将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:堤清二

12091008 私が「2012年9月11日のポメラ」で次のように書いたことですが、

今日の日経の二面の「パルコ争奪戦1」は読んでもよく分からないな。「堤劇場に終幕のベル」というのがそれで私は理解できたような、理解したように思います。
 〜〜
しかし、堤清二さんの印象も変わるんだな。

 私は今まで以下のように書いてきました。

立石泰則「『コクド』の研究」
『続々会社の寿命強さの研究』
辻井喬『彷徨の季節の中で』

 私が読んできた限りでは、いつも堤清二ではなく、「堤義明こそが西武を代表しているのだ」という言い方を見てきたものです。いつも「それが大人の見方だ」というようなことを感じてきたものです。
 でも私は一切そういう見方を信用しません。というかどうでもいいです。いつも池袋や渋谷のパルコを歩いて、違うものを感じ見てきたものです。いやもちろん、他のいくつもの街でも堤清二のことを感じました。
 いや、作家の辻井喬として、吉本(吉本隆明)さんと対談する彼を見ても、いくつものことを感じてきたものです。

 この日経の記事も今後も楽しみです。

12091006  昨日とは違って今日からまたちゃんとやっていきます。

2012/09/11 05:15もう今日はいくつかUPしまして、「周の掲示板」にも「ダダさんの掲示板」にもUPしました。やはり昨日は私にはなんだか勝手が違う日だったのかなあ。
 でもとにかく今日もしっかりやっていきます。
 いつもリビングのテレビのところに置いてある孫の写真を見ますと、もう私は孫たちに会いたくなります。なんでこうなっちゃうのかな。
 思えば、鈴木清順の「けんかえれじい」と「東京流れ者」を一昨日と昨日見たのですが、「鈴木清順の映画はいいなあ」と思うところと、でも「今とは違うな」と思うところが大きくありました。そのことを大きく思います。
2012/09/11 05:45「いくらなんでも日経がこないな」と思出って、歩いて行きましたら、目の前に新聞が入れられました。
1209110112091102 もちろん真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みます。淀屋辰平がきてから、この家は大きく変わりました。最後にこうあります。

 師走の声を聞くと、あちこちから掛け取りがやってくるんだが、あの年ばかりはどいつもこいつも、ほくほくした面で帰って行きやしたからねえ。

 うーん、これでどうなるのでしょうか。もちろん、御殿様も奥様も御隠居様もここにいられなくなるのは当然のことなのでしょうね。それがもうすぐなのでしょう。
2012/09/11 06:07今日の日経の二面の「パルコ争奪戦1」は読んでもよく分からないな。「堤劇場に終幕のベル」というのがそれで私は理解できたような、理解したように思います。

 政投銀(日本政策投資銀行)が突然登場したことで森トラストは怒り、その隙を突くようにイオンが株の買い増しに動き出した。株式の争奪戦を嫌っていた堤だが、皮肉なことに自らが混迷の一因になってしまった。

 これ私はよく分かりません。でも「森トラスト」はイオンより私はまともに思えるのですがね。いや「まとも」というより、私が好きなだけかなあ。しかし、堤清二さんの印象も変わるんだな。12091007

 やはり、こうして日経の朝刊が読めるといいなあ。いや私はもう随分前から日経の書かれている内容を信じていませんよ。でも他の新聞を読むよりはいいでしょう。

11061807 私のホームページは、アクセス解析をいくつも入れています。だから、いろいろなことが分かるわけなのですが、この頃アクセスが急激に増えたページに関しては、国土計画・西武鉄道の問題があったようです。もう実にあまりに、アクセスが増えたページがあり、「一体何ごとだ」と思いましたが、「あ、そうか」とすぐ気がつきました。
 そしてまた、私にこの問題を直接聞かれる方も何人もいました。ただ、何か国土計画や西武鉄道、そしてそのオーナー経営者たる堤義明さんが何か不正をやっていたから、問題が起きたと思っている方が多いようで、そうしたとらえ方では、このことは理解できないのではと思いました。
 ちょっと解説をいたしますと、大変に長くなりますので、以下のページをお読みいただければと思います。

   「続々会社の寿命強さの研究」

  立石泰則「『コクド』の研究」

 また以下のページは、堤清二の小説のことを書いているのですが、これまた実に参考になるかと思います。

  辻井喬「彷徨の季節の中で」

 そして、これらのページのすべてのアクセスが急激に増えたものなのです。
 ぜひ読んでいただいて、まず今回問題になったことの基本的なことを知っていただきたいと思いました。

