将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:塩野七美

11062003 イタリアのルネッサンス期に生きた政治家です。1475年9月13日〜1507年3月12日の生涯でした。
 塩野七美の『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』を読んで、「だから、この人はマキャベリが好きなのか」と思ったものです。私もマキャベリが好きで、『君主論』は中学2年のときに読み、『政略論』は高校2年のときに読んだものでした。
 私はいつも、ここで歴史上の人物を書いているときに、その書いている人物の顔を思い浮かべています。ただ私には豊臣秀長やエパミノンダスの顔を思い浮かべることはありません。秀長は「大和大納言」の絵を思い浮かべることはできますが、でもその絵の顔では、私にはまだしっくりきていないのです。
 だが、このチェーザレ・ボルジアはいつも、その顔が思い浮かんできます。やはり、その肖像画の絵の顔が思い浮かぶのですね。この人の考えが貫徹されれば、私はもっと早くイタリアの国家統一は早かったのではないかと思いいます。
 イタリアは、いつもフランスやスペインの介入によって、四分五裂の状態が続きます。それを、このチェーザレ・ボルジアは、統一しようという思いだったと私は考えます。だが、彼の死でそれは20世紀にまでもちこまれます。マキャベリが『君主論』を書いたのは、実にこの人がいたからだと思うのです。
 そしてそれは塩野七美にも感じています。彼女もまたマキャベリも好きですが、このチェーザレ・ボルジアのことも好きなのです。でも彼の死を思い、そのあとには、結局『ローマの歴史』を書くことにつながりました。私のそばにもなぜか、この長大なる本が重なっています。
 塩野七美の住んでいるイタリアでは、チェーザレといえば、ユリウス・カエサルのことを指します。このカエサルこそ、塩野七美さんが一番好きで尊敬している男だと思うのです。(2011.06.21)

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 今朝私の郵便受けに、この号が入っていました。

   http://www.elneos.co.jp/ エルネオス

 早速、141ページの「私の読書スタイル」を読みました。私は6月号で扱っていただいたものでした。もちろん、他のページも読みますが、まずはここが気になります。

 この7月号は、今泉隆夫さんです。
 この方は、最初に塩野七美『ローマ人の物語 四巻、五巻」をあげています。

 カエサルのルビコン以前とスビコン以後のところがよくて、繰り返し読んでいます。

 私はユリウス・カエサルがずっと好きで、でも何故かローマ史では、初代皇帝になったアウグツスが一番評価されているような気がしまして、あまり愉快ではなかったのですが、でも塩野七美さんを読んで、実に嬉しかったものです。「オクタビアヌスって戦が下手なんだよな」なんて思いを持ちます。

 でも塩野さんはカエサルに惚れ込んでいますね。

09070107 このことはずっと感じていたものです。七美さんがもともと好きだったのは、『君主論』『政略論』のマキャベリじゃないかなあ。でも、この『ローマ人の物語』を読みまして、「やっぱりカエサルなんだ」と思ったものでした。
 でも私は中学生の頃「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」の本を本屋で立ち読みしながら、この塩野七美をものすごく好きになっていたものでした。
 思えば、その思いは私も同じだったのですね。ただし、彼女は女としても、マキャベリにもユリウス・カエサルにも惚れていたのでしょうね。

 次にこの今泉さんは、カエサルの『ガリア戦記』をあげています。これは、私は高校2年のときに、岩波文庫で読みました。カエサルの少し冷たいとしか思えない書き方に、少しイライラさせられながらも読んでいました。私は熊本城が西郷軍の攻撃で燃えたことに、このときの政府軍に英文か仏文で、この『ガリア戦記』を読んでいた人がいたものだと思い込んでいたものでした。

 その次の「阿羅健一『秘史発掘 日中戦争はドイツが仕組んだ───上海戦とドイツ軍事顧問団の謎』小学館」は、ぜひ読んでみます。上海事変を蒋介石が起こしたわけですが(今も日本がやったなんていう阿呆がいますよ)、その訳は、この本ではっきりしそうです。

 嵐山光三郎『悪党芭蕉』『芭蕉紀行』も読みたいです。

 でも考えてみれば、この雑誌は私のところにあるのだから、また読んで、これらの本を知って手に入れればいいんだ。私は雑誌はすぐ人にあげてしまうので、紹介してある本を書き抜かないといけないと思い込んでいましたね。なんて私は阿呆なのでしょうか。

