将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:大口昭彦弁護士

12030815 大口昭彦弁護士より、12・16抗議集会における経過報告が届きましたので以下に掲載します。ぜひ、この文書を転載もしくは、ここにリンクください。(98/12/22 11:35:22)

               経 過 報 告 要 旨
                                 港合同法律事務所

一 一二月六日(日)、当事務所の安田好弘弁護士(第二東京弁護士会)が、警視庁捜査二課により、「顧問会社の賃料隠しを発案・指示した」として「強制執行妨害」被疑事件で逮捕されるという事態が発生しました。

二 安田弁護士は、同日午前中からオウム麻原被告の弁護団会議に出席していましたが、会議終了後の午後三時半ころ、打ち合わせ先の事務所を出たところを警視庁捜査二課の捜査員に任意同行名下に身柄を拘束され、同日午後四時半ころ右被疑事件で逮捕されました。
 同日五時すぎ、警視庁捜査二課の警察官二〇数名は、同日午後五時〇六分ころから同日午後一〇時四〇分ころまで、休日夜間であるにもかかわらず五時間半にわたり、当法律事務所において、安田弁護士の使用関係部分の捜索を行い、会計帳簿等の差押を実施しました。
 捜索に当たった捜査員は、立会人弁護士の強い抗議にもかかわらず、明らかに被疑事件の不動産会社とは無関係の同弁護士の事件ファイルを片っ端から探索し、同弁護士が手がけているオウム事件等の記録まで隅から隅まで調べていったのです。こうして、結局、被疑事件とは一見して関連性が認められない事務所の労働保険契約綴り・給与明細書や家賃の請求書、名刺綴り等百数十点を押収していきました。(この違法不当な捜索差押に対しては現在、準抗告申立中です。)
 勾留決定前の、弁護団を中心とした弁護士による事前の検察官折衝、裁判所令状部折衝にもかかわらず、安田弁護士に対しては、一二月八日に一〇日間の勾留決定(付 接見禁止)が出され、現在警視庁本部代用監獄に拘禁継続中であります(その後、接見禁止一部解除の申立により、弁護士二名については解除されるも、事務員については不当にも、なお接見禁止が継続。この間検察官は、全く取調をなそうとはしていません。この事実にも、本件逮捕勾留に根拠の存在しないことが露呈しています。)

三 ところで、逮捕の理由とされた被疑事実については、すでに弁護団が結成されており、別途弁護団からのアピールも届けられておりますので、具体的内容の詳細の説明については、弁護団に委ねたいと考えますが、安田弁護士が、報道で云々されているような行為をしている事実は全くありません。
 本件逮捕勾留は、違法不当であり、到底許されない国家権力の暴挙であります。
 当方ではさしあたり、逮捕勾留の必要性の欠落にかかわるものとして、以下の点を指摘しておきたいと思います。
 まず第一に、被疑事実の不存在であります。
 被疑事実とされるところは、五年前である一九九三年(本件の告発者である株式会社住宅金融債権管理機構の設立される、はるか以前であります。)安田弁護士が、顧問会社の賃料債権の差押を免れるための行為を発案指示したというものですが、これは全くの無根であり、そのような事実は一切ありません。
  第二に、強制執行妨害罪(本罪には、選択刑として罰金も規定されています。)での逮捕そのものが極めて稀とされており、(株)住管関連でも二件立件されているとのことですが、いずれも在宅起訴とされており、弁護士の逮捕などというのは、前代未聞のことであります。
 そもそも(株)住管の発足するはるか以前である五年前(公訴時効の問題もあります)の事案について、現在このような形で強制捜査がなされることの必要性妥当性も、極めて疑わしいところであります。
 第三に、安田弁護士は、これまで警視庁や検察庁からの右事件に関する任意の事情聴取に積極的に応じており、また今後も応ずる旨の意思を明確に表示していたもので、逮捕の必要性はこの点からも全く欠落しています。
 第四に、被疑事件を起こしたとされる不動産会社は、(株)住宅債権管理機構に対し、最近まで安田弁護士を介して債務弁済に向けて交渉中でありました。
 実際に、今年の一〇月一五日には金四九一〇万円を支払い、更になお、会社所有のビルを売却して、実に三〇億円を準備し、その証拠書類を提出し銀行名も明らかにし、提出用に残高証明書まで提出して、(株)住管に提出する準備を進めていました。
 ところが、(株)住管は、会社及び安田弁護士が誠実に対応しているにもかかわらず、一〇月一六日、突然会社代表者らを強制執行妨害で告発し、右会社役員らが逮捕されるという経緯を辿ったものであります。(なお、会社関係者についての捜査は終結しており、その意味でも安田弁護士の逮捕には必要性が乏しいというべきであります。)
 そもそも債権回収が本来の目的である事案において、債務者が相当額の金額の提供を申し出ているのにもかかわらず、まず刑事手続を先行させるとし、それを理由にして民事上のの和解を拒否するなどという、転倒した対応がありうるでしょうか。
 また、安田弁護士の逮捕は、(株)住管の告発前に強行されており、この点でも全く異例の警察による突出が見られるのであります。このような突出に対して易々として従って行く(株)住管のあり方につき、大きな疑問を感じます。刑事先行との路線は、このような警察との一定の関係の然らしむるところなのでしょうか。

