうして保育園の運動会は先日のじゅにの運動会もそうでしたが、実にいいです。実に楽しいです。
2013/10/19 11:16もうお昼ご飯の時かなあ。
2013/10/19 12:33お昼を食べて、今はポニョがソーラン節を踊っています。ものすごくいいです。13101907
  今度はポコ汰が卒園生として走ります。
  もういいレースでした。
2013/10/19 12:55今は父母たちの綱引きです。結構な迫力があります。「もう綱が切れそうだ」ということで1対1の引き分けになりました。13101908
2013/10/19 13:08もう終わりです。最後の終了式です。
  あ、閉会式というんだ。
  遠くからでも、ポコ汰のシャツは目立ちます。
  そのあとでポコ汰が小学校の仲間と5人くらいでかたまってやっているのをみて、「もうじいじは入れないのだなあ」と思って、少し寂しい思いでした。
  最後の園歌です。でも私は我孫子のつくしの保育園の園歌を思い出しました。
2013/10/19 13:59今は成田線でもうすぐ江戸川を越えます。あ、もう越えたのだ。もう松戸なのです。
  その松戸です。
  雨が降らなければいいなあ。もちろん傘は常時持っていますが、さしたくないよねえ。
2013/10/19 15:48今は松戸です。13101909兄莞爾には会ってきました。私が思いこんでいたよりは元気に思えました。もうこんなものなんだなあ。
2013/10/19 15:54こうして兄に面会できて嬉しいです。これでもっといろいろとやってみたいな。いや兄にはもう手紙書いても駄目なので、難しいのですね。
2013/10/19 18:41今は王子の家でビールを飲んでいます。
  今日は二人(ポニョとポポ)の保育園の運動会が良かったし、午後来てくれたポコ汰も良かった。ポポがもうあちこちで可愛がられ、ポニョはもう実に綺麗な女の子で嬉しいです。でもポコ汰は他の男の子たちとゲームの秘密(?)みたいのを男の子5人くらいでやっていて、もうそこに入っていけない私はすごく寂しいです。

13101910 私は自宅へ帰って、弟にも電話しました。兄の具合を私が感じたことを報告したのです。

11091604 そういえば、一昨日このホームページのアクセスカウントが10,000を超えました。たしか一昨日の7時頃ではなかったかな。ちょうど昨日ここに書いた騒動で、事務所でいろいろなことをしていたときで、なんだかしばらく気がつかないまま、あるとき画面を見てハッとなりました。カウントが1万を超すときには、さぞかし感慨深いことだろうな、なんて想像していたのですが、なんだかそれどころではなかったのですね。
 あらためて、ここへ来てくだされた方にお礼をいいます。毎日伸びていくカウントの数にどんなに励まされたことでしょうか。それと私のホームページをリンクしてくれた数々の方々、ありがとうございます。またそのほかさまざまなことを教えていただいたたくさんの人、たくさんのホームページがあります。みなすべてに感謝しています。
 思えば、ただ酒を飲んでところ構わず詩吟と軍歌を詠うことくらいしかしてなかったような私も、どうやらこうしてここまでホームページを作りあげてきました。私と同じ団塊の世代の仲間たちにもけっこういい刺激を与えてきたかと思っています。とにかく愉しくやってきました。
 今後は、このままテキスト面で充実をよりはかることと、そのほかいくつか考えています。私のホームページの各ページはごらんのとおり、かなり空いている部分がありますよね。そこをどう使うかということは、実は最初の最初から考えていました。それを少しずつ実現します。
 それと、私のホームページはまったく音が出ません。これもいつか実現したいことなのですね。これまた最初から考えていました。私のホームページを開いたときに、「昭和維新の歌」や「ワルシャワ労働歌」が聞こえたり、あるページでは私の詩吟が聞けるのはいいでしょう(みんな嫌がるかな)。
 そういえば、このところ自作パソコンのさらなる進化(4台目、5台目を作ること含めて)に手を染めていません。なんだか、いろいろなことに追いまくられているからです。明日もあさっても忙しいしなあ。実は私の作りましたパソコンは音源は充実していません。だから上のホームページに音を出すのも、まだまだの目標なのです。まずは音源周りを解決していきましょうかね。 今後もまた突き進みます。やり抜きます。

 このところ、そうですね。昨年12月くらいから、パソコンとインターネットに関して、平均して1日に1件くらい相談を受けます。「パソコンを買いたいのだけど、何がいいのか判らない?」というのから、「ホームページを開きたい」というようなことまでさまざまです。かなりな誤解もありまして、驚いてしまうことも多々あります。何故か必要もないのに(かつ本人も判っているはずなのに)プロバイダ二つに加入してしまった人。いつメール出しても、なぜか相手につかないと言われる人。いくらやってもインターネットにアクセスできない人、とさまざまです。
 そのほか、部下にパソコンを安く自作してもらったのに、家に持って帰ったら息子にとられてしまった人(息子のはもっと高いパソコンだったので、息子に交換を持ちかけられたらしい。当然得しているのは息子)。とにかく娘が家に帰るなりインターネットにかけ放題で、それが心配な人(これは二人いまして、一人は電話代が心配。一人はタイタスなので電話代はいいのだが、学校の勉強が心配)。
 こうしてさまざまです。ただ言えるのは、私が団塊の世代だからかもしれませんが、私の世代およびその前後で、「パソコンをやりはじめた」、「やっとインターネットで周さんのホームページを見た」、「はじめてメール書きました」という人が人が増えているように思えることです。これは実にいい傾向だな、嬉しいなと思っています。
 また明日も、誰かにきっと聞かれることでしょう。(99/02/22 00:51:41)

11080412   Saturday, November 08, 2003 3:40 AM
萩原様
 橋爪大三郎の「永遠の吉本隆明」を読みました。
 粗末な内容で驚きました。
 まず、3点あります。

1、P50−52 団塊の世代の鈍感さについて「吉本さんの影響力はこうした事態にも、帰結している」

 って、してないよ。愚劣な市民主義者も共産党も新左翼各派も、みんな鈍感だし、オヤジになって鈍感でどこが悪いと思います。
 全能感と無能も、吉本さんとは無関係な話で、読者にそういう人がいても、それまで吉本さんの責任なわけはありません。
 純粋云々も関係ない話です。

