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ここで「小市の方のことで」を書いて、北鎌倉の東慶寺を思い出しました。私のUPの系図で豊臣秀頼と徳川秀忠の娘千姫(秀忠と江の娘)が政略で結ばれるのですが、大坂夏の陣の際に千姫は坂崎直盛(坂井出羽守)のおかげで大坂城から助け出ることができます。ただ千姫は出羽守とは結ばれません。
 この千姫がずっと過ごした寺がこの東慶寺です。
 ここは私も訪れました。いい綺麗に思えるお寺でした。ここはウィキペディアでは次のように言われています。昔から夫婦が好きで無くなり、別れようとするときに、妻からの場合もおおいにあったわけです。16061004
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駆け込もうとする妻を連れ戻そうと夫が追いかけてくるということもたびたびあった様子で、その様子を描いた図画、川柳も存在する。しかし、満徳寺の場合では寺の敷地内である門から内側に妻の体が一部分でも入れば、夫であっても連れ戻してはならないことになっており、また体の一部でなく、履いていた草履を投げて敷地内に入った、もしくは投げた簪が門に刺さった場合なども、夫は妻を連れて帰ってはならなかった。このお寺がここでした。私は2度ほど東慶寺の境内を歩きましたが、この写真にあるように、素敵なところでした。
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  それから縁切寺は東慶寺だけでなく、群馬県太田市の時宗の寺院であります満徳寺(この上の寺)もそうなのです。