四 右のような経過に鑑み、本件は逮捕の要件が全くない違法不当逮捕・勾留であると考えます。
 それでは、なぜそのような不当逮捕が敢行されたのか。当事務所は、次のように考えます。

�A 第一は、「麻原弁護団」が指摘している弁護団攻撃であります。安田弁護士を主任弁護人とする同被告の弁護活動が、憲法、刑事訴訟法の理念に忠実かつ原則的であるがために、裁判の質よりも、むしろ早期結審=重刑を期待するマスコミを中心とした「世論」及び国家権力の意のままに進行しないことへの焦りであります。逮捕直前に麻原被告の一〇〇回公判が云々され、(国選)弁護活動の意義を否定するかのような内容を含む報道が、ことさらになされた事実を想起していただきたいと思います。
�A 第二は、やはり、安田弁護士が粉骨砕身して取り組んできた死刑廃止運動に対する掣肘であります。同弁護士が死刑廃止運動の実践と行動の要であることは誰しも認めるところであり、近時の廃止運動の一定の前進(まだまだ不十分ではありますが、死刑事実の公表等、一定の成果が見られてきています。)を、苦々しく思ってきていたであろう法務当局にとっても、安田弁護士の逮捕は、大きな意味を有するものであります。
�B 第三は、より構造的に、この間の弁護士(会)への権力の攻撃という流れの中で事態を捉える必要があると思います。人権活動よりもビジネスローヤーへの弁護士像の変質、かかるものとして法曹の大量育成をはかろうというのがこの間の政府自民党・財界の一貫した姿勢です。(株)住管の経営者には弁護士が就任し、また大勢の弁護士が派遣されていますが、その業務に、先述したとおりの権力性が顕著となってきていることに、個別事件としての問題性以上のものが危惧される次第です。強制捜査開始と共に、安田弁護士に対して加えられた「悪徳弁護士」との、実像とは全く正反対の人格攻撃(遺憾ながら、(株)住管の社長である中坊公平弁護士までもが、人権活動で奮闘している現場弁護士に対する攻撃に加わったことは、まさに象徴的と言うべきであります)
 一連の有事立法攻撃が強まる中で、こうした動きは益々加速されるでしょう。安田弁護士逮捕問題を論じた朝日新聞の社説は弁護士活動を自己規制せよと問題の本質をすり替えつつ、しかし一面、今回の問題の基本性格を端的に露呈しているところであります。
 少数者の権利や人権ではなく、まして権力と闘うのではなく、擬制的な「国民的理解」や多数者の論理に、弁護士まで屈服させようとする攻撃として今回の安田弁護士逮捕問題はあると考えます。

五 当事務所は、皆様の御支援と御指導を仰ぎつつ、安田弁護士の一日も早い釈放を目指して、奮闘します。どうかよろしくお願いいたします。
                 一九九八年一二月一六日