2、 P135 「テロリストによる無差別殺人。これは戦争のルール(軍人が軍人と戦う)をはみ出して、丸腰の不特定の民間人を標的にしているから許せないのです。(略)テロははじめから、民間人を標的にして殺そうと思っているから、格段に悪いわけです。
 こうしたテロに反撃するために、戦争に訴えることは正義である。それでこそ、テロを抑止でき、結局、多くの民間人が守られる。いまの国際社会の枠組みは、こんなふうにできているわけです。そのことは吉本さんも知っているし、認めていると思う。」

 太平洋戦争時、米軍は下町空襲において、また、広島、長崎への原爆の投下において、「はじめから民間人を標的にして殺そうと思って」攻撃をしました。「不特定の民間人」です。
 何が戦争のルールですか。寝ぼけた馬鹿話をまき散らすなと思います。吉本さんが、そんな事を認めているわけがないです。

3、 P136 「現実は権力によってでき上がっているからです。」

 って、おい、そりゃどういう「現実」でどういう「権力」なんだ?
 ここまで言うならば、現実とは何で、権力とは何なのかを言ってからじゃなけりゃ、話がはじまらないです。
 私の理解している現実は権力によってだけではなく、色々な物事によってでき上がっています。
 この本で読めるのは、言語美についての所だけです。もっとも、言語美には歯が立たない人ばかりで、みんなが通り過ぎているだけという噂もあります。
 私は、吉本さんは言語美を踏まえて「古事記」「遠野物語」を素材に、そこに言語として表れる幻想を読み解いて行ったのが共同幻想論だと考えています。幻想はそのものとしては扱えないため、表出に痕跡をとどめたものからたどるしか方法がなかったと思います。
 国家が共同の幻想だというのは、国家の根の深さを見据えた議論です。私は背筋が冷える思いを受けます。
 逆立については引っかかるのが当然で、逆立しないなら、吉本さんは愛国少年のままで大人となり、優秀な化学者として生きれば良かったはずです。

 何か、橋爪大三郎って、薄ら馬鹿でしたね。中身がないです。 目森一喜

   Saturday, November 08, 2003 5:50 AM

 粗末な内容で驚きました。

 私はまず、ただただ電車の中で夢中になって読んでいました。なんだか、一気に最後まで読んだ思いです。帰宅したら、偶然長女も帰ってきており、二人で遅い夕食になったのですが、本を読みながらビールを傾けている私を見て、「食事のときくらい、本を読むのはやめたら」と言われたものです。私はただただ最後まで読みたかったのです。
 全般的に、私は、いわば吉本さんに関する総整理みたいな感じで読んでいました。「うんうん、これはその通りだな」なんて頷いていました。とくに、あなたが言われるように、「言語にとって美とはなにか」の整理解説は良かったです。もっとも、これは誰でも書ける内容のように思いますが。
 それと私が読んでいて、頷いたのは「『心的現象論』はなぜ未完なのか」のあたりです。「なるほどなあ」なんていう思いでした。
 ただ、それにしても電話でもいいましたように、私も結局

 何か、橋爪大三郎って、薄ら馬鹿でしたね。中身がないです。

というふうに感じました。吉本さんのやってきた仕事を解説していくと、ただただ感心し、それをいわば肯定的に学んできた自分の姿に気がつくわけなのでしょうが、「あ、このままだとまずいな」というところで、「でも、俺は吉本さんとは違う立場に来たのだ、それはといえば…………」と解説しないと、自分がなくなってしまうと思っちゃうのでしょうね。そこで、どうしても無理やり何かを言い出します。そこがもし「あ、これはこの通りかもしれないな」と思わせるだけのものを言ってくれればいいのですが、もう非常にくだらなく馬鹿な内容しか言えないのです。
 でも、そうは言っても、だから今も大学の先生なんでしょうね。もしも、ちゃんと、吉本さんのように、いろんなことを学ぼうという姿勢を貫けていたら、大学なんぞの場には居なかったはずなのです。

 吉本さんを読んできたのは、団塊の世代が多いように言われますけれど、それはどういう根拠だかしらないのですが、その上の世代も、ずっと下の世代も読んでいる人は読んでいるし、読まない人は、私たちの団塊の世代でもそれこそいっぱいいますよ。橋爪が自分を含めた団塊の世代を「鈍感」というのは構わないのですが、もっと世代論でいうのなら、違うことも見ておいてほしいと思うんですね。私のいろいろつき合う企業の私と同じ世代の経営者のなかで、先日こんなことを言った人がいます。

   今の40代は使いものにならないね、30代後半も駄目だ。も
  う会社としては、そのさらに下の世代をもっといろいろと活用し
  ていこうと思っている。

というのです。いえ、これは会社のなかでのIT戦略のなかで、もうその世代は「駄目なのが多い」という思いのようです。むろん、自分たちの世代なんかごく少数を除いて論外なようです。
 思えば、このことはまた別にホームページ内で書いていきたいなあ。

 とにかく、私はこの本は面白くて一気に読みました。だが、あなたが指摘されたところは全くその通りです。
 やっぱり彼は、「俺のことを権力側も使ってくれれば、いいアドバイスができるのになあ」なんて思っているのでしょうね。判っていないですよ。たしかに「権力」ということなんか、まるで判っていないでしょうね。
 彼は、戦争にしろテロにして、その下で血を流し苦しむ民衆の中に自分の姿を入れて考えることができないのでしょう。「テロを根絶するための正義の戦争をしなくちゃいけないのだ」ということなんでしょうが、テロでも戦争でも、その下で苦しむ人間への視線が全然ないのです。ここが吉本さんとおおいに違うところです。
 単純なことですよ。「テロも戦争もよくないのだ」というべきなんです。やはり、シモーヌ・ヴェイユに吉本さんが注目してきたことがよくよく判る気がします。どうもメールをありがとう。萩原周二
(第172号 2003.12.01)