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 マガジン将門第383号発刊 へ寅吉さんから以下のコメントをいただきました。

1. Posted by 寅吉    2007年12月17日 15:30
周さん<本が読めるようになりました>
う〜ん「人間力」ですか・・・全文を読んでいないので捉えきれませんが含蓄がありそうですね。西郷南洲なんか人間力の塊のようですが、意味が違いますか。ユリウス・カエサルなども対極的な意味で人間力があったと想像します。西郷を評して海舟が、<大きくたたけば大きく響き、小さくたたけば小さく響く>といった意味のことを氷川清話で言っていたと思います。カエサル<人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しかみていない>塩野七生著「ローマ人の物語」でも二人とも殺されちゃったんですよね。たとえが究極的すぎました。
リストラされて約2年間、精神的にも肉体的にもまともに本が読めませんでした。
周さんのブログに出会ってからなんだか気力が出てきたような・・・もしかしてこれ周さんの「人間力」?

 ありがとうございます。私は鹿児島というところは、私の中ではけっこう長く住んでいたところ(小学校6年から高校1年まで丸4年間いました)で、西郷南洲の生まれ育つたところにすぐそばに居たのです。南洲は、若き日に江戸にいたときに、我が故郷の水戸の藤田東湖を尊敬していました。だから、そんなことから小学生の私もかなり親しみのあった人なのです。
 今開きました『南洲翁遺訓』に次のような言葉があります(今パッと開いたら、この文が目に入りました)。

 道は天地自然のものにして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給う故、我を愛する心を以て人を愛するなり。

 やっぱり西郷を愛する人の気持がよく判ります。そうですね、例えば、西南戦争に参加した庄内藩士の若い人がいますね。20歳と18歳の方です。西郷は彼らに、庄内に帰国するようにいいましたが、彼らは西郷さんに殉じました。西郷さんが、もうとてつもなく魅力ある人だったと思うのです。

 それから、私はユリウス・カエサルも好きです。ただ、彼があのように歴史上で華やかに活躍するのは、実に短い間なのですね。
 私は若きときに、「プルタルコス」を読んで、大変にカエサルのことが好きになっていましたが、「ガリア戦記」を読んだのは、たしか高校3年のときです。横浜の高校の修学旅行で熊本に行ったときに、熊本城が燃えてしまった原因に、この「ガリア戦記」の記述を参考にしたのではないかな、と思ったものでした。いえ、官軍の中に英文か仏文で、「ガリア戦記」を読んだ人がいるのではと思うのです。
 でもなんといっても、塩野七美さんが書かれるローマは最高に面白いです。そして塩野七美さんが大好きなのが、私はユリウス・カエサルであると思っています。彼女はカエサルに惚れ抜いているのですよ。

 寅吉さんは、リストラされていたのですか。私はね、大学生のときに実に過激派なわけで、そして一つ目の逮捕起訴された東大裁判で、ずっと統一公判を主張していたほうなので(ええと、同じ埼玉大学の被告でも、みな分離公判になりました。とくに私たちのように、そのあと芝浦工大事件でも逮捕起訴された人は仕方ないのです。でも私はそれでも変わりませんでした)、このことは、ずっとあとあとまで、影響しました。もう就職のときに、露骨にいわれたこともありますよ。
 だからね、私はもういつもいつもまともには就職はできませんでした。私はいつも、「俺って馬鹿だかならあ」と考えるようにしてはいましたが、露骨にいわれると、驚いたものですよ。でも私はまたすぐにそれを忘れます。
 そしてまたある会社で、派手に労働組合をたちあげて、すぐにストライキを貫徹しましたので、それでも、その経歴でも睨まれたものでしたね。

 でも私は全然反省なんかしていません。そもそも私は過激派といっても、マルクス主義は大嫌いでしたから、そしていつもたった一人でしたから、私から逃げ出すわけにはいかなかったのです。いつもいつも、ときどき詩吟をやっている(どこでもすぐに詠いだす)ので、みんなからわけが判らない存在と見られていました。

 でもとにかく、寅吉さん、ブログを始めてくださいよ。それが面白い世界を切り拓けるかもしれないことだと思いますよ。

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