12021809 私のホームページの「安田弁護士無罪判決!」を読んで、何人かの方から、私の事務所や携帯に電話をいただきました。みな喜んでくれています。
 とくに、安田さんと同じ弁護士事務所の大口昭彦弁護士から、電話をもらい、もう大口さんがたいへんに喜んでいることが手にとるように判り、嬉しい限りです。
 ただ、朝日新聞によりますと、「検察側は判決を不服として控訴する方針」ということです。しかし、この判決内容だと、控訴するのは、実に大変だと思われます。控訴しても、東京高裁で耻をかくだけです。もうここで控訴を断念することが検察の懸命な道です。
 そのためには、できるだけ、この安田弁護士の無罪判決を声高にしていきましょう。できるだけ、あちこちで話してほしいと思います。できたら、いろいろなホームページや掲示板でも、みなで書いてほしいと思います。そうすれば、検察側も「もうやっても無駄だな、無理だな」という思いに至れるかもしれません。
 まだ闘いは続いています。完璧に勝利しましょう。(2003.12.24.13:21)

11082202 これはちょっと言わなければなりません。麻原裁判の主任弁護人の安田弁護士が別件逮捕されたことです。たった今もそのことをテレビが報道しています。
 私はこの安田弁護士さんとは面識はありません。ただ、事務所が大口昭彦弁護士と同じなために、ときどき打ち合せに行くときに、顔を合わせたことはあります。死刑廃止について熱心に運動をやられているなという印象がありました。
 なんだか容疑は、どこかの不動産屋に強制執行を免れるためのアドバイスをしたということですが、どうみてもこれは「デッチアゲ」と私は思います。この日本の弁護士のうち、私は「5割は無能、4割は悪い奴、1割がまとも」と思ってきました。そして、その1割のまともな弁護士のうち、「優秀な弁護士」となると、それこそ数えるほどであると思っています。その数えるほど少ない弁護士の一人がこの安田弁護士です。
 第一、私の「周の刑事訴訟法」を読んでいただければ、判ると思いますが、なぜ安田弁護士が逮捕拘留されるのでしょうか。「逃亡のおそれ」や「罪証隠滅のおそれ」なんてあるのでしょうか。どうみても、単に「任意で捜査に協力してくれ」ですむような内容であるはずです。
 しかし逮捕状を発行したのは裁判所です。一体何を考えているのでしょうか。もはやこれは司法ファッショです。許すことのできない行為です。(98/12/07 07:19:19)

11082106 自宅へ帰ってきまして、私が心の底から敬愛します大口昭彦弁護士からの年賀状がきていました。大口先生はどうしてか、私の会社の監査役もやってくれていて、そして、いつも私がなにか手に負えなくなったときに、いつも頼ってしまう先生です。
 大口さんは第1次早大闘争のときの全学中央闘争会議の議長であり、その頃より社青同解放派の活動家であり、かつ何故か剣道4段で、会えば、誰もがしびれるくらいの男の中の男です。
 いつも筆でいろいろなことを書いているのですが(いまはワープロも使っているみたいだけれど)、その筆で年賀状に七言絶句かなという詩が書いてありました。
 以下はそれへの私の返事です。私はただただ、しつこく嫌な人間なのです。

 前略
 大口先生からの年賀状受取りまして、たくさんのことを思いました。そして、どうしても私の思いを伝えなくてはと、こうして今書いています。
 私は、松戸自主夜間中学校というところで、パソコンの授業を担当して、もう6年になります。授業自体は淡々とやっているつもりですが、この松戸自主夜間中学校自体は「松戸市に夜間中学を作れ」という運動であるわけで、それを私も強烈に思っております。それで、どういうわけか、こうした運動には、どうしても「市民運動」の傾向とか、「護憲」とか、左翼的な雰囲気の方が多いものです。もちろん私ももともとは新左翼だとは思っている訳ですが、どうしても、私の心の奥底からの心情として、「これは違うのじゃないか」という点が多々出てくるわけです。私はそうしたときに、「俺は違うよ」と、表明していくわけですが、それにしても、「違うな」と思うことが多々あるわけです。
 この松戸自主夜間中学校には在日韓国の方もおいでになります。また韓国の方も来てくれて、いろいろな瞬間にそれは愉しい雰囲気です。でも、私は飲んだときにいうわけです。