11060904 先週話した中で、けっこう注目を集めたことをいいましょう。ただし、これはまた別に深く書くつもりではいます。

 私はいわゆる世代論というのがあまり好きになれません。その相手を判断するのにその世代一般に語られるイメージで判断してしまう方法です。私たちの世代は、「全共闘世代」とか「団塊の世代」と言って、ひとくくりに見て判断されることが多々あります。「全共闘世代は好きになれない」というような言を私たちの下の世代からよく聞きます。全共闘世代というのは、

  とにかく数が多くて、大変な競争社会を生きてきて、ビートル
  ズに憧れ、長髪で、大学では全共闘として暴れたが、社会ヘ出る
  と、いい会社へ入って、バブルの時代を作ってきた。「俺たちは
  社会に対して闘ったのに、若いお前等は何もやらない」と言って、
  飲み屋で説教ばかりしている。

というようなイメージなようです。私はいつも、「何を決めつけているんだ」という思いで、

  俺なんか、数が多かったのはその通りだけれど、ビートルズな
  んか少しも好きじゃないし、高校も大学時代もずっと坊主頭だっ
  たし、歌は詩吟と軍歌ばかり唄っていた。全学連も全共闘も面白
  いからいっぱいやったけれど、いい会社へ入れなかった(成績よ
  くなかったし)ので悲惨なところばかりで生きてきた。飲み屋で
 若者を説教することなんか、その相手がいない小さい会社ばかり
 だからできないよ。俺たちも若いとき、好き勝手に生きたのだか
 ら、今の若い人も好きにやればいいんじゃないの。

とくらいしか言うことがないです。私は、相手を見るときに、その相手のさまざまところすべてを見て、かつ相手と話してみて、ようやく相手の少しだけが判るものかな、なんて思っています。

 ところがこういう考えの私なんですが、相手を、その世代からくらいしか考えるしかないときがたびたびあります。
 それは、誰かの紹介で、コンサルティングをするときです。紹介してくれる人が、「とにかく会って相談にのってあげてよ」というだけで、一切その会社の情況が判らないことがあります。本人にまず電話をすればいいのですが、さらに、本人は何も知らず、その奥さんや家族からの相談ということもあります。私は「せめて会社名くらい教えてよ」といい、それで仕方ないから、帝国データバンクの情報くらいは仕入れることがあります。でも、これが実に当てにならないのです。そこにある情報では、優良会社になっていて、普通なら、「これなら別に相談することもないな。別に会社は困っていないじゃないか」と思える感じなしかないのです。
 さて、そこであと私が考えるのが、世代論なのです。その問題の社長がいつ生まれたのか、そうするとその親の世代はいつなのか、ということのみで、私は最初のコンサルを展開するしかないときがあるのです。
 これはその相手の社長のみならず、「この頃雇っているアルバイトの質がよくない、どう指導したらいいのか」というような問いのときにも、必ず詳しく情況を聞くわけですが、もうなんの情報が私にもたらされていない場合にも、私は、なんらかのことを喋らないとならないのです。そんなときに、その会社
の業種、その会社の存在する地域なども大事な要素ですが、そのアルバイトさんたちの世代を聞くことも、なんらかの大きなヒントを与えてくれるものなのです。
 このことは、実に面白い話でもあります。それで、先週おおいに聞いてくれた方々がいるわけなのです。
 ちょっとここでは、書ききることができませんので、またこのメルマガで書いてみます。

「私の孫のじゅにが原因の分からない病気で入院しています」へのコメントへのあおぞらさんのコメント へ再びあおぞらさんから、次のコメントをいただきました。

1. Posted by あおぞら   2011年06月03日 07:27
 お孫さん快方に向かわれたとのこと、本当に良かったです。心配されるお気持ちがよく分かります。私自身、孫のことは子供以上に気になるものと日々感じています。存分にお酒をめしあがって下さい。私も六十一。団塊と言われる世代です。赤坂という人に付いてお書きでしたが、過去を神話化、観念化することの馬鹿馬鹿しさは私も感じるところです。その種の位置で人を見、物事を論じることの愚かさに気付かせてくれたのは、学生の頃に接した吉本隆明さんの著作だったように思います。都市的知性等々に違和感を持つ田舎出の学生に、「お前は間違っちゃいないさ」と著作の中で言ってたのは、当時も吉本さんら、ほんの一握りの人々だったと思います。適切に抜粋された吉本さんの著作、時々読ませて戴いております。私にはご紹介できるほどのものはなく、拝見するばかりですが、また時々訪問させて戴きたいと存じます。ご家族とご一緒にお元気な日々を―。

11060602 赤坂さんのように言われることはもう私は辟易しています。平気で「学生時代は暴れたかもしれないが、社会に出ては、企業戦士になって・・・」なんて言い方は、実にあちこちで言われました。本当に「企業戦士」とかになりたかったものですよ。ときどき、「雇いたいと思ったが、あなたは警察で『雇っちゃだめだ』といわれるいる人なんだ。覚えがありますか」なんてたびたび言われたものでした。
 中には、マルクス主義とか共産主義をとうとうとけなされる人がいて、私は「俺こそが反共主義者なんだけどな」と思っていたものでした。今思い出しても、みなくだらない人が多かったものですね。
 私は「もう履歴書を莫大に書くのが嫌になり(市販の店にたびたび買いにいくこともできなかった)、軽オフセットで印刷したものです」と言ったものですが、そういうとまたみなさんは分からないのですよ。
 私が作成したのは、履歴書をプリントしたものに、さらに私のあまり綺麗といえない字で再プリントするのです。写真はある印刷屋で小さくプリントしましてそれを張りました。だからこの写真はアミ点になっています。それで、これを実はこの履歴書を印刷したものだと見分けられる人は、100人に一人いるかいないかです。どうせ莫大にあちこちの会社へ行くのですから。ただし、これは私が31、2歳の頃です。
 それ以前はちゃんと書いていました。だから実に大変でしたね。

 明日はじゅにのまた大手術の日です。私はまたそばに行きまして、祈っています。今回初めて分かりました。必死に祈ったり、願ったりすることがいいのであり、正しいのです。私もまた明日もじゅにの手術の成功を祈ります。
 吉本(吉本隆明)さんのことは、私はいつも莫大に読むようにしています。いや私は理解も遅いので、とにかくただただ何度も読むのです。
 また明日も私はじゅにのすぐそば(と言っても、すぐそばで会えるいるわけではありません)で、じゅにのことばかり考えて、そして阿呆なじいじですから、涙も流しているでしょう。