11032920 随分前になりますが、セゾングループの第一線をしりぞいた堤清二がたしか日経産業新聞に書いていたことで、印象に残こったことがあります。それは「ツカシン」をつくるとき、彼は当初の企画案のとき、街にはゴミゴミした部分が必ず必要だから、それも盛り込むようにと提案したという。つまり新宿のしょんべん横町やゴールデン街の必要性をいったのですね。私はやっぱり彼もまともなのだなと思い嬉しくなりました。もっとも、社長からそんなこと言いだしては困るということで、企画にその部分は盛られなかったようですが。
 私はゴールデン街が好きですが、いずれ地上げされてしまうのは仕方ないかなと思っています。だけどそのあとにつくる街が問題なのです。たとえ何階建ての大きなビルだとしても、そこにあのゴールデン街の雰囲気を残してくれればいいんです。オカマやキャッチのおねえさんが、ところどころ立って声かけたり、流しがあちこちのぞいていたり、12時すぎてもまだ開店していないところがあったり、ついでに新宿やぶれ傘一家の母袋の親分さんが、路上で涼んでいたり………そんなビルの街ができればいいのです。私の友人でもっと以前にそんなプランをだしているのはいるのですけれどね、
 そのセゾングループのリーダー堤清二のもうひとつの顔、詩人辻井喬の代表作といえる小説です。

書 名 彷徨の季節の中で
著 者 辻井喬
発行所 新潮文庫

 予想していたことですが、堤一族とは凄まじい一族ですね。それは猪瀬直樹「ミカドの肖像」の衝撃とはちがう、堤一族へのおどろきです。「ミカドの肖像」の場合は著者の意向とは別に、「このぐらい西武がやるのはむしろいいことじゃないの」なんてところがあります。ところがこの小説は「おいおいここまで身内のこと暴露しちゃっていいのかよ」と心配になってきます。
 もちろん小説であるわけですから、あくまでフィクションというわけでしょうが、私にはいや多分読む人なら誰にも、すべて現実にあったことを書いていると思われます。小説には、清二も義明も、長男清も、清二と義明の二人の母親も、父康次郎もそのままでてきます。そして激しい、親子の軋轢確執もそのまま。
 私たち西武グループのこと話すとき、「どっちっていったら、俺らは清二に肩入れするのが筋だろうな」なんて話します。学生運動で彼は、やはり反代々木系の先輩になるわけですから。その彼が挫折した共産主義運動もこの小説の中で大きく扱われています。私たちがよく知っている、先年亡くなった活動家も若き姿ででてきます。
 清二と義明、この経済界の二人のニューリーダー、さまざまに比較されたりするわけですが、私は清二を評価します。なにかいっぱんには、結局セゾングループの驚異的躍進も義明のもつ膨大なる土地資産のお蔭で、清二は義明に頭があがらないのだというような見方がありますが、私はそう思いません。渋谷のパルコの果たした役割、有楽町西武の進出による銀座の活性化、東京拘置所あとのサンシャイン、「ぴあ」との提携等々考えると、彼の変革への挑戦の熱情を深く感じとることができます。
 義明は父康次郎のやったことをそのままひきついでいる(異論は当然あるでしょうが)としてしか思えません。この小説のなかで、多分東京大空襲のときのことだろうけど、麻布の堤一家のおおきな屋敷に、被災者がはいってこようとするのを、父康次郎が部下にこう命令するのがあります。

 「難民を一人もこの中に入れるな。家の燃えるのはかまわん」
 「いいか、一人も入れてはならんぞ、無理に入ろうとする者があっ
 たら叩き出せ、不法侵入だ。容赦するな」

清二に対して、

 「甫、親切が仇になるというのを忘れるな。皆をこの屋敷内に入
 れたら此処は取られてしまうぞ。家は燃えてもいい、然し土地は
 絶対に譲ってはならんぞ」

といいます。これがいまも西武鉄道グループ(義明)に流れている思想ではないでしょうか(ちょっといいすぎかな)。
 義明が西武球団のオーナーになって、たしか広岡監督がやめるときに話しかけているのをテレビでみたことがあります。私はなんという尊大な態度だと思ったものです。私は何度かスポーツ団体の冠スポンサーをつけたいわゆる冠大会をやったことあります。どこも国土計画ほどの大きい会社ではないですが、冠としてお金をだしたっていったって、みんな謙虚なものでしたよ。いわんや現場の選手なんかには丁寧なものです。どうも義明のあの態度はなにか勘違いしているとしてしか思えないですね。
 まあこの2人の経営思想なんか検討しだすと、もう大変なことになるわけで、それはまたの機会にしたいと思います。
 辻井喬は、糸井重里とか吉本(吉本隆明)さんとも対談していますが、是非堤清二としても吉本さんと対談してほしいと思います。(1998.11.01)