  釜山に李舜臣の像があるのは判るが、どうして首都の京城に安
  重根の像を立てているのだ。どうして、テロをやった人の像を立
  てるのだ。

 こんなことを言うと、当然、そうした仲間たちの中では問題になるわけです。「なんで伊藤がいいのだ?」「伊藤なんて、悪い奴ではないのか」と。………。
 私はしつこく、反論していきます。「伊藤のどこかいけないのだ」「そして、どうして伊藤を殺した安重根がいいのだ?」と。
 私はずっと、李舜臣が好きでした。亀甲船に乗って秀吉軍を打ち破る彼の活躍に胸躍らせました。文官に罷免されてしまう彼に涙しました。「バカヤロウ、秀吉の侵略と戦っているのはお前らじゃなくて、李舜臣じゃないか」。私は李舜臣を思うと、いつも私が彼とともに、日本秀吉軍と戦っているような気になったものです(これは私の高校生のころで、読んでいたのは旧日本軍陸軍参謀本部編纂の「日本戦史」です)。
 だがだが、どうしても安重根のやったテロは私は認めることができません。そしてもうすこし言いますと、私は伊藤博文が好きです。
 私は自分は水戸天狗党だと思っているところがあります。したがって、薩摩および長州は大嫌いです(したがってとうぜん15代将軍の慶喜は大嫌いです。念の為)。私たちが「破約の盟」に従って、当然に闘ったのに、薩摩長州はその約を守りません。私は長州藩みんな嫌いです。ひとりひとりをあげていっても、さまざまな理窟と理窟を並べるられるくらいに、みんな嫌いです。でもでも、伊藤博文だけは、どうしてか好きになれるのです。 伊藤博文がもし安重根に殺されないで、ずっと昭和の時まで生きてくれていたらなと思います(だって、これはそんな無茶な話ではない、西園寺公望がずっと生きていたのだから)。そうしたら、もっと今の日本はまともだったのじゃないかな。
 伊藤博文が作った旧憲法はいったいそれほどひどいものだったのでしょうか。この憲法の問題点を、まともに把握していた人間は次の3人であると私は思っています。
 当然、作った本人である、伊藤博文、そして昭和天皇、そして北一輝。この憲法のそもそもの問題を十分伊藤は判っていました。それは「統帥権」の問題です。これをなんだかその存在の意味が判らないような「元老」で、統制しえていたのが明治日本でした。だが伊藤が殺され、あのあの阿呆な山県が政権を操るようになったときに我が北一輝は、山県への復讐を誓ったと思います(それは山県に大杉栄ほかの同志を殺されたからだ)。…………、もし伊藤が生きていたら、あんな形はなかっただろうと私は勝手に思うのです。
 そうしたときに安重根は、伊藤博文を殺しました。
 明治43年2月9日の安重根の公判における発言です。

  私がハルビンで伊藤を殺害したのは、伊藤が韓国の独立を妨害
  したためであるから、ハルビンの暗殺は、「韓国独立戦争」の一
  部である。また、こうして我々が日本の裁判を受けるのは、戦争
  で敗北して捕虜になったということだ。したがって、内地の義兵
  が日本軍と衝突することも、独立戦争とみなすことができる。私
  は今回のことを、個人の資格で行ったのではない、韓国義軍の参
  謀中将として、国家のため、東洋平和のためにおこなったのであ
  る。伊藤は露日戦争における日本の開戦の宣言に背き、七箇条を
 強制的に締結させて、日本をして東洋の平和を霍乱させた。また
  伊藤は、閔妃暗殺の首謀者であり、韓国の外となって、我が皇帝
  陛下を欺いて皇位を廃したので、韓国の逆臣であるばかりか、日
  本でも大逆臣である。すなわち伊藤は、日本先帝の孝明天皇を……
 (このあと裁判官より発言禁止になります。安重根が言いたかっ
 たのは、当時の明治天皇の父親の孝明天皇を、伊藤こそが殺した
 と言いたいわけで すね)

 私はこれを読んで、「安重根は何を言っているのだ」としか思わないわけなのです。「なんで、だから伊藤を殺すのだ」と悔しくなるのです。
 大口さんの年賀状には、以下のようにありました。