きょうは私の満63歳の誕生日です へ笑美さんからのコメント」へ笑美さんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by 笑美   2011年05月31日 20:31
周さんこんにちわ
なんかとても好印象に書いていただいてありがとうございます。
でも私は全然美人ではない上、すっかり年を重ねてしまいました。今は仕事でもなるべく写真や前に出たくないので、新聞や広報は、若い人に対応してもらっています。
また、すみません、私が小学生の時入院していた府中の病院はじゅにちゃんの入院している病院とは違いました。じゅにちゃんが入院している病院は本当に大きいですね。最先端の医療を受けられますね、きっと。よく調べもせずすみませんでした。考えてみたら実家のある八王子から出て、もう20年以上たっていました。
 学生運動のお話を聞くのはなんかなつかしいです。私はお世話になった上司が団塊の世代の方々なので、きっと身近な感じがするのですね。
リーがもう寝ようと迎えに来ました。ではまた、いつもありがとうございます。

11053108 いや、笑美さんは綺麗な方ですよ。年賀状で見ると、娘さんのリーさんも綺麗な娘さんです。
 それから、今も府中は実に綺麗な街です。
 私は昔自分が拘留されていて、かつその後誰かに(たしか御茶ノ水大の友だちと面会に行ったのです。70年秋だったかな。私のことを思い出してくれた看守が逆の側の部屋にいたものでした)面会に行き、そして任侠映画での印象で、とにかく灰色の刑務所の壁しか思い浮かべられなかったので、それがあんなに綺麗な街で、驚いてかなり感激しています。
 府中刑務所は、実に桜が綺麗でいいところですよ。いつも懐かしく思い出します。
 今日もじゅにに会いに行きます。じゅにはまだ生まれて6カ月ですから、なんだかいつも涙になっています。でも娘ブルータスの前であんな顔をしないと、今日はちゃんと決意していきます。
 私の大切な娘ブルータスと大切な孫娘のじゅにです。

 今日も笑顔で会ってきます。

「私の孫のじゅにが原因の分からない病気で入院しています」へのコメント へあおぞらさんが以下のコメントをくれました。

1. Posted by あおぞら   2011年05月30日 08:39
 何年か拝読いたしている者です。
 私にも同じぐらいの孫がいます。
 ご回復を改めてお祈り申し上げます。

 ありがとうございます。昨日は、笑美さんのコメントへレスを書いていまして、次にあおぞらさんにも書く気だったのですが、我孫子湖北の正泉寺へ行かなくちゃということで、「でも帰ってきてから書けばいいや」という気持ちでしたが、意外や意外で正泉寺は、今のじいじの私にははるかに遠いのです。そしていつも、私の弟や、長女おはぎの彼の車に乗せられてきますので、初めて歩いていく私には、遠くて、疲れてしまいました。昨日は、午後9時20分には眠ってしまっていました。
 今日ももちろんじゅにのところへ行きます。

11053017 あおぞらさんは、前々から私の拙いブログを拝見してくれているのですね。ありがとうございます。ただ少し羞かしです。
 同じくらいのお孫さんがいるというと、私と同じお歳くらいかなあ。私は昭和23年5月30日生まれで、そう昨日ちょうど63歳の誕生日でした。この自分の誕生日に私は孫の健康のことを、私の両親にお願いに行ったのでした。
 私の両親は、私が学生運動のことで、大変な目にあわせ、その後社会へ出ても就職のことで、実に大変な思いをかけたものでした。
 よくマスコミ等々で言われるのですが、ああ、ちょうどいい、くだらない文章があります。
 でもインターネットで見て文章を引用できると思いましたが、ないので、できません。赤坂真理という人の文章なのですが、私たちの団塊の世代を、学生運動で大暴れしたが、そののち社会に出ると、ものすごい企業戦士になったと書いてあります。
 実にどこでも言われるのですが、これは真っ赤な嘘です。私も激しく大暴れしましたが、その後はどこにも就職はできないし、選挙権も長年ありませんでした。どこかで企業戦士とかになりたかったものですが、無理でした。
 そもそも、私たちは、高校時代はビートルズに憧れ、長髪で、大学へ行ったらマルクス主義共産主義者になったように言われていますが、私は高校時代大学2年まで坊主頭で(ただし、これは長髪が嫌いとかそういうことではない)、常に詩吟をやっていました。思想は常に北一輝を崇拝尊敬していたものです。
 でも当然に、王子闘争三里塚闘争で戦い、東大闘争安田解放講堂の戦いで69年1月19日に逮捕されました。そのあと、保釈になって、69年9月18日の芝浦工大殺人事件というので、また逮捕起訴されました。
 このことでは、ずっと一貫として、警察にはマークされて、当然就職活動は困難でした。随分前に(数年前ですが)ある大きな調査会社にいた知り合いが、言っていましたが、私なんかは絶対にまともなところには就職はできないようになっていたそうです。これでなんで企業戦士とやらになれるのですかね。
 いや、そもそも赤坂真理という人は調べると、作家らしいのですが、私よりもはるかに若いのに、インターネット上では、わずかにブログを書いています。私はもう嫌になりましたよ。まったく事実を捉えないで、でも自分で簡単にできることもやっていないのです。
 いや実は、私はこの赤坂真理さんに抗議の手紙を書こうと思ったのですが、「待てよ、インターネットではもっと活発なことを書かれているかも」と思い見たのですが、いくつか見ているうちに、この赤坂真理さんというのは、何か事情があって書かれないのかなあ、と思い、もう最初の怒りが消えていたものでした。

 そういえば、お孫さんのいられるあおぞらさんは、インターネット上ではやっておられないのでしょうか。ぜひ拝見したいと思います。

 今日もじゅにには会いに行きます。昨日の湖北正泉寺まで歩いた思い出を語ります。あ、もちろん手紙もじゅにとブルータスに書きますよ。

10070506  私が書きました蜘蛛業このUPにさらに私の思いを書いたのでしたが、また書きたいと思うことがありました。でも私はそのことをすぐに忘れ果て、今になって書くことになりました。

