将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:大銀杏

13062903  ここの画像は、鎌倉の倒壊する前の大銀杏です。今月の17日に私はこの銀杏を見にいけませんでした。そばまでは行っていたのでしたが。ここには今たくさんの人の銀杏への励ましの言葉が書かれています。
 そして今はまだ小さな銀杏の樹があります。
 鎌倉を歩くと、いつも実朝様のことと、北条一族を思い出します。そしていつもこの銀杏も思い出しています。もちろん実朝の歌も思い出します。
 そうですね、北条一族では政子も北条時頼も思い出していますね。北条義時は怖くて思い出せません。
 この画像は、ウィキペディアの源実朝にあったものです。
 周の掲示板にUPしようと思っていたのですが、ここにしました。

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 周のツイッターで、友人のやぎさんが、以下を書いていました。もう私は大変に驚きました。

すごい!幾世紀も風雪を堪え忍んできたのに、春の嵐というのは台風よりすごいのかも。RT mainichijpedit 鶴岡八幡宮の大銀杏ですが、倒れる前の写真も掲載してみました。どれだけ立派だったかが、よく分かります。

 ちょうど私は、「蜘蛛業」への「読書さとう」で、「兵藤正俊『霙の降る風景』」を書いていました。それで、ここで、この作家の『死了』を思い出したのですが、この作品はある大学闘争の中での殺人事件を書いているのですが、同時に、この鎌倉三代将軍実朝の暗殺事件のことも描いてあります。
 その実朝が殺されたときに、暗殺した公暁が隠れていたのが、この銀杏の木の下です。
 私は学生のときから、何度も鎌倉を訪れていますが、いつも実朝のことを思い浮かべていますが、でもこの銀杏のところへほとんど行きません。そもそも私は鶴ケ岡八幡宮に行くことはないのです。頼朝がもともと嫌いなのです。
 だからこの銀杏の元に行きましたのは、私の長女が大学に入った1992年の3月のことです。前年の12月8日に私の長女が大学の推薦入学に受かった報があったときに、私の父が亡くなりまして、その翌年3月に、私と妻、長女の3人で母を連れてここを訪れたものです。なんで次女が行かなかったのか覚えていません。
 でもそのときに、私の母はもう足が悪いので、この銀杏の元で待っていてもらいました。偶然、私の義父と義母にも会ったものでしたから、みんなでお参りしたのですが、私の母だけは、この銀杏の元に椅子(当日母のために折りたたみの椅子を持っていきました)を置いて待ってもらったのです。
 そのときに私は母に、「この銀杏の樹の下に公暁が隠れていたんだよ」と母に説明したものでした。
 私は、私のホームページの中で、源実朝「短歌」で実朝のことを書いています。ぜひ読んでみてください。

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