  讀韓碩青安重根傳有感
 義兵中將絶指盟
 海驛怒髮風蕭々
 安義士檄三千里
 天雷靈發太極革(実は最後の字がどうしても判らずに、「革」と
        してしまいました)

 この詩から、私は安重根のことを思いだし、かつ伊藤博文の無念を思いました。なおかつ、私は安重根のことは、たしかに「伊藤博文暗殺」という、ひどいことをしてしまったわけではあるが、実に爽やかさと「男」を感じさせる人間であるとは感じています。こんないい男が、あんないい伊藤博文を暗殺するということが、実に実に嫌になります。
 それから、たいへんに余計なことですが、上にあげた大口先生の詩は「七言絶句」なのだと思いますが、私は長年、詩吟をやってきた手前、いろいろと漢詩に関しては面倒なことをいうわけです。
 起句の最後の「盟」は平音の「庚」グループで承句の「蕭」は平音の「蕭」グループで、これだと韻が合いません。また、起句の2字目の「兵」は平音で、4字目の「将」も平音、6字目の「指」は仄音であり、これだと「二四不同。二六同」(私はこれを酔っていると、いつもぶつぶつ言っています。「にいよんおなじからず、にいろくおなじ」)という大原則にあっていません。私たち日本人は音(おん)で平仄や韻を判ることはできませんが、菅原道真から頼山陽、乃木希典、夏目漱石まできちんとやってきた漢詩作法の基本であると思います。
 実に生意気なことを申し上げました。また先生にお願いしたいことがあります。お電話いたしますので、よろしくお願いいたします。草々

11071409 さて、これからここで書いていきたいことはいくつもあるのです。今回やった自作パソコンのことは記録しておきたいな。私のような機械オンチでもやれるものなのですよ。なんとか来週に自宅でも1台立ち上げます。今自宅にはパソコンがないのです。
 なんとかディスプレイが複数台手に入いることが、先ほど確認できました。でもそのモニターを複数台くれる会社へ行って、私をはじめとしたホームページ見せて大胆に啓蒙しないといけないよな(「啓蒙」って言葉は嫌いだけれど)。
 それと、このホームページ作りですね。これは実に時間がかかります。でもこれまた実に愉しい仕事です。時間がかかりすぎるのは、それは私の性格なのね。おそらく吉本(吉本隆明)さんに関しては、全てがひととおりUPされるのは相当な期間がかかります。そしてけっこうな量です。
 そしてそして、「周のガラクタ箱」はもっと大量になります。そして日々いろいろなことをまた新たに述べていきたいと考えております。
 私は1年間に300冊の本を読破することを自分に課しております。ただし昨年は292冊で終わりました。今年はそれよりもペースが遅いのです。そして、読んだ本の書評、べた誉め、けなし等々をやっていきます。

 それから、あんまりもう酒は飲まないようにしたいな。でもときどきは、ゴールデン街にも谷中にもいかないとな、なんて気弱になります。
 それから昨日夜嬉しい電話がありました。昨年11月末に相談のあった件が 解決した報告です。彼女はあるコンピュータインストラクターの仕事を四国で何カ月かやったのですが、その賃金を相手(これが派遣会社のさらに下請の手配師のような存在の男だった)が一部のみ支払って、あとは払おうとしないのです。私の友人の紹介で、私のところへ来ました。ひどい話ですが、彼女本人が頑張らないと解決はしないのです。でも私が代理人として内容証明郵便を出しました。相手からはすぐに私あてに電話があり、私の会社に来るということでした。私も「なんだ、そんな悪い奴でもないじゃないか、これで解決かな」なんて思いましたが、当日その相手は来ません。3度内容証明を送りました。ただ会社と称する場所には、会社もないし、彼も来ていません。自宅に電話しても人の良さそうな年寄の母親が出るだけです。
 彼の携帯電話に連絡しても、いつも留守録。それで、もう仕方ない、大口昭彦弁護士の登場です。弁護士というのは、悪い奴、無能な奴が多いのですが、大口先生(大口さんは私が「先生」と呼ぶと、いつも怒ります)は、実に真面目で優秀な方です。
 そして夏休みはさんでこの9月最初に本裁判です。そして相手は裁判ではなく、和解を言い出します。そんなら昨年のとき言えよな。ほとんど、こちらの言い分のみで、がその和解条件の金額を全額(ただし振込手数料を引いたといいます。ひでえ話だ)振り込んできました。
 その振込があった件の報告でした。やっぱり不正には闘うべきなのですね。彼女が闘わなかったら、それは彼女の人生には、つらいみっともない思い出を残しただけだったでしょう。
 まだまだいいたいことがあります。でもおいおい書いていきましょう。