東 団塊の世代も、もう誰はばか10070507る事なく、かつての事をブログなり、何なりで書いてくれるといいのにと思うね。金がかかるわけではないし、影響力があるわけでもない。思い違いでも何でも、書いておくといい。
北 いや、ダメだよ。最近気がついたんだけど、本も読んでなかったし、文章も書けない。ブログなんか出来ないんだよ。そういう情けない年寄りになってしまったんだ。メールひとつ出来ないんだ。携帯電話は、話す道具だと思ってるし、そういう使い方しか出来ない。わかってないんだ。残念でしかたがない。
東 そうかぁ、昔の話が公表されれば、左翼が偉そうにできるような中身なんかなかったのがはっきりすると思ったんだが、そういう話が出て来ない事そのものが、中身のなさを表しているのか・・・あまりに情けないな。
北 情けないよ。もう、今の変化になんか、まったくついて行けてない。取り残されているんだ。昔だったら、取り残されるのは、山深くにある平家の落人の隠れ里ぐらいのものだったのが、今、都会の真ん中で取り残されているんだ。手の施しようがないよ

 本当にこの通りです。都会に住んでいても、ただただ取り残されています。これは大変なことです。
 私は思うのですが、私の父親(大正2年生まれでもう亡くなりました)や私の母親(大正6年生まれで、これまた亡くなりました)よりも、さらに現実とかけ離れていくのが今の60代の団塊と言われる世代や50代じゃないかなあ。いや今の40代も不安です。
 ケータイ電話をただの喋る機器と思っている人が大勢いるのです。もともと手紙も書かないのだから、メールも無理なのです。もともと本を読むこともしてこなかったから、キンドルが出てこようが関係なく今も同じなのです。
 おそろしい事態なのですよ。私は書き言葉と話し言葉なんて言っていますが、このことを話しても実際に理解してくれる方がどれくらいいるのだろうか。いや、若い年代の方は理解しやすいと思いますよ。

08122005 昨日の夕刊で、この記事を見ました。

 日本経済新聞社が「団塊の世代」を中心とした中高年の男女約3000人を対象に、将来の移住先として関心を寄せている地域を尋ねたところ、沖縄県がほかの都道府県を大きく引き離してトップだった。年間を通じて温暖な気候や物価の安さを理由に挙げる声が多く、男女ともに人気を集めた。

 移住に関心がある、または検討していると答えた人は全体の半数近い1532人(既に移住した人を含む)。そのうち沖縄への移住を検討、または関心を持っている人は18.2%で、2位の北海道(5.9%)、3位の長野(4.7%)を大きく上回った。東京も関東を中心に移住希望者が多く、4位(4.5%)に入った。(19日 18:43)

 これは夕刊を読んでいて、「よく分かるな」と思ったものでした。私は沖縄の名護市の辺野古のすぐ近くの部落に居たことがありましたが、実に今思い出しても懐かしいところです。
 それに沖縄は、やはり離島が好きです。でも、この歳になって、実際に住むとなると、本島のとくに那覇市や沖縄市がいいのかもしれないですね。やはり、離島で一日中青い空と青い海を眺めて、泡盛を飲んでいても、やはり都会の本屋で本を手に入れたいよね。あ、でもインターネットを使えば素速く手に入るんだ。これも私の頭を切り替えないといけないなあ。
 沖縄の人は、とにかく飛行機をひんぱんに利用しますが、それもよく判る気がします。

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07123103 私の 周の掲示板 に寅吉さんから、次の書込みをいただいていました。

考える人=地獄門を覗き込む男  投稿者:寅吉  投稿日:2007年12月31日(月)03時56分12秒
 先ほど0時過ぎに帰宅して夕食を済ませました。周さんのブログを初めて拝見してから、毎晩0時過ぎには必ず目を通しています。最初に書き込みしましたが、パソコンを購入してから今日でちょうど3カ月になりました。インストールされていたセキュリティソフトが期限切れになるため、必死で付属の別ソフトをインストールしましたが、2時間もかかったのです。それでも周さんの勧めでブログ開設を夢見ています。いや、どんなつまらない内容でも実現させなきゃ残りの人生楽しめないような気がしてきました。先日、一年ぶりに図書館へ行って本を借りました。\蚕颪両鐚院併核楴景拭豊▲┘灰離潺好箸糧蛤瓠弊症邁)ゲーム理論の愉しみ方(バラシュ)っ狼紊鮖造襦丙監Mァ豊イ曚鵑箸Δ旅佑─ΔΔ修旅佑─糞繁槊缶)
でも私の休日は1月6日からなのです。
周さんの「考える人」の写真を見てこれまた30年以上前に私が見た緑青だらけのブロンズ像が、あざやかに蘇りました。当時は芸術品を雨ざらしにしておいてかわいそうにと疑問に思っていたら、周さんの写真を見たらおそらく定期的に磨いているのですねきっと。何気ないスナップ写真は何よりもいいです。選択した対象物にもその人の意識・無意識が反映されているわけですし、カメラの目線は実は本人の位置が映っていると解釈できるわけですから。こんなこと美術の本で調べてもわかりませんでしたよ。
インターネットのおかげです。
ちなみに「考える人」の芸術性は背中の曲線にあるという人もいました。おいそがしい毎日のようですが、ブログの更新を毎日するというのは、並大抵ではできないことがようやく分かり始めた今日この頃です。写真と同様にネットを通じて、その人柄が映し出されるわけですから、底の浅い人間など表出するものがすぐに尽きてしまうでしょうから。私が周さんに惹きつけられたのは、吉本思想の解釈者というよりは、バックボーンにある経験に裏打ちされた人間性なのでしょう。団塊の世代という言葉は嫌いなんですが、まだまだ諸先輩に教えられること多々あり!

