将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:壬申の乱

 この天皇を思い浮かべると、真っ先に百人一首の歌が思い出されます。

    春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天のかぐ山

11061810  たぶん、私が百人一首で最初に覚えた歌だったかと思います。そしてすぐに、この天皇が実に血に染まっていた人だったかを思うのです。
 大化元年(645)〜大宝2年(703)の生涯でした。天智天皇の娘であり、天武天皇の后であり、自分の子草壁王子を天皇にたてようとしましたが、それが亡くなってしまい、孫の軽王子(のちの文武天皇)がまだ幼いので、自らが天皇になりました。日本で41代の天皇とされています。
 古代日本の最大の争乱だったと思われる壬申の乱を制して、天武天皇は日本を支配するわけですが、この乱のときには、夫よりもむしろこの持統のほうが実質的には指揮していたのではないかと思えます。
 とにかく壬申の乱に勝利して、天武天皇が即位して、古代日本は落ち着きます。思えば、この頃から奈良時代というものになるのですね。
 しかし、天皇家は、この天武天皇の系列から、やがてはまた天智天皇の血筋になるのです。それが50代の桓武天皇でした。この天皇のときに平安京が始まります。
 私には、夫をかなり愛していたろうお后だったのでしょうが、最後は自分の父親も偉大だったと思っている持統天皇をいつも考えてしまうのです。(2011.06.23)

10120208 このところ、ずっと毎日「読書さとう」ばかりUPしています。「読書さとう」は私が過去読んだ本のことを書いていますので、なんとか書いていけるのです。だが「歴史さとう」はテーマを決めて、それに合わせて書いていかないとなりません。
 前には、各歴史上の何人もの人物の好きになった人物のことを書きました。それがどうやら、100回続きました。今度は戦争のことを書こうと、思っています。最初は、「日本の戦争」そしてそのあとは、「中国・アジアの戦争」「ヨーロッパの戦争」(各題名はこれでいくかは、まだわかりません)と考えています。
 でもそうすると、例えば、日本の戦争では、最初は「壬申の乱」を考えています。いや、その前に「磐井の乱」があるのですが、これは歴史の中でもはっきり書かれたものがありません。それに、邪馬台国女王卑弥呼がいるのですが、これまた日本の歴史の中ではっきりしていません。その中でいくつも戦争があったわけですが、どうにもはっきりとした文献がありません。
 いや、そもそも、世界中でも同じなのですが、中国には「司馬遷『史記』」があり、ヨーロッパには、ヘロドトスもトゥーキュディデースやいくつもの文献があります。中国の『孫子』『呉子』も、『戦国策』やいくつもの文献は、いわば司馬遷の中にすべて書かれていると言っていいでしょう。でも日本にはそうした文献はないのです。『古事記』『日本書紀』は、はるかにあとの時代なのです。
  そんなことで、「歴史さとう」はまだ書き出せないところなのです。

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