2016112002
2016112001

11013009 もう20日ばかり風邪が続いていると思いました。随分長い風邪です。ちょうど6日に友人と電話で話して咳き込んでいますと、「金谷先生に見てもらったら」といいます。彼も私もこの先生とは共通に知り合っているのです。彼女は金谷真澄さんといいまして、鍼灸の先生です。
 それで、「ああ、そうだ、いいことを聞いた。ひさしぶりに金谷先生に身体を見てもらおう」と電話を掛けました。ただ、彼女は電話も携帯も留守でして、留守録に伝言を残しました。
 それで9日の夕方に彼女のところへ治療に行くことになりました。彼女は小田急成城学園です。思えば私はひさしぶりに先生にお会いすることになります。そこで、金谷先生にお灸とぬり薬での治療を受けまして、いろいろと今の風邪のウィルスの質の悪さをお聞きしました。やっぱり彼女の治療を受けていると、とても穏やかな優しい気持になってきます。
 さてそれで、「あ、これは治ったな」と私は自覚できました。そして、私の自宅我孫子への成城学園からの長い帰り路です。もう当然、途中で降りて馴染みの飲み屋へ寄ってしまいます。だって、もう風邪は治ったのですから。
 この金谷先生のことは、また私のサイトにて紹介してまいります。この先生は、私の経営コンサルティングにも大事な存在なのです。
 私は経営コンサルタントということで、いくつもの会社の経営を見ております。またいろいろな紹介から、さまざまに相談においでになる方がいます。私のほうから出かけていくことも多いです。それで、そうした各経営者の悩みといいますと、さまざまなことがあります。その内容によっては、私のブレーンであります弁護士の先生や公認会計士の先生にお願いすることもあります。「この段階になったら、私ではなく、大口昭彦弁護士にお願いしましょう」というようなことがあるわけです。私では訴訟手続等々をやることはできません。
 そんな私の守備範囲からはみ出てしまうことの一つに、各経営者や社員等々の身体の健康の問題があります。
 経営者の悩みというのは、さまざまなことがあります。営業上なぜかうまく展開できない、売上は上がったが、回収がうまく行かないから資金繰りがたいへんだ、というようなことばかりではなく、自分や各取締役の身体の具合が悪いことにも、大変な悩みを抱えていたりするものです。ある営業の社員や経理課のある女性社員の健康問題で心配でたまらないこともあるかと思います。ものすごく有能な社員を抱えたのはいいのですが、その社員にどうしても健康面で不安があり(ということは精神面でも不安があるものです)、そのことがものすごい心配なことなっている社長もいるのです。
 そんなことに関しては、私個人ではどうすることもできません。そうしたときに私は、この金谷先生を紹介してきました。彼女は鍼灸医というだけではないのです。身体のことについて、さまざまなアドバイスをくれる方なのです。私は、私のクライアントの経営者、社員、友人とその家族等々に紹介してきました。私の妻も母も、私のよく行きます飲み屋のママにも紹介してきました。そして私は、それらの人に必ず、どんな治療を受けたのかを聞いています。みなまず紹介した私に、ものすごく感謝してくれます。そして治療の内容では、みな全然違うアドバイスを受けています。あたまえですね。みな身体や精神面の悩みは、それぞれでみな違うのですから。
 私は、身体や精神面の悩みでも、金谷先生を紹介することで、解決しえてきたと思っています。
 私は以下のように思っています。誰でも40歳を過ぎたのなら、友人としても、自分のブレーンとしても、一人以上の弁護士を知っているべきだ。弁護士とは、私はいつも言っているのですが、「5割は無能、4割は悪い奴、1割が普通」です。そんな中でも、ちゃんとした弁護士の最低1名は友人として持っているべきです。それから、私は自分の身体を見てくれる1名以上の医者(これはもちろん鍼灸医でもいい)を持っているべきだと思っています。それから最低1名以上の歯医者も必要です。
 再度いいます。