 ありがとうございます。

 選択した対象物にもその人の意識・無意識が反映されている

というのは、本当に、その通りだと思います。これは、文章だけでなく、絵にも大きく言えるわけなのですが、写真というものも、大きく言えることだと思うのですね。私は写真を見るときに、いつも、「この写真」を撮りました、その作者の側の気持を考えています。「どうして、この人は、こういう風に撮ったのか?」「どうしてこの人は、この対象をこういう風に見ているのか?」と考えています。
「なんで、こう見ているのか?」「どうしてこのように考えているのか?」ということを思って、そのときに私こそが思い考えるのです。

 寅吉さんに、ブログの開設を勧めましたね。是非ともやってほしいです。実は、何人もの人に私はブログの開設を勧めてきています。でもでも実際に自分でやり出してくれたのは女性ばかりです。それもみな50代・60代の方です。
 男性はね、「ホームページを開設しよう」という気はあるのですが、もっとおおげさなものに考えていて、結局はできません。
 それで、思うのですが、ブログというのは女性にこそ向いているのかもしれないですね。前にも書きましたが、あるクライアントへ行ったときに、そこで会った女性は、「ブログは女性に向いている」、「ああ、だから萩原先生も女性なのよ」と言われて、私は「アッ!」とビックリし、そしてでもなんだか納得したものです。
 一般的な男性は、「俺はまだよくパソコンができないしなあ」と考え、まだまだ「パソコンがよく理解できないと、ホームページとかブログってできないものだ」と思い込んでいます。ときどき、「今もパソコンができるのは、理科系の人間だ」なんて思い込んでいるような大馬鹿が本当にいますよ。人間をそのように別けること自体がくだらないのです。
 随分前になりますが、私よりも20歳くらいの下の人で、「萩原先生って、本当は文系の人間ですね。ホームページを読んでいてそう思いました」などと、もう阿呆なことを言う人がいて、私は「あっ、俺は違うよ、酒系の人間だよ」と言ったものでした。私はいつも二日酔い、三日酔いですからね。

 山本七平さんは、私も好きな方です。やっぱり、「日本人とユダヤ人」が面白かったです。その他もいくつか読んできました。
 西部邁さんはね、実際にお会いしたこともありますが、何故か彼は急に突然怒り出して、それがよく判らないのですよね。彼は言っていること、そう思われたいことと違って、実に今も左翼なんだと思うのですね(彼は俺こそが反共だと思われたいのでしょうが)。
 私は彼の 60年安保 センチメンタル・ジャーニー だけは大好きな本です。そうねえ、もう他の本は読む気になれません。
 佐藤優さんは、たくさんの本を書いておられるのは、知っています。今度ちゃんと読んでみます。

 もうねえ、今はもう実に本が我孫子の家にあって、これをどう処分するのかが大変なことです。なんだか、いつもそれを娘や妻に責められている気がして困っています。吉本さんの本だけは、「俺の棺桶に入れろ」というのですが、「もう葬儀場から断られる」とばかり言われています。
 もうどうなるのかなあ。

 我孫子の家に、今はパソコンが5台あるのよ(先日ちゃんと数えた)。思うんですけれど、パソコンの自作というのは、一見いいこことのようですが、ただただパソコンが増えていくだけです。3台作ったとして、またかならずパーツが余るから、また作ることになります。そしてまたパーツがあまる、それでまた作る、を繰り返します。だから、私はたしか12台自作しました。でも思えば、これも余計なことでした。
 秋葉原をあちこち歩いて、それで路上でも、パーツを拾い求めて、そして莫大なパソコンパーツを持ちながら、そのあと飲み屋で飲んで、また別な店で飲んでいたものでした。思えば、私は実に阿呆でしたね。

「団塊の世代」は、私はそのまっただなかで、そしてよく嫌われる全共闘であり、そして三派全学連とともに、文字どおり闘い、そして逮捕起訴され勾留されてきました。ただし、私はその当時からずっと国粋主義者を自認して、公表してきました。
 ただ、とは言っても、その後の人生も長くあったわけで、左翼の方々とは、上の60年安保世代の方々ともつき合ってきましたが、とにかくパソコンとインターネットをみなにやろうよとばかり言ってきましたが、でもでも、団塊の世代もその上の世代も、もう保守的な方が多くてね、困り果てていますよ。ケータイですら、まともに使えない人が多いのです。
 でももう仕方ないですよね。

 だから、というか、でもとにかくブログを開設を願います。もっと時間が経過したら、また違うものが出てくるでしょう。それはそのときに、私はまた考えていきます。とにかく、私はブログを毎日更新し、ホームページももちろん更新し、メルマガは毎週配信していきます。
 そしてお酒は毎日飲みますが(2週間に1回は断酒します)、量はもうそれほど飲まないで、とにかく、孫を可愛がっていきます。

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「団塊の世代」は月14万円使える!?
書 名 「団塊の世代」は月14万円使える!?
著 者 山崎伸治
発行所 青春出版社
定 価 750円+税
発行日 2007年4月15日第1刷
読了日 2007年6月16日

 電車の中で読んでしまいました。私は昭和23年5月生まれ、妻は24年1月生まれなので、まさしくこの「団塊の世代」です。
「団塊の世代」とは、堺屋太一さんが言われた言葉ですが、もう彼の言葉というよりも、もう普通に使われてしまう言葉になりましたね。
 この世代とはどこをさすかということで、以下が一番当たっているのではないかと私も思います。

 この本では、文中でとくに”狭義の”という断わりなく「団塊の世代」と表現するときは、1947年から1950年の4年間に生まれた世代をさしています。

「1947年から1949年」といいますと、私の1学年下で早生まれ(1950年1月から3月)は、抜けてしまいます。この期間に生まれた人たちも、かなり私たちと同じ世代という感じを強く私は持ちます。
 さらに次の学年ですが、私の弟は1950年4月生まれですが、私はなんとなく、「ちょっと俺たちから遅れたから可哀想だったなあ」なんて思いを持つものです。これは実はたくさんのことがあるのですが、語り尽くせないという思いですね。それで、この弟の世代は、私の思う「団塊の世代」に入るのかは、私には決めにくいところです。

 ただ読んでいて、「これはそうかなあ?」というところがありました。第2章の(インターネット─1)というところの扉に、私たち団塊の世代について

 男性の7割が自分用パソコンを持ち、インターネットは日常の情報源になっている。

とあるのですが、「そんなことはないよ」と言わざるをえません。本当にそうならありがたいのですが、残念なことに、これは私たちを適確にとらえていません。「インターネットは日常の情報源」というのは、まったくその通りですが、私たちの世代は残念なことに、パソコンを適確に使えないし、インターネットで情報を得ているというのは、実にまだまだ少数です。
 私と接していますと、実際にケータイメールが使えないと、連絡できないですし、私のウェブサイトを見てもらわないとどうにもならないのですが(そうならない人とは疎遠になって、そのうち互いに連絡ができないくなります)、私と疎遠になってしまう人もたくさんいますよ。