11012511is2 随分前になりますが、セゾングループの第一線をしりぞいた堤清二がたしか日経産業新聞に書いていたことで、印象に残こったことがあります。それは「ツカシン」をつくるとき、彼は当初の企画案のとき、街にはゴミゴミした部分が必ず必要だから、それも盛り込むようにと提案したという。つまり新宿のしょんべん横町やゴールデン街の必要性をいったのですね。私はやっぱり彼もまともなのだなと思い嬉しくなりました。もっとも、社長からそんなこと言いだしては困るということで、企画にその部分は盛られなかったようですが。
 私はゴールデン街が好きですが、いずれ地上げされてしまうのは仕方ないかなと思っています。だけどそのあとにつくる街が問題なのです。たとえ何階建ての大きなビルだとしても、そこにあのゴールデン街の雰囲気を残してくれればいいんです。オカマやキャッチのおねえさんが、ところどころ立って声かけたり、流しがあちこちのぞいていたり、12時すぎてもまだ開店していないところがあったり、ついでに新宿やぶれ傘一家の母袋の親分さんが、路上で涼んでいたり………そんなビルの街ができればいいのです。私の友人でもっと以前にそんなプランをだしているのはいるのですけれどね、
 そのセゾングループのリーダー堤清二のもうひとつの顔、詩人辻井喬の代表作といえる小説です。

書 名 彷徨の季節の中で
著 者 辻井喬
発行所 新潮文庫

 予想していたことですが、堤一族とは凄まじい一族ですね。それは猪瀬直樹「ミカドの肖像」の衝撃とはちがう、堤一族へのおどろきです。「ミカドの肖像」の場合は著者の意向とは別に、「このぐらい西武がやるのはむしろいいことじゃないの」なんてところがあります。ところがこの小説は「おいおいここまで身内のこと暴露しちゃっていいのかよ」と心配になってきます。 もちろん小説であるわけですから、あくまでフィクションというわけでしょうが、私にはいや多分読む人なら誰にも、すべて現実にあったことを書いていると思われます。小説には、清二も義明も、長男清も、清二と義明の二人の母親も、父康次郎もそのままでてきます。そして激しい、親子の軋轢確執もそのまま。
 私たち西武グループのこと話すとき、「どっちっていったら、俺らは清二に肩入れするのが筋だろうな」なんて話します。学生運動で彼は、やはり反代々木系の先輩になるわけですから。その彼が挫折した共産主義運動もこの小説の中で大きく扱われています。私たちがよく知っている、先年亡くなった活動家も若き姿ででてきます。
 清二と義明、この経済界の二人のニューリーダー、さまざまに比較されたりするわけですが、私は清二を評価します。なにかいっぱんには、結局セゾングループの驚異的躍進も義明のもつ膨大なる土地資産のお蔭で、清二は義明に頭があがらないのだというような見方がありますが、私はそう思いません。渋谷のパルコの果たした役割、有楽町西武の進出による銀座の活性化、東京拘置所あとのサンシャイン、「ぴあ」との提携等々考えると、彼の変革への挑戦の熱情を深く感じとることができます。
 義明は父康次郎のやったことをそのままひきついでいる(異論は当然あるでしょうが)としてしか思えません。この小説のなかで、多分東京大空襲のときのことだろうけど、麻布の堤一家のおおきな屋敷に、被災者がはいってこようとするのを、父康次郎が部下にこう命令するのがあります。

 「難民を一人もこの中に入れるな。家の燃えるのはかまわん」
 「いいか、一人も入れてはならんぞ、無理に入ろうとする者があっ
 たら叩き出せ、不法侵入だ。容赦するな」

清二に対して、

 「甫、親切が仇になるというのを忘れるな。皆をこの屋敷内に入
 れたら此処は取られてしまうぞ。家は燃えてもいい、然し土地は
 絶対に譲ってはならんぞ」

といいます。これがいまも西武鉄道グループ(義明)に流れている思想ではないでしょうか(ちょっといいすぎかな)。
 義明が西武球団のオーナーになって、たしか広岡監督がやめるときに話しかけているのをテレビでみたことがあります。私はなんという尊大な態度だと思ったものです。私は何度かスポーツ団体の冠スポンサーをつけたいわゆる冠大会をやったことあります。どこも国土計画ほどの大きい会社ではないですが、冠としてお金をだしたっていったって、みんな謙虚なものでしたよ。いわんや現場の選手なんかには丁寧なものです。どうも義明のあの態度はなにか勘違いしているとしてしか思えないですね。
 まあこの2人の経営思想なんか検討しだすと、もう大変なことになるわけで、それはまたの機会にしたいと思います。
 辻井喬は、糸井重里とか吉本(吉本隆明)さんとも対談していますが、是非堤清二としても吉本さんと対談してほしいと思います。(1998.11.01)

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