  誰でも40歳を過ぎたのならば、友人としても、最低一人以上
  の信頼できる弁護士、最低一人以上の信頼できる医師と歯医者を
  持っているべきだ。

 それからさらに私は付け加えます。

  また安心して行ける飲める飲み屋を最低5軒以上持っているべ
  きだ。

 私はどれも実現しております。(2002.02.11)

11010501 自宅へ帰ってきまして、私が心の底から敬愛します大口昭彦弁護士からの年賀状がきていました。大口先生はどうしてか、私の会社の監査役もやってくれていて、そして、いつも私がなにか手に負えなくなったときに、いつも頼ってしまう先生です。
 大口さんは第1次早大闘争のときの全学中央闘争会議の議長であり、その頃より社青同解放派の活動家であり、かつ何故か剣道4段で、会えば、誰もがしびれるくらいの男の中の男です。
 いつも筆でいろいろなことを書いているのですが(いまはワープロも使っているみたいだけれど)、その筆で年賀状に七言絶句かなという詩が書いてありました。
 以下はそれへの私の返事です。私はただただ、しつこく嫌な人間なのです。

 前略
 大口先生からの年賀状受取りまして、たくさんのことを思いました。そして、どうしても私の思いを伝えなくてはと、こうして今書いています。
 私は、松戸自主夜間中学校というところで、パソコンの授業を担当して、もう6年になります。授業自体は淡々とやっているつもりですが、この松戸自主夜間中学校自体は「松戸市に夜間中学を作れ」という運動であるわけで、それを私も強烈に思っております。それで、どういうわけか、こうした運動には、どうしても「市民運動」の傾向とか、「護憲」とか、左翼的な雰囲気の方が多いものです。もちろん私ももともとは新左翼だとは思っている訳ですが、どうしても、私の心の奥底からの心情として、「これは違うのじゃないか」という点が多々出てくるわけです。私はそうしたときに、「俺は違うよ」と、表明していくわけですが、それにしても、「違うな」と思うことが多々あるわけです。
 この松戸自主夜間中学校には在日韓国の方もおいでになります。また韓国の方も来てくれて、いろいろな瞬間にそれは愉しい雰囲気です。でも、私は飲んだときにいうわけです。

  釜山に李舜臣の像があるのは判るが、どうして首都の京城に安重根
  の像を立てているのだ。どうして、テロをやった人の像を立てるのだ。

 こんなことを言うと、当然、そうした仲間たちの中では問題になるわけです。「なんで伊藤がいいのだ?」「伊藤なんて、悪い奴ではないのか」と。………。
 私はしつこく、反論していきます。「伊藤のどこかいけないのだ」「そして、どうして伊藤を殺した安重根がいいのだ?」と。
 私はずっと、李舜臣が好きでした。亀甲船に乗って秀吉軍を打ち破る彼の活躍に胸躍らせました。文官に罷免されてしまう彼に涙しました。「バカヤロウ、秀吉の侵略と戦っているのはお前らじゃなくて、李舜臣じゃないか」。私は李舜臣を思うと、いつも私が彼とともに、日本秀吉軍と戦っているような気になったものです(これは私の高校生のころで、読んでいたのは旧日本軍陸軍参謀本部編纂の「日本戦史」です)。
 だがだが、どうしても安重根のやったテロは私は認めることができません。そしてもうすこし言いますと、私は伊藤博文が好きです。
 私は自分は水戸天狗党だと思っているところがあります。したがって、薩摩および長州は大嫌いです(したがってとうぜん15代将軍の慶喜は大嫌いです。念の為)。私たちが「破約の盟」に従って、当然に闘ったのに、薩摩長州はその約を守りません。私は長州藩みんな嫌いです。ひとりひとりをあげていっても、さまざまな理窟と理窟を並べるられるくらいに、みんな嫌いです。でもでも、伊藤博文だけは、どうしてか好きになれるのです。
 伊藤博文がもし安重根に殺されないで、ずっと昭和の時まで生きてくれていたらなと思います(だって、これはそんな無茶な話ではない、西園寺公望がずっと生きていたのだから)。そうしたら、もっと今の日本はまともだったのじゃないかな。
 伊藤博文が作った旧憲法はいったいそれほどひどいものだったのでしょうか。この憲法の問題点を、まともに把握していた人間は次の3人であると私は思っています。
 当然、作った本人である、伊藤博文、そして昭和天皇、そして北一輝。この憲法のそもそもの問題を十分伊藤は判っていました。それは「統帥権」の問題です。これをなんだかその存在の意味が判らないような「元老」で、統制しえていたのが明治日本でした。だが伊藤が殺され、あのあの阿呆な山県が政権を操るようになったときに我が北一輝は、山県への復讐を誓ったと思います(それは山県に大杉栄ほかの同志を殺されたからだ)。…………、もし伊藤が生きていたら、あんな形はなかっただろうと私は勝手に思うのです。
 そうしたときに安重根は、伊藤博文を殺しました。
 明治43年2月9日の安重根の公判における発言です。

  私がハルビンで伊藤を殺害したのは、伊藤が韓国の独立を妨害したた
  めであるから、ハルビンの暗殺は、「韓国独立戦争」の一部である。ま
  た、こうして我々が日本の裁判を受けるのは、戦争で敗北して捕虜になっ
  たということだ。したがって、内地の義兵が日本軍と衝突することも、
  独立戦争とみなすことができる。私は今回のことを、個人の資格で行っ
  たのではない、韓国義軍の参謀中将として、国家のため、東洋平和のた
  めにおこなったのである。伊藤は露日戦争における日本の開戦の宣言に
  背き、七箇条を強制的に締結させて、日本をして東洋の平和を霍乱させ
  た。また伊藤は、閔妃暗殺の首謀者であり、韓国の外となって、我が皇
  帝陛下を欺いて皇位を廃したので、韓国の逆臣であるばかりか、日本で
  も大逆臣である。すなわち伊藤は、日本先帝の孝明天皇を……
 (このあと裁判官より発言禁止になります。安重根が言いたかったのは、
 当時の明治天皇の親父の孝明天皇を、伊藤こそが殺したと言いたいわけ
  ですね)

 私はこれを読んで、「安重根は何を言っているのだ」としか思わないわけなのです。「なんで、だから伊藤を殺すのだ」と悔しくなるのです。
 大口さんの年賀状には、以下のようにありました。

   讀韓碩青安重根傳有感
  義兵中將絶指盟
  海驛怒髮風蕭々
  安義士檄三千里
  天雷靈發太極革
   (実は最後の字がどうしても判らずに、「革」としてしまいました)

 この詩から、私は安重根のことを思いだし、かつ伊藤博文の無念を思いました。なおかつ、私は安重根のことは、たしかに「伊藤博文暗殺」という、ひどいことをしてしまったわけではあるが、実に爽やかさと「男」を感じさせる人間であるとは感じています。こんないい男が、あんないい伊藤博文を暗殺するということが、実に実に嫌になります。
 それから、たいへんに余計なことですが、上にあげた大口先生の詩は「七言絶句」なのだと思いますが、私は長年、詩吟をやってきた手前、いろいろと漢詩に関しては面倒なことをいうわけです。
 起句の最後の「盟」は平音の「庚」グループで承句の「蕭」は平音の「蕭」グループで、これだと韻が合いません。また、起句の2字目の「兵」は平音で、4字目の「将」も平音、6字目の「指」は仄音であり、これだと「二四不同。二六同」(私はこれを酔っていると、いつもぶつぶつ言っています。「にいよんおなじからず、にいろくおなじ」)という大原則にあっていません。私たち日本人は音(おん)で平仄や韻を判ることはできませんが、菅原道真から頼山陽、乃木希典、夏目漱石まできちんとやってきた漢詩作法の基本であると思います。
 実に生意気なことを申し上げました。また先生にお願いしたいことがあります。お電話いたしますので、よろしくお願いいたします。早 々 (1998.01.07)

↑このページのトップヘ