 この本を読んでいても、いわば、そこらへん、「なんだか、俺らの世代を過大評価しているなあ」なんて思えたところが、なんとなく読んでいて愉しく読んでいけませんでした。
 ただ、今またこうしてこの本をぱらぱらめくりますと、「なるほどなあ」なんて思うところがありました。
 まあ、そのくらいしか私にはないなあ。

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 私は昭和23年生まれで、大学に入学したのは昭和42年(1967)のことです。ちょうど私は「団塊の世代」と言われる年齢であり、大学では三派全学連、全共闘の時代でした。そして私もその真っただ中で激しく活動していました。ただ、私は学生運動だけではなく、サークル活動も、学園祭も、恋愛も、アルバイトも、何もかも激しく動き回ったつもりであります。
 そんな私の学生時代とその時代の仲間たちのことを書いておこうと思っておりますページがここです。
 まだたいしてUPはしておりませんが、そのうち当時のビラや写真が発見できると思いますから、たくさんいろいろと書いていきたいと考えております。
 書きました日時の順で並んでいます。 (2004.03.11)

   http://shomon.net/garakuta/gaku.htm  周の学生時代

 思えば、学生時代のたくさんの記録もあるのですが、なんだか私のホームページ上に書いておくのも羞しい気持にもなってしまいます。思えば、ただただ若いだけでしたからね。
 今は少し思い出して、「これは書いておこう」というものは書いていこうとだけ思っています。青春はやはり、いくつも懐かしいが羞しい思いがこみ上げてくることばかりです。

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「埼玉県立近代美術館」に、アトリエイグレック今日の出来事 の igrekさんが、次のコメントをくれました。

1. Posted by igrek    2007年02月27日 21:38
まさに団塊の世代のお話ですね。私の夫もその時安田講堂の近くにいたそうです。やじうまのノンポリ学生で。周さんとは随分違いますね。二期校とはなつかしい言葉です。

埼玉も今は赤羽まで湘南新宿ラインができて、横浜からは東京に行くのと同じ感覚で行けますね。埼玉県立美術館は近代建築見学のいい企画があるんですよ。

ではまたイグレックに遊びに来てください。

 あ、そうなんですか。では旦那さんも同じ世代なんですね。何年か前にどこかの会合で浅野史郎さんとビールを手に持ちながら話したことがありますが、あの方も東大全共闘だったらしいです。そばで話しても、彼は実にいい方でした。私は民主党なんて嫌いですが、あの浅野さんが都知事選挙に出られるのなら、石原さんよりはいいかなあ、と思っています。
 思えば、いろいろなところで、あの1969年1月に東大闘争にいた方、それを見に来られた方と触れ合うことがあります。みなさん、いろいろな思いを持たれていますね。
 埼玉大学は、実に田舎大学なので、実に牧歌的な愉しい雰囲気ばかりでした。ただねえ、やはり学生運動はどうしても都内に出ますからね、私たちは、もう何もかも判らないことばかりでした。
 埼玉県立近代美術館は、あの前あたりが埼大のメインストリートでした。1968年の4月に、そのメインストリートを紺色のミニスカートで青い水玉のシャツを着た色の白い女の子が本を抱えて歩いてきました。私はその子を見たとたんに恋に落ちました。彼女は、その前月の王子闘争で、「埼大理工学部」の旗がひるがえっているのを見て、それで他の大学ではなく、埼大に入学してきたのです。彼女もまた高校生で近所の方に呼びかけて王子野戦病院反対のデモをしてきたそうです。その「埼大理工学部」の旗を持って王子の柳田公園とその周りを走り回っていたのは私でした(ただし、デモに移ったときは、あの旗は誰が持っていたのかなあ)。

 私は東大闘争で保釈になって、すぐに1カ月も経たないうちに、芝浦工大事件に関係しました。これは内ゲバ殺人事件といわれたものでした(事実は殺人なんかではないよ)。そして私はその後12月10日に逮捕されました。でもこの年は、こうして娑婆にいた期間はわずかなのですが、私は恋した女性に約200通の手紙を出していました。
 少し、私は「俺って、200通も手紙出したのは偉いな(あ、内容はさておき)」なんていう気持でいましたが、なんのことはありません。私は今は200通のケータイメールを2カ月で出していますよ。もう彼の家に住んでいる私の次女には、もう何通も手紙を出しています。ケータイメールもいいけれど、実際に手紙を書くのもいいですね。
 たぶん、きょうも次女ブルータスには手紙を出します。いえ、彼女の結婚式の出欠の返信葉書が我孫子の自宅に届いて、この王子に転送されてくるので、それを封入して次女宛てに送っているのです。
 実はきょうは、義母のデイサービスのお休みの日で、今週は私の担当なので、王子の家にいるのですが、さきほど長女が孫のポコちゃんを連れて来てくれました。もう孫は実に可愛いです。でもよく泣くんだよなあ。この孫がケータイを持ったら、もう毎日ケータイメールを打ちますよ。

 なにか、きょうはこのパソコンの前になかなかいられないものですから、こうしてブログに書くのが、遅くなってしまいました。

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団塊なつかし雑学百科―700万人の団塊世代のためのバイブル

書 名 団塊なつかし雑学百科
編 者 団塊なつかし倶楽部
発行所 プロスパー企画
定 価 630円
発行日 2006年5月24日初版第1刷発行
読了日 2007年1月27日
 王子図書館で借りてきました。私も団塊の世代です。巻末にこの世代の著名人誕生日一覧というのがあり、これは興味がもてました。ただ、あとはあんまり面白いと感じませんでしたね。

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 団塊の世代といわれている人に、ぼくらの年代として注文といいますか、何か望みたいことがあるとすれば、要するに、定年になろうがなるまいが、何か自分が追及したいと思ってやってきたことがまだ余ってるっていうか、そういう状態に、絶えず自分を置いといたほうがいいんじゃないかということですね。そんなことしたら労力もかかるでしょうし、かかるだけじゃなく増えることだってあるかもしれませんけれども、でも、そういうテーマをもっていれば、歳をくったといってもそもそも安心できないし、安定感もないわけだから、勢い、じゃやっぱり働くかみたいな、億劫なんですけれど意欲がまだ残っている状態を保てると思うんですね。それだけですね、自分で現に苦労していることから実感的にいえるってのは。歳とってまた金銭にかんすること、生活にかんすることをやらんならんというのはきついにはきついけれど、意欲として何か残っていうという状態はやっぱりあったほうがいいんじゃないですか。そういう気がします。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社序章「老いとの対峙───自然と和解する意欲をめぐって」)

 この吉本さんの言葉で、やっぱり自分の思っていたこと、やってきたこと、今やろうとしている姿勢が間違ってはいないと思いました。ものすごく嬉しいです。そして、でもやはりちゃんとやり続けないとなりませんね。いまとこれからやり続けることが大切です。

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 ひさしぶりに、文教大学父母教の掲示板 に書込みしました。「ぜひブログやっていきましょう」という題名の書込みです。
 写真も、二つUPしました。ケータイデジカメとデジカメの画像です。ケータイでも充分ですね。

 それで、二人の娘からは、あまり父母教に関係するなと強く言われています。私が関係すると、必ず迷惑をかけるからだと思っているようです。あのね、なんだかそれはあんまりだよな。もう私はお酒もほんの少ししか飲んでいないんですがね。

 だから、私は「ほぼ書き込んではいない」つもりなのですが、なぜか私の書込みが一番多いです。でもこれは私のせいじゃないよ。娘たち、判ってね。

 この父母教は、ちょうど私と同じ年代の方が多いのです。ですからぜひ私としては、パソコンとインターネットをみんなやってほしく、とくに、このブログなら、誰でも簡単にできるのではないかと思いまして、こうして呼びかけているわけです。
 誰もが日常的に持っていますケータイから書き込めるのですから、ぜひやってほしいのですね。私のこのブログ将門も、なんといいましても、ケータイからの書込みが一番多いわけです。

 ケータイはですね、音声で会話することが一番使うことではないのですね。昨日も、帰りの電車の私の顔の前で、いきなり携帯がなり、電話に出た若い女性がいましたが、非常に嫌でした、迷惑でした。内容から聴くと、それはメールで済むことじゃないのよ。

 私の友人たちは、ほぼメールで連絡をとり、ケータイで話してもいい場所かという確認のあと、会話になります。これができない方とはただただ疎遠になるだけです。

 ケータイメールが今もできないという方が私の年代でも、10人に2人くらいいるのですね。こうした方とは、もうただただ疎遠になるだけです。いや、最初は仕方ないのですが、その後すぐにケータイが使えるようになる方がほとんどなのですが、できない人、やらない人がごく少数います。こういう人は携帯で直接かけてきて、こちらが電車の中だといいましても、ただただ大声でまくしたてるだけです。だから、もうそうした方の電話には出ません。そのうち、電話番号のリストから消してしまいます。

 でもまだ、少しの期間はそうした方とのつき合いも続きそうだな。

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 夕刊フジBLOGこのニュースがありました。

 これまで身を粉にして会社に尽くしてきた団塊の世代たち。退職後のあり余る時間は「趣味を生かし、人を楽しませたい」「専門の資格を身につけて、自分の力を試したい」などと、あれこれ思いを膨らませている人も多いに違いない。
 好きな資格をとるために、退職後、再び勉強にいそしむシニアの姿が目立つ昨今。彼らは今、どんな趣味や資格に注目しているのだろうか。

 世は今や、インターネット時代。とくに団塊の世代は、情報収集能力が高く、自己表現の意向も強いといわれてきただけに、パソコンやインターネットの活用頻度は高いといえるかもしれない。
 こうした傾向は、データからもうかがえる。50歳以上の約32万人の会員が登録する無料コミュニティサイト『STAGE』を運営するシニアコミュニケーションが昨年、約300人に「取ってみたい趣味の資格」を聞いたアンケートでも、第1位は15・8%の「パソコン検定試験」だった。
 「パソコンを使うのが当たり前の社会。自分でパソコンを使いこなすのはもちろんのこと、他の人たちにも、その便利さを教えてあげたいですね」(50歳の女性)
 「パソコンを22年やってきたが、検定を持っていないので、取得しようと思った」(50歳の男性)
 コミュニティサイトを通じて調査した影響もあるかもしれない。しかし、日頃慣れ親しんだインターネットを生かし、実力を試したいという思いが伝わってくる。
(2006.05.24)

 これを読みまして、「え、そうなんだ」と私もかなり「考え方を替えなくちゃいけないな」と強く思いました。
 あのですね、私は「検定試験」なんて実にどうでもいいのですが、実に私の世代の方々には、パソコンを普通に使って、インターネットでさまざまな出会いをしたいと考えています。それが、私と同じ年代を見ていますと、「こりゃ、無理かもしれないな」なんてがっかりする思いでしたが、こういうニュースを見ますと、少しは嬉しくなってきます。
 本当に、「資格」なんてどうでもいいですから、実際に使いまして、インターネット上でいくつもの交換をしていきたいと考えています。

 私たちがいくつもやってきましたこと、今もやっていることを、これから多くの方々に伝えることが大切だと思っていますが、その手段として、パソコンとインターネットは最適のものです。
 私はケータイでもいくつもの情報交換をしています。メールもかなりな量の交換をしていますし、この私のブログも、なんといいましても、このケータイからの書込み「周のケータイブログ」が一番多いです。
 また私はiPodを常時持っており、これでも私の ボイス将門 をどう発信しようかと考えています。今は、この ポッドキャスト将門 で「周の詩吟」と称して、「周の漢詩入門」「周の三曹の詩」「周の詩歌の館」にある、漢詩や詩歌を詩吟でやっていこうと考えています。七言絶句だけではなく、いくつもの長詩も詠っていくつもりでいます。
 それにしても、中心になるのは、パソコンとインターネットですね。そのことを大きく